9 遅過ぎた再会
庭のつくばいで、鶯が水浴びをしている。
二人は、視線だけ落としていた。
「受けてくれるか?」
「あの・・・本当に、よろしいのですか?」
「構わぬ」
躊躇うルキアに、望んでいるのだと言葉を変える。
を探し始めて三つの季節が過ぎた。
疲れた後ろ姿に、小さな胸を痛める日々。
「わたくしごときが、兄様のお役に立てるのなら・・・・・」
「お前しか、おらぬのだ、ルキア」
「兄様・・・・ お心のままに・・・・・ルキアは、どこまでも、お供いたします」
互いの心を確かめ合うように、二人の視線が重なった。
押すな、押すなの人ごみをかきわけて、は最前列へと進み出た。
大好きなルキアの晴れ姿。
その思い出を持って、現世(あちら)に帰るつもりだ。
「おい、やってきたぞ」
「さすがに、四大貴族、朽木家の花嫁だ。立派な輿だなぁ」
「花嫁さん、ここの出だって?」
「別嬪さんだねぇ」
人々の声が、今は素直に聞ける。
幸せになってねと、近づくルキアへと笑みが零れる。
今になってやっと、『愛する』の意味が解かったから。
流魂街出身の花嫁への気遣いか、ルキアを乗せた輿は犬吊を通り式場へと向かう。
普段は見ることの出来ない死神への憧れからから、道は人で溢れかえっていた。
「こんなに人がいちゃぁ、見つけられねぇ」
屋根の上から恋次のぼやき。
その時、左前方の最前列で微かな霊圧。
「?! 殿!! 恋次ぃ!!!!」
花嫁が身を乗り出して叫んだのと、ほぼ同時に恋次も屋根から飛び降りた。
押しつぶされそうな小さな体を、掘り起こす様に人ごみをかきわける。
崩れるへと、伸ばした恋次の手は、大きな背に阻まれた。
押された拍子にバランスを崩した。
もともとバランスの良くない体だ。仕方ない。
隠していた霊圧を少し出してバランスを取り直してみたが、上手くいかない。
狭くなる視界に映ったのは、輿から飛び降りる花嫁。
「ルキア!なにやってる?!!! っ?!・・・・」
突然襲われた激痛に、意識が遠のく。
地面に落ちたはずの体は、まだ、宙に浮いたまま。
痛みのあまり縋るように伸ばした手に重なった大きな温もり。
とても懐かしくて、ほっとした瞬間、意識が揺れた。
人々の喧騒、叫び声、遠くから聞こえた自分の名。
それら全てを飲み込んで、激痛が走る。
痛くて、痛くて、ただ、叫んでいた。
でも、不思議と怖くはなかった。
しっかりと握られた手は、離される事なく、痛みとともに押し寄せる不安をよせつけない。
一人じゃないと、強く語りかけてくる。
やがて、歓喜の声に包まれて再び、意識を手放した。
薄っすらと目を開けると、ぼんやりと天井が見える。
――― 高い天井・・・?!
軽くなった体に、急に現実に引き戻されて、血の気が引く。
飛び起きようとするが、思うように体が動かない。
「・・・・・気がついたか」
「私の、私の?!」
「案ずるな。娘は、元気だ。」
視線の先に顔を向けると、花柄の産着に包まれて、スヤスヤと眠る赤ちゃんの姿。
ほっとしたら、涙がぽろぽろ零れてきた。
隣に眠るその頬に、そっと指を触れてみる。
柔らかくて、温かい。
「私の ・・・・・・ 良かった ・・・・・ 初めまして ・・・・よろしくね、私の赤ちゃん・・・・・」
「・・・・・・・・」
名を呼ばれて、あたりを見渡す。
そして、しっかりと握られた手の先へと視線を這わす。
「白哉・・・・・」
大事はないかと優しく微笑む。
高い天井と、広すぎる部屋。
相変わらず無駄に広いよなぁと、懐かしさが蘇る。
白哉の後ろには、今にも零れそうな瞳のルキア。
同じく無駄に広い縁側には、どっかりと座っているのは岩鷲。
なんで岩鷲がいるのだろう?
まわらぬ頭でぼんやりと目を泳がせていると、
「殿・・・・・」
心配そうに名を呼ばれた。
記憶がフラッシュバックする。
「あっ?!・・・・・」
「無理をするな」
再び起き上がろうとするを優しく制する。
「俺は、な〜んもやってねぇからな!」
どかっと立ちがると、いいな!と力強く念を押してスタスタと庭を横切り始める。
「岩鷲殿!」
許しを請う視線に、頷く白哉。
一礼をすると、ルキアは後を追った。
「お待ち下さい、岩鷲殿・・・お見送り致します」
2006/1/20
副題提供 「モモジルシ」様