月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に
明月 2
そんなに時間は経っていないのに、ひどく昔だったような気がする。
護廷の入り口を見上げて、は思った。
自分が呼び寄せた虚(ホロウ)の所為で、うやむやになった進退をはっきりさせる為の書状を持って、
決して軽快とは言えない足取りで十一番隊隊舎へと向かう。
死覇装ではないは、護廷内ではかなり目立つ。
しかし、視線を集めるのがその所為ばかりではないと、気づく余裕はないようだ。
「やあ、ちゃん。 体は大丈夫かい?」
「なんだ、案外元気そうだな」
弓親と一角から対照的な声が掛かる。
変わらない出迎えに、ぺこりと頭を下げた。
「ご心配かけてすみませんでした」
手に持った書面に少し寂しそうな視線を落とす弓親に、一瞬ほっこりとした心はすぐにちりっと痛み始めた。
「隊長なら、隊首室だよ」
聞きたいことなら山ほどあるだろうに。
何も聞かない弓親に、礼を返した。
「これから、また、四番隊に嫌味言われるな ・・・・・」
治癒鬼道が得意なは、後方で隊士たちの治療にあたることが多かった。
そのお陰で、四番隊のベットへと送られる事が少なくなっていたのは確かだ。
「一角 ・・・」
「すまねぇ。 なんだ、その、・・・ せっかくできた女っ気が、また、なくなるのも寂しいもんでよ」
「草鹿副隊長がおみえになるじゃないですか」
「ありゃぁ、女じゃなくてただのチビだ」
一角の言葉に、周りがどっと沸いた。
やれやれというように小さなため息を漏らす弓親。
変わらない面々が、更に寂しさを煽る。
「お前が決めたんなら仕方ねぇからな。
今度、きっちり送別会やってやっからな」
「はい! ありがとうございます」
できるだけの元気とありったけの感謝を込めた笑顔を返した。
髪を下ろした更木には、やはり慣れない。
まだ日は沈んではいないのに、もう店じまいのようだ。
窓の敷居に腰掛けて、片方の膝を立てた砕けた姿勢で、大振りの杯をぐびっとあけると、視線だけへと向けた。
おずおずと書状を差し出しながら、お世話になりましたと畳みに額をこすりつけんばかりに頭を下げる。
「酌ぐらいしろよ」
「あっ?! はい、すみません、気がつかなくて」
慌ててにじり寄ると、大きな徳利から酒を注ぐ。
明らかに不機嫌な表情で、一気に飲み干すと再びの前へ突き出す。
「あの、草鹿副隊長は ・・・・・」
「アイツなら、遣いにやった。
傍で、ぎゃぁぎゃぁ泣かれちゃうるせぇからな」
「・・・・・・・・・・・」
姉のように慕ってくれたやちる。
その無邪気な笑顔にどれだけ癒してもらっただろうか。
でも、自分は何も返すことなく、悲しませる結果になった。
「てめぇの人生だ。 とやか言うつもりはねぇが ・・・・・・」
「俺の隊は、荒くれでどうにも手の付けらねぇヤツラばかりだ。
だがな、敵を見て逃げ出すようなやつぁ一人もいねぇ。
それどころか、喜んでつっこんでくヤツラだ。
つまらん『意地』だと笑うヤツもいるがな」
「 『意地』 なんかじゃありません。
十一番隊の 『誇り』 です!」
久しぶりに見るのしっかりとした表情に、更木は口の端を歪めた。
「女のてめぇに同じ事をやれたぁいわねぇ。
だがな ・・・・・」
正面から更木の視線に捕らえられて緊張が走る。
「俺の隊を、あいつらの意地を、逃げ道に使うのだけは許さねぇぜ」
「! ・・・・・・ 私は ・・ 別に ・・・・」
言いかけて小さくため息を吐いた。
こんなにもあっさりと、心を見透かされてしまう。
浮竹といい更木といい、どうしてこんなにも素敵な上司に恵まれたのだろうと、不謹慎だが口元が緩んでしまった。
犬も食わない夫婦喧嘩。
なのに、ちゃんと自身を見据えて言葉を放つ。
自分の道を違えるなと。
自分でも解かっていた。
理屈をいくつ付けてみても、ただ逃げているだけだと。
理不尽な事を押し付ける白哉ではない事は、自分が一番知っている。
浮かぶ疑問に、白哉を責めると理由をつけて、目をそらしている自分も。
もっと傷つくかもしれない真実から、逃げるための選択。
その為に、十一番隊を去る事を決めた。
そう ・・・・ この隊で一番してはいけない事を犯して。
だが、真実を受け止める勇気が、はたして自分にあるだろうか?
そう考えると、体が震えだした。
酒を注ぐ口が、小刻みに杯に触れている。
やっと注ぎ終えた杯は、ぐいっとの目の前に突き出された。
「えっ? ・・・・・ あの ・・・・」
はずみで受け取り更木を見上げると、視線は沈みかけた夕陽を見つめていた。
「てめぇだって、十一番隊(うち)の端くれだ。
どうおとしまえ付けりゃいいかぐれぇ、解からねぇはずねぇだろう」
「隊長 ・・・・・・ 」
受け取った杯へと視線を落とすと、赤い夕陽が映りこんでいた。
滾る想いか、血しぶきか
これが、自分が居る隊なのだと、ふと浮かぶ。
『逃』の言葉など微塵もない、命知らずの更木隊。
杯をくいっと飲み干すと、ご馳走様でしたと更木に返す。
受け取られた杯に、再びなみなみと酒を、ぺこりと頭を下げた。
そして、置いてあった書状を掴むみ立ち上がると失礼しますと、再び一礼した。
が出て行った後、風に乗って舞って来た、紙片に、更木は、口の端を歪めた。
そして、月が高くなるまで杯を重ねた。
2008/4/2