月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に







     拗月 2






 
 昼食に隊舎を出て歩いていると、ルキアを見かけたので、ともにと言葉を掛けた。

 以前なら強制となる言葉も、今は好意へと変わっている。
同じ言葉でも、とりまく者が変われば変るものだと、改めてという存在を思い知る。



 何も告げづに現世の任務へと発った妻に、心が曇る。
叱責する言葉が欠片も浮かばない事が、惚れた弱みをしっかりと教えた。



 大した任務ではないとルキアから教えられたが、やはり心配で。
公私混同と誹られても、次の移動の時は必ず手元に置こうと心に決めた。

 『失くす』という事にこれほど過敏になっている己が、情けなくもあるのだが。

 先だっての事が晴れた訳ではないが、今は無事に顔を見ることだけを考えたい。




 そんな事を、ルキアの他愛のない話に耳を傾けつつ思っていると、前方に更木の姿。
会釈ですれ違おうとした時、ルキアが深々と頭を下げているのに気がついた。

 隊長に礼を払うには些か多い。
少しして問うと、口ごもる。



 話したくない事ならば、おくびにも出さないしっかり者の義妹(いもうと)だ。
そんな変化を見せるようになったのもが嫁してからだった。

 少しずつだが義兄としての場所が見つかっていく。



 ルキアを思い、隊舎ではない場所の個室で昼食を取る事にした。

 やがて言葉少なに慎重に選ばれた言葉が、放たれる。
全てではないのだろうが、事のあらましと二人の心の苦しさは十分伝わった。

 写画(うつしえ)でしかまみえた事のない姉は、ルキアにどのように映っているのだろう。


 埒もない事をふと思った時。



「私は、亡き姉様に感謝しております。
 姉様がいらっしゃったから、兄様とお引き合わせ頂けたのだと。
 でも ・・・・・ 私には、様も大切な姉なのです。
 様に翳りを落とすかと思うと、私は ・・・・・・」


 理屈では理解していても、昇華し難い感情。
あの日、浮竹とを見かけた時の己が浮かんだ。


「朽木という重さに、美しく仕舞われるはずの過去が歪まされる事もある。
 
 だが、それも人として他を思い愛するが故。
 己を責める事などない」



「兄様 ・・・・・・ 兄様も、そう思って頂けるのですか?」



 真っ直ぐ見つめる瞳に、しっかりと頷いた。
零れた満面の笑みに、口の端を少し歪めた。

 ありがとうございますの言葉に、互いに止っていた箸を進め少しして、ふと。


「ところで、私もとはどう言う意味だ?」
「はい? ・・・・ あっ、あの ・・・・・ 浮竹隊長も ・・・・・」
「浮竹が? 浮竹にも話したのか?」

 嫉妬が少し言葉を大きくした。


「いえ ・・・ 私の様子を気にして下さって ・・・・。
 姉様と京楽隊長も呼び下さり ・・・・」


 ヤツらしいお節介だ。
少し不機嫌を呈し茶へと手伸ばした。


「?! 第七室 ・・・・」
「はっ、はい。 わざわざ予約下さったのです。
 ご存知でございましたか?」


 その辺りは京楽の差し金だろう。
やっと心のつかえが取れた。


「ああ たまたまだったが ・・・」

「私は、任務が残っていましたので先に失礼致しましたが、姉様と隊長お二人はもう少しお話されていたようです。
 やはり姉様は ・・・・・」


 続いた言葉に、あの日の涙を思い出す。
そして、心の中に『後悔』が巡る。

 守ると言いながら守られていたのは、己だったかも知れぬと。


「案ずる事はない。 には、私がついている」

 事も無げに言い放つ兄の言葉に、思わず赤面した。
との約束は違えてしまったが、やはり話して良かったと思った。

 久しぶりに味わいながら食事が出来た気がした。









 ルキアと別れ隊首室へ戻るとすぐに、家老へ使いをやった。

 思えばを娶ってからゆっくりと時間を取っていなかった。
傍にいるだけで十分過ぎるほど満足だったから。
 だが、出会ってそれほど経っていない二人だから、もっともっと違った時間(とき)があっても良い。


  使いの者は、久しく使っていなかった湖畔の別荘の準備をするようにとしたためた文を、家老へと手渡した。



 ふと、見上げた空に、の笑顔が重なった。
同じ様に微笑んでいると気づいたのは、背中から恋次の声が聞こえた時。

 一言、愛しい妻の名を呟くと、隊長の顔へと戻っていった。











2007/7/17