二つ紅 〜十二





 
 全てを隠す闇の中でも、ひときは色濃い濡羽色の髪。その持ち主の優麗さを極出せ闇に煌く。
その姿を裏切る事のない技術と精度。立派な忍になったものだと、小川で顔を洗うイタチの横顔にカカシは思った。

「お前と任務に出るとは、夢にも思わなかったよ」

「任務 ・・・・ ですか ・・・・。
 確かに貴方にとってはそうかもしれませんね」


 久しぶりの暗部衣装に身を包み、ともに木の根元に腰を下ろすと、まるで昔からの同胞のような気持ちになってくる。
かつて、完膚なきまでに敗北を思い知らされた男とは思えない。
 裏の裏まで何かと蠢き巣食う忍の世界。傍らに座るイタチが居ても何も不思議ではないのだけれど。


「やっぱり裏があったんだね」


 将来を期待されていた逸材の突如の暴挙。その残忍な結果に誰もが、己の力を過信して正気を逸脱したと思った。
しかし、オビトから垣間見た写輪眼への一族のこだわりやサスケのイタチを憎む心情から邪推すれば、さまざまな疑問が生じる。
もちろん、ここ(木の葉)に忍として存在する以上、言葉や行動にする事は決してない事。




「何もありませんよ。伝わったモノが全てです」

「ああ、事実だ。 でも 真実じゃない」

「どうしたんですか、カカシさん。貴方らしくもない」

「らしくない ・・・・ か ・・・・。そうかもしれないな。
 最近、嬉しい事ってあんまりなかったから、浮(うわ)ついてるのかもね」


「羨ましいですね。 この世界でそう感じられるのは」

「もう見つけたお前に言われると、嫌味に聞こえるよ」



 マスクの下の口元を歪めたカカシに、同じようにイタチも歪めた。


「しかし、なかなか見つかんないねぇ」



 単独で動くイタチを嫌う上層部は、探索の名目で任務として、写輪眼に対抗できるカカシをツーマンセルの一人として付け、暗部という形で動いている。
 大蛇丸のアジトらしきモノはいくつか見つけたがの存在は感じられない。
焦りの欠片も見せないイタチだが、暁を離れる回数が物語っていた。



「おそらく、サスケと一緒でしょう」


「まあ、子星と月はセットみたいなものだからね。
 でも、手がかりくらいはあっても良いと思うんだけど」


「理由は解りませんが、サスケが単独でを捕らえているのでしょう」

「って事は、大蛇丸も知らないって事?」

「正式に伝えてはいないでしょう。ヤツの事だ、居場所を知らされないまま甘んじているとは思いませんが」

「そっか。なら、できるだけ早く探した方がいいね。
 心当たりはあるんだろう?」


 カカシの問いに小さく『ええ』と答え視線を落とした。
 サスケと共にいるを思えば、その胸中は察して余りある。どこまでも絡み合う兄弟(ふたり)にカカシも視線を足元に落とした。


「まあ、定期連絡だけはちゃんと入れてくれよ。 でないと、俺が五代目にどやされる」


「?! ・・・・・・ カカシさん ・・・・・・・」


「一族独自のコネは門外不出。こっから先はお前だけで探してくれ」


「俺をあまり信用しない方がいい ・・・・・。
 貴方の仲間が俺の手に掛かる日だって、そう遠くない未来に来るはず ・・・・・」


「ああ。俺が、お前の仲間に同じことするのもね。
 でも、それが俺たちの世界だし、今更でしょう?」

 悪びれなく笑顔を向けるカカシを、イタチは無言で見つめ返した後、笑みを浮かべ未来を見据えるかのように視線を目の前の闇へと向けた。


「裏切り者だと思っていたお前が、同じ志を携えている。
 それが解っただけでも、お前を信じる価値はできたよ」


「真実も事実も、何も変わっていませんよ」

「ああ。 だが、ここにお前が居ることも、真実だ。
 だろう?」


「さあ、どうでしょうか ・・・・・・」



 素っ気無い返事なのに口元に浮かんでいる微笑。優秀で有るが故の孤独を纏い続けたイタチ。
その秀でた才能がさらに孤独を背負わせた。
しかし、今のイタチはそれらの孤独さえ、に出逢う為の試練だったと受け入れているのだろう。

 闇の中から光を見いだした者のみが許されたぬくもりを纏うこの若き忍が、故郷の地を踏むことを許される日が来ることを、カカシは心から祈った。

 仮面をつけかけた手を止めて、切れ長の瞳がカカシへと流された。


「俺は ・・・・・ この ・・・・・ ここの(木の葉)の忍であった事を、後悔した事はありません ・・・・ 昔も、これからも ・・・・・」


「ああ、俺も、お前がここ(木の葉)で良かったと思ってるよ。
 ・・・・・ まあ、今となってなんだけどね」


 一瞬見えた月が、流された瞳の冷たさをカカシに見せる。それは、皆が知る『暁』のイタチの瞳。


「・・・・ だが、を失えば ・・・・・ 俺は潰します。
 それが、ここ(木の葉)だろうが、あそこ(暁)だろうが ・・・・・」


「そうならない為に、俺がいるんでしょ?
 まあ、『たら』『れば』の話なんて今更だけど、四代目が居たらならお前は俺と共に戦ってた、昔も今も。
 お前も良く知ってるはずさ」

「?! ・・・・・ 遺産 ・・・・ ですか ・・・・・」

「ああ。 アイツは必ず闇から救うよ、大事な友(ライバル)だからね。
 時は流れるけど、ちゃんと受け継がれてるよ、『意思』は」


 ナルトたちに見せる目をへの字に曲げた微笑みを、イタチは久しぶりに見た。


「だから、お前は、心配するな。 俺たちは、俺たちの出来る限りをするからさ」


 その笑顔に送られて、イタチは闇の中へとその身を潜めていった。



2008/8/31

執筆者 天川 ちひろ