月に叢雲 俺とお前 其の五
どうやって声を掛けたものかと悩んでいるうちに、店の中へとどんどん入っていく。
とある部屋の前で止ると、声を掛けた。
「この娘の仕度をお願いします」
がらりと開いた襖から出てきたのは、いかにもな老婆だ。
上から下まで舐めるように見回すと、入りなと顎をしゃくる。
戸惑い動けないの背中にそっと手を置くと、大きな体を屈めて小さく耳打ちした。
「心配ありません、さん。 でないと、私が殺されますから」
「?!」
驚いて振り向こうとする体を制して、背中の手が優しく押した。
「・・・・・・ ありがとう」
ポツリと呟くと、部屋の中へと消えていった。
しばらくして出てきたに、息を飲んだ。
『イタチさんが、ぞっこんな訳ですね』
いつもの大人しいと違い、遊女の出で立ちは女の色香と艶を放つ。
その小悪魔的な魅力に、男ならその啼き声を聞いてみたいと思うだろう。
飛び切りの原石を、大切に大切に己の色で磨きあげる。
イタチの溺愛ぶりも、納得できる。
「あの ・・・・ 変ですか? ・・・・」
「いえ、いつもとは大分違うので」
苦笑いを浮かべる鬼鮫に、少し安心した。
「まだ時間があります。 空いている部屋にご案内しましょう」
「・・・・ うん ありがとう ・・・・ ございます」
何も聞かない鬼鮫の気配り。嬉しい反面、その所為で聞けなくなってしまった。
鬼鮫がここに居ると言う事は、イタチも・・・・・・・。
任務よ、任務とぶつぶつ呟きながら後に続いて歩いていると、黄色い声が遠くで聞こえた。
だめと解かっているのに、視線は向いてしまう。
そして、視線の先には、一番見たくない光景が浮かぶ。
「・・・ イタチ ・・・・・・」
気がつかないうちに、立ち止まってしまっていた様だ。
鬼鮫の声で我に帰った。
「ご心配には、およびませんよ。 イタチさんがモテルのは昔からです。
でも、浮いた話は一つもなかったですから」
さん以外はと、促しながら慰めてくれた。
「ごめんね。 任務の邪魔してるのに、気を遣わせちゃって」
「いいえ。 邪魔になんてなってませんよ」
私には の言葉は、飲み込んだ。
イタチの事だ。に気づいてないはずがない。
「ご心配には及びません。 イタチさんも言ってらしたでしょう?」
「・・・・・ うん 」
「だったら、大丈夫ですよ。
それより、さんは、どうしてこちらへ?」
「ほんとはね、イタチと来るはずだったの」
「ええ。 存じてます」
残念でしたねと慰め一つ。
「こちらでお待ち下さい」
「・・・・・ ありがとうございます」
少し心細げな微笑に後ろ髪をひかれつつも、入れ替わりに感じるイタチの気配に口の端を歪めながら部屋を後にした。
二次創作者:天川 ちひろ