二つ紅 〜五
木の葉の里で与えられた部屋は、火影岩が正面に見える日当たりの良い角部屋。
和風を基調にしていたイタチとの家とは対照的に洋風の可愛らしい花に囲まれた部屋だった。
日課になりつつある鉢植えに水遣りをしていると、コンコンとベランダの窓を叩く音。
振り返ると目をへの字に曲げたカカシが手を振っていた。
「こんにちは、カカシ先生。 どうぞ入って下さい」
「ちょっと早かったけど、近くまで来たもんだから」
照れたように頭に手をやる仕草も、漫画のままで。
「これお土産。 イタチ達が立ち寄った店の団子なんだ」
「ほんとですか ・・・・ !? 一度食べてみたかったんです。
今、お茶入れますね。 座って待ってて下さい」
台所へと入って行くを見送りながら、ソファーへと腰を下ろした。
あの日、イタチから負担が掛からない様にと幻術を掛けられたを預かると用意したこの部屋へと連れてきた。
そして、一日一回、監視のためにこの部屋を訪れるようになって一週間が過ぎた。
「ずっと部屋にこもりきりじゃ、退屈でしょう?
里の中ならら好きに出歩いても良いんだから、買物とか出かけたら?」
気晴らしにもなるしとマスクの上からお茶を啜る。
最初はとても驚いたけど、慣れてしまえば普通の光景となる。
さすがに食べ物を食べる所は見た事ないが。
「ありがとうございます ・・・・ でも、私はあんまり里の方々とは ・・・・・」
もしも、知っている、と言っても一方的なのだが、人に遇ったらサスケの二の舞になりそうで。
「君がアイツと一緒にいるトコを見る機会はそうないから、大丈夫じゃやない?
忍者じゃないんだし。 これでも、この里は結構観光スポットとかあるんだよ」
「ありがとうございます。じゃぁ、今度ぜひ、慰霊碑に行ってみます。
あと ・・・・・ もし良かったら、観光ガイドというか地図みたいなものがあれば ・・・・・」
「そうだな ・・・・ 詳しい地図はないけど、探しておくよ」
慰霊碑の言葉で下がった目尻に、チクリと痛みを感じながら、よろしくお願いしますと、頭を下げた。
「カカシ先生は ・・・・」
「ん ・・・・ どうしたの?」
「何も聞かないんですね ・・・・・」
複雑な表情で微笑もうとする。
そんなに、笑顔ではない、けれども、優しさは失わない視線が返ってきた。
「残念だけど、俺は、君に教えてあげられる事は何もないんだ。
だから、おればっかり聞くのも悪いでしょう?」
「私は、木の葉の方に、とても、情を掛けてもらえる立場では ・・・・・」
「そうなら、君は今、別の忍者と一緒に居るよ」
「?! ・・・・ イビキさん ・・・・・?!」
少し血の気の引いた表情に苦笑しながら、ごめんごめんと謝った。
「う〜ん、表現が悪かったね。
君がそんなに俺たちに詳しいとは思わなかったから」
「あっ ・・・・ あの ・・・・・」
「訳有りなのは解ってるつもりだよ。
俺も、正直驚いたよ。まさか、ヤツから預かるとはね ・・・・・」
カカシの疑問を少しでも解いてあげたいと思うのだけど、何から話すのが良いのか判らない。
もしも最初に出逢ったのがイタチでなければ、自分は、今どうなっていたのだろうか?
黙して考え込むの横顔をみつめ、小さくため息をついた。
「ヤツから預かって良かったよ。 でないと、本気で口説いちゃってるかも」
嘘とも本気ともつかない笑顔でサラリと流す。
どうやら、モテ男説が目の前にいるカカシにはあてはまったらしい。
「もしも ・・・・ もしも、私がそれでカカシ先生を選んだとしても ・・・・・。
きっと許してくれる ・・・・・・・」
「ちゃん ・・・・ ?!」
「あっ?! あの、口説いて良いとか、そんなんじゃないんですよ!」
もちろんと、あわててすごく真剣な顔で付け加えるから、余計に可愛らしく思えてしまう。
「大丈夫だよ。 俺だって、命は惜しいし、無駄な戦いはごめんだ」
「だから ・・・・ イタチは、そんな人じゃありません!
そりゃ、すっごくやきもちは妬くけど ・・・・・」
「 『冷静で冷酷』 の印象しかないんだけどね。ここじゃ。
でも、あの日のちゃん見たら、情熱家だってのは判ったけどね」
「? ・・・ 情熱 ・・・・・・ ! ・・・・・・・」
カカシの言葉があの夜つけられた華をさす事に少しして、気がついて真っ赤になる。
否定できない事実は自分が一番良く知っているから。
「でっ、でも、ほんとに、優しくて、いつも、気遣ってくれて ・・・・・・。
そう ・・・・・ いつも、私のことばかり ・・・・・・」
今、いったい何をしているのだろう?
自分を他人に ・・・・ 全てを断ち切った『木の葉』にまで預けて、何をしようとしているのだろう。
考えないようにしていたのに、一度言葉にしてしまうと、もう止らなくて。
「きっと、私の所為でまた ・・・・・・ ぅぅ ・・・・・ また ・・・・・ また ・・・・・。
私なんかと ・・・・・ ?!」
最後の言葉は、カカシの大きな胸で遮られた。
伝わる温もりは違うのに、まるでイタチに抱きしめられているようで。
「俺たち忍は、多かれ少なかれいろんな罪を背負ってる。
こんな風に、泣いてくれる君が居るヤツ(イタチ)は、幸せだと思うよ ・・・・・。
だから ・・・・・ 君が気に病むことなんて、何にもない ・・・・・」
「うん ・・・・・ でも ・・・・ ごめんなさい ・・・・ 少しだけ ・・・・ 」
「ああ ・・・・ いいよ 好きなだけ ・・・・・」
きっとイタチも同じ事を言ってくれるだろう。
やはり彼は、木の葉の忍なのだと胸が熱くなった。
カカシの言葉に堰を切ったように泣きじゃくった。
何が悲しいのか、解からないのだけれど。
2007/9/7
執筆者 天川 ちひろ