なんてもんは 最終話






「――よう、クソジジイ」
いつもの朝の挨拶をして手を合わせている。俺よりはずいぶん長ェ、前髪に隠れた横顔。ここからじゃその表情のすべては知れなかったが、荒っぽい口調に反して口の端は笑んでいた。これもいつもどおりだ。
位牌はない。写真すらもない。きっとなにか事情があるのだろう。どっかに一枚くらい残ってねえのかと前に尋ねてみたところ、写真、撮るようなジジイじゃなかったらなァと言っていた。
位牌も写真もない代わり、ただ黄ばんだ、もとはきっと白かったろう驚くほど丈の長いコック帽がそこにはきっちり畳んで置かれている。会ったことはもちろんねえから、たったそれだけがサンジがジジイと呼ぶゼフという男について俺の知りうるすべてだ。
ガラス引き戸二段目の隅っこ。なんだってそんなところにと最初は驚いた。ここが似合いなんだよとだけ言って目を細めるのにやがては合点が行った。
その戸棚の真正面が台所なのだ。だからサンジが料理をする姿もよく見える。俺と出会ってふたたび包丁を握るまで形見のコック帽は長いことひきだしにしまい込んでいたのだそうだ。もしかしたらサンジも昔、料理をするゼフの背中を見ていたのかもしれないと思う。
母親のことは聞いたことがない。ジジイってのは愛称みてえなモンで父親らしい。たぶん心から慕っていたことは、ほんのときおりゼフのことを語るときの悪態まじりの言葉とは裏腹のどこか照れくさそうな表情からよく知れた。
一度懐にしっかり抱えたモンはきっとずっと捨てらんねえ。自分がそれでどうなろうとも抱えっぱなしなんだろう。ときどきそう思う。
愛情深いっていやァそうなのかもだがサガみてえなところもあるんじゃねえか? 日頃の態度からすると意外なくらい融通のきかねえところのある不器用野郎だ。
そういう部分に、自分じゃあんまし気づいてもいねえらしいのがまたこのおっさんの厄介なところでもある。
「お、早ェなゾロ」
俺にようやく気づいてサンジは言う。おう、と俺は言い、そのまま台所に向かってやっぱりいつものようにゼフの前で手を合わせる。
そこはあたたかな出汁の匂いで満ちていて、昨日さんざ体力を使った俺の腹はぐううと高らかになった。嗅覚はダイレクトに腸を動かす。元気だねおめえ、とのんびりした口調で男が言った。
鍋の中でかつお節がゆらゆらと踊っている。
「まァな」
「俺さすがにちっと腰が」
「しかたねえよ。オッサンだからな」
「でもお前だって昨日はよォ……あ〜〜、ま、いいか」
「んだよ」
「覚えてる?」
「なにが」
「最後」
「……覚えてねえ」
「聞く?」
「…………聞かねえ」
「そっか。まーそのほうがいいと思うね俺は。うんうん」
「……」
「あのなお前すげくてェ」
「言わねえんじゃねえのかよ!」
昨日まで一週間ほど実家に戻っていたからそのあいだ俺はサンジと寝ていなかった。だから大概飢えきっちまってたのはたしかで昨夜はヤッてヤッてヤリまくった。このスケベオヤジのスケベなことにかける情熱とパワーと来たらすさまじいものがあり、男の性欲がピークに達するとよく言われる十九の俺とまったく対等に渡り合えるくれえだ。
ただ、テクのぶん俺のほうが分が悪い。おまけにこの顔とか声とか手とかもろもろにもどうしても弱いせいだ。最後は大抵わけがわからなくなっちまう。ひさびさのときなんかは、とくに。そうやって半分トんじまった俺にいろいろ言わせたりさせたりするのをどうやらサンジは楽しんでいるようなのだ。いつかぜってえ、吠え面かかせてやるとはずっと思っている。
