欠け満つ巡れし夜半の月
邸に戻ると、玄関で出迎える。
そして、自室での着替えを手伝う。
その隙のない立ち振る舞いが、強く白哉を拒絶しているように感じる。
それも、自分を意識しての事だと思えば、愛着さえ湧いてくる。
甘いものだと、自嘲気味に口の端を歪めた時、ふと目に入った。
「あれは、お前が出したのか?」
隣の部屋と言っても、襖を開け通し間にしてあるので、全体が小規模な宴会なら十分可能なほどの、広間になっている。
に言わせると、『ゆとり』を通り越して『無駄』に限りなく近いらしい。
「ええ。埃こそ被ってなかったけど、長い間放って置かれたみたいだから」
可愛そうに思えてと、勝手に使った事への言い訳を含めた。
「かまわぬ。邸にあるものは、全てお前のモノでもある」
暗に自分の立場を示され、頬が赤らんでしまい思わず頬を押さえた。
ゆっくりと歩みを進めると、庭を背に置かれた琴に懐かしそうに触れた。
「母が亡くなってから、久しく聞いておらぬ。
聞かせては、もらえぬか?」
羽織を掛け終えたは、その足で琴の前へと座った。
「弾いてくれるか?」
「ご当主様がご所望とあれば、断れません」
これが、今の二人なのだと思わず苦笑を浮かべた。
「ならば良い」
「気に入りませんか?」
「自ら望んで弾かねば、曲を成すとは思えぬからな」
踵を返す白哉の耳に、澄んだ音色が届きだす。
「貴方に、聞かせる訳じゃないわ。私が、弾きたいから弾くだけよ」
聞きたければご自由にと、小生意気な視線はすぐに弦へと戻された。
『少々手強いがな・・・・』
日が傾ききった空を見上げ、夜一の言葉を思い出す。
「確かに、馴らし甲斐はあるな」
微かな笑いを浮かべ呟いた後、夜風を気遣いぱちりと障子を閉め、向かい合うように、少し距離を置いて座り、暫し、その音色に酔うことにした。
初めての出会いを、懐かしむかの様に。
2006/3/1