どスケベオヤジ解禁後の話。オナホール使用あり。




なんてもんは 4





ぼぐっ! って音がしたんだよ、マジでさ。自分の腹ん中から、生まれてこのかた聞いたこともねえような音だ。ありゃいったいなんだったんだろうな? まさか骨じゃねえだろうし、腸が潰れるみてえな音なのかね。若ェころからやんちゃしてたせいで喧嘩なんざ慣れっこだったが、これまでの人生で一番強烈なパンチだったのは間違いねえだろう。しかも、愛しい愛しい年下の恋人にいきなりんなもん食らうなんざ思いもしねえ。
ふりかざされた拳は顔面に向かう動きで俺はとっさに腕をあげてかばったのだが、まったく予想外にそれはみぞおちにみしりとめり込んだ。おええ、と呻いてしゃがみ込む俺に向け、顔狙うわけねえだろアホがとゾロは吐き捨てた。
あんたのツラ気にいってんだぞ! と怒声を浴びせられたのには少しばかり複雑な心境になる。は、腹は、いいんだ……? でも違う、いま大事なのはそれじゃねえし。 ほらなんとか立ちあがれがんばれ俺!
「ゾ、ゾロ……最後まで話――」
そう震える声で言って自分を叱咤しながら床に両手をついて、生まれたての小鹿みてえなポーズになったときにはばたーん!! つってドアの閉まる音が聞こえてきた。すっげえ、早い。あいかわらずゾロはひとの話を聞かない。それでもどこ行くかのパターンはもうだいたい決まってるから(というか迷わずに辿りつける場所が限られてんだ)追いかけて探すべき場所が絞られるのは幸いってもんだろう。
しっかし、強ェガキだよ。あらためて感心しちまう。そうして、はじめて会ったときにいかついパンチ野郎に絡まれかけていたのをふと思い出す。懐かしいよなァ。もう二年以上前の話だなんてちょっと信じらんねえけども。いま思えばあのときだって、その気になりゃあ一撃で相手をノしていたことだろう。自分が拳をあげるほどの価値もねえ。そう判断していた可能性もある。そういうところをゾロは持っている。俺がど真ん中ブチ抜かれた強くてきんと澄みきった瞳。めったなことで本気の暴力を振るうような男じゃなかった。
つまり、それくらい怒らせた、ってこった。
「……あ〜あ、思っきりやりやがって……」
あたた、と腹をさすりながらようやくちゃんと二本足で立ちあがる。それでも走るのはまだとても無理だ。たぶん昼メシから全部吐いちまう。マジで渾身のパンチだった。額には脂汗が浮いていた。ぐったりと壁にもたれて喧嘩の種をあらためて思い出してみる。ニコチン濃度だけは立派な煙草を口の端に引っかけて、んーーと言いながら両手でぱさついた髪をかきあげた。
こっちの話もちゃんと聞けっての。いきなり激昂しすぎだろあいつ。けどたぶん、そうさせちまったのは俺なんだろうな〜ってのもうっすら思う。どうもあいつにゃあ、俺の気持ちがいまだにちゃんと伝わってねえ気がするんだよ。なんでかね。あいつってば俺のこと好きすぎんのかね? ああ、イヤうぬぼれじゃねえって、たぶんな。
そのくらい愛されてるのがわかるくれえ、愛されてる。
でも俺だって、自分が負けてるだなんて思ったことは一度もねえってのに。



「あー……やっぱここかよ!」
「……」
「お前さァ――」
「サンジきゅん!」
「うっせえ黙れ」
「ゾロちゃんはね、会いたくないんだって。しばらく顔も見たくないって」
「……オイ待て。顔は見たくねえわけじゃねえ」
「も〜〜どっちなのよ〜〜ゾロちゃんがそんなだから、このおっさんがつけあがるのよォ?」
「オカマは引っ込んでろ!!」
店の入り口で立ち塞がるキャンディにおれは前のめりで思いきりがなった。その後ろから、揃っているようないねえような手拍子とともに、ハァッピバ〜スデ〜トゥ〜ユゥ〜〜とオール生物学上野郎による歌声が流れてくる。ロウソクのびっしり立てられた立派な城みてえなケーキが運ばれていくのもちらりと見えた。ちょうど客の誰かの誕生日を祝っているところらしい。能天気なその雰囲気を割り裂くように、あァ? と裏声からいきなり野郎の低い声に転じた厚化粧の顔が近づいてきた。
