月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に







     起月 4









それは、久しぶりにルキアと出かけた三日前の事。
厳しい死神業務も今日ばかりは休業と、買物や甘味を楽しんで家路へと付いた時。



「これはこれは、殿、おひさしぶりですな。 妹様もご一緒か」


 降ってきたのは、白哉との婚儀が決まる前、親戚筋から無理やり見合いをさせられた龍元寺家の嫡男だった。
悪い人ではないのだが、成り上がり特有の人を見下す物言いがどうしても好きになれなくて。
 朽木家との婚儀が正式に決まった時、少しだけほっとしたのを覚えている。


「龍元寺様、おひさしぶりでございます」

 形式どおりの挨拶を交わし、早々に立ち去ろうとするが、意味深かげに言葉を続ける。

「さすが、正一位の朽木家当主だ。女人方を上手に束ねていらっしゃる。
 私も、ぜひ、ご享受ねがいたいものです」


 いやらしい含みに返事も返したくないところだが、むげにも出来ず薄い笑いでかわそうとしたが、言葉の刃(やいば)は確実に距離を詰め始めた。


「由緒正しき家の姫を妻に、最愛の女性の妹を側女(そばめ)と、なんとそつのない事か。
 こちらの方でも、貴族の規範となられていらっしゃる」


 きっと睨むに、にやりと卑猥に口を歪めた。
ここで反論しては、相手の思う壺だとわかっていても、どうしても、ルキアの事だけは流せない。

「残念ながら、龍元寺様が規範にされるような事はございません。
 朽木家に、白哉様に嫁げて本当に幸せだと思っていますから」


 しっかりと揺るぎない視線で放たれた言葉は、傍らのルキアを勇気づけた。
同じ様に、しっかりと見据え言葉以上に意思を告げる。
 しかし、刃向われた分さらに悪意は増して、心を射抜きに来た。


「ほう、 これは、これは。
 あれほど寵愛された奥方の後釜に、そうやすやすと座れたおつもりか?
 だとしらた、可愛そうな人だ。 
 子を産む為だけに輿入れしたお飾り人形とも気づかずに ・・・・・・」

 哀れみを含んだ物言いとは裏腹に、その目は残虐な光を宿す。

 ルキアも、龍元寺の言葉に思わず柄へと手を運び、今日は斬魄刀を持っていないことに気づいた。
 そのまま、くっと唇を噛みしめ睨みつける
すると、勝ち誇ったような瞳で見据えられて、へと視線を移すと、俯き両拳を握り締めていた。


「ねぇさ ・・・」
「知ってるわよ そんな事 ・・・・・・」

 搾り出すようなの声が重なり、ルキアは言葉を収めた。
は、うな垂れていた頭を上げて、しっかりとした視線で龍元寺を捉えた。

「でも、私は ・・・・ 私は、白哉を ・・・・ 白哉様を愛しています。
 傍にいられるだけで、十分です」


「ふっ ・・・ それはまた、健気なお気持ちだ。
 さすが家のお嬢様だ。お心まで真っ白でおられる」

 意地の悪い淫猥な視線を浴びせ、可虐心いっぱいの微笑を浮かべて。


「なぜ、生き写しの妹御を側に置かれると思っている?
 二人に謀られているとも知らずに、一人寝の夜をお過ごしか?
 まったくお気の毒な事よ」





 朽木家に迎えられた時から、何度聞いた事か。

 自分は亡き妻の代わりの ・・・・・・

しかし、何を言われようが覚悟の上。
 あの日、解いた恋次の手の温もりに全てを流した。
だが、今だけは、決して許してはいけないと、魂の全てが騒いでいる。





「?!」

 ぱしっと乾いた音に、最初は何が起こったのか解からなかった。
少し置いて、それは、が龍元寺の頬を打った音だと知った。

 己が動くより先に、の手が動いていた。


「謝って下さい。 ルキアに・・・・ 義妹(いもうと)に謝って!」
「なっ、何をする!」

 不意打ちに一瞬面食らったが、不覚を取り焦りを覚え、怒りにまみれて睨む。

「確かに、私は、お金で朽木家に嫁いだわ。 白哉だって、同じよ。
 そう、あんただって、同じでしょう!

 でも、ルキアは、違う。
 一緒にいる私が一番知ってる。この子はそんな子じゃない。

 ルキアを侮辱する事は、絶対に許さない! 謝ってよ!」


「言わせておけば、いい気になりおって。この人形風情が!」



「「「?! ・・・」」」



 大柄な龍元寺の手が大きく振りあげられた時、とルキアはその上へと視線を移し息をのんだ。


 脇とは言え通りでの物言いに人が寄らなかったのは、龍元寺の取り巻きが往来を止めていたからであろう。
 誰も入ってこないと思っていたのに背後から振りあげた腕を掴まれ、驚き振り返る。

「ざっ 更木隊長!? ・・・・・・」

 強張る龍元寺を一睨みすると、唸るような声が低く響く。

「うちの隊員に手ぇあげるとは、いい度胸だ。
 売られた喧嘩は買わねぇとなぁ」

 にやりと笑うと、そのまま投げ飛ばす。
助けに来ない取り巻き達を探すと一塊の黒の上。

「一角さん 弓親さん ・・・・・」

 塊の上に座る見慣れた顔に思わず声がでた。

 気がつくと龍元寺の姿はどこにもなくて。

「隊長、ありがとうございました ・・・・・」
「礼ならあいつ等に言っとけ」

 クルリと背を向けそのまま歩き出す。
黒い塊の側を通り過ぎると、一角と弓親もたちに軽く手を振るとその後に続いた。




 三人を見送った後、何もなかった様に動き始めた通りは、真っ赤な夕陽に染まっていた。

 ルキアを振り返り、にっこりと笑って、行こっか、と声を掛ける。
はいと、同じように明るく答え隣に並んで歩き出した。

 少し心配で、こっそり伺った横顔は、夕陽に染まり悲しげに憂いでいた。
一瞬、声をかけようとしたが、すぐに視線を戻した。
 声を掛けるべきは、自分ではないと解かっていたから。

「白哉には、内緒よ ・・・・」

「?! ・・・・・ し ・・・・ しかし ・・・・」

「だって、心配するでしょう。
 本当に、心配性だもの、白哉は」

 浮かんだ疑問は、いつもの優しい笑顔にかき消された。
まだ、恋焦がれる異性に出会っていないルキアには、笑顔の下に隠されたモノに気づく事は出来なかったから。





2007/4/3