偲月 4
「 此処か ・・・・・」
久しぶりに虚退治に、現世へと出向いた帰り。
沈む夕陽に惹かれたのだろうか?
たまたま、ルキアが通っている学院が近いと聞いて、気まぐれに屋上へ降り立つと、燃えるような夕陽が目に入った。
亡き妻がよく見つめていた穏やかな夕陽とは違い、
沈み行くはずなのに輝きに満ちていて、
また、新しく昇る事を知っているかのようだった。
一日として同じ夕陽など、在りはしないのに
その時、扉が開いてやって来たのが、だった。
輝く夕陽を浴びて、さらさらと流れる髪。
その凛とした表情は、真っ直ぐ未来を見つめているかのようで。
その時心の中で何かが音を立てて砕けた。
そして、止っていた時間が、緩やかに動き始めた。
今までは、己の冷淡さを映すかの様に無機質に刻まれていた鼓動が、激しく響き始めた。
落ちる夕陽とは逆に、熱くなる身。
遠い昔に置き去りにしてきた、いや、捨て去ったと思っていた感情が目を覚ましす。
「さようなら ・・・・・ 空座町 ・・・・・ ありがとう 」
柵越しに夕陽に呟く。
頬を伝う涙、でも、その横顔はやはり凛として。
やがて、つるべ落としの夕陽が沈むと、小さな袋を取り出した。
「今でも、あるのかなぁ 線香花火」
火をつけるごとに、願いをかける様に呟く。
「みんなが、元気でいますように」
「うるるの泣き虫が直りますように」
「ジン太が、もっと強くなれますように」
つぎつぎと、柔らかい声が響いてくる。
最後の一本になった時、少しだけ寂しげな表情で
「旦那様になる人と、素敵な恋ができますように」
あの人たちのように ・・・・と微笑んだ。
「そうそう、忘れてた。夜一さんと喜助さんが上手く行きますように」
そうして、最後の花火が燃え尽きた。
「やれやれ、忘れたままでよかったのじゃがのう ・・・・・」
「?! ・・・・・」
後ろ姿を知らず知らず見送っていると、不意に声がした。
「覗き見とは、趣味が悪いな ・・・」
「立ち聞きしておる、おぬしとて、大差はなかろう?」
愉快そうに笑うと並んで柵にもたれた。
「綺麗になったじゃろう?」
「どういう意味だ?」
「じゃよ。お前が、袖にした許婚じゃ」
「?! ・・・・・・・・・・」
「逃した魚は、大きいぞ」
話を聞きたい気持ちは有るが、これ以上からかわれるのも本意ではない。
歩き始めた背に、再び夜一の声。
「容姿だけではないぞ。
身売り同然に嫁に行くというのに、愚痴一つ零さぬ。
潔いものじゃ。
あの器量と気性なら、四大貴族の嫁としても立派に務まるじゃろう」
少々手強いがのうと、口の端を上げてニヤリと笑った。
「『一目惚れ』ってやつっすね」
話を黙って聞いていた恋次が、嬉しそうに口を挟んだので、そこで、白哉は話を終えた。
「それ、なんつーか、その、ちゃんと奥方様に言った方がいいんじゃないっすか?」
「 『見初めた』 などと、言える訳がなかろう」
お前でもあるまいしと、言いたげな小さな溜息。
じゃぁ、前の奥方はどうやって口説いたんだ・・・・・
身分違いの大恋愛なんだろう?
そんな、つっこみとも取れる疑問は心の中にしまっておこう。
今は、少しでも早く戻って、ルキアに伝えてやりたかった。
心配ねぇぞ、と。
その後の経緯は、噂とさほど変わらない。
金銭でその座を手にする事に、懸念がなかった訳ではない。
だが、その懸念があの夜の出会いを生んだのだ。
悪くは、なかったのだと思う。
だが、それがなければ、に伝えられたかも知れぬ。
過ぎた事を思う己に、自嘲の笑みが浮かんだ事を、恋次は知る由もない。
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兄様の一目惚れ。
シャイな性格なのです、兄様は。
なぜ、白哉さんの姿に気がつかなかったのか?とか、
いろいろすっ飛ばしたところは、皆様の想像力で(滝汗。
2006/3/22