「おおヤんのかコラァ!?」
臨戦態勢でいるとネイルが施され指毛の処理された両手が頬をぎゅっと挟み込む。俺よりもゾロよりもゴツいくらいのキャンディの手だ。元ライトヘビー級プロボクサーで名も知れていたがトレーナーに恋をしてふられたのを機にこの世界に入ったんだとか聞いていた。指の毛まで気にすんのに、なんで脛毛はぼーぼーのままなんかね? こいつらの考えることはさっぱりわからねえ。本名は剛毅(つよし)、源氏名はアイリちゃん。
「キスすんぞゴラァ!」
間近でキャンディに凄まれてそれはどんな脅しよりも俺には効果絶大だった。動けねえ。ファンデーションの下に透けた髭剃りあとの青さからどうしても目が離せねえ。やめろ、口を尖らせんのはやめろ。夢に見ちまい、そう。
「やりすぎだ」
見かねたらしいゾロが、ため息をついてむんずとドレスの肩を掴んで引き剥がす。ころっと態度を変えたキャンディは、たまにはおしおきが必要よゾロちゃん、ほんと男なんて犬のしつけと同じなんだから、と声質をもとに戻しながら優しい手つきでゾロの髪を撫でた。前々から思っちゃいたが、この店のキャンディどもは揃いも揃って妙にゾロに甘い。俺とのほうがずっとつきあいが長いってのに、ゾロとこういう関係になったあとのこいつらの態度ときたら。
まあ、男相手の恋愛のつらさとか、もろもろよく知ってるからかもしんねえけども。
だがそれでいったら俺だってまったく同じ条件なわけで、つうかそもそもゾロもその「男」だろうがよって思うわけで、つまりは、これまでの行いってやつかねと思いあたるフシがたしかになくもなかったり、だ。
「そうじゃねえ」
「じゃあなによォ」
「……」
「あ〜……サンジきゅんを触らせたくないってわけね」
「ゾロぉ」
「てめえは黙ってろ」
思わず顔面筋をゆるませていた俺に向け、ゾロはぴしゃりと言い放った。それから、すまねえ迷惑かけちまったな、とキャンディの肩に手を乗せて軽く微笑みかけた。はあぁ〜〜とキャンディは桃色っぽい長い息を吐いてゾロちゃんってばどんどんイイ男になるわねぇ……と目をハートの形にしてとろんとしてやがる。
そうだろそうだろ、と俺は心から頷いた。ほんとほれぼれすんだろ? だが俺のその言動がさらに気に食わなかったらしく、キャンディはまたぎっとこっちを睨みつけると投げつけるようにこう言った。
「そうやってあぐらかいてると、横から攫われちゃうわよ」
「あ?」
「だからね、ゾロちゃんこれからどんどん男として脂が乗って、色気なんか黙って立ってるだけでどろーってダダ漏れで、それで彼女いないとか蜂蜜に群がるクマみたいにわんさか女が寄ってくるって言ってるの!」
びし、と顔面をさされ、あの腹の出た黄色い熊じゃねえ普通の熊も蜂蜜が好きなんだろうか、とぼんやり考える。小さな瓶にわらわらと群がる無数のツキノワグマを想像して、俺は思わずぶっと噴きだしてしまった。当然キャンディのさらなる逆鱗に触れて、そのえらくつやつやに塗られた唇が開いた瞬間に俺はドアの隙間からすばやく腕を伸ばした。
「ゾロ、帰ろうぜ」
ゾロはじっと俺の手を見おろしてから、ほんの一瞬だけ唇を噛みしめるようにする。チ、と舌でも打つかと思いきやそれはせず、ただ、ぱん、と俺の手を弾いて引かせてからキャンディを押しのけるようにして店を出た。もう一度、迷惑かけたな、とぼそりと言って。
まだ話が終わってないでしょ! ギャーギャー言うキャンディに俺は、悪ィ、今度店に来てボトル入れるからよ、と片手を振った。わかってんだ。こいつらが俺とゾロのことを全力で応援してくれてることくれえ。それについちゃ海より深く感謝してる。ゾロだってなんかあったとき話を聞いてくれる相手は俺以外にも必要なはずだ。なにせ、誰にでもべらべら話せるような関係じゃねえだろう。もちろんゾロがそういうことを誰かに相談するタイプだとは思ってねえ。たぶん今日のことだって、あいつらにも詳しい話はしてねえに違いねえんだ。
