二つ紅 〜十一





 
 サスケの所(正確には大蛇丸の所なのだが)に来て半月が過ぎようとしていた。
 最初は、じめじめした『アジト』と呼ぶに相応しい部屋だったのだが、場所を移され村はずれの一軒家に軟禁されている。

 人との接触以外、拘束される事はない。
必要なものは、夕方紙に書いて郵便受けに入れておくと、翌日の朝、玄関先に届けられている。

 これでイタチが帰宅すれば、以前と変わりない生活なのにと、ため息が零れる。
戻らない想い人が、逃避しようとする現実を引き戻す。
 自分が何者なのか、何の目的で軟禁されているかも、訪ねる事は叶わない。

 有り余る時間を紛らわすために頼んだ浴衣生地。
何度も型紙を切りなおして、やっと今日から裁縫を始めた。





 がたりと鳴った扉に振り向くと、少し幼い面影。
一気に押し寄せる切なさを押し込めて、微笑みかけた。


「おかえりなさい。 今日はどうしたの?」


 裁縫の手を止めてにっこりと微笑むとは対照的に、無表情のサスケが近づく。


「言ってる言葉に、繋がりがないぞ。 俺は、ここに帰ってきたわけじゃない」

「そうだね。 でも、イタチの弟だと思うと家族の様な気がしちゃって」

 イタチの名前とえへへと照れるを睨み返すと、つかつかとあがり込んで茶の間に座り込む。
帰ってきたのではないと言う割には、勝手知ったるなんとやらだ。


「茶ぐらい出せよ」


 言葉とちぐはぐなサスケの行動に、ぽかんとその同行を見つめていたは命令口調の言葉で我に返る。
サスケらしいなぁと口元を緩めながら、台所へと向かった。

「お茶かコーヒーどっちがいい? それとも、牛乳?」

「牛乳ってなんだよ。 お前ほんとに変なヤツだな」

「だって、サスケ君育ち盛りたもの。
 それに、いっつもイライラしてるみたいだから、カルシウムが足りないのかなぁと思って」

「お前、喧嘩うってんのか?」


 睨みつけたはくすっと微笑を浮かべ、可愛らしい花柄のカップを二つのせたお盆を手に横に向かいに座った。
ようやくからかわれた事を悟り、さらにムキになった自分を自覚してプイッとそっぽを向く。
サスケのそんなしぐさに、さらにから微笑みがこぼれる。

 横目で除き見たその笑顔につられる様に頬が熱を持つ。
他愛のない会話、優しさに満ちた笑顔、温かく過ぎていく時間。
木の葉を出る時に全て決別したのに、心地よいと感じてしまう自分が居る。

「ハーブティーよ。 目の疲労に効くようにブレンドしてみたの。
 上手くできてるかどうか不安だけどね」

 手に取ったカップからは、ほんのりブルーベリーの香りがした。
『どう?』と、少し首を傾けて問う
自分が来ることを思って作っていたのだろうか?
そんな期待が胸をよぎる。

 一口含むとふわっと広がる優しい甘味。
甘いのが苦手なサスケでも、柔らかく体に吸い込まれていくように感じた。
自然に緩む口元とは裏腹にそっけなく返事した時、の肩越しに視線に飛び込む浴衣生地。
明らかにのモノではないと解るその柄に、己が見ていた夢から引き戻された。



 ――― 自分から全てを奪ったイタチ


 ――― そして、は・・・・・・・・・・



 急に険しくなった視線に気づきその先を追う。
それに気づき、見つめる視線をはずすサスケ。
 大人気ないと自覚しているが、居た堪れずに立ち上がる。
すると、気にも留めていないのであろうは、まだ、型紙がついたままの見ごろを持って立ち上がり、サスケの肩にあてた。


「止めろ!」

「あっ、急にごめんね。 ちゃんと合ってるか確認したくて ・・・・」

「合ってるだと? 俺で試してどうなるんだ ・・・」


 叫ぶような静止と唸るような問いにも、不思議そうな表情を浮かべるだけの
苛立ったサスケに両手を掴まれて、やっと不機嫌に気がついたようだ。


「だって、サスケ君のだもの。 私なんか変なことした?」

「俺のだと? なんで、お前が俺のなんか作ってんだ!」

「だって、暇だし、イタチのはもう作ったから ・・・・ サスケ君にって ・・・・・」

「お前、俺をなんだと思ってるんだ?」

「弟 ・・・・・・・ だよ ・・・・・・ だめ ...... かな ・・・・・・・」

「?! ・・・・・・」


 ゆるぎない視線で見上げるの瞳に己の顔が映っている。
その眼は何も持たないはずなのに、とても力強くサスケを包む。


「俺は、アイツを殺す ・・・・・」

 サスケの言葉につらそうに伏せられた瞳。持っていた手首を離すと、型紙のついたままの半身をしっかりと抱きしめた。

「知ってる。 でも ・・・・・・ でも、サスケ君は、イタチの弟だも」

「俺は、アイツを兄貴だなんて思っちゃいない!」

「でも、イタチは思ってる ・・・・ たった一人の大切な弟だって。 だから、私っ?!」

「だったらなぜ!アイツは! アイツは ・・・・・」


 の両肩を掴み激しく揺さぶる。その激しさに顔をゆがめる


「ごめんなさい ・・・・ 私も、理由(わけ)は知らないの ・・・・ 」

「だろうな 言える訳ないさ。 お前はアイツに騙されてるんだ! ・・・・・・ あんなヤツを信じるな ・・・・ 」


 から手を離し最後にポツリと呟かれた言葉は、疑うことなくに向けられたはずなのに、まるでサスケ自身に言い聞かせる様に聞こえた。

「騙されてなんかいない ・・・・・。
 知ってるの ・・・・ あの夜、イタチがサスケ君に、他のみんなに何をしたか ・・・・・」

「?! でまかせを言うな! お前が、知ってるはずない ・・・・」


 俯きぎゅっと両腕を抱きしめると、こぼれる涙と共にとても悲しそうな声が続く。
ありえないはずなのに、まるで本当の事のように、サスケは感じた。


「イタチがサスケ君に言い残した言葉も ・・・・。
 サスケ君が、ナルト君を殺さなかった事も ・・・・。
 今、サスケ君がここ(大蛇丸の所)に居る理由(わけ)も ・・・・・。
 ・・・・・・ 全部知ってる ・・・・・・

 なのに、私は何もしてあげられない、サスケ君にも、イタチにも ・・・・・。
 何も助けてあげられない ・・・・・」

 小さく震える肩はいっそうを小さく見せる。
簡単に消えてしまいそうなその肩を、気がつけば抱きしめていた。


「何もしなくていい ・・・・・。 だから ・・・・・ 泣くな ・・・・・。
 俺たちなんかのために ・・・・・」


 偽りのない想いを言葉にしたのは、いつ以来だろう。



 ――― 己の所業で人が泣く



 解りきっていた事なのに、今まで感じた事の無い痛みが、サスケの胸の奥にまるで呪印が広がるかののように滲み出てた。









2008/7/19

執筆者 天川 ちひろ