欠け満つ巡れし夜半の月







     近月 5





 夜更けの来客に、持ち帰った仕事を中断され、不機嫌をその背に纏う。


「何用だ?」

 低く響いた声に臆する事無く空けられた襖から、一番求める声が聞こえた。

「いつも、そんなに不機嫌なの?」
「?!!! ・・・・・・」


 初めて見る隊首室なのだが、中を伺う余裕はなく、袖口から見える白い包帯に視線は釘付けだ。

「何をしに来た、こんな夜更けに。 今日は戻らぬと、伝えたはずだが?」


 会えて嬉しい想いより、への心配が口を付く。
つい厳しい口調になってしまうのは、己がその原因を作ってしまった苛立ちからだ。






 任務で不覚にも怪我をした。
そのお陰で、大切な隊員を失わずに済んだのだから、安いものだと後悔はしていない。


 ただ、目の前のを見て、己の判断を振り返る。
もしも、心配させまいと帰宅を見送った事が、を此処へ連れて来たのなら。
口惜しくもあり、嬉しくもある。






 そんな白哉の隣に座ると、手をすっと包帯の上にかざす。

「何をしている?」
「動かないで。 治すから」

 の言葉に、少なからず疑問と驚きを覚えた。
四番隊で一通りの手当ては受けている。
それ以上の治療といえば、卯ノ花や虎徹が施す「空間回帰」くらいだ。


 真剣な眼差しで一点を見つめるを、黙って見つめた。
少しして、ふうっと息を吐くと、

「これで、多分大丈夫よ」

 そう言いながら、丁寧に包帯を解き、傷跡が消え失せている腕を優しく撫でた。

「・・・・・ 見事だ」


 治された傷より、己を気遣い触れられた手が、どれほど心を癒すのか、は解かっているのだろうか?




「貴方の為に、覚えたんだもの。 使わない訳には行かないでしょう?」

 口を吐くのは、やはり、憎まれ口ばかりで。
それでも、安堵した表情(かお)を見ると、自惚れてみたくなる。


「・・・・・ 心配させてしまったようだな」
「朽木白哉ともあろうお方が、なんて様なの?  情けないんだから・・・・」
「そう言うな。 私とて、不死身ではない」

 返る言葉に口の端を歪めた時、一瞬、手の動きを止めて、小さく呟いた。

「本当に ・・・・・ 心配したんだから ・・・・・」
「?!・・・・・・・」


 ゆっくりと動き始めた手を掴むと、抱きしめた。
最初は戸惑い強張った体も、すぐに力が抜けていった。

「・・・・・・ ・・・・・・・ すまぬ ・・・・・」

 返事の代わりだろうか?
その細い腕を大きな背中にいっぱいにまわして、ぎゅっと抱きしめ返してきた。
嬉しくて、柔らかい髪を優しく撫でながら何度もくちづけた。







       愛しくて





       愛しくて




       壊してしまうくらい愛しくて












「 ・・・・ もう、行かなきゃ・・・・・・」

静寂を破り、無情な言葉が響いた。

「こんな夜更けにか?」

 叱責の篭る言葉に困りながらも、ゆっくりと腕を解く。
しかし、大きな腕は、揺るがない。
 

「じいが、待ってくれてるの ・・・・・・・
 無理言って、お供の人達にも頼んでくれて。
 私の我侭を、黙って聞いてくれたの」

 だからと、見上げる瞳は、名残惜しそうに白哉を映す。


 使用人なのだから当たり前だと、一蹴するのは容易い。
だがにしてみてば、無理を言って、その上待たせて、帰れとは、とても言う気になれないのだろう。
 そこが、である所以でもある。
きっと、誰一人嫌な顔はしなかったのだろう。


「解かった・・・ 」


 ごめんなさいと視線を下げるの顎を取り視線を絡める。
ゆっくりと顔を近づけると、頬を染めながら瞳を閉じる。

 軽く触れると、間近で再び視線が絡む。

「・・・・・ ごめん・・・ ね・・・」

 素直に謝るはとても可愛い。

「気に病むな ・・・・・」

 包むような微笑みを浮かべながら、優しく頬を撫でる白哉。
男にしては、細くて白い綺麗な指が心地よくて。

 再び重なり合った唇は、暫し離される事はなく、言葉よりも饒舌に想いを伝え合う。








 深々と主に頭を下げると、たちは六番隊隊舎を後にした。

 こんな時間によくこれだけ集まったのもだと感心した。
邸の者は、総じてには甘いようだ。

「私がそうなのだから、仕方ないか・・・・・」

 誰に呟くともなく、口の端が緩んだ。
もちろん、が邸の門をくぐるまで、気づかれぬよう見届けたのは言うまでもない。





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忍耐力があります、白哉さん。
その上とっても、心配性(笑。


2006/7/5