ぐに、と思いきり口を摘まんで、ひででと叫ぶしょうもねえ唇にちゅっとくちづけてやった。思い出してでもいたのか赤らんだ目元はへにゃりとだらしなく下がっており、それを心底かわいいと思っちまうテメエ自身にもおれは呆れる。
それから便所に向かうために背を向けたところに、声がかかった。
「今日は、一限から出るのか」
「おう。あんたは休みだよな」
「ああ。夕メシなに食いてえ」
「サンマ」
「はは、またかよ。まーいましか食えねえもんな」
「てめえが焼いたやつ、なんかやたらうめえんだよ。食ったことねえくらい」
選びかたにも焼きかたにもコツがあるらしい。けれど、それを教わったからといって誰でも同じようにできるわけじゃねえのはよく知っている。
こんがりと焼けてところどころ膨れたつやつやの薄い皮。箸を入れると柔らかく焼けた身からじゅわりと脂が染みだしてくる。弁当屋の客にもらったというすだちを、種が落ちるほどぎゅっとしぼったら柑橘の爽やかさが混じる。そこに、ほんの少しの醤油を垂らした大根おろしをたっぷりと。
考えただけで唾液が湧きあがって、それをごくんと飲み込まなくてはならなかった。
「そんなにか〜」
「だな」
「うれしいこと言ってくれるねェ」
「ほんとのことだ」
事実を言えば、へへっとサンジは照れくさそうな顔をした。俺はひそかにため息をつく。朝からやめやがれムラッとくんだろ。タマなんかまだ空っぽに近いんだろうにまァほんと俺も性懲りもねえよな。
ひんやり乾いた秋の風が足元を撫でて、大きく開いている窓のほうを見た。ひさしぶりに気持ちよく晴れている。長雨のあとの空は薄青く澄んできれいだ。雨が続く前、吸い込む空気に混じっていた金木犀の甘い香りはもう消えていた。たぶんすべて散ってしまったんだろう。
サンジがつられるように外に顔を向けた。
「天気いーし、掃除日和だなァ。布団、ふっかふかにしとくぜ」
干したてってさァ、お前の匂いがすんだよなとサンジは笑う。俺を腕に中に大事そうに囲って、こいつはよく「お日様みてえ、ぽっかぽか」なんてしみじみと言う。思い出しているとサンジはかつお節を鍋から箸ですくい、てのひらの上で切った真っ白な豆腐をそっとそこに入れた。
ふと目に入り、季節に関わらず水着女が笑顔をふりまきビールを飲んでいるカレンダーを一枚破った。
目の前に一が並ぶ。そうかもうそんなかよと思う。今日から十一月。どうりで寒ィわけだと納得した。
俺は、もうすぐハタチになる。



サンジの過去について俺が知っていることはごく少ない。なにせ俺が生まれたときにはサンジはいまの俺よりも年を食っていたのだし、出会うまでにはさらに同じくらい長い月日が必要なわけだ。
惚れた男の、約四十年ぶんの歴史。
知りてえ気持ちがねえとはけして言わねえ、が、無理に知ろうとも思わねえってのが本心だ。女関係についちゃまー大体ろくでもねえ予想はつく。だがそれ以外についても、なにを知らねえでなにを知ったからってサンジはサンジだ。いまさら俺にとってそれが変わるわけでもねえ。
ただ、自分一人で抱えてえ「なんか」がそこにあるんだなとは思う。俺と出会って人生やり直してんだとは前に言っていたから、それ以前のことはもう捨てた気でいるのかもしれねえが、完全には捨てきれずにいるからこそ軽々しく話題に出せねえんだろう。
俺にも一緒に背負わせろと、言わねえのはこいつがそれを望んでねえのがわかるから。
