散花舞恋 八










 机に向かって苦手な書類の山を片付け初めて半日。
もともと解ってはいたのだが、こんな形で己の元上司の有能さに気づくとは、皮肉なものだ。

 う〜んと一伸びして立ち上がると、一斉に隊士達の視線が修兵を包む。
こほんと照れ隠しに近い咳払いを残し、部屋を後にした。



 昼休憩を告げる軽快な杢音を聞きながら、過日この場所に佇んでいたを思い出していた。
配属の通達を受けて初めてその名と顔が一致した。
朽木隊長預かりの特例魂魄の情報は、四席以上の者に知らされていたからだ。



「ここに居たんすか、先輩」
「おう、恋次か。どうした?」
「いえ、久しぶりに一緒にメシでもと思って」

 頭に手をやってから鼻の下をこするしぐさは、何か含み事がある時の恋次の仕草だ。
大方、朽木隊長の無言の任務を負ってきたのだろう。
気が利きすぎる副隊長は、何かと苦労が多い様だ。
自分のように、気が回りすぎる隊長を持つのも、どうかと思うが。

「おっと、『元』だったな・・・」
「え?! 何がですか?」

 思わず口をついてしまった言葉に、まだ自分が東仙の影を引きずっている事に気づく。
そんなに簡単に割り切れるはずはないのだが、極力表に出さないのが今の自分たちの大切な勤めの一つだと解っているのに。


「何でもねぇよ。ほら、行くぞ」
「あ、ちょっと待って下さいよ!」

 先に歩く修兵を追うように、二人は込み合ってきた廊下を飯屋へと急いだ。



 修兵が足を止めたのは、最近人気の店だった。
硬派な部分と軟派な部分が混ざり合う彼らしい選択だと、恋次は口の端を歪めた。

「よぅ」
「らっしゃい! 今日も、忙しそうだね」
「でも、ないさ」
「いつものやつで?」
「ああ、頼むわ」

 馴染み客を愛想良く出迎えた大将は、店員に目配せをしてから、恋次に軽く会釈した。

 通された隅の机は、入り口から死角になっていて込み合っている昼時でも、ゆったりと食事が出来る。
運ばれてきた食事は、品書きにあるモノとは少々違うようだ。
もちろん、話題のこの店一押しのモノでもない。
少し落胆の色を見せた恋次だったが、漂う匂いにすぐに表情は明るくなった。

「美味そうだろう? 
 もともとは賄い料理だったヤツを特別に食わせてもらってる」

「へぇ〜、まかないっすか?! そりゃぁ楽しみだ」

 おやつをもらう子供のように瞳を輝かせると、手元の箸を取ると大きなどんぶりを食べ始めた。
そんな様子に苦笑を零しながら、どんぶりの傍らの吸い物を手に取った。





「いや〜、マジ美味いっすね!
どうしたんすか? 腹の具合でも悪りぃんすか?」

「別に、どっこも悪くねぇよ」

 どんぶりをほとんど平らげた恋次が、満面の笑みで修兵へ話かけた。
その時、修兵の持つどんぶりの中身が、半分以上残っている事に気が付き、何気なく言葉をかけると、はっとしたように残りを腹の中へとかきこむ様に箸を動かし始めた。

――― まだひきずってんのか・・・・ 東仙隊長を


 ふと頭を過ぎった恋次の耳に、別の問いが入ってきた。


「例の魂魄が、うちに来る・・・」

「ええっぇぇ〜!!! の事っすか?
 いつの間に知り合ったんすか?」

「そんなんじゃねぇよ! うちの隊に明日から配属になるんだよ」

 空のどんぶりを危うく落としそうになるほど驚く恋次に、修兵は慌てて否定した。
少し照れた様子に気づく訳もない恋次は、勘違いに恐縮しながらごまかしついでに湯飲みからさめた茶をすすった。
もともと、その目的で修兵に会いに来たのに、美味いメシですっかり忘れてしまっていた。


「たしか朽木隊長の預かりだったよな」
「えっ、ええまぁ」

 今度は恋次が慌てる番だった。
白哉との関係は、ルキアからの話だけなのだが、それなりのモノだと鈍い恋次でも察する事が出来た。
それが、ルキアへ対する感情がなせる事だという事実を、当人はまったく気づいていないのだが。

 別に罪人ではないのだから、感情的な領域は自由なはず。
しかし、白哉の立場と身分を考えると、口外すべきではない話題だと思う。
ルキアが、自分以外の人間に話しているはずはないと、根拠のない自信も手伝って、それ以上恋次は口を開かなかった。


「お前、一目惚れってしたことあるか?」
「なんすか、今度は・・・ また、巨乳の隊士見つけたんすか?」

 修兵の呟きにも似た問いと彼の遠くを見つめる様な視線は、恋次に先日の中庭での事を思い出させた。
修兵の瞳はその時に向けられたそれと、とてもよく似ていたのだ。


 わざと茶化してみても、修兵は同じ表情のまま、口元だけを歪めてちげーよと呟いた。

「じゃあ、院生の中っすか?」

 修兵は恋次の言葉には答えず、伝票を持つとさっさと席を立ってしまった。




 二人分の支払いを終え、外で待つ恋次と共に並んで歩き出した。
話題を探している恋次の横で、修兵はふっと思い出したように微笑を浮かべた。

「趣味なんだよな、きっと」
「へ?」
「巨乳好きは。 惚れるのには関係ないらしい」

 恋次は、後から後悔した。
この時、と白哉の事を伝えるべきだったのだろう。
しかし、それを許さないほど、浮かべた修兵の笑顔は、優しくてへの想いに溢れていたのだった。







 
2010/3/14

執筆者 天川ちひろ