月に叢雲 俺とお前 其の四
湿ったいつもの空気がサスケを出迎える。
場所を変えても、変わることの無い気。
慣れてしまえば大した事はない。慣れるまでに、時間はかかるが。
「遅かったじゃない?」
小言と言うよりは、含みを持たせた言葉を無視して部屋に戻ろうとする。
『 サスケ君 ・・・・』
カブトがいつもの様に促すと、
「これでいいんだろう?」
振り向く事無く放り投げたそれは、放物線を描きながら大蛇丸を目指す。
横手で受け取り掌で広げると、金色の瞳が妖しく揺れた。
「これを何処で?」
「・・・・・・ アンタの指示通りさ 」
そう言うとパタンと扉が閉まった。
「サスケ君! 」
口調を強めたカブトに、いいのよと含み笑いが返ってきた。
「予定は、変更よ」
「変更といいますと?」
「『道源』の所に、挨拶に行くわ」
「もう、手に入ったのに、わざわざ、お手を汚さなくても ・・・・・」
「私に、意見するつもり?」
「・・・・ いえ ・・・」
上司の気まぐれに、やれやれと言う表情を押しか隠した眼鏡を、くいっとあげる。
「サスケ君も連れて行くわ」
「サスケ君もですか? 」
「ええ。 早急に手配してちょうだい」
それ以上問うことを止めたカブトは、一礼して部屋を出た。
「まだ、まだ、青いわね。 まあ、いいわ。 しばらくは、泳がせてあげる 。
ふふっ ・・・・・ 今のうちに、せいぜい楽しんでおくことね」
テーブルの書類に視線を戻した大蛇丸は、愉快そうに呟いた。
が意識を取り戻したのは、布団の上だった。
少しずつはっきりしてくる意識の中、はっと周りを見渡す。
枕元には荷物が置かれている。しかし、あの時受け取ったはずの勾玉はない。
「どうしよう ・・・・・・」
仲居が教えてくれた出で立ちから察するに、サスケが運んでくれた様だ。
ならば、サスケが ・・・・・・。
まさかと打ち消しては見たものの、しっかりと握り締めた記憶がある。
あの時の状況をゆっくり思い出してみると、「 探す手間が省けた 」とサスケは言った。
『探し物って、まさか ・・・・・・』
しかし、は小さく頭を振った。考えても仕方のない事だから。
無くしてしまったのは事実だし、サスケの手に渡ったのなら自分が取り戻す事は不可能だ。
詮索した所で、出来る事など何もない。ならば、せめて約束の『道源』という人物に会って、真実を伝えよう。
美肌効果抜群の温泉はもう少しお預けだなぁと、苦笑いを浮かべて部屋を後にした。
『道源』について聞いてみると、以外なくらいすんなりと身元が解かった。
身元と言うのは正確ではない。この温泉場に湯治に来ているらしい。
ちょうどの止っている宿とは、源泉を挟んで反対側にある。
「いいお方なんですけどねぇ ・・・・・」
聞いた人は、曖昧な笑いを浮かべて快く教えてくれた。
気は優しくて力持ち、人情に熱いエセ坊主。その上無類の女好き。
反対側の温泉宿がこの辺りでは最大の歓楽街なのだから、当たらずもがなだろう。
遊郭を兼ねた温泉宿に、三月に一度は湯治と称して通っているとか。
「ここ ・・・・ なんだ」
道源が泊まっていると言う宿まで来ては見たものの、訪ねるにはかなりの勇気が要りそうだ。
仕方なく裏口へとまわってみる事に。
木戸の隙間からこっそり伺っていると。
「おい。 何やってんだぁ?」
「ひっ!!! ごっ、ごめんなさい!」
上から降ってきた言葉に飛び上がる。
「あっ、あの、私、その ・・・・ 道源さんに ・・・・」
「なにぃ? 道源だと? 誰だ? てめぇは」
「わっ、私は、怪しいものでは ・・・・・」
ないのだけれど、どう説明したらよいものか。
「私、通りすがりの者なんですけど、遺言を託ってきたんです」
「はぁ? 何言ってんだお前・・・・」
「えっとその・・・・」
やはり上手く説明できない。
あの勾玉でもあれば別なのだろうが。
最後の願いも果たしかねる自分に、腹が立つより情けなくなる。
じわりと涙が滲みそうになるのを、歯を食いしばって堪えていると。
「しかたねぇな」
呆れたようにぽりぽりと坊主頭をかくと、中に向かって使用人を呼んだ。
「おい、鮫島、ちょっと来てくれ!」
へいと聞こえた声に、ドキリとした。
「?!さっ・・・・・ さめ ・・・・ さん? 」
「どうした、知り合いか?」
「・・・・ いえ。 どこかで、お会いしてますかねぇ?」
「いいえ、知り合いにちょっと似てたものですから・・・・・」
似ているがいつもの鬼鮫とは少し違う。
兄弟かなぁと呆けていると。
「この娘、今夜の上がりに間に合うように仕度させといてくれ」
「座敷にお上げになるのですか?」
それはちょっとと顔を曇らせる。
「今夜はあのお方も ・・・・・」
「解ってる。 お楽しみ前の酒の酌でもと思ってな。
馳走ばかりじゃ、胸焼けがしちまう」
「・・・・ 解かりました。 では、こちらに」
を促すと裏庭のおくへと。
「あっ、あの私・・・・・」
縋るような瞳で見上げると、ニヤリと微笑むその男は、よしよしと頭を撫でた。
「心配するな。 悪いようにゃぁしねぇから。
アイツの最後、見取ってくれたんだからな ・・・・・・」
「?!」
見上げると既に後ろを向いて歩き出していた。
あのと声を掛けた時、奥から呼ぶ声に阻まれて、一礼をして鬼鮫もどきの後を追った。
二次創作者:天川 ちひろ