月満ちて叢雲の間より零れし明(ひ)に
起月 1
垂れ込めた空の所為ではないだろうに。
よどんだ心を隠しても、近しい者は感ずるようだ。
当主の気持ちを察してか、邸も静まり返っている。
そんな空気を一蹴するかのごとく、元気な声が玄関から届いた。
そして、ぱたぱたと静かな急ぎ足が廊下を移動する。
そんな音が聞こえるほど、静かな邸だったのだが。
「ただいま! 遅くなってごめんなさい」
邸の静寂を主の不機嫌と感じ取っての言葉だろう。
しかし、白哉の想いとはすこし違っている。
帰宅が遅れた事ではなく、外出そのものに起因しているのだ。
机に向かい、に背を向けたまま言葉を発しようとした時、すでに、は机の真横で、白哉へと笑顔を向けた。
これでは、拒否もなにもあったものではない。
筆を止め「何席だ?」と問う。
が護廷へと望まれている事は知っていた。
治癒系死神の数は多くない。
その数に反比例して殉死者の数も変わる。
人事は決して間違ってはいないのだが。
家の者の事となると、一つの感情では片付かないようだ。
「席官じゃないの」
「・・・・・ そうか」
の力を考えると納得いかぬが、心をなでおろす自分がいる。
「強いて言えば、隊長付っていうのかなぁ」
「?!」
「わっ?! 白哉 ・・・・・・」
表情は殆ど変わらない。
しかし、その手は白い手首を掴み視線を捉える。
「どういう事だ?」
ルキアの入隊の時と同じく、根回しは完璧なはずだ。
唯一つ気に入らないかったのは、浮竹に預ける事だった。
だが、席官を外れていれば、忙しい隊長職だ、見(まみ)える機会は少ないはず。
護廷でを任せられる隊長は、浮竹を置いて他にはいない。
しかし、自分の見ていない所での二人を考えると、心が乱れる。
決してを信じていない訳でも、浮竹を疑う訳でもない。
己の持っていない、持つことの出来ない光を、浮竹は持っている。
だから・・・・・・・。
くだらない嫉妬だと、十分自覚している。
全てを己の中で昇華して臨んだの入隊だったのだが。
見つめる視線に優しく微笑むと、その胸に自ら体を預けた。
「よく解からないけど、隊長から直接指示がもらえるって」
「そうか ・・・・・・」
聞きたい事は山ほど有るが、甘え上手になった妻に、表情を隠しきれずに口元が揺れる。
ねだるようなくちづけを待つ仕草に、愛しさは解けだして。
何度も軽く触れるキスを落とした後で、畳へと体を寝かせて深く深くくちづける。
惑う事など何もない。
こうしては、己の腕の中にいる。
求めれば、その全てを惜しみなく解き放つ。
「・・・・ 白哉」
「愛している ・・・ 愛しているよ ・・」
「・・・・ 私も ・・・・・」
頬を染めたの首筋へ、紅い華を散らし初めた。
壁際に凭れ、互いに着物を羽織るだけの出で立ちで、膝の上にしっかりとを抱きしめている。
情事の後の気だるい余韻は、互いの肌から伝わる温もりと絡まりあって、至福の時を醸し出す。
「無理をさせたな ・・・・ どこか痛む所はないか?」
優しく髪を撫でながら、腕の中のに問う。
「ううん ・・・・ 大丈夫。 少し ・・・・」
「どうした?」
「 ・・・・・・ 少し 恥ずかしいだけ ・・・」
消え入りそうな声に、口の端が緩む。
可愛かったと答えるが、やはり無理をさせたようだ。
そんなに遅い時間ではないのに、既に夢の中へとまどろみはじめた。
知らぬ相手ではないと言え、隊長職との顔合わせはそれなりに緊張するものだ。
まだまだ、足りぬが仕方ない。
を求める想いは、留まる事はないのだからと、夢路を促すように抱きしめ直す。
「いい人でよかった ・・・・ 副隊長も ・・・・ 可愛い ・・・ し ・・・・」
「?! ? 今、何と?」
十三番隊に副隊長が着任したという連絡は受けていない。
小椿か虎徹でも間違えたのだろう。
「・・・ 良い人だったよ ・・・・・ ざら 木 ・・・ たい ちょ ・・・・」
「!!!!! ! ・・・・・」
起そうと体を揺さぶる時、幸せそうな寝顔が目に入った。
「 ・・・・ ここで、その封じ手を使うとは ・・・・」
勝手な言い分だが、その寝顔を奪う事到底できず。
「本当にお前からは、目が離せぬな」
苦笑いを浮かべながら、を抱き上げ立ち上がると、額に優しくくちづけ、ポツリと呟きながら、隣の寝室へと部屋を後にした。
2007/1/3
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