二つ紅 〜八





 
 
 この時期には珍しいと、隣の鬼鮫が声を掛ける。
言葉の通り雫のように降る雨は、周りの音を奪い雨音だけを響かせている。


「まるで、あの方のが泣いているみたいですね」

 雨を見据えて佇むイタチの無表情を探るかの様に、らしくない挑発的な言葉を放った。


「・・・・・・ こんな風に泣きはしない。アイツは、俺より強い ・・・・・・」

「強い ・・・・・・ ですか ・・・」


 くくっと含み笑う鬼鮫を、余裕の笑みでかわす。

「なぜお前が気にする?」

「ただの興味本位ですよ。 守る価値も意味もないモノに、イタチさんらしくなく執着した。
 誰だって興味を持つでしょう」


 鬼鮫の言葉に嘘はない。
それがほんの動機だったとしても。
しかし、他のメンバーも鬼鮫と同じように、の持つ『強さ』に興味を持ち始めたのも事実だ。




 気づいたら口の端を歪めていた。
その『強さ』に誰よりも魅かれたのは、己なのだから。







 目覚めた時感じた違和感は、腕の中で眠る少女だった。

 まったく気づかぬ己に、ありえないと否定が走る。
ありえないないのに、紛れもなく腕の中には生身の人間。
 万華鏡を駆使しても、なぜこの現状が起こったのか理解できなくて。


 そのありえない現実のお陰で、の話を半信半疑ながら納得する事が出来た。

 なにより、夢が叶ったのだからと、全てを受け入れて不安に泣きながらも微笑む姿に、
少しだけならその夢に付き合ってやろうと、気まぐれが起きた。









 思えばその時、既にに・・・・・。









「囚われた小鳥は、最初は満ち足りた小さな世界に満足している。
 必死に探さねば手に入らないモノがソコにはあるからだ。
 しかし、すぐに、その小さな幸せを手放しても元の世界へと戻っていく。
 そう思っていた ・・・・・・・ 少しの間だけだと ・・・」

「逆に手放せなくなった ・・・・・・ という事ですか ・・・・」


 鬼鮫の言葉に勝ち誇ったように口を歪めた。


「違うとでも? 」


「間違ってはいない。 俺にとってはな。
 だが、アイツにしてみれば、籠などなかった」

「まあ、無理やり引き止めて居る様には見えませんがねぇ」

「ただひとつ、自分が居たい場所だと ・・・・」

「幸せですねぇ。 そんなに想われて」

 真面目に言っているのか茶化しているのか、鬼鮫の口調からは読み取れない。
下らぬ事を話してしまったと少し後悔した。
言葉でなど表せるものではないのだから。
の存在の大きさを、改めて思い知ることとなった。


「しかし、何かの拍子に元に戻ってしまうこともあるんでしょう?
 大丈夫なんですか?」

「その懸念は無くなったと思って良いだろう。
 『子星』は、この世界の象徴でもあるのだからな」

「『子星』 ・・・・ ですか ・・・・・・。
 そんなモノが本当に存在するとはねぇ。
 自分の目で見ていなければ信じられませんでしたよ」


「覚醒しなければ問題ない」
 
「そうでしたね。 まあ、結果良しという事ですかね。

 では、さっさと片付けましょう。
 ちょうど雨も止みましたし ・・・・・・・ ?! 」


 視線を流すと立ち上がり空を見上げるイタチ。
弧を描くその鳥に、表情が険しくなった。

「風雲急を告げる ・・・・ ですかねぇ」

 雲が割れるのを待たず二人は、幻のごとく消え失せた。



2008/1/24

執筆者 天川 ちひろ