けど、拠りどころってのか。そういうのはあるならあるに越したこたァねえだろう? 俺の手が届かねえ部分もあるかもしんねえから。そりゃまあ、まるごと抱えてやりてえのは山々なんだけどさ。たった一人ですべてを守りきれると思うような青くせえ傲慢はもう持ち合わせちゃいなかった。社会ってのはそんなに甘くねえもんだし、俺はそれなりにいろんな世界を覗いてきたほうだと思うから。
なんにもつかまらなくても立ってられるほど混んだ微妙に酒くせえ終電に近い電車に乗ってるあいだ、ドアのそばにいるゾロは黙って窓の外を眺めてた。俺のほうもとりあえずは黙って、ガラスに反射される光がその頬のあたりを流れるのをぼんやり見てた。アパート最寄りの一つ前の駅で、ぷしゅうってドアが開いて外の冷たい空気が足元を撫でたときに、俺のほうを見ないままでゾロは唇だけを動かした。
「あんたはよ」
「……うん?」
「また、諦めてんだろ」
許さねえぞ、とゾロは低く言う。白けた電車内の明かりの下でもその横顔はとても清冽で、ああ、こいつほんとイイ男になってきたよな、と俺はまた思う。諦めてんだろ。なにを言われているかはわかっていた。さっきのキャンディの台詞。いつか、女に攫われちゃうわよ。
いまここでちゃんと答えられることじゃねえけど、んなもんおめえの勘違いだよ、ってほんとはいますぐ言ってやりてえ。お前を、この俺が、いまさら諦められるわけねえだろ、って笑ってキスがしてえ。だからかわりに手を繋いだ。ぎゅっと痛いくらいに指を絡める。この混みようじゃ誰にもわかりゃしねえだろう。わかったってちっともかまわねえとも思う。ゾロは窓に向けていた顔をゆっくりとこっちに向けた。俺がめちゃくちゃ好きな深い目に俺が映って、それはまぶたを一度閉じて開けても少しも揺らがなかった。
「俺のことが、好きか」
そのまま表情を変えもせずにゾロははっきりと言った。別に、誰に聞かれてもかまいはしないってレベルの音量で。実際何人かが濁ったような目をこちらにちらっと向けたのはわかったが、俺も、好きだぜ、と普通に答えた。
「だいすき。すげえすき。ちょうぜつすき」
「ふぅん」
「ふうん、っておめー」
「ざまァ」
「ざまァって」
「せいぜいもっと惚れろよ」
「これ以上かよ」
「ムカつくんだよおっさん」
「ハ」
バカだなァ、こいつ、って俺は思う。俺みてえなおっさんのこと好きすぎて好かれてることにはすげえ鈍感で、らしくもねえのにこんなところでこんなふうに試すようなこと言ってみたりしてよ。なあどんだけ、って、どうやったらわかんだろうな。たとえば計量カップに水を注ぐみてえに目に見えたらいいんだろうけど。そしたらさ、すげえびっくりするっておめえたぶん。
相手の心の中なんてどんだけ近づいても見えねえから、じかにさわって形をたしかめたりなんかできねえから。愛さえありゃ完璧にわかりあえるしなんでもうまくいくなんざ絵空事だってとっくにわかってる。二人の別の人間がよ、一つになるなんてできっこねえしなんか気持ち悪ィと思っちまうぜ。たとえば男と女だったとしても。愛の結晶とかってガキでもこさえたって、そいつは親とはまったく別のいきもんだろう?
だから俺たちはどうやったって一人と一人だ。
一人と、一人で、でも、こうやって手ェなんか繋いだら、どんなおっかねえもんにだって立ち向かえるような気がすんの、ほんと不思議だよ、なァ、ゾロ。



「ゾロ」
「おう」
「一つ約束してくれ」
「なんだよ」
「はいこれで話終わり、って言うまでちゃんと俺の話を聞け。言いたいことがありゃ口は挟んでもいいけど、出て行くのは禁止な」
「……」
「あっ物理で黙らせるのもダメ!」
思い出し怒りなのかもう額に青筋が立って、握りしめた拳にもぷくりと血管が浮いている。どうどう、と暴れ馬でもなだめるように言えばゾロは一度すとん、と肩を落とし、わかった聞いてやろうじゃねえかその話とやらを、と胸の前で腕を組んでふんぞり返った。