ただいくつか。
俺でも察していることはあった。
「これよ、あんたと」
「……あーそうそう、一緒だよなァ。ガキの頃よくからかわれたモンだよ」
「なんて」
「同じ名字なのに、似ても似つかねーなってさ。こっちはいわゆる名家ってやつ? 俺はジジイと貧乏暮らしだったし、落ちこぼれだったからなァ」
ま〜こうやってヘンな噂も絶えねえみてえだけどな、金持ちってのも大変だねとサンジは軽い口調で言って、ぷかりと煙を吐いた。ぼさりとなった金髪にテレビからの光がちらちら映るのを見ながら、へェ、と俺は答えたと思う。
今年の正月だった。俺は冬休み、サンジも仕事が休みで朝っぱらから濃い目の姫はじめ(この言葉を俺はサンジに教わったのだがそういう伝統行事があるらしい。年が明けてすぐの性行為のことである)を終えて二人でぬくぬくとコタツに入ってぼんやりテレビを見ていたときの話だ。
それは正月なんかにときどきあるどこまで本気かわからねえような特番で、政財界の黒い噂を徹底検証! などと大仰に謳っているものだった。たまたま、出てきたのだ。こちらもなにやらやたら大仰な、あまり自分からは名乗りたくないらしい、サンジの名字とまったく同じ名を冠した財閥系企業とやらだ。
底の見えない巨大資本、暴力団との癒着がどうとかこうとか。会長に退いたあともしっかり実権は握っているという、いかつい体格のジイさんは後ろ姿だけしかわからなかった。
ちらっとだけ映った、いかにもエリート様って感じの眼鏡をかけて金髪を撫でつけた現社長らしいおっさんはサンジに似ているような気もした。
ほんの少しだけだ。
サンジがあんな、冷たいどころか表情のまったくない顔などするわけがねえ。
「なーゾロ」
声に視線をやれば、サンジはコタツの上に顎を乗せて煙草をぷらりと揺らしていた。もうテレビは見ておらず、みかんの乗った籠のほうをじっと見つめていた。それから画面から背けるように顔を動かして俺のほうを向いた。片頬が、コタツに押しつけられてむにゅりと潰れている。
「もっかい、しねえ?」
ついさっき一瞬だけ目にした表情は、俺とはじめて会った日のサンジを思い出させるものだった。あのとき蹴り倒したヤクザを見おろしていたときの顔。すべてがどうでもいいって投げやりな感じの、なんかを諦めたみてえな、なのに諦めきれてねえみてえな、顔。
それが嘘のようにまるで上塗りでもするようにいまはニヤけた顔をして指を伸ばしてくる。
その手首を掴んで力任せに引き寄せて、サンジごと床に倒れ込んだ。
「うわ!」
驚いた声がしてはらはらと灰が散る。大きく揺れたコタツの脚が床をがたんと叩いた。ちょ、バカ待てよ。待たねえ。そんなやりとりがある。サンジは慌てて指のあいだの煙草を灰皿に放り、それから観念したのか俺の上でようやく力を抜いた。
肩の上に顔が収まる。やたらヤニくせえ、なのになぜだかやたらほっとするこの男の匂い。俺は、俺の手で乱した髪に指を入れた。空気が乾燥してるのもあってぱさっとしている。唇を押しつけると少しだけ冷てえ。一束、がじりと噛んで引っ張ってやった。
「イテテ! こらこら抜けんだろ」
「別に」
「あ?」
「訊く必要ねえだろ。ヤりてえときは勝手にしかけてこいよ」
「やーだってよぉ、ついさっきさんざん。おめえもさすがにきちいかと思って」
「……ヘンなおっさんだな」
