散花舞恋 一




 格子から見える空は、青いのか暗いのか解らない。いや、それ以前に、ここが何処なのかもわからなかった。
 起き上がろうにも、体が重い。
仕方なく、今の状態がなんなのかを考える事にした。

 朝いつもの様に学校へ行って授業を受けていた。いつもの様に、黒い着物を着て校庭を走る黒崎を眺めて、お昼を食べて、放課後先輩と待ち合わせのカフェで会って、その後、いつもの帰り道の途中の胡散臭い店の店長にセクハラ発言されて、なぜか気の合うおしゃべり猫の夜一さんにミルクをあげて ・・・・・・。


「そっか ・・・・・ 私、死んじゃったんだ ・・・・・」


 薄暗くなり始めた道を急ぐ途中、たまに見えるへんな生き物の親玉みたいなのに襲われて、桜が舞い散る中、頭にへんな物を付けた美形な侍を見たのを最後に意識がなくなった。


 死んだと自覚できるのは、血だらけの自分の身体がゆっくりと地面に倒れるのを少し離れて見ていたからだ。
身体が倒れるのと同時に、意識も飛んでいった。

「じゃあここは ・・・・ 天国 ・・・ じゃないよね ・・・ 殺風景で綺麗じゃないし ・・・・・ 」

 地獄と言うには普通過ぎる。しかし、意識を手放すまで居た世界とは明らかに違う。

「きっと夢なんだ ・・・・ まだ ・・・・・」
「目覚めている様に見えるが」
「?! ・・・・・ ですよね ・・・・ やっぱり」
 
 いきなり声を掛けられた驚きより、穏やかな声の響きになぜかとても安心して、すんなりと言葉が出た。
 声の先へと顔を向けると、声の主はすぐ近く、ベットの脇の椅子に腰を下ろしていた。

「えっ? ・・・・・ あの ・・・ えっと ・・・・」

 死ぬ間際に見た美形侍が、無表情で見下ろしていた。
しばらく、沈黙とともに見詰め合う。先に口を開いたのは、侍の方だった。

「質問なら、答えよう。 但し、答えられる範囲での話しだが」
「あっ ・・・・ あの ・・・ 」

 とっさの事に、質問が浮かばない。聞きたい事は山ほどあるのだが、何から聞いて良いのか整理がつかない。
こういう時は、とりあえず当たり障りのない事からと、正直に質問してみると。

「あの、頭に付けてるの、なんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・」

 目の前の侍は、少し驚いた表情の後、岩のような沈黙とともに露骨に呆れ顔をベットへと投げ掛けた。

「・・・・・ 名を聞こう ・・・」
「あっ! そうですよね、やっぱり自己紹介ですよね ・・・・」

 薄い笑顔で必死でその場を繕うも、痛い視線は変わることなく注がれていた。

「えっと、?!!!」

 急にバタンと扉が開いて、一気に空気がざわめきだした。
和む空気とは裏腹に、侍の眉間の皺が深くなった。

「なんだ、おまえ、 じゃねぇか」
「あ・・・ 黒崎君 ・・・ と ・・・ 朽木 ・・さん?」
「なんだルキアも知ってんのか?」
「済まぬが私は、お前を知らぬが」
「いえ、井上さんがそう呼んでるのを聞いていたから ・・・・ って、なんで黒崎君が私の名前知ってるの?」
「へぇ、井上の友達か。お前、けっこう有名だぜ。 いっつも雨竜とトップ争ってるだろう?」
「う〜ん、試験の結果見に行った事ないから良く解らないけど ・・・」
「なんだ、余裕だな」
「そう言う訳じゃ ・・・・」

 どすどすと言う足音が響いて、もう一人赤毛の男がやってきた。
どこか見た事はあるのだが、名前までは知らない。

「おい、一護てめぇ、隊長の前で騒ぐんじゃねぇ!」
「るっせぇな! お前の声の方がよっぽどでかいぜ!」

 いきなりにらみ合う二人にも、先ほどと同じ深い低音が響いた。


「名を聞こう」

 一瞬で水を打ったように静まり返る。

・・・・ です」

 おずおずと答えると、少しだけ優しくなった瞳で見つめ返された。やはり、美しい人だと見惚れてしまった。

「朽木 白哉だ。 今日はいろいろ雑音が多い。
 質問は、またの機会としよう」

 視線で一瞥しただけで、恋次と呼ばれた男と女性の朽木は、深々と頭を下げた。
それが、彼の持つ威厳からなのか地位からなのか、今のには解らなかった。
しかし、これだけの事で疲れを感じていた自分への気配りだという事は、終始外されなかった視線が教えた。
 状況は全く解らないのだけれど、ひどく疲れている事だけは確かだったから。

「今日の所はゆっくり休むがいい」
「ありがとうございます」

 白哉が立ち上がると、白い羽織がゆらりと揺れて清々しい香りがの鼻をくすぐる。なぜか、ひどく安心できた。

「あの ・・・ 朽木さん ・・ ! あっいえ、白哉さん」

 白哉を呼び止めるつもりが、ルキアまで振り向いてしまい、慌てて呼び方を変えた。
慌てる恋次を視線で制すると、何だと小さく答えてくれた。

「あの ・・・ 気になってゆっくり休めないかも ・・・」

 少しだけ口の端を歪めた白哉に、恋次は驚いた。そして、その答えに更に驚く事となる。

「『牽星箝』だ。 この世界では特に珍しくもない髪飾りだ」

「ありがとうございます ・・・ おやすみなさい」


 の言葉に更に口を歪めると、部屋を後にした。

 慌てて白哉に続く恋次の後に続くように、じゃあと挨拶をして一護とルキアも部屋を後にした。

「おい、恋次、のやつ、白哉にあの竹輪みたいなのを聞いたのかな?」

「じゃねぇのか ・・・ 隊長の答えからすると 」

 一護の問いかけも上の空な恋次が答える。
あんな質問に素直に答える白哉も初めてならば、薄くであっても微笑みを浮かべ話す白哉も初めてだったからだ。

 だが、それが無性に嬉しい恋次だった。

 




2008/9/16
連載開始