5 美しい人







 夕暮れに染まる廊下で、聞き覚えのある声に呼び止められる。

「忙しそうだな」

 相変わらずの無表情。耳をくすぐる低音は、いつもと変わらない。






「ええ・・・・。  ごめんね、退院の時、行けなくて」
「構わぬ。お前の働きは、山本隊長も褒めていた」
「ありがとう」

 自分でも判る作り笑いを浮かべた。






「まだ、屋敷には戻れぬのか?」

 少しの沈黙の後、小さくうん・・・と。



「今宵は、私も此方(こちら)だ」
「そうなんだ・・・・ 復帰早々、大変ね」

 に向けられていた視線を、夕陽へと向ける。


「今宵は、よい月が出そうだ」
「そうね・・・」

 答えたの視線は、白哉から離れない。

「久しぶりだな、ともに見られるのは」
「?!・・・・・・・・」







 見惚れていた思考はすぐに答えを出せない。
白哉は、何事もなかった様に、そのまま歩き出す。

 傷つけると解かっている言葉を投げつけて、答えを聞けぬまま逃げ出した。
そんな自分に、今更何を・・・・・・






 その後ろ姿に、やっと答えを返す。

「遅くなるよ、とっても・・・・だから・・・・」

 の言葉に、背中越しに見返り視線を向ける。
刺さる視線に顔を背け、また、暫しの沈黙。

 先に耐えられなくなったのは、
視線を戻し、言葉をかけようとした時。





「かまわぬ ・・・・ 」




 桜の花びらが舞うような秀麗な微笑みが、を包んだ。

抗う術を失くしたは、その後ろ姿を見送った。

 
 















 広縁に座り月を見上げる横顔は、まるで彫刻のようだ。
きっと誰でも見惚れてしまう、そんな事を思った。


「どうした?」
「ううん、何も・・・・?!」

 不意に感じた温もりに、体が強張る。




 重ねられた手を無意識で引っ込めようとしたが、強く握り返された。

「白哉・・・・・」
「このままで居てくれぬか?」
「・・・うん・・・・・」







 伝わる温もりに戸惑いながら、言葉が見つからず、時間だけが過ぎ、月もかなり傾いた。

「そろそろ寝ないと・・・・・体に障るわ」

 流された視線にドキリ。憂いを含んだ白哉は、本当に艶がある。





「眠るまで、傍に居るから」

 動こうとしない白哉に、溜息混じりには譲歩を試みる。

「ならば、このままで良い」
「白哉・・・・」

 欲しいなら、奪ってくれればいい。
なのに、心の在り処を探すように、ただ、手を包む。


「・・・・ ずるい・・・・・」

 ポツリと零れた言葉に、美しい横顔はその先を見つめる。












 心は今も其処にある







 其処にあるから、きゅっと痛む

 









「部屋に入ろう」

 白哉を優しく見つめ立ち上がる。

「ほんとうに、寂しがりやね」

と、困ったように微笑むを、力一杯抱きしめた。




 


2005/11/18

副題提供 「モモジルシ」様