最中に俺が気持ちよすぎてどんだけヤメロって喚いたってぜってえやめねえくせに。自分のほうがほんとうに欲しいときにかぎっていまだにこうやって気なんか遣いやがる。
最初だってそうだ。あとでわんわん泣いてやがったくせわざと冷たい言葉で俺を突き放した。あんなモン別に俺にとっちゃ屁でもなかったのだ。自分で言って誰よりも傷ついたのはこいつ。でもきっとそれにさえ気づいてねえサンジの、あの涙の大部分は俺のために流したものなのだろう。
そういうどうしようもなくアホなところにいつもめちゃくちゃ腹が立つ。
「今度からな、訊いたら殴るぞ。タコ殴りだ」
「えっ! なんでだよ!」
「なんででも。そもそもなァ」
「?」
「あんたが俺を抱きてえってときに、俺が抱かれたくねえわけねえだろうが」
俺の横にぴったり収まっていた顔をサンジが上げる。驚いた顔をしているのにまたムカッ腹が立った。そんくらいいい加減わかりやがれ、と、ごんと強めに頭突きをかましてやる。サンジは目を見開いて、それから、赤くなった額を撫でながらかなわねえなァおめーにはと途方に暮れたようにぼそりと言った。
ばーか、と、俺はもう一度頭突きをくれてやる。舐めすぎなんだよ。たぶん、あんたのよく言う愛ってやつをよ。かなわねえだなんて俺だっていっつも思ってる。
そのあとのセックスはいつもに比べりゃあずいぶん静かだった。大抵はいろいろエロイことを囁きまくる唇はただときおり俺の名を呼ぶばかりで、すぐに繋がってロクに動きもしねえで深くに出してからも、サンジは俺を強く抱きしめたままなかなか離さなかった。
サンジ、としばらくして声をかけるとようやく顔を上げ、へへ、なんか早かった俺、と少し恥ずかしそうに笑う顔を見あげてなんでか俺は泣きてえような気持ちになったもんだ。
心臓がぎゅぎゅっと握られる感じがする。悲しいじゃねえ。痛ェ、には少しだけ似ていた。
なんだろうな。わからねえ。いつかわかる日が来るのかもわからねえ。
ただあんたがすげえ好きだよ。心からな。



「――で」
「……はい」
「どういうことだ」
「か、顔めっちゃ怖ェ」
「……」
「わかった! わかったから拳をおろせ!」
「誰にやられた」
「あ〜〜……っと」
「テメエ……俺がどんだけその顔気に入ってっかわかっての所業だろうなァ!」
「んっで俺に怒ってんだよ! 相手じゃねえのかよ!」
「どうせ好き勝手やらせたんだろうが!」
「まーそうだけど……なんでわかる」
「そんじょそこらの野郎に負けるわけねえだろ、あんたが」
「あーーーーあはは」
「笑うな」
「ハイ」
ぼっこり腫れた顔で神妙に頷いている。服もあちこち汚れちゃいるが、手足は普通に動かしていてとりあえず病院に行かなきゃならねえような怪我はねえようだ。
サンジきゅんが! ゾロちゃんすぐに来て! そう連絡があったときに頭をよぎったのは以前こいつが車にはねられたときのことだった。あのときは、無事だとわかるまでさすがに生きた心地がしなかった。ひとってのは案外あっけなく死んじまうもんなのだと俺は幼いころに身に染みている。
途中からずっと走ってきたのと安堵もあって脱力し、そのままサンジの隣に座り込んだ。サンジは手を伸ばし俺の頭をぽんぽんと叩きながら、お前は呼ぶなっつったのにあいつら、大げさなんだよとおそらくキャンディたちにだろう悪態をついている。
いかがわしい飲み屋や風俗店なんかが入ったビルとビルのあいだの細い路地、ランプの下、サンジと俺は非常出入り口になっているらしいドアに背中をつけて座っていた。まっすぐに辿り着けたのはときどき行くキャンディたちの店が入っているビルもここだからだ。
