月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に







     拗月 3






 現世に出向いてひと月半ほど過ぎた。
任務は滞りなく終えようとしている。
滞りなくというのは些か語弊がある。 実際は、何も手掛かりを得る事が出来なかったのだ。
伸びた任期はその所為だ。

 明日の帰還を前に、今回の任務の総大将である一角の勧めもあり、は懐かしい面々を訪ねる事にした。

 酒の肴にと現世での生活を話したのを覚えていてくれたらしい。
 ほろっと見せる気配りに、漢の優しさを垣間見た。
もちろん美しき策士の助言があっての事だが。
 

 こざっぱりとした室内は、何も変っていなかった。
テッサイが入れたお茶も、昔と同じだ。


「いや〜、ほんと綺麗になりましたねェ。
 なんつーか、人妻の魅力って言うんでしょうか ・・・・」
「下らぬ戯言をぬかすでないわ」

 やはり昔から変わらない浦原と夜一の会話に微笑む

 実家とは違った安らぎを覚える。
実際、実家に居るよりもここに出入りしている方が、かなり長いのだから当たり前だろう。

「ところで、噂の虚は見つかったのか?」
「ううん。 とっても臆病らしくて少しでも霊圧を感じるとまったく気配を消してしまうらしいの」

「まあ、そう言う輩はおびき出すしかないでしょうね」
「弓親さんもそう言ってた」
「なるほど、やっかいじゃな ・・・・。
 弱くて霊圧が強いヤツなんぞ、居るわけないからのう」

「まあ、後は次の隊が考えてくれますよ」

 そう言ってお気楽極楽な浦原は、ずっと茶を啜った。

「ところで、白哉坊とは上手くいっておるのか?」
「うん ・・・ まぁ、それなりに」
「どうせあいつの事じゃ、口が足らぬのに要らぬ心配ばかりしておるのじゃろうて」

 当たらずしも遠からずな答えに苦笑いが浮かぶ。

「見初めたお前に、声すら掛けられぬ小心者じゃ」
「? ・・・ 最初に声を掛けたのは私なんですよ。
 まあ、名は名乗りませんでしたけど」

「いつの事じゃ?」
「瀞霊廷でです ・・・・・」

 あの夜の出会いは、あまり人には話せるものではないから、言った後に口ごもる。

「いや、その前にお前らは逢っておる。
 逢っておるというよりは、ヤツが一方的にお前を見初めたんじゃがな」

「ええ?! そんな話全然知りませんよ」
「確か、こちらの水無月の頃じゃった」
「こっちで水無月って言うと ・・・・・ ?! ・・・・・・」

 確かにその頃だった。
龍元寺からの申し出の少し前、とある使者が来た時、家中が大騒ぎしていた。
まったく興味のないは、部屋の奥で本を本を読みながらお気に入りの甘辛醤油煎餅を食べていた。
 
