月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に
悲月 1
庭の桜を眺めながら、想いを巡らす。
花のない木なのに、華やかさを感じるのは、あの日、と誓った木だからだろう。
誓ったのに守れない不甲斐なさが、今まで感じた事がないくらい心を乱す。
子供じみた嫉妬心からを悲しめる事となろうとは。
どうすれば一番が傷つかずに、悲しまずに済むのか。
いや、どうあっても無理な事だ。
悲しみ、悔しさ、怒りが和らぐ事はない。
ならば、せめて怒りの向け所にと、心を決めた時、玄関から明るい声が聞こえた。
邸でを待っていたのは、朽木家や護廷に囚われる事なく牽星箝を外し、ただのの夫である『白哉』として会いたかったからだ。
想いとは裏腹に、出てくる言葉は己を縛る言葉。
皮肉なものだと言葉が零れた。
「なに言ってるの? ・・・・・・ 何でそんな事言うの? ・・・・・・ からかってるんでしょ。
それとも、勝手に任務に行った事、怒ってるの?」
「全てまことの言葉だ。 子は、また、出来る。だが 」
「なに言ってるのよ!!! 私たちの子供なのよ。 その子を ・・・・・?」
「朽木の家に嫁いだのだ。お前も、自覚は持っているはずだ」
「そんなに死んだ人間が大事なの? 生まれて来る命よりも、大切だって言うの?」
「そんな事は、言っていない。 だが、代々執り行われて来た鎮魂法要だ。
妻であるお前は、その席を空けることは許されない」
「だったら、日にちをずらしてよ。 たったそれだけじゃな。 どうして、この子を諦めなきゃならないのよ!!!」
簡単に説得できると思ってはいなかった。
だが、どうしてもに諦めさせねばならない。
既に、握り締めた拳から零れる血が着物を濡らし始めていた。
黒い着物は、すぐに吸いこみには気づかれる事はないだろう。
いつもと変らぬように、に悟られぬ様に、恨むなら私をと、表情を必死でつくろう。
「既に決まった事だ。覆る事はない。
四大貴族へ嫁いだのだ。 しかと自覚を持たねば勤まらぬ」
百も承知の言葉に、唇を噛み俯く。
最初から幸せなど望んでいなかった。
なのに、白哉は愛していると言ってくれた。それだけで何でも耐えられると思った。
でも、今は、その言葉がを押し潰すだけで。
「辛いだろうが、耐えてくれ。
お前さえ元気であれば、子はまた出来るのだから ・・・・・・ 」
「そう ・・・・ だよね。 私との子供じゃない ・・・・・・ 朽木の子供ならいいんだもん ・・・・・」
「? ・・・・・ ? ・・・・」
搾り出した小さな声は、はっきりと聞こえない。
再び名を呼んだ時、目にいっぱいの涙を溜めて向かい合う白哉を見据えた。
「いいわよ。 どうせ、子供を産むために嫁いだんだから。
お金が目当てで、貴方に嫁いだ私なんだから ・・・・・・・ !」
「そんな事はない! 私は、一度たりともそんな風に思った事はない。
ただ、今度は、どうしようもないのだ。
お前は、まだ、若く健康だ。望めば機会はいくらでもある」
「私は ・・・・・ 私は、奥方様の身代わりにすらなれないのね ・・・・・・・・。
あの方にだったら ・・・・・・ 愛して望んで迎えたあの方にだったら、こんな事は絶対言わない ・・・・・・・」
「緋真とお前は違う。 ましてや比べるなど ?! ・・・・・・・・・ ?!」
初めて白哉の口から聞いた名前。
その瞬間、何かが弾け飛んだ。
零れ落ちた涙に心を痛めながら伸ばされた腕を、弾いて拒絶した。
そして、立ち上がると、そのまま部屋を出て廊下を走り去る。
立ち上がり追いかけようとしたが、これ以上話してもを傷つけるだけだと解かっているから。
再びその場に座り直した。
無理を押し付けているのは承知の上。
だが、なら朽木家と言うものを理解してくれるかもと淡い期待を持った。
「やはり、真実味に欠けるか ・・・・・・」
昔の己なら、緋真にも同じ事を言っただろう。
しかし、黒崎と戦い、戦わねばならぬものが解った。
否、本当に守らねばならないものがはっきりと解ったのだ。
「恨むなら私を恨んでくれ ・・・・・・ お前とを引き換えにした、この私を。
私は、を失う訳にはいかないのだ ・・・・・・・・」
まみえる事の叶わぬわが子へ呟いた時、その手の甲にポツリと熱い涙が零れ落ちた。
2007/9/22