シャツは鼻血でか黒っぽく汚れていた。端っこが切れている口をあーんと開けさせる。覗き込んだ。どうやら歯は折れていねえ。殴られたか蹴られたか。複数って感じじゃねえがひとの男にずいぶんと好き放題してくれたもんだ。
最後に腫れた頬をぺしりと叩くと、イテえよ優しくして〜とサンジは甘ったれた声を出した。
俺はぎろりとそれを睨みつける。
「どうせ女だろ」
「違ェよ」
「やったのは男だろうが、原因はそうだろ」
「んーとなァ……」
「こっちはもうあらかた聞いてんだよ」
「クソ、あいつらほんと余計なことを」
「聞かねえでもわかりきってるがな」
そこまではキャンディは言わなかったがたぶん昔の女だ。こいつの悪い癖。一度抱えちまったもんはずっと懐に抱えっぱなし。とても抱えられる量じゃなくとも望まれれば応えようとしてドツボにはまる。あげくのはてに、最後に捨てられるのはいつもサンジのほうだったって前に聞いた。
それでも自分をフッた女に呼び出されりゃこうしてのこのこやって来ては身代わりに殴られてやる。ヤベえ男と腐れ縁になっていたこの辺りで働いている女だとは電話で聞いた。こいつがやり返さなかったのはたぶん、そうすれば女と別れてやるとでも相手の男に言われたのだろう。
ほんとうにバカなおっさんだ。
女はまた同じことを繰り返すかもしれねえ。今回とは別の女から似たような呼び出しがかかることだってあるかもしれねえ。こいつはただのやられ損。そしてきっと、少しだってそのことを後悔したりはしねえんだ。
だがそうやって痛ェ思いをすんのは自分だけじゃねえんだと、そんなあんたを見てる俺だって痛くなるんだぜと、どうしたらこの男に伝わるのかやっぱり俺にはわからなかった。
痛ェのか、ごめんな。もしそう言われちまったらたぶん俺は本気で怒るだろう。そしてそう言われるのは間違いねえように思えた。違う。そうじゃねえ。違うんだよバカめ。どうしたらいい。たぶんどうしようもねえ。
それが、俺の知らねえ四十年ぶん積み重なったサンジって人間なのだ。
「あんたほんとバカだろ」
思っていることがそのまま口に出る。まっ、そうだろうなァ、とサンジは笑いながら煙草を取りだして口に乗せた途端に顔を顰めて舌打ちした。さすがに痛むらしい。俺はそれを奪い唇に挟んだ。貸せ、とてのひらを出すと冷たい金属の重みがそこに乗った。
かしゃりとライターが音を立てて炎が揺れる。一度、深く吸い込んで煙を吐きだしてからそれをサンジに返した。
生まれてはじめて吸った。なにがうめえかはさっぱりわからなかったが別に咳き込むでもなく平気だった。
「――お前、もうすぐハタチになるんだよな。……お、あと二時間かよ」
「まァな」
「やっと大人の仲間入りか。まだまだガキだね」
「ガキらしくねえこと教え込んだ野郎がよく言う」
「ゾロ」
呼ばれ隣を見る。サンジは俺の肩を抱いて引き寄せた。こてん、と夜気で湿った髪をもたれさせてくる。流れてくる煙草の煙が目に染みた。ここからじゃ夜空はどんより濁った灰色にしか見えなかった。
 髪にサンジの指が沈む。わしゃり、と掻き混ぜてきた。近くでみゃああと猫が鳴く。どっかに誰かが吐きでもしたのかときどき酸っぱいみてえな匂いがする。広い通りのほうから酔っ払いのアホみてえな歌声が聞こえた。
ふと、お互いの誕生日近くはよくなんかあるよな、と思ったらくっと笑えた。
呪われてでもいんのかよ?