「そっかあの騒ぎは、朽木の使いの者だったのね ・・・」

 納得顔のに夜一の口元が揺れた。



「ちわっす、浦原さん、夜一さん、いるっすかぁ? 」

 入り口から声がして、足音が近づいてくる。
返事を待つつもりはないらしい。

 ガラッと開いたガラス戸から飛び込んできたのは、鮮やかなオレンジの髪。

 綺麗な髪 ・・・・

 それがの一護への第一印象となった。


「あっ、わりぃ 客が来てたんだ ・・・・」
「返事ぐらい、待たぬか。まったく、お前は」
「?! えっ? ・・・ 私が見えるの?」

 驚くに、バツ悪そうに苦笑いしながら。

「まぁ ・・・・ 一応、俺、『死神代行』なんで」
「『死神代行』? ・・・・ そっそうなんだ ・・・・」

 聞いた事ないなぁと思いつつ、にっこり笑顔を返す。

「私は、朽木。 十一番隊所属よ。 貴方は?」
「じゅっ 十一番隊? あの更木隊長の?」

 うんとまた笑顔をもらって、少しだけ頬が染まる。

「女も居んだ ・・・・ 十一番隊(あそこ) ・・・・」
「あらあら、草鹿副隊長も女の子よ」
「あれは、女っていうより、ただのチビだぜ」

 クスクスと笑うにボソリと言い訳する。

「こら一護、お前も名乗らんか」
「あっ、悪りぃ 俺は、黒崎一護。さっきも言ったけど、『死神代行』やってる ・・・・・」

 名乗りながら何かすごい事を聞き流した様な ・・・・と、ふと思う。

「あっ!!!!! あんた、今、『朽木』って言ったような ・・・・・」

「ええ。 言ったわよ。 朽木よ」

 再び浮かんだ微笑に、聞き間違いじゃない事を知る。

「朽木ってあの朽木か? ルキアの ・・・」
「ええ。 ルキアは義妹よ」
「妹って ・・・・・ 生きてたのか?」
「こら!一護!」

 無遠慮な言葉に夜一が口を開く。
しかし、はころころと笑いながら、大丈夫といさめた。

「残念ながら血は繋がっていないの。 だから、生きていた訳じゃないのよ。
 貴方が、一護君ね。一度、お会いしたかったの」

「ええ。俺に? 何で俺の事を?」
「ルキアから聞いてるのよ。 どんな人かとっても気になって」

 ルキアの名が出ると、少しふてくされたように顔を背ける。
まるで照れ隠しのような仕草に、だけでなく夜一や浦原も口の端をゆがめた。

「どうせ、ろくな話じゃないんだろう。
 ったく、ルキアのヤツ ・・・・・・。

 しかし、白哉も忙しいヤツだな。
 次から次へと妹つくって」

「白哉は、兄じゃなくて夫よ」

「へぇ〜、兄貴じゃないのか ・・・・。
 って!!!!! あんた アイツの嫁さん?」

「普通はそう思いますよ。 黒崎クン」

「いや、白哉に関しては想像つかないっつーか ・・・・
 さんからは、想像出来ないっつーか ・・・・・」

 扇子で笑いをこらえる口元を隠した浦原の言葉に、素直な感想を述べる一護。


「そうなの? 白哉は、優しいわよ」

 少し頬を染めて言葉を返すの表情は、確かに愛しているんだと一護にも解かった。

「で、おぬし、なに用じゃ?」
「あっ、いけねぇ。 親父から友達に配ってやれっていわれたんだけど ・・・・・」

 おずおずとスーパーの袋を取り出すと、皆一斉に眉をひそめた。

「なんだ、それは ・・・・・」
「この匂いは、『クサヤ』っすねぇ ・・・・」
「今時、真空パックされていないのは、珍しいですね」

「ったく、井上以外他の連中はいらねぇって言うし ・・・・」
「そんで、処分に困って浦原商店(ここ)へ?」
「いや ・・・・ そう言う訳じゃなくて ・・・・ 夜一さんとか好きかなぁと ・・・・・・」

 あははと愛想を振りまく事自体、言い当てられたと白状しているようなものだ。

 そんな時、急には口元を押さえて立ち上がると、勝手知ったる浦原家の奥へと急に走りだした。

「おいおい、どうしたんだ? そんなに、嫌だったのか? ・・・・」

 不思議そうにを見送った視線を袋へと戻し、クンと一嗅ぎして顔をしかめた。

 一方、浦原と夜一は視線を絡めて、にやりと微笑んだ。
テッサイは、一護から袋を受け取ると、窓を開け放って匂いを散らした。

 暫くして戻ったに、夜一がにやりと微笑んだ。

「瀞霊廷に戻ったら、すぐに卯ノ花に見てもらえ」
「えっ? ・・・・ 別に、そんなに ・・・・・」
「身に覚えが、ない訳じゃなかろう?」
「?! あっ ・・・・・・」

 ふふと笑う夜一に、真っ赤に顔を伏せる
浦原、テッサイの和やかな微笑みに挟まれて、一人呆けた顔の一護だった。





2007/8/29
これから話が悲しくなります。
苦手な方は先の閲覧にご注意下さい。