月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に







     起月 2










 剣の稽古にかこつけて、久しぶりに訪れた十一番隊。
頼まれた訳ではないのだが、ルキアの憂い顔がちらついて。

 あの奥方の事だ。
猛者連中にも臆する事などないのだろうが、この目で確かめて言葉にしなければ伝わらない。

 隊長の事も気になるしと、苦労人の恋次が道場の前まで来ると、稽古が終わった所だろうか。
似つかわしくない場の雰囲気。

 そっと覗いてみると。


殿、こちらも頼のんます」
「はーい。 今行きます」
「おいこらぁ! 俺だって、さっきから待ってんだぞ!」
「そんなもの、舐めときゃなおる」
「なんだとぉ」

「お二人とも、お元気ですね。これなら、私の出番はなさそうです」
「いっ、いや、いててて ・・・・・」
「俺も、なんだか、腹が ・・・・・」

 クスクスと笑うの笑顔。
あの堅物の朽木白哉が惚れるのも無理ないなぁと誰もが思う。



「まったく、稽古熱心もこれだからねぇ」

 ふうと呟く弓親に、

「ったく、甘めぇんだよ。どいつも、こいつも」
「え〜〜。 ツルリンだって、さっきちゃんにヨシヨシしてもらってたよ〜」
「くっ るっせぇ、ドチビ!」
「わ〜い、ツルリン、真っ赤ぁ」

 そんなやり取りにけっと立ち上がる更木の肩に、やちるが飛び乗る。

ちゃん、またね〜」

 手を振るやちると更木の背に、一同起立で最敬礼した。



「んなとこ突っ立ってねぇで、入れよ」
「更木隊長、おひさしぶりっす」
「ああ。 様子見に来たのか?」

 ニヤリと見下ろす更木に、ぶんぶんと首を振った。

「まあ、どっちでもいいがな」
「あの ・・・・ 隊長は、どうして、おく... いえ、朽木 ・・ を ・・・・」


 呼び捨てにする事など一生来ない名を言葉にするのに口ごもる。
そう言えばと、奥方としか読んだ事がない事に気がついた。

「あのね、剣ちゃんのお気に入りなんだよ、ちゃん」
「お?! お気に入りっすか ・・・・・・」

 そりゃ不味いと、悪い方へと思考は走る。
隊長と・・・ なんて事になったら、静霊廷は間違いなく崩壊するだろ。


「女としちゃ色気が足りねぇが、男気ならなかなかだ。
 十分使えるぜ、あの女」

 思わずほっと胸をなでおろす。

「そりゃぁ、うちの隊長を振り回すくらいっすからね」

 えへへと己の事のように微笑む恋次に、口の端を歪めて背を向け歩き出した。







 道場に入ると、すかさず一角から声がかかる。

「おう、恋次、久しぶりだな」
「お久しぶりっす、一角さん」
「今日はどうした?」
「いや、稽古でもと思ったんすけど、終わっちまったみたいっすね」

 ニヤリと笑うのは弓親。
恋次の視線はを探していたから。


「いい子だね。彼女」
「・・・・・・ 上手くやってっすか?」

「ああ。 大貴族を少しも鼻に掛けないし、よく動くし気立てはいいし。
 なんで、朽木隊長の奥方なのか不思議だよ」

 弓親の仕草は、まるで大切な妹を嫁に出した兄貴ようだ。
これだけ気に入られているのなら心配ないだろう。
どつきあいが信条のこの隊で、策士と呼べる希少な人物が味方に付いたようだから。



「あら、恋次君 じゃなかった、阿散井副隊長」
「そっ、そんな、改まれたら ?!」

 恋次の言葉を無視して赤い頭をぐっと抱えに向かってにいっと、頭の汗を光らせる。

「呼び捨てでいいんだよ。 こいつに堅っ苦しいこたぁ似合わねぇぜ」
「そうそう。 それに、席官じゃないけどちゃんは副隊長と同格だしね」

「だから、そんなこたぁ、どうでもいいんだよ。俺たちにゃ」
「ありがとうございます。 班目三席」
「だから、俺たちの間では止めろって」
「はっ、はい。 班目さん」
「だから、一角でいいっつてんだろう!」
「はっ、はい。一角さん」

 切れ気味の一角に、慌てて謝る
ほんのりと赤い頬に、一角もつられて赤くなる。

「やだ、何照れてんのさ。 殺されるよ」

 朽木隊長にと、茶化しよりも真剣さが勝る。

「何言ってやがる! こいつが ・・・・・」
「責任転嫁は、男らしくないよ」
「くっ ・・・・・ だから」
「すみません。 年上の人を名前で呼ぶ事あんまりないので、少し慣れてなくて」

 苦笑いも可愛いらしいと、三人同時に視線をそらす。

「でも、お前、確か ・・・・・」
「えっ? ああ、白哉の事ですか?」

 いきなり呼び捨てられた名に、場の雰囲気はぴりりと振れる。
が、やはりコロコロと笑顔が零れて、すぐに元の心地よさに。

「だって、私が一番近くに居てあげないと。 ・・・・ 誰も近寄ってこないでしょ?」

 あれじゃぁと屈託なく言い放つ。

「呼び方一つでどうこうって訳じゃないんですけど。
 いつも隣に並んで居たいから、ささやかな意思表示って感じです」


 手元の救急箱をかたしながら、優しい表情で話す
その顔は、夫を気遣う妻の顔。

「でも、煩い親戚筋の前では、ちゃんと様付けで呼んでるのよ。
 様になってないみたいで、不機嫌になるんだけど」

 そりゃぁと言いかけた恋次を、弓親が目配せで止めた。
馬に蹴られたいのかと。

 事情が飲み込めぬ恋次は、一角にも鼻で笑われ一人損。
しかし、いい報告が出来そうなので、不機嫌になる事はなかった。

 隊長を始め、気難しいこの隊に受け入れられるとは、さすが隊長の奥方だと、わが事のように嬉しかったから。






2007/2/15
近況報告