なんかめちゃくちゃ偉そうだがこれ以上事を荒立てたくねえから、俺はありがとう、と下から顔を覗き込んでにっこり笑いかけた。その瞬間にゾロの覇気みてえなオーラが少しだけゆるむのがわかって、ほんとこいつ俺の笑った顔に弱ェんだなとそこは深く感心してしまう。電車からずっと我慢してたからすくいあげるようにちゅ、とくちづけると、むぎゅっと頬をてのひらで押し退けられた。
てめえはそっちで黙らせんの禁止だ。強面で言う耳が赤い。黙らせられちゃうんだねえ、と俺は腹ん中が湯たんぽでも抱えたようにじんわりあったかくなる。あーあ、好きだ。好きだよおめえが。抱きしめてえけど、そうしたらたぶんまたぶん殴られんだろうな。ゾロは気合いを入れ直すように姿勢を正し、先に言っときてえことがあんだ、と言い出した。
「すぐ済む。そっちの話がどんな内容だとしても変わらねえことだ」
「どうぞ」
「俺は、あんた以外にはそういう興味は湧かねえ」
「あ? うん」
「これまでも、これからもだ。たとえばてめえがそう望んでもな」
「……おう」
「以上」
ほんとうにすぐ済んだ話はまったく簡潔そのもので、それきり唇を真一文字に引き結んだゾロからは、そりゃもしいつかなにかの形で俺と別れてもかとか、おめえの人生まだ先も長ェだろうに断言できんのとか、そういう、質問の余地をけして許さねえ威厳みてえなもんが漂っていた。そして、てめえが望んでも、という言葉に、ああやっぱそっち方向で誤解してたかと呆れる。ふ、と俺は唇の端を震わせた。その途端じろりと眼光鋭く俺を睨んだゾロに、ちょっと待て、と手で合図してよいせ、とあぐらの膝に手をついて立ちあがった。いろいろ説明するよりこいつみてえなタイプは現物見せたほうが早いってもんだ。
弁当屋に行くときに使っている鞄を持ってきてどさりと床に投げ、中から取りだしたものをでん、とゾロの前に置いた。黙ったままその、いかがわしい文言の並ぶパッケージをゾロは透明な目でじっとみおろして、あんたなァ……と今度は半目になって俺のほうへと視線を投げた。
「あ、違うぜ、誤解だって」
「なにが誤解なんだ」
「じゃあ聞くけどな。どう思ってんの」
「俺の具合よりこっちがいいってんだろ。それとも、女とヤりてえってあてつけか」
「えっバカなのお前!? 話の流れ読めって!」
「じゃあなんだよ!!」
「……イヤもうほんと……それこそすっげえバカバカしい話、なんだけど……これが発端なんだよなァ」
「なんの」
「だから、今回の騒動っつうか」
俺はその直方体の箱を指先でつんとつついてから煙草に火をつけた。中身は、まあその、簡潔に言っちまえばいわゆるオナホってやつだ。女のあそこに見立てて作られたそれは男が一人でするときなんかに使うアダルトグッズで、はじめに言っておくが俺が買ったもんじゃねえ。あと、過去に使ったこともないです。そう伝えるとゾロはめちゃくちゃ不審そうな表情を隠そうともしてねえけどほんとだって。
仕事帰りに昔の仲間にたまたま会ったのだ。一時期、俺と一緒にろくでもねえことばっかやってた男はいまも少しも変わらずろくでもねえみてえだった。アダルトショップや風俗店をいくつか経営しているとかで、立ち話をしたあとの去りぎわ紙袋にぎゅうぎゅう詰められていたこの箱を俺の鞄にさっと放り込んだ。女のことを訊かれてここしばらくいねえよって答えたからだろう。ごぶさたなんだろ、最新作だぜ、使用感教えろよなとニヤついた笑顔を見せたもんだ。ごぶさたどころか俺の息子ときたら年齢の割にゃかなりハッスルしてるほうだと思うがそれは言わなかった。たぶん、その手のもんに違いねえなと思っちゃいたが、アパートについて表面の黒いビニールを剥がしてみてようやく正体がなんなのかはっきりした。
生ハメ最強職人ギガマックス! またすげえ名前だよな……。この手のやつってのは、こういう思わず噴いちまうような商品名が多いもんだ。
箱の前面部分は中が見えるようになっていていかにもなオナホ様が鎮座ましましている。全体の外観が円筒状のそれは、透明なピンク色で挿入すると中が透けて見えるつくりらしかった。たとえば中学生とかよ、そのあたりの好奇心のみやたら旺盛で経験値はゼロのガキが見りゃあ興奮すんのかもしんねえが、俺にとっちゃただただバカくせえまさに「おもちゃ」にしかすぎねえから、あいかわらずアホな野郎だぜ、とあまりひとのことは言えねえながら苦笑いでそれを眺めつつ、ふと、考えちまったのだ。
