散花舞恋 二




 翌々日、検査から開放されて連れて来られたのはとても大きな屋敷だった。
そこが、あの朽木白哉の家だと知ったのは、本人が帰宅した時。

 当主の帰宅を出迎える使用人に混じって出迎えた。
悠然と玄関へ続く道を歩く白哉は、の前で足を止めた。


「なぜ、ここに居る?」

「えっ? あのご家老さんに連れてきて頂いて」

 やはり何かの間違えだったのだろう。
彼の世話になる理由がわからず不思議に思っていたのだが、実際に言われ少々へこんだ。

「やはり、間違いですよね」

 照れ隠しに繕い笑いを浮かべるに、白哉の厳しい視線が刺さる。

「私を出迎えたくば、上がりにて迎えろ」
「は? はい」

 視線に促され後を付いていくと、玄関の上がりで正座して待つ家老の姿があった。
 意味が理解できず、そのまま続いて屋敷の中へ。格式のある家はいろいろ大変だと、は小さくため息を漏らした。

 無言の夕食を済ますと、白哉は書斎にこもってしまった。
聞きたい事が山ほどあるのだが、今日は諦めて自分も部屋に戻ったが、やる事などもちろんなくて。
 早々に布団に入るも、寝返りを打つばかり。
障子越しに射す綺麗な月明りに誘われて、こっそり散歩に出る事に。
聞く事が出来ないのなら、自分で情報収集と決め込んだのだが、それが無謀だったたと気づいたのは、道に迷ってしばらくしてから。

「えっと、確かこっちから来て左へ曲がったから・・・・。
 とりあえず、左だよね」

 ぶつぶつ言いながら、うろうろする事十余分。
それらしい道にはぶつからない。
野宿かもと、覚悟を決めたとき、とても冷たいのだけれど、いまのには天使の歌声に聞こえた。

「何をしている?」
「?! び ・・・・ 白哉さん ・・・・」
「どうした?」
「良かった ・・・・ 会えて ・・・・ ぅぅ ・・・」
「なぜ、泣いている?」

 屋敷とは反対の方向へ歩いていたを見つけ、てっきり逃げ出したのだと思った。
しかし、浮かんだ表情にそれは思い違いだと悟る。駆け寄り白哉の羽織りの裾を掴んだは、こらえ切れずぽろぽろと涙が零れ始めたのだ。

「・・・・ 大丈夫だ。 何も心配はいらぬ」
「はい ・・・・ ありがとう ・・・ ございます ・・・」

 そっとの肩に手を添えると、白哉は落ち着くのを静かに見守った。


 並んで歩く帰り道。あまり大柄には感じない白哉だが、実際並んで見ると頭一つは優に高い。
綺麗だけれど、刀を差した武人なんだと改めては実感した。
 
「白哉さんは、どうしてこんな夜に?」
「散歩だ ・・・」
「夜にですか?」
「ああ ・・・・」
「変わった趣味ですね」
「そうか ・・・」
「でも、そのお陰で、見つけてもらえたから、素敵な趣味かな」
「勝手がいいな」
「すみません ・・・・」

 少し遠回りをしての帰り道。会話と言えるほど、白哉の言葉は多くないが、初めてちゃんと話をした。
 聞きたい事は沢山あるけれど、なぜか聞く気になれなくて。
でも、どうしても一つだけ、知っておきたい事がった。
なぜか、聞くのが怖いと感じているのだけれど。

「あの、私は、いつまで白哉さんのお屋敷にお世話になるのですか?」

 チラリと流された視線にトクンと心臓が鳴った。

「お前が、出て行くと言うまでだ」

「え?」

 驚いて見上げたと視線がぶつかる。
大きく見開かれた瞳は、すぐに綺麗な輝きを見せはじめた。
口元に浮かんだ微笑に、愛らしいという感情が湧き上がった。
気づけば自分も、口元を自然に緩ませていた。

 あの時の己の言葉の訳が少し解ったような気がした。 



 

2008/11/3