欠け満つ巡れし夜半の月








     近月 1











 過日の琴の礼をと聞かれ、即座に買い物に行きたいと答えた。
 朽木家に嫁してから、あまり出歩かない(多忙な所為もあるのだが)白哉に遠慮して外出を控えていたから。

 では、明後日と言われ不思議に思った答えがこれだ。


 隣に歩く白哉に、気づかれぬように小さく溜息。
まさか、一緒に来るつもりだったとは。




 女の買い物付き合うなど決して想像つかない夫に、信用がないのかなぁとか、無駄遣いが心配なのかなぁなどと、
あれこれ考えてみるものの、一緒に居たいからという単純な理由は浮かぶ由もない。


「別に一人でも大丈夫だから・・・・・・
 女の買い物に付き合うのって、結構疲れるって言うわよ」
 せっかくのお休みなのにと、気遣えば。

「かまわぬ。気兼ねは要らぬ」
 と、即答で、小さな溜息がまた一つ。



 しかし、そこは女の性が勝つ。
並ぶ品々に心は弾み、とある一軒の簪屋で足を止めた。




 今もっているのは、華やかな色の物が多い。
嫁いだ今となっては、派手過ぎる。

 そう言えば、なんとか桜と言っていたなぁと、夫の言霊を思い出す。
そして、薄墨桜のような花びらを下がる銀糸に散りばめた一本と、
大輪の桜が三つほど咲いた一本を、交互に手に取り見比べる。






 真剣に選ぶ妻の表情。
可愛らしいと感じるのは、自分だけではないであろう。

 誰かに話したら砂を吐かれそうな事を考えながら、暫し眺めていたのだが、決まる気配は全くない。


 痺れを切らした訳ではなくて、次第に険しくなる顔が心配で、店の者を呼びつける。

「この二つを」
「ちょっと、待ってよ!」

 あっ、すいませんと作り笑いで誤魔化すと、白哉を押出すように店の外へ。






「いらないわよ、二つも」
「どちらも選べぬのであろう? ならば、二つとも買えばよい」

 少し寂しそうな表情を浮かべる妻に、次の言葉を待つとした。


「あのね ・・・・・ 正一位の家柄の為に、相応の品を身につけるのは、大切な事よ。
 でもね、贅沢はしたくないの。
 不相応の物を選んだり、必要のない物を買ったりとか。
 私は、家柄に驕る事無く生きてゆきたいの。
 だから、同じような物二つも必要ないの ・・・・・・」
・・・・・・」

 同じ志を妻も抱いていた事が嬉しかった。だが・・・・
 
「選べぬのであろう?」
「・・・ うん 」


 ならばと、店に戻る白哉の耳に、だったらと声が掛る。

「選んでください」
「私がか?」
「私は、どちらも気に入ってるから。
 ・・・・・・ だって、一番沢山、見るのは白哉なんだから? ・・・・・」

 気に入った方がいいでしょう?と、少しだけ頬を染めた。




 どうして、こうも可愛らしい事を言うのだろう。
口の端が緩むのを、悟られぬよう店の中へ、迷う事なく銀糸に花びらの簪を。

「いま、お包み致します」

 店の者の言葉に、いらぬと答えへと向き直る。

「あ・・・・・」

 挿してあった簪をぬきとり挿し変えた。
自分の為と言ったそれを、少しでも早く見たかったから。

 悪くないなの言葉に引かれ、見上げた顔に見惚れてしまった。








 店を出た所で、聞いてみた。

「どうして、こっちが良かったの?」
「花はいらぬ」

 確かに、薄ピンクの珊瑚の留め玉から花びらが下がるだけだ。
解かりづらい答えに、正攻法の問いを返してみた。

「桜の花は、嫌いなの?」
「・・・・ いや」

 何を言っているのだと言いたげな表情に、それはこちらの台詞だと返したかった。

「じゃぁ、花がないと寂しくない?」

 悩んでいた原因の一つだ。


「花なら、お前が居るであろう?」

 怪訝そうな表情の夫とは対照的に、再び真っ赤に頬を染める妻。









      ------ やっぱり、この人変わってる ・・・・それとも、天然?









 そんな事を考えている間に、白哉は歩き出してしまった。

「ちょっと、待ってよ!」
「置いていくぞ」

 言葉とは裏腹に、振り向いたその表情(かお)がとても優しくて。
気づけば自然に右手を伸ばしていた。

 受け止めてくれた掌は、とても、大きく温かかった。



*****
天然兄様。
目指せギャグ(嘘



2006/4/13