二つ紅 〜六





 
 
 白い百合とトルコ桔梗。
花束と言うには儚げなそれを抱えて、慰霊碑の前に佇む


「私なんかがお参りしてすみません ・・・・・」

 小さく呟くとその前のしゃがみ、持っていた花束を手向け、両手を合わせて暫く祈りを捧げた。
 の心を知ってか知らいでか、慰めるような穏やかな風が頬を撫でた。


 真新しい彫り跡を残す碑に、自分がどれだけ 『命』 に近い世界に居るかを改めて教えられる。
 そして、イタチの名が何処かの石に刻まれる事だってある現実を。



 再び過ぎるマイナス思考に、一礼して立ち上がると、ブンブンと頭を振って両頬にパシッと気合を入れた。
そして、今日の本当の目的地へと歩き出した。


「ほんとに、いのちゃん、可愛かったなぁ 」

 花を買いに立ち寄った山中生花店。
もしかしたらの期待通り、偶然にもいのが店番をしていたのだ。

「ほんとうに、くのいちって、みんなスタイルいいし、かっこいいなぁ。
 どうして ・・・・ ?!」


 イタチは私なんかと再び浮かぶマイナス思考に小さなため息がでた。


「やっぱ、後ろめたい事してるから、思考が後ろ向きなんだよね ・・・・ あはは .........。

 ごめんね ・・・・・・ カカシ先生 ・・・・・・」


 どうしても行きたい場所があったから、カカシが任務で里を空けている事を知って、今日、里に来て初めて外出した。
 イタチが何も話さないのにと、迷いがない訳ではない。
でも、サスケと出逢ってしまって動き出した運命に、少しでも役に立てればと願ってしまう。
 今、一人でそれを背負っているイタチの助けになれればと。



 一族皆殺し(過去)を聞いても、何も答えない。
少しだけ淋しそうに見える笑顔が、それ以上の言葉をやんわりと拒絶する。



『お前が居れば、それでいい ・・・・・・』


 その後、必ず抱きしめて囁かれた言葉。
今は、それさえも出来ずに、何処に居るのだろうか ・・・・・・・・ ?



「あ〜あ、また、涙が出てきちゃった。
 こういう時は、買物だよね。ちょっと寄り道してお供え買っていこっと」


 そして、その足をイタチが立ち寄ったと言う団子屋へと向けた。
イタチの事が、頭から消えないなら思いっきり浸ればいい。
 開き直りとも言えるポジティブ思考は、思いがけない再会を呼び込んだようだ。



「すみません、そのお団子五本、 ・・・・ 持って帰ります。
 それとお店で、一本食べてきます ・・」

「店のやつ、もう一本追加だ」

「?! ・・・・・・・ えっ? ・・・・・・ ぇぇぇぇぇ・・・?!!!!」

 隣に佇む赤毛は、を見てにやりと笑う。

「ほら、行くぞ。さっさとしろ。
 俺は待たされるのが嫌いだって知ってんだろう」

 用意された団子とお茶の乗った盆を顎でしゃくると、通りに背を向ける形で席につく。
 あわててお盆を持ってその向かいへとも座った。


「どうした? 食わねぇのか?」

 口布を当てたままお茶を啜るカカシもカルチャーショックだったが、団子を食べるサソリはまるでマジックショーを見ているようだ。

 もっとも、どこから見ても傀儡には見えないのだから、不思議がるの方が周りの目には変わって見えているのだが。

「あの ・・・・ どうやって食べてるんですか?」

 の質問に、にやりと笑う。
可愛い顔にサディスティックな表情。
イタチとは少し違うけどやっぱ犯罪だよと、心でツッコミながら、団子を一個頬張った。

「一流の芸術ってのは、こう言うもんだ」
「はあ、そうなんですか ・・・・・ 」

 芸術家特有の訳の解からない説明にそれ以上は無理とあっさり引き下がる。
と、ふっと頭を過ぎったあの場面。
 暁の外套は着ていないのだが、顔を知られているのではと、思わず声をあげて立ち上がる。

「ダメですよ! こんな目立つ所にいちゃ ・・・・・」
「目立つのは、お前のデカイ声だ。 突っ立ってねぇで座れ」


 はっと周りを見渡すと視線を集める自分が居た。
真っ赤になり慌てて座るを、先ほどとは少し違った微笑みで見つめた。

「ここで、この姿を知ってるヤツなんざぁ、使い物にならない耄碌(もうろく)ばばぁぐらいだ」

 『ばばぁ』という所に、サソリの過去を思い出し少し切なくなった。


「でも、チヨばあ様やその ・・・・・」
「お前なんで、その名を? 生きてるか死んでるかも解かんねぇヤツだぞ」
「えっ? 会って ・・・・・・ ないの?」

 話が見えないサソリは不機嫌な表情を浮かべ始める。


 サスケの里抜けの辺りまでしか正確に原作を読んでいない。
その後は、フラッシュバックのように漠然と頭に流れてくるから、時間軸がはっきりしなようだ。
それとも、話がまた、別に流れているのだろうか?