そういや、ゾロって童貞なんだよな。
いまさらすぎることを、あらためてしみじみと。
きっと誰も思いもしねえだろう。贔屓目じゃなくかなり男前の部類なんだろうし、街を歩いてるときなんかあからさまに見ていく女がけっこういるし、しかもそれが年々増えているのなんか俺が一番よく知ってるし。そう、キャンディが言ってたとおりだ。どう考えても、普通にしてりゃ女に困るようなタイプじゃねえ。むしろ黙ってても向こうからわらわら寄ってくるほう。それでいてゾロはこの俺しか見てねえときた。イヤうぬぼれじゃねえよ? 見てねえ、って、本人がはっきり言うんだし実際そう感じるしまあ間違いはねえんだろう。
だがゾロは、俺を最初で最後にすることをもう決めているようだった。他をまったく知らねえんだから比べようもねえくせに、だ。俺は俺を信じてるからな。そうこともなげに言う。えー俺をじゃねえのかよ、と尋ねてみたら、そりゃ同じことだろと笑っていた。な、ちょっと驚くくれえ、かっこいい男だろ? こいつの遺伝子残してえ女はきっとたくさんいる。もしあんとき、俺と出会わなきゃまったく別の生きかたをするゾロがいたはずなんだよなァ。まあオナホがきっかけってのも笑えるがひさびさにそんなことを思ったりもした。そうして、とりあえず鞄にそれを戻したジャストタイミングで当のゾロが帰ってきた、ってわけ。
だからつい、反射的に言っちまったんだ。俺としてはただ事実を述べただけだけど、いま考えたらゾロにとっちゃあんまりにも唐突だし誤解されてもしかたがねえよ。
お前ってさ、女も知らねえままなんだよなァ、なんてな。
「――で」
「で、ってお前、ちゃんと俺の話聞いてた……?」
「聞いてたぜ。もらいもんのこいつを見たあんたは……俺が、女と一度もヤッたことねえのをいまさら思い出した。そんでつい口に出しちまっただけで、とくに他意はねえ」
「聞いてんじゃねえか」
「だからそう言ってんだ!」
「なに怒ってんだよ」
「てめえがアホすぎるからだろ。アホのまま無駄に年ばっか食いやがって」
「無駄っておめえ!」
「無駄だろうが!」
「皺も好きっていつも言うじゃん!」
「そりゃ好きに決まってんだろ!」
「じゃあ無駄じゃねえじゃねーか。おめえが、好きだってんならそんだけでもさァ」
な? と真顔で言えばゾロは鬼神のようになりかけていた形相を素に戻して、それから、く、と笑いはじめた。く、く、と何度か肩を震わせたあと、なにかの発作がじわじわ広がっていくかのように爆笑しはじめる。ここまで派手に大笑いするゾロを見んのはひさしぶりかもしれなかった。
そうやって腹を抱えてしばらく笑って、ゾロは、目尻に滲んだ涙を手の甲で軽く拭った。俺は煙草をふかしつつ、ずっとにこにこしてその姿を眺めてた。笑ってんのがいいよなァやっぱ。そう、思いながら。そのためならいくらでも年甲斐のねえアホになったっていいって心から思うぜ。もちろんそれ以外の顔も好きなんだけどな。でもこいつの開けっぴろげな笑顔は、なんだろう、さんさんと陽の射す柔らけえ土の上に大の字で寝っ転がるみてえな気分になるんだ。金色の光、緑と土の匂い。そんな記憶はもうはるか遠いもんだってのに、ただひたすら幸福だったあの気持ちを不思議と思い出すんだ。
真正面から俺を見るゾロはもう笑ってはいなくて、でも、笑いだす直前みてえな顔でやっぱり俺を、俺だけを見てる。俺はへへ、と笑ってから煙草を灰皿に押しつけて腕を大きく広げた。できるかぎり大きく、大きく。俺の、こいつだらけの中まで全部晒すみてえに。ゾロが指先で合図を送った。どうすりゃいいか知ってんだろ。そういう声が聞こえてきそうな表情だ。膝立ちになってとうとうぎゅうっと抱きしめる。もう、俺よりもがっしりと筋肉のついた力強い体、が、愛おしくてしょうがねえ。こいつが俺の皺が好きだとかほざくのと似たようなもんかな?
