散花舞恋 四







 白哉はを朽木邸に預かってから、一通りの行儀作法を教えるよう家老に申し付けた。
処遇は決まっていないが、邸をでた時に困らぬようにとの白哉の配慮だった。
もちろん、師となる者は瀞霊廷中のよりすぐりを選んだ。
しかし、貴族でもないに行儀作法がどの程度必要になるかは疑問なのだが。




 一月(ひとつき)ほど経ってその後の成果を家老に尋ねると予想外の答えが返ってきた。
に教える事は何もなく、それどころか師範の中には、ぜひ師範代に迎えたいと申し出る者も居るという。

 利発な娘だとは感じていたが、貴族の気品は感じられなかった。
疑う訳ではないのだが、やはり自分の目でと、数日後、白哉はを茶の湯に誘った。




 
 桔梗の花が描かれた掛け軸と、上質だが主張しすぎない陶器が飾られた茶室は白哉の人なりを良く表していた。
最初は緊張していたも、室の醸し出す穏やかな気品のおかげかすぐに和らいで、その持つ力量をいかんなく発揮することができた。
白哉は、趣が深いこの茶室に気おされる事のないの流れるような点前に、しばし見惚れていた。





 茶を服し終え点前を終えたが、少し不安そうな瞳で白哉を見つめた。


「見事だった」
「ほんとうですか? よかった」

 嬉しそうに微笑むに、白哉はつられて微笑を浮かべた。

「先生以外に点てたの初めてだったんです」
「前世では、なかったのか?」

 この白哉の問いが、を監視下にと総隊長が決めた理由のひとつだ。
本来、現世の魂魄は体を離れる時に、記憶も手放す。
しかし、は現世の記憶が消える事無く、魂魄になったのだった。


「はい。 お稽古ではいつもでしたけれど」
「家人とは、嗜まぬのか?」
「両親は亡くなったと聞いていますし、兄弟もいないので」
「それはすまぬ事を聞いた ・・・」
「いっ いえ、ぜんぜん大丈夫です!」

 言葉を暗くした白哉を心配して、は力強く答えた。

 落ち着いてはいるが、暗さは微塵もないでも、いろいろ苦労はあっただろう。
そう思うと素直に謝罪の言葉がこぼれ、表情も曇ったのだ。
そんな白哉の優しさに触れて、も少しだけ心のうちを話始めた。


「物心ついた時から、肉親と呼べる人はいませんでしたけど、必ず誰かが傍にいてくれました。
 だから、あんまりさびしいと感じた事はなかったんです。 ただ ・・・」

 そこで言葉を止めて茶碗を下げようとしたに、続きがとても気になった白哉は続きを問う。

「気に病む事でもあったのか?」
「いえ ・・・・」
「立ち入った事を聞いてすまぬな。 話したくなければ話さずとも良い」
「いいえ、話したくない訳ではないんです。 笑わないで下さいね」


 少し曇ったの表情に、また、素直に反応する。
そんな自分の変化に白哉が気付くのは、もう少ししてからだった。
その気持ちに応えるように、は少しずつ心を解いていく。


「なんとなく、自分の居る場所じゃない気がして」
「居る場所?」

「うん 上手く言えないんですけど ・・・・。
 でも、高校に入学して、ここの死神さん達と同じ着物を着ていた黒崎君を見かけたり、おしゃべりできる猫ちゃんと出会ったりしてから、その気持ちは、間違えじゃないんじゃないかって、思えたんです。
 だから、ここで黒崎君にあって、ほっとしたんです。もしかしたら、ここが私の居場所なのかって」

 黒崎とのここでの出会いが、を安心させたらしい。白哉はその事がなぜか不快に思えた。
しかし、それ以上に気になる発言が含まれていたので、表情に出ることはなかった。

「そうかもしれぬな。 お前は、どうやら私たちと同じ存在らしい。
 で ・・・ しゃべる猫に名前はあるのか?」

「ええ、夜一さんていう、おじさん猫です」
「・・・・ あれはオスではない.....」
「?! 夜一さんをご存知なのですか?」

 ああとそっけなく答える白哉に、大きく瞳を開いた
その生き生きとした表情がとても新鮮で眩しかった。

「夜一さんて、女の子? 白哉さんのお知り合いが飼われていたとか?」
「あれは、誰かの飼い猫ではない。 死神のヤツの仮の姿だ」
「ええ!!! ほんとですか? どんな人なんですか?」

 矢次早に繰り出されるの質問に、、自分の事をほとんど話さない白哉が、久しぶりに口を開いた。
そして、当時は良い思い出とは言い難い夜一との事を苦笑いを浮かべながら、しばし、と楽しい時を過ごした。




 茶室を去る前に、白哉が尋ねた。

「美味い茶の礼をしたいのだが、何かあるか?」
「お礼? とんでもないです! こんなに良くして頂いているのに、これ以上望んだら、ばちが当たります」
「そうか ・・・」

 少し寂しそうな白哉の表情に、今度はの胸がキュンと痛んだ。

「あ ・・ あの!」

 の呼びかけに、白哉は顔を向ける。
真正面から見つめられ、改めて白哉の秀麗さにドキリとした。
表に出さない感情も、ちゃんと見つめ合えばその綺麗な瞳からちゃんと伝わってくる気がした。


「あの、白哉さんや朽木さんがお仕事している所に連れて行って下さい。
 一度、みて見たいんです」

 の申し出に、視線を落とした白哉に、慌ててすみませんと詫びる。

「なぜ、謝る?」
「無理な事を言っちゃたかなって ・・・・」
「そんな事はないが、不思議に思ってな」
「不思議ですか? 昔からよく言われますけど、白哉さんもそう思いますか?」
「いや、そう言う訳でではない。ただ、見に来ても面白い所ではないのでな」
「そんなんじゃないんです。 ただ、見たことのない白哉さんが、見られるかなって ・・・ ?!」
「私が?」

 自分で言っておいて、無性に恥ずかしく感じた。
追い討ちをかける白哉の言葉に、頬を染めてうつむく。
しかし、以外にも、白哉は機嫌よく約束してくれた。


「よかろう。 そろそろ、四番隊へも顔を出さねば行かぬ時期だ。 日を調整しておこう」
「ほんとですか? ありがとうございます!」

 こぼれるような笑顔に送られて、白哉は茶室を後にした。


 

2009/1/18