散花舞恋 六
色とりどりに紅葉した山は、誇らしげに秋の日差しにその葉を揺らしていた。
「見事ですね」
見ほれるに、気付かぬうちに白哉は目を細めていた。
を朽木邸に預かってから二つの季節が過ぎた。
夜の散歩で偶然行き合わせて以来、少しずつ二人の距離は近くなっていた。
ただそれが、家族としてなのか特別な存在としてなのか、心を推し量るには白哉は少し時をすごしすぎたようだ。
ただ、ともに過ごす穏やかなひと時は、間違いなく白哉の中でかけがえのないものになっていた。
朽木邸の見事な庭も十分過ぎるほど美しいのだけれど、自然が創り出した美しさの前では比べようもなく、しばし窓から広がる絵画のような景色を楽しんだ。
「久しぶりに来てみたが、昔と少しも変わらぬものだな」
「久しぶりなんですか? こんなに綺麗なのに、もったいないです」
少しすねた言葉に、白哉の口の端が揺れる。
自分の意見をはっきりと口にするは、白哉にとって久しぶりの相手だった。
しかし、決して出すぎずかといって安易な妥協もしない。
過ごして来た場所が違うと言えばそれまでなのだが、いままで接した女性とは違って感じる。
もちろん、護廷の名だたる女性死神は除いての事だが。
「久しぶりって、どのくらいなのですか?」
「五十年 ... にはなるか .....」
「..... 五十年 ですか ...。 ついこの間まで普通に人間していた私には、ピンとこないな」
うふっと微笑むだが、白哉には解っていた。
聡いは、来なくなった理由をその年月から察したのだろう。
最愛の妻をなくし、時の流れを省みる事もなく忙しい日々に身を置いた。
季節を彩るさまざまなうつろいも、自分の目には何の感情もなく流れていた。
逃げていた訳ではないのだが、改めて時の流れを感じると、あながち否定も出来ないと思えてくる。
そんな事を感じさせるが、憎らしくも愛しくもある。
「.. さん? 白哉さん?」
「?! ああ、すまぬ。なんだ?」
「いえ、そろそろお昼にしませんか? 少し早いですけど、日が暖かいうちに近くを散歩したくて」
「そうだな。 そうするとしよう」
柔らかな微笑みを浮かべ頷く白哉の表情は、五十年前のそれと同じなのに、物言わぬ山の精霊達はさおやかに木の葉を揺らすだけだった。
白哉への礼と使用人達への労いをこめてが用意した弁当で、白哉は久しぶりに『手作り』の味を楽しんだ。
もちろん朽木家の料理人達の足元にも及ばない味なのだけれど、いつも満たされている五感とは別の満足を感じる。
それは遠い昔の記憶と重なり新たな彩となって、白哉の心に広がり優しく梳けていった。
「良い味だった ・・・」
食後の散歩に出てからずっと言葉を探していた。
結局見つかったのは、いつも料理長にかける言葉と同じで。
饒舌を好まぬ白哉だが、今は言葉の足りない己が歯がゆかった。
しかし、白哉の言葉には満面の微笑で応えた。
「全部食べてもらえて、本当に良かった」
「そんなに多い量とは思わぬが?」
「いいえ、量じゃなくて ・・・・ 。
白哉さん、厳しいから、合格しないと食べてもらえないですもの。
全部食べてくれたって事は、合格だったんですよね」
「残す? 私がか?」
「? ええ ・・・・」
の言葉は、白哉の予想もしなかった言葉だった。
思わず返した問いに、不思議そうなの瞳が白哉を映した時、白哉は初めて己が映していたに気づいた。
それは遠い昔、心から愛しいと想った女性(ひと)を映した時と同じだと。
とても自然にの頬に触れた白哉の指に、その頬を真っ赤に染めたが白哉を見上げた。
「あっ ・・・ あの ・・・ 白哉さん ・・・・」
「お前が作った物を残すなど、欠片も浮かばなかった。
いや、お前の何もかも、この手から離すなど一度も ・・・」
気が付いてしまった感情を抑えることなど出来なくて、そのままを抱き寄せた。
戸惑いながらも白哉に全てをゆだねたは、もう一度その瞳に白哉を映す。
そして、二人の唇が重なった時、その瞳はゆっくりと閉じられた。
五十年前、白哉の中でその色を止めた紅葉たちが、再び鮮やかに愛しい時を彩り始めた。