あったけえ頭を胸に押しつけたら、ゾロは俺の腰を抱いた。それからむんずと尻を掴まれて、オイまだサカんなもうちょっと待てよと俺は笑った。言いてえことが、あるんだ。
「そりゃあまあ、お前にゃ俺と出会わねえ人生もあったろうなーっては思うけどさ。普通の幸せ、ってのか? あったかもしんねえよなって。女抱いて、ガキなんかこさえてなァ。俺ァガキは正直あんま好きじゃねえけど、お前のガキならたぶんすっげえかわいいだろ。……でもよ」
「おう」
「俺と出会っちまったんだから、諦めてくれ」
いわゆる普通の幸せとか、柔らかくてたまんねえ女の体とか、お前似の愛らしいガキとか、全部捨ててずっと俺のそばにいろよ。
言えば、ふはっ、と短く息を吐くように胸の辺りでゾロが噴きだした。その頬を挟み込んで身を丸めてキスをする。ひでえもんだよなァ、って自分でも思いながら音を立てて何度も重ねる。離してなんてやれねえんだ。たとえば神さまみてえなもんがいて、こいつのためのとびきり上等な女がどっかに用意されてたとしても。
ゾロが、思いっきり髪を引っ張るのがわかった。でもそれは引き剥がそうとするんじゃなくてもっと近くに引き寄せるための力だった。これ以上ねえ、ってくらいに。俺もできるだけ深く舌を挿れて唾液を流し込む。けして混ざれやしねえってのに俺たちはいつもこういうふうだ。一人と、一人で、絶対なれっこねえもんになろうとずっとあがくんだろう。でもそれもよ、もう、お前とならぜんぜん怖くねえって、思うよ。
しばらく口がでろでろになるみてえな濃厚なキスをしたあとにいきなり頭突きを食らった。ゾロは石頭だからマジで目の前にちかちか光る星が散る。なにすんだクソガキ! と怒鳴れば、ったく遅ェんだよオッサン、とゾロは唇の片方だけを挑発するようにくっと引きあげた。ああ〜〜〜〜その顔! たまんねえ、好き。
「なァ、もっと惚れちまった?」
「これ以上かよ」
「はっ! 言うよねおめーも」
「――サンジ」
「ん、俺も」
俺は、どうしようもなくなったどうしようもねえ俺の分身をゾロの腹にぐっと押しあてる。は、と息をつくゾロも同じように股ぐらをきつく膨らませてんのはもちろん知っていた。いつサカッてもいいように常に準備してある数枚のタオルとそのあいだに挟んだゼリーのボトルを引き寄せる。柔軟剤を使ったふかふかのそれを、俺たちはいつもぐっしょぐしょのでろんでろんに汚してヤりまくる。
「なァ、これよ」
ゾロが、いつのまにか転がっていたさっきのブツを手に取って開けた。透けた内部は規則的な小波が打ってでこぼこした構造みてえだ。おもむろにてのひらで包んで、感触をたしかめるようににぎにぎとしながらためしに使ってみようぜなんて言いだした。えっと俺は思わず大声をあげた。とんでもねえガキだとはよく知ってる、けど、まさかそう来るとは思わねえだろ。
「……俺にか?」
「俺にだろ」
「興味あんの……」
「あー興味、っつうかな。強そうじゃねえか」
「……ハイ?」
「最強とか、ギガマックスとかよ。名前」
「…………そうだな……」
ああ……こいつ……あの悪癖が出てやがる……。ゾロはもともと「強い」って言葉に妙に敏感ですぐに張り合おうとするんだよ。こういうのも脳筋っていうのかね。俺は負けねえ、と反射的に思っちまうらしいがオナホに喧嘩売ってどうすんだろ。ぼんやり遠い目になってたらすぽーんと気前よくパンツごとジーンズを脱いだかと思うとあぐらをかいて、こうか、といきなりあてがいだしたから俺は慌ててそれを取りあげた。
「なにしやがる」
「なんか濡らすもんがいるだろ! いくらなんでもこのまま挿れたら痛えぞ」
そう言われりゃそうだな。至極真面目な顔つきで頷くのには思いきり脱力する。はあ、と俺はため息をついてゼリーのチューブを手に取って中に搾ってやった。
ゾロのにも垂らしてやる。残り少なくなってきたボトルがぶじゅるって品のねえ音を立てて、とろ、と見慣れちまった亀頭が蜂蜜みてえな透明な液で濡れて、ぴんと元気いっぱい上向いたちんこがぴくんと揺れる。まるでゾロがじわじわ漏らしてるみてえに垂れ流れるのを見てるうちになんだかおかしな気分になってきた。そういや、俺のをこうやって濡らすことはあっても逆はねえ。ふと顔をあげると、こっちを見てたらしい目の際をうっすら赤くしたゾロと目が合った。
どした、と尋ねた。なにか言いたげな顔だと思ったからだ。ゾロはめずらしく逡巡するようにほんの少し黙ったあと唇を開いた。あんたが、してくれ。いつもよりずいぶん小さい声で言った、のが、俺のわずかばかりの理性をグーパンチで思いっきり張っ倒しちまった。