「だめだ ・・・・・ 混乱してきた ・・・・・」
「なにぶつぶつ言ってるんだ? アイツに置いてかれて気がふれたか?」

「?! うわぁぁぁ ・・・・・・・?!」


 言葉に顔を上げると、間近にサソリの顔があった。
美丈夫なその顔は、の反応を見てサディスティックに微笑む。


 イタチの女でなければもっといろんな表情を楽しめたのにと、傀儡では表現できない表情の変化を思い描く。


 ドキドキとイタチの時とは違う鼓動に、頬を染めながら小さく呼吸する


――― ほんとうに反則なんだから 暁のメンバーって


 やはり自分は彼らが好きなのだと、改めて自覚した。
札付きの極悪人ばかりなのに、自分にとっては大切な人々と。


「どうした? 顔が赤いぞ」

 さらにたたみ掛けてくるサソリに、素直に降参する。

「だって、サ ・・・ 旦那さんの顔が間近にあるんだもの。 反則ですよ」

 
 自分を名前で呼ばず、『旦那さん』と呼んだ
少しの淋しさと、事の重大さを感じ取った。
何も出来ないから、できる事を一つずつ気を配る。
イタチの存在を差し引いても、自分や相方が気に留める理由がわかる。




――― ただの小娘なのになぁ




 目を伏せめったに見せない憂いの表情に、顔の赤みは引かなくて目のやり場に困り視線を外へと。
すると、見たというより読んだという方が正確なベストが暖簾の下から通り過ぎる。




――― 浮かれてる場合じゃないんだ



 意を決してあのと視線を戻すと、ん...と柔らかな視線に包まれた。
何を期待するわけではないけれど、その優しさがとても嬉しくて。


「おいおい、今度はなんだぁ・・・・」

 ぽろぽろ零れる涙を必死で拭うに、もうとっくに捨てたはずの何かがきゅうと軋んだ。


「まだ、こんなんが、残ってやがったか ・・・・・」


 独り言の様な呟きに顔を上げると、ほらと小さな巾着袋が差し出された。

「? ・・・・・ なんですか? 匂い袋? ・・・」
「アイツがそんなもんよこす訳がねぇだろう」
「アイツ? ・・・・・・」

 手に取り中をのぞいてみると、まん丸になった小さな鳥の粘土細工が一個入っていた。

「これって ・・・・・ デイさん? ・・・・」

「ああ。アイツは割れてるんで、俺に頼みやがったんだ。
 何かあったらソイツを相手に向かって放り投げろ。
 そして、お前が一番言いたい名を呼べ。 逃げ道くらいは確保出来るはずだ」

「これをわざわざ届けに ・・・・・ ? ありがとうございます」

 再び零れだしそうになる涙に、サソリは黙って席をを脇を通り過ぎようとする。

「あっ ・・・・ すみません。まだ、お団子が ・・・・」

 慌てて涙をこらえて、拍子抜けの言葉を放つ。
しかし、真顔のサソリはしっかりとした視線で座るを見据えると。

「俺たちがしてやれるのはこれくらいだ。
 何があっても ・・・ 生き残れ ・・・・
 俺たちの芸術は、まだ、全部見せちゃいねぇんだから」

 アイツがいるから大丈夫だろうがなと、独り言のように付け加えると暖簾をくぐる。
その後ろ姿に、立ち上がり深々と一礼した。





 口の端を歪めながらくぐった暖簾。
それは己の感情への嘲笑だった。
 これ以上一緒にいたら、その震える肩を抱きしめずにはいられないから。

「アイツ(イタチ)と殺(や)り合うなんざぁ、造作もねぇんだが ・・・・・」


 ぬくもりの伝えられない己の掌を見つめ、ぐっと握り締めた。
そして、直ぐに雑踏の中へと消えていった。




2007/10/1 

執筆者 天川 ちひろ