欠け満つ巡れし夜半の月
初月 三
雛人形のように金屏風に義兄と並ぶその妻となる女性に、見惚れてしまった。
俯いてはっきりとは伺えないが、美しいが故の無表情。
内輪の宴とは言え、朽木家と家。
それなりの人数にはなってしまう。
過ぎる不安を抱えたまま、挨拶をするべく宴席をかきわける。
「兄様、おめでとうございます」
いつもの様に表情は少ないだが、嬉しそうだ。
本当の義兄妹と知って、無口な義兄の優しさが少しずつ解かってきた。
何事にも 『 そつ 』 なく完璧な人なのに、愛情表現がすごく下手で。
もう少し嬉しそうなそぶりを出さねば、先ほどから、過ぎるほどにそそいでいる花嫁への気遣いが伝わらない。
花嫁の前へと座を移した時、宴が色を変えた。
上級貴族出身の花嫁と流魂街出の義妹との対峙は、興味深いものだ。
不安を隠し精一杯の笑顔を向けたとき、この夜、はじめて花嫁が顔を上げた。
穏やかで包むような瞳は、真っ直ぐに見つめてくる。
その心地よさに言葉を忘れた。
すると、春風のような笑顔が零れはじめる。
「不束者だけど、よろしくね、ルキアちゃん」
「?! ・・・・ ・・・・・いえ、こちらこそ ・・・・ 姉・・・様」
頬を染めて綴られた言葉に、花嫁も頬を染めた。
そして、春の日だまりの様に宴も色を変えた。
今宵、初めて花婿が口の端を歪めた。
祝言を終えて初めての夜。
並んだ枕の下で、膝を正して待つ。
開いた襖にも、身じろぎもしない。
近づく衣擦れに、低く言葉が響く。
「私に、近寄らないで」
「戯言を・・・・」
褥へと近づく白哉。歩みを止める気はないらしい。
「?! 来ないで!」
「何のつもりだ・・・・」
の首に突きつけられた短刀にも、表情は変わらない。
「それ以上近づいたら、死ぬから」
脅しじゃないのよとの言葉と同時に、首筋から紅が伝う。
「王属特任は、飾りではなさそうだな」
微かに口の端を揺らす表情に、刹那、目を奪われた。
次の瞬間、布団に組み伏せられ、生暖かい感触が、先ほどの傷口に触れた。
「?!!・・・・・・なっ・・・・」
赤く染まった頬で暴れてみたが、組み敷かれた体はびくともしない。
それでも、見下ろす白哉を精一杯、睨みつけた。
「よくも騙したわね」
「何のことだ?」
「私の事、知ってたんでしょう」
「妻となる女の顔だ。当たり前であろう」
「だったら、どうして! あの時、私を・・・」
さらに頬を染めて、顔を背けた。
白く晒された首筋に、白哉もあの夜を馳せる。
「お前が望んだ事だ」
「知ってたら頼まなかったわ」
「知らぬのは、私の所為ではなかろう」
「くっ! ・・・・ 本当に、貴方って最低 ・・・・・」
「もともと、疎まれておるのであろう?」
「?!・・・・・・・・」
悔しがるを、くくっと鼻で笑った。
そして、ゆっくりと体を離すと、枕元に落ちた短刀を拾い鞘へと納め、袂に入れる。
「これは、預かっておこう」
その優美な動きに見惚れていた事に気づいたのは、少ししてから。
「何ゆえ顔も知らぬ私を疎むのか解からぬが、今度は、その目でしかと確かめてみるがいい」
その揺ぎ無い眼差しは、正一位を背負うに相応しい風格で。
「貴方は、何故 ・・・・・!」
言いかけて、きりっと唇を噛みしめた。
意思の強そうな澄んだ瞳に、手が伸びそうになる。
それを悟られぬよう、瞳を伏せた。
「宴の勤めに免じて、暫くは待ってやろう」
「勤め?」
「解からぬのか?」
「ええ、全然」
暫しの沈黙を、訝しそうに見つめる白哉と不思議そうに首を傾げる。
義妹との対峙を一蹴したあの微笑みは、なんの画策もない真の心だったのか?
こほっと間の悪い咳払いに、くすりとようやく笑顔が揺れた。
「まあ、良かろう」
だが・・・と、と立ち上がり隣の布団へ移りながら、長くは、待たぬと命令口調。
カチンと来たので、手元の枕を投げつけた。
当たるはずもなくばふっと襖で響いた音に、チラリと視線を投げた後、そのまま布団へと横になる。
口をへの字に曲げながら、投げた枕を拾いかえり、同じように布団にもぐりこんだ時、掛けられた低い声。
「あの夜、何故、お前は、私を選んだ?」
「! ・・・・・ べっ、別に意味などないわ。 ・・・・ 誰でも良かったんだもの ・・・・・」
消えた言葉後にふっと笑顔を浮かべた。
かっと赤くなったは、更に布団へと潜り込むと、白哉に背を向け呟いた。
「やっぱ、大嫌い ・・・・・ それに ・・・・ 変わってる ・・・・」
やがて、たちはじめた寝息に安堵して、白哉もようやく眠りについた。
2006/2/16