ほんとこいつってさ、物理じゃなくても俺をKOしちまうんだよなァ。ったく。まいるよ。
「んっ」
にゅる、と、とりあえずくびれんとこまで包んでやるとゾロは声を出した。何度かしごくみてえに浅く抜いたりハメたりを繰り返してやった。はじめはゆっくり、優しく、だんだんずぽずぽって激しめに速く。先っぽをこうすんのは大抵の男がたまんねえはずだ。ゾロだって例外じゃねえ。イッたあとの敏感なときにねちねちいじってて潮噴かせちまったこともある。あんときゃかわいかったなァ……。挿れっぱなしのケツでもイきながらよ、全身真っ赤になって顔ぐしゃぐしゃで舌回んなくてやらでるでるやらぁっなんつってさ。
はっはっと俺の手の動きを見ながらゾロの息が荒くなっていく。後ろの床について支える手が震えはじめてる。気持ちいいか、って訊いたら黙って頷いて、それがほんとにロクにものを知らねえガキの仕草に見えてたまんねえ。
ず、ず、と外から適度な握力で圧をかけながら最後まで滑らせて、とうとう根元まで全部ずっぽりだ。これも童貞喪失ってことになんのかな? まさかそこまでこの俺が手ほどきすることになるとはよ、なんつうか変な感慨みてえなのが湧いてくるよ。
しばらくそのまま中でぴくぴく震える動きをたしかめていると、あ、あ、と思わず出ちまうらしい声をあげながらゾロがぎこちなく腰を動かしだした。
「おいおいダメだろ? おめえが挿れてんのにンな声だしちゃ、よ」
「ふ、っ、ふぅ、ん、ァ」
「そりゃさ、抱かれるほうの声だぜ」
「し、らね、ク、ソッ、あ」
そうだよなァ。ほんとに知らねえんだよなゾロは。俺と出会うまでは定期的にオナッてりゃそれで済んでたんだって言っていた。オカズとか何だったって興味本位で訊いたら別にただしごいてただけだって。男だから溜まるもんは溜まるから、とりあえずこすって出しとかねえとな、っていう、まるきりルーチンワーク。
そんなまっさらだったガキが、抱くの覚える前に抱かれるのなんか覚えちまって。俺のナニで前立腺ごりごりしてやりゃあちんこ萎えたままザーメン出しもしねえでがくがくケツアクメきめるまでになっちまった。正真正銘俺しか知らねえまんまでこーんなにエロくなっちまってさ。ああ、俺ってやっぱ悪いおじさんかねえ? でも全部見てえじゃねえか。ぶっ飛んじまってアヘッた顔だって等しく愛しい。
「ほら我慢。負けねえんだろ?」
耳元で言うと、はっとしたようにゾロはぐっと唇を噛みしめた。あーほんっとこういうとこアホでかわいいわ〜……。負け、はゾロのNGワードだ。
床にバスタオル敷いて腹を支えてよつんばいにしてやって、俺はその後ろに座ってゾロが動きやすいようにオナホを支えてやる。ケツ振ってみろよ、ヤられてんだろいつも。言って、促すように強弱つけて何度か動かしてやる。締めたり、ゆるめたり、してるとだんだんゾロの動きが「らしく」なってきた。言いつけどおり声我慢してなかなか雄っぽい動きしてんだけど、これ、たぶん、俺にされるときのこと思い出してんだろな。
そう思ったらたまんなかった。
「そんなおもちゃよりさ……おめえん中、もっとすげえんだ」
「――は、ッ、ア、あ、言う、な」
「後ろも欲しくなっちまった? あーあーひくひくしてっけど。ダメだぜ。勝負が終わってねえからなァ」
「う、う〜〜ッ、う」
ゾロがかくかく腰振るたびにたっぷり濡らしたそこからぶじゅぶじゅってすげえ音がしてる。いつもはゾロの穴が立てる音。叩きつける動きがひときわ速くなった、と、思ったらゾロはぶるっと大きく震えた。てのひらの中で拍動する感覚がある。二度、三度、びくんびくんびくん、ってなってから、汗の浮いたその体が床に崩れた。
「はじめてにしちゃ、上出来」
背中を上下させて荒い息をする、ぺしゃっと潰れた髪を俺はよしよしと撫でた。それからよくがんばったなってふうに丸い尻もつるりと撫でてやる。吸いつくみてえなその感触を楽しんでたら、ゾロが、後ろに回した手で俺の手首を強く掴んだ。なにも言わねえままで。うつぶせのまま。片脚、ずるっと膝を床にこすりつけるみたいにして開いて、俺の指を尻たぶの真ん中の、そこに。
「……ここ、足り、ねえ――」
あたった指先の下で、はくりと息づいた。
どんな極上の女に、抱いて、って言われるよりも興奮しちまう。
「――ったく! おめーはっ! もー!!」
頭を掻きむしりたい気分でその体をぐるんと裏返す。どこまで俺を煽りゃあ気が済むんだろほんとによ。今日はこれで終わろうかね、って思って収めようとしてたのに一気にぎんぎんになっちまったもんにゼリー使いきるくれえ垂らしてなすりつけてから、ゾロの膝の裏に手ェあてて股広げさせて先っぽを押しあてた。
