散花舞恋 九





 九番隊に入隊して一ヶ月が過ぎた。
副隊長補佐と言う、護廷では異例の扱いと朽木邸預かりだったと言う噂に最初のうちはさまざまな視線を投げていた隊員たちも、その飾らない姿にすぐに打ち解け、は、忙しいながらも充実した日々を送っていた。



 入隊と同時に小さな家がに与えられた。
補佐とは言え護廷の一員なのだから、生活に困らない程度の給金が支払われる。
いつまでも預かりという形では窮屈だろうとの総隊長の配慮からなのだが、事後報告で聞かされた白哉は心中穏やかではなかった。


 前妻の時とは、違う意味でさまざまな根回しが必要だ。
もう少し時間を稼ぎたかったのだが、の評判が広まるのは白哉の予測を超えてしまっていたのだ。

 おまけに現世での長期任務が入ったため、三ヶ月ほどはと見まえる事も叶わない。
決してその感情が表に出る事は無いのだが、唯一、有能な副隊長には伝わってしまったようだ。
 日ごろからそつの無い白哉の仕事が冴え亘っていたのだから。


「この分なら、予定より早く戻れそうですね」

 自分を気遣っての言葉だと、白哉は直ぐに察した。
ふと、焦っている自分に気が付く。
憂いを落とすものなど、何一つないのだからと己自身にに言い聞かすと、気を抜くなの一言に、恋次への礼を込めた。






 新人だからと気遣うのだけれど、隊長不在の穴はとてつもなく大きい。
噂以上だったの有能さに、うっかり甘えてしまう事もしばしばで、残業のわびにと何度か修兵は、を夕めしに誘っていた。


 もちろん下心が無いとは言わない。
だが、感謝の意の方がはるかに多いのも事実だ。
 一目惚れだけでなく、その全てに惹かれていく自分に嫌でも気づいてしまう。
そうなると、ふと視線が重なっただけでも、その日一日はとても元気に過ごせる自分がいた。


 今夜も残業を頼んだを、行きつけのメシ屋へ連れて来た。
 以前、恋次と来た店の主人は、黙って奥のいつもの場所へと通してくれた。

「さあ、何でも食っていいぜ。 なんなら、少し飲むか?」

「いっ・・・ いえ、私は・・・」

「明日は、久しぶりの休みだろう? 少しぐらいはいいんじゃねぇか?」

「私、未成年なのでお酒飲んだ事ないんです」

「未成年?」

「はい。現世では、20歳にならないとお酒って飲んじゃいけなくて、私、亡くなった時、まだ、高校生だったから」

「そういや、黒崎がそんな事言ってたな。 こっちじゃそんな決まりはねぇからな」

「すみません・・・」

「別に謝ることじゃねぇよ。じゃあ、好きなもん注文しろよ」

「はい、ありがとうございます」


 他愛も無いやり取りの最後を飾られた微笑みに、熱くなった頬を悟られるのを隠すかのように、修兵は威勢良く店員を呼んだ。


 現世での決まり事などを話しつつ食事も終わりかけた頃には、どちらも口数が減っていた。

 修兵は、明日のの非番に合わせて午後から休みを取っていた。
そう、を誘うためだ。
仕事での関係が安定したのと、もう、自分の気持ちを抑えるのが難しくなったから。
 もしも、断られたのなら、潔く諦めようとかと少し弱気な決心ではあるのだが。


 少しの沈黙のあと、同時に言葉を発した。

「あのさ」
「あの・・・」

「「えっ?」」

「あ ・・・ 副隊長からどうぞ」

「勤務時間以外は、副隊長はやめろっていったろう? いいよ、お前から話せよ」

 自分は二人で居る事がたまらなく嬉しいのだが、には関係ないらしい。
当たり前の事のだけれど、苛立ちと焦りが言葉の端に出てしまったようだ。

 話あぐんでいるを見て、後悔してしまった。

「どうした? 告白でも何でも聞くぜ」

 冗談で気をほぐそうとした言葉は、に功を奏したようだ。
くすりと微笑んだ後、に今まで見た事の無い真剣な眼差しが浮かんだ。


「副隊 ・・・ 修兵さんは、現世で私と会ってませんか?」


 突拍子もない問いかけに、を見返すと真剣そのもので。

「残念ながら、会ってねぇと思うけど」

「そうですよね。 うん、私が死んじゃったんだもの ・・・・」

「どうしたんだ? 話してみろよ」

 憂いを含んだの頬に、思わず指先が伸びそうになるのを、ぐっとこらえた。

「私の知ってる先輩に、そっくりなんです。 私、その先輩にとっても大事な事を伝えなきゃいけなかったのに・・・・」

「そうか ・・・・。なあ、、俺で良ければ聞くぜ。少しでも気が晴れるなら」

「 ・・・・・」

「まあ、今夜はこんな時間だ。もしも、話したくなったら、明日の午後なら俺は、家にいるからいつでも尋ねて来い」

 の憂い顔に、最初の下心などとおに何処かへ消え去っていた。
影を落とす全てのものから、を守りたいと心から願う自分が居る。

 そして、への想いを、修兵は今更ながら思い知った。



 
2010/8/16

執筆者 天川ちひろ