月に叢雲 俺とお前  其の七











 体の火照りがようやく治まるころ、今度は胸の鼓動が止らない。
少しでも別の事を考えようと試みる。

 やはり浮かんでくるのはイタチの事ばかり。

 こんな時にスルなんてとか、疑うなんてひどいわとか、後ろ髪引かれる時間に否定の言葉を並べる。


「・・・・ イタチだって ・・・・・・」
「どうされました?」

 何かと問う前を歩く鬼鮫ならぬ鮫島。


「ううん、何にも。 あの ・・・・・・・」

 聞こうとして躊躇った言葉に、親切にも返事が返る。

「今は、お仕事ですね。 そろそろ仕度されてる頃でしょう」

 ズキッと胸が痛む。
鬼鮫の几帳面さが今日ほど疎ましく思う事は無いだろう。
わざわざ言わなくてもと、聞こうとしたのが自分だと言う事を忘れる程、胸がズキズキしていた。

 ただ、心が沈んだ分緊張の糸もぴんと張ったものから重くのしかかる物へと代わった。
やけに冷静な自分が、他人事の様に見つめている気がする。
 空けられた襖に臆する事無く、三つ指をついて教えられた通りに挨拶が出来たのだから。








********







 の話を黙って聞いていた道源は、そうかと一言呟き、杯の酒を飲み干す。

「アンタみたな別嬪さんに看取られて、あいつも本望だったろな。俺も、あやかりてぇもんだ」

「ごめんなさい ・・・・・ 私、せっかく託った物を ・・・・・・」
「いや ・・・・ アンタは、ちゃんと託されちまったよ」

 不思議そうに見つめた後、空いた杯に酒を注ぐ。
すると、この後の道源の相手、この遊郭の太夫の上がりを告げる声が、襖越しに掛かった。

 待ちかねたぞとの声に、艶のある音色が返る。
頭を下げたまま迎えたに、下がりなさいと声が掛かったので、再度深く頭を下げると、立ち上がるべく少しだけ顔を上げた。

 飛び込んできたのは『朱』の文字。



「?!!!!!」

 驚いて条件反射のごとく振り仰ぐと、確かにそれは想い人の物で。

「おいおい、お前まで見惚れちまったか?」

 くくっと笑いながら空けた杯に、白く長い指が優雅に酒を注いで行く。

 固まるに穏やかな微笑みを浮かべると、再び下がりなさいと声をかけた。
 その声にはっと我に返る。確かに女の声なのに、とても懐かしく包んでくれたから。

 再度一礼をすると、道源へと向き直り一礼する。そして、席を辞した。








 再び酒を注ごうと銚子を持つ白い腕を掴むと、胸の中へ抱き込んだ。
しかし、太夫のイタチは動じる事無く艶のこもった視線で見上げる。


「しかし、勿体無い話だぜ。 男だったとはな ・・・・・。
 俺に近いづいた目的は? いや、それ以上に、なぜ、わざと間者だとばらした?」


「・・・・・ 聞きたい事がある。 『北辰護星、一の将』 に」


 やはりと口の端を歪めると、腕に抱きかかえ無骨な指で顎を取る。
側から見れば、花魁と好色な高僧との情事なのだが、張り詰める糸は互いの命に繋がれて凌ぎ合う。


「あの娘は、お前の仲間か? それとも、お前の情婦(おんな)か?

 まあ、どっちにしたって、てめぇにゃ関係ねぇんだろうな。
 任務だと言っては、親兄弟でも殺す外道の集まりだ ・・・・・ 忍者なんざぁ。
 だが、俺には『子星(ねぼし)』を護る責任がある」


 道源は笑顔を浮かべ、笑っていない瞳で腕の中のイタチを見据える。それは、戦いへの序奏。

「この体勢を、有利と思わない方がいい。 ただ、真実が知りたいだけです」

 まるで睦言を囁くかの様に零れる。

「真実か ・・・・・。知ってどうする? あの娘を殺すのか?
 それとも、意のままの道具に仕立て上げるのか?」

 言い終わり指に込められた力が、イタチの言葉に緩められた。




「 ?! ・・・・・・・ もう一度、言ってみろ」
「・・・・・・・ 命だ あなたの話を聞こうが聞くまいが、変わる事はない」

 面白れぇと呟くと、イタチを抱きしめた。
そして、耳元で何かを囁き伝える。表情を変えないイタチは、冷酷な瞳で灯明の灯りを見つめた。
その瞳は、語り終えた道源からくちづけを受けたときも、色を変えなかった。

「最後の色事が男相手とは、あっちで散々笑われそうだ」

 そう言って腕の中のイタチに微笑むと、行けと小さく呟いた。

「お前たちに、北辰の導きを ・・・・・」

 それがイタチが聞いた道源の最後の言葉だった。




 


2007/3/22
 

二次創作者:風見屋 那智那