バキバキのちんこ指で支えて、ぬる、ぬる、って真珠んとこ穴になすりつけるたび欲しそうにひくひくさせながらゾロは俺の尻を鷲掴んだ。はやく。待てよ。待てねえ。じゃあよ、ケツにちんぽブチ込んで、いっぱいずぽずぽしてって言いな。……こ、の……どスケベオヤジが! は、好きなくせによ、ほら……ほら。あっ、あっ、いじ、わり、ィ、っ。それも好きだろ? 囁けば、ゾロはふううっと長く唸ってから唇を震わせてちゃんと、おねだり、した。
「ア、ッ、あ――!」
すっかり俺専用のそこはカリさえ入ればあとはにゅるって感じで呑み込んじまう。くびれまで埋めたとこでとめて、こりっこりに勃起した乳首、つまんで、潰すみてえにこねてると体中がびくんびくん跳ねながらうまそうな桃色に染まってく。最高の眺めだ。さっきは我慢できてた声は、こっちだと無理みてえでゾロはよだれ垂らして甘ったりい鳴き声だしてた。まだちんこは中途半端にオナホに包まれたままで、先端のとこにたっぷり精液溜まってんのが見えて、俺がゾロの好きなやりかたで中こすってやるたびに締まった腹をぺちぺち叩いてた。
突起で、しこりんとこ引っかけてやるといくいくいくってゾロが喚いた。嘘つけ。もう、ケツイキしてんだろ、すげえうねってるからわかる。俺は唇をぺろりと舐めた。ゾロ、って呼んで飛びかけてる意識を引き戻す。びしょ濡れのとろけた顔。俺の、俺だけが知ってるひでえ顔。たまんねー、なあ。
「は、も、すっげ、え、よ……おめえ……さいこ、う」
片手でゾロの足首掴んで持ちあげてガツガツ突きながらオナホも動かしてやる。いつ出したのかさっき見たときより中に溜まってる液体が増えてるみてえだ。俺をしゃぶる極上の肉が、いつもよりさらにやらしい感じにしあがってる。ケツとちんぽどっちもイイどっちもスゲエってタガ外れちまったゾロは何度も言った。
「……ん、おれ、も、もう――」
ずるんっと引き抜いて、まだぱっくり俺の形に口開けたとこにぶっかけた。びゅ、びゅって濃い白いのが飛び散る。ゾロもまたイッたみてえで声も出さねえで痙攣してる。もう俺の手は離れてんのに持ちあがったままだったケツがゆっくりと落ちて、それから、引っかかってたオナホがようやくその体の脇に滑り落ちた。中に溜まってたもんがとろんとこぼれていつもより赤くなってるちんこはどろどろに汚れてた。
「ずいぶんよさそうだったなァ、お前。……いまさらだけど、ちょっと妬けるな」
俺はゾロのそばに横向きで寝そべって、汗まみれの額をちゅう、と吸いながら言った。アホ、オナホにかよ、ってゾロが余韻で嗄れた声で言ってそれから顎髭んとこに齧りつく。がじがじ、って何度かやってから唇に唇を合わせてきた。たしかにすごかったがよ、妬く必要はねえだろ。言って俺の髪に指を入れて遊んでる。
「だってさ、さすがにおめえも女のこと考えたろ」
「だから必要ねえってんだ」
「?」
「考えてねえし」
「……そうなのか」
「あんたのことなら考えた」
「えっまさか俺に!?」
「違ェよ。そっちじゃねえ」
あんたが二人いてよ、俺に突っ込んでんのとしゃぶってんの、考えてた。
言ってからふうっと満足げに息を吐く。俺はしばらくぽかんと口を開けて呆気に取られてた。なるほど、どっちもイイって言ってたのそういうこと!? それからさっきのゾロみてえに笑いの発作に襲われる。なんだこいつヤベえ。さすが俺に愛想つかさねえだけのことはあるぜ。自分がなに言ってっかわかってんのかね? わかってねえんだろうなァ。
どんだけ、俺だらけだよおめえも。
「……なに笑ってやがる」
「ふ、ふはは、いやァ……あははは」
「腹立つな」
「誤解だって。うれしくて笑ってんだ」
「なにがうれしい」
「やー愛されてますね俺」
「バーカ」
知らねえよってゾロはなんとも素っ気ねえ返事だ。愛とかむずがゆいしわかんねえって言ってたなそういやさ。でも俺がわかってりゃそれでいい。自覚したおめえに、愛してるなんざ言われたらしんじまいそうだから。そしたら地獄まで追っかけてきて引きずり戻しそうだよなァこいつ。
まだ腹の震えがとまんねえ俺のちんこをゾロがむんずと握った。笑った顔見てたらまたムラムラしてきたってさ。オイオイ。どんだけだ? でもうれしい。ちっと鬱陶しいかな、って思うくれえの気持ち、注いでも注いでもまだ足らねえ、ってずっと言ってくれ。俺をイチコロにする、あの、わっるそーな笑顔でさ。





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