――― 初めて嘘をついた
















     7 小さな嘘





「兄様・・・・・」
「ルキアか?」


 夕陽に染まる西の離れ屋は、綺麗に片付けられていた。
まるで、「会わなかった事に」と書かれた手紙の通りに。






殿・・・・・」


 立ち尽くすルキアに、庇うような視線を投げる。
その視線から逃れるように、塵一つ残していないだろう部屋を見つめた。


は何か言っていたか?」
「・・・・いえ・・・・」
「そうか・・・・」
「・・はっ・・・・はい・・・・」


 ルキアは言葉を詰まらせる。
白哉の手の中で、書置きがぐしゃりと潰れた。








 頼めば、探してくれるだろうか?
もう一度、夢で見た日が訪れるかもしれな。


 しかし、涙をこらえて微笑んだの姿を思い出すと、それは出来ない。


「幸せにね、ルキア・・・」


 義兄を責めてしまうからと、そんな自分が許せないからと。


 そんなこと、兄様なら受け止めてくださる。
しかし、それは、も解っているはず。


 それ以上に何が彼女を追い詰めるのか?
真剣に愛し合うが故の葛藤を、計る術は持たなくて。



 現世に戻るという
そこが、彼女のあるべき場所なのだと、無理やり自分を納得させて、せめてもと、笑顔で見送った。





 本当は、行かないで欲しいと、泣きたかった。
姉と呼ばせて欲しいと、縋りつきたかった。





 がいたから、自分を捨てたという姉を恨まずに済んだのだから。
一護に助けられ、恋次に支えられ、少しずつ乗せろと言われた時、素直に心に響いてきたのも。
自分を本当に大切に思ってくれる存在がいてくれたから。








 最初は、なぜ、そこまでしてくれるのか解らなかった。
自分に似ているからと、ただそれだけの理由でできるのかと。



 面会に来てくれたある日、双極を見上げながら、ポツリと聞いた。


「なぜ、私に、ここまで親身になって下さるのですか?」


 すると、静かに名を呼ばれた。
振り向くと、とても優しい笑顔が出迎えて。


「理由がなければ、だめなの?」
「いえ ・・・・・ そうでは ・・・・・・」


 双極へと流された視線に寂しさを覚えた。


「別に他人だって、親や兄弟のように誰かを大切に思うことがあるわ。
 たとえば、親友とか恋人とか ・・・・・。
 理由なんて、なくても、大切な人になっちゃうでしょ?」






 再び柔らかな視線に包まれ、寂しさは跡形もなく消え去る。




「理由があるなら、きっとそれは『縁』かな。


 きっと理由なんか要らない事は、世の中に沢山あると思うの。
 みんなそれを知っているわ・・・・・・。
 愛、悲しみ、喜び、嫉妬。
 だから、人は、見えないものにも、ちゃんと名前を付ける事ができるのよ。
 



 でも、白哉の所にいるのは、もしかしたら・・・・
 もしかしたら、ルキアのお姉さんになれるかもって・・・」



 内緒よと言うに、思わず口元が緩んだ。




 一人になって、再び双極を見上げた。
形のない物にもちゃんと名があるのなら、私の『死』にもなにか意味があるように思えた。
それが、何を意味するのか解らない。


 今生きているこの時代なのか、生まれ変わるであろう未来なのか。
ただ、心は、とても穏やかに凪いでいた。














「広いな・・・現世は・・・・」


 急に現(うつつ)に引き戻されて、何を言っているのか解らなかった。
 

「兄様?・・・・」
「どうした?」
「あっ ・・・ ・・・ いえ・・・ 現世が何か ・・・」
「ここを出たとすれば、行く先はそこしかあるまい」


 母屋へと歩き始めた白哉は、渡り廊下に灯る松明へと、握った紙を投げ入れた。


「しばらくは、屋敷を空けることが多くなろう。だが、案ずるな」
「?!・・・・・・・・・ はい」


 ルキアは、母屋に消える後ろ姿に、深く頭を下げた。














ルキアは、苦労性です。

2005/12/18

副題提供 「モモジルシ」様