月に叢雲 俺とお前  其の六











「・・・・

 ぼんやりと窓の外を眺めていると、不意に焦がれていた声が聞こえた。
優しさの中に叱責とも不安とも感じられる何かが混じる。


 音も無く部屋へと入ってきた想い人に、視線を向ける事無く向かい合わせに座った。
座した膝を覆う着物は、遠めに見たよりも艶やかで、普段イタチが好むものとは明らかに違う。
大切な任務を邪魔してしまったと、胸がぎゅっと痛くなった。



「・・・・ ごめんなさい」

 謝って済むことではないけどと、続く言葉を飲み込んでぎゅっと拳を握り締める。



「謝ってすむと思ったのか?」


 感情を抑えた言葉は、語る以上に言葉を伝える。
返す言葉などあるわけもなく、ただ、首を横に振る。
唇を噛みしめて、必死に涙を零さぬように。




 泣いてしまえば、イタチはもう何も言わないだろう。
だから、せめて言葉を全て受け止めよう。それが、自分に出来る精一杯のお詫びなのだから。








 長い指が優しく頬を包んで視線を上げる。
しかし、今、イタチを見てしまったら、きっと泣き出してしまうから。
ぎゅっと瞑ってごめんなさいと、小さく呟く。


「なぜ、俺を呼ばなかった? こんな姿になる前に ・・・・・」
「えっ?! ・・・・・・」


 ゆっくりと目を開けると、悲しそうな瞳がみつめる。


「・・ だって ・・・ 任務だし 私が勝手に ・・・・・」

「俺にとって、お前が全てだ。 お前以上に大切なモノなど、俺には存在しない ・・・。
 もっと、俺を頼ってくれ。 俺は、お前のために在る」


 涙がぼろぼろ零れてきた。顔がくしゃくしゃに歪むのが自分でも解かる。
でも、ずっと閉じ込めておいた何かが崩れだして止らない。

 イタチの胸に縋りつくと、声をあげて泣き出した。
悲しいのか、怖かったのか、頭の中は混乱して、とりとめの無い単語だけが涙に混じってぽろりぽろりと零れる。






 この世界に、自分の傍に居れば、いつかはこういう日がやってくる。
全てをかけて守ってやるつもりだったのに、大切な時に自分は居てやれなかった。
今まで感じた事のない己の不甲斐なさを感じた。



「すまなかった ・・・・・・。傍に居てやれずに ・・・・・・」
「イタチの所為じゃない ・・・・・・。私が ・・・・・ 私が ・・・・・」
「もういい ・・・・・ 済んだ事だ ・・・・」
「でも、でも ・・・・・ ん ・・・・・・」

 言葉を優しく唇で塞ぐと、あやす様に深くくちづけた。
息苦しさに大きく吐いた息に、ゆっくりと心も息をした。




「俺を呼べない理由があった様だな ・・・・」
「?! どっ ・・・・ どうして ・・・・? 」


どきりとするを大切に抱きしめ、耳元で囁く。

「それについては、戻ってからゆっくり聞かせてもらう。
 ・・・・・ この体にも、聞きたい事があるからな」

「そっ、そんなの無いわよ!」


 調べるなら今すぐでもと、両手を胸に突っ張って物言をする。
すると、見上げた瞳に、優しく微笑む。

「もう ・・・・・ すぐにからかうんだから ・・・・」
「やっと、笑ったな ・・・・・」
「ん ・・・・・・ ありがとう ・・・・・。私、やっぱりイタチがいないとだめみたい」

 大きな胸に寄りかかりながらぽつりと呟くに、俺も同じだとその髪に優しくくちづける。

「・・・・・・ 話せるか?」
「うん、大丈夫 ・・・・・」


 そして、イタチの腕の中で、今までの事を話し始めた。
















 話を聞き終わるとゆっくり腕を離し、鏡台の化粧道具を手に取り、手際よくの化粧を直し始める。

「話は解かった。 お前は何も心配しなくていい」
「でも ・・・・・」
「お前は、お前の思う通りにすればいい。伝えたいのだろう? 最後の言葉を」

「でも ・・・・・ イタチが嫌なら、私は ・・・・・・」
「俺以外の男と話をするのは、たとえ誰であっても許す気はない」

「それは、いくらなんでも ・・・・・ 無理だよ 」
「ならば、同じだ。戻ったら、覚悟しておけ」

 
 サスケ(あいつ)の件もなと、本気とも冗談ともとれない笑みを浮かべる。
微笑を浮かべたの唇に、小指に付けた紅を引く。

「あっ ・・・・」
「そのまま、笑っていろ。 お前は、笑顔が一番似合う」

 更に緩んだ唇に、染まった頬よりも濃い目の紅を塗り終えると、内側へとその指を差し入れる。
 どきりと上目遣いに見上げると、更に頬を染めて指先の紅を綺麗に舐め取った。

「本当に ・・・・・ お前は、可愛い ・・・・・」
「あっ?! だっ ・・・ だめ ・・・・・」

 からかうつもりが煽られて、塗った紅も意味を失くす。
そして、暫し、イタチにとっては少なすぎる、にとっては激しすぎる時間を過ごす事となった。 





2007/2/7
 

二次創作者:天川 ちひろ