上等じゃねえか。
「なに笑ってんの」
「さァな」
「俺はさ、たぶんこれからもずっとこんなだ」
「知ってる」
「だよな」
「いまさらだろ」
「そうな」
「こんなもんで俺から逃げられると思うんじゃねえぞ」
「……ふは――」
それきりサンジは黙った。ただ俺の肩にぐっと指を食い込ませて、帰ろうすげえ抱きてえとやけに掠れた声で言った。抱いていいか、じゃなくてだ。そんなことを言われたらこっちがたまらなくなって、アパートまでのタクシーの中で待ちきれずおっぱじめたいくらいの気分になった。
実際、隣に座ったサンジの股間を掴んでしゃぶりてえと小声で言ったのだが、ちゃんと我慢しろ、声聞かせたくねえからだめ、おめえ、もう口もマンコだしなと囁かれて俺はうっかり下着を濡らした。



サンジは明かりをつけたまんまでヤるのが好きでそれは俺の全部が見てえからなのだと言う。
わけがわからなくなったぐちゃぐちゃの顔とか、いろんなもんで汚れたどろどろの体とか、すっかり開発されきっちまったケツの中のぐっずぐずの粘膜までだ。
そして俺にも全部見せてえんだと。
サンジに抱かれてる俺がどんなふうになってて、それを見てるサンジがどんな顔してんのかを、だ。
「……めくれちまってる。スゲエすけべな色してんな」
「あっ、ア――や、ぬく、なっ、あ」
「なんつうか、中のやわけえ肉がこう、よ。俺のにしゃぶりついて離さねえ感じ? ……ほら、ここまでついてくるぜ」
ひどくゆっくりと引き抜かれていくサンジの赤いモンが見えている。ずるり、ずるりと俺のケツから勃起した竿が顔を出す。てらてら濡れて光ってて太ェ血管がばきばきに浮いている。正面から繋がっていた。俺の体は腰が上がって二つに折り畳まれたみてえになっていて両膝が顔のすぐそばにあった。
サンジがめちゃくちゃエロイ顔で全身舐め回すみてえに俺を見おろしてんのを見ながら俺は尻をひくひく振っちまう。あっあっあってあられもねえ声をあげながら。そうやって、いやだ抜かねえでくれもっとしてくれってねだる。先っちょだけが入ったそこからくぷくぷ音がして、あは、かーいいなァおめえととろけた声が降った。
イイんだ。たまんねえ。いまさら隠しようもねえし隠そうとも思ってねえ。ケツでイきまくんのがどんだけヤベえかよく知っている。
「ここ?」
「ぅあ、っそこ、ッ」
「じゃあ、おめえが好きなのしてやっからさ……いっぱいイくの見して」
膝立ちだったサンジはよいせと中腰になった。掴まれたままの腰はもっと上がって真上から杭でもブチ込まれる気分だ。そうやって、男はちんこに埋め込んだしこりをケツん中の浅い場所に押しあててすりつける。びりっと体中に電気が走ったみてえになる。脳みそが焼けそうだ。
もうイく。ダメだ。がまんできねえ。
言うと我慢しねえでいいぜと俺の尻を撫でたり揉んだりしていた指が玉の後ろに滑っていく。ぐ、と押し込まれると中の真珠と外の指の両方で前立腺を刺激される形になる。そこで小刻みに腰を動かされて俺の口からは舌がはみだしてとろとろよだれがこぼれた。塩っぽい味がすんのは、涙と鼻水も出てんのかもしんねえけどよくわかんねえ。
「ひ、ぅ、ン」
ぴゅ、と白い粘液が少しだけ漏れる。勢いのないそれは亀頭からとろりと糸を引いて俺の腹に垂れて、そのまま汗の浮いた胸の筋肉のあいだをゆっくりと流れてくる。
おっぱい自分でいじってろなとサンジは乱れた髪のあいだから言った。唇が卑猥な形になっていた。俺は両方摘まんで夢中でくりくりといじる。そうすると中の肉が勝手に締まる。サンジのものにもっともっととねっとり絡みつく。
「エッロ……うまそうに食ってくれるよなァ」
聞こえた瞬間だ。ぴゅっ、ぴゅっ、とさっきより多めに飛んですげえ気持ちよくてでもまだ浅いところまでしか挿れられてねえからケツの奥のほうが物足りなくてそっちもごんごん突かれんの想像してひくひく締めちまいながら何度もイッた。
先っちょの穴が開いては閉じて水鉄砲みてえにザーメン飛ばすのが見える。青くさくて苦ェ、それが降りかかって開きっぱなしの口ン中にも入って来る。
浅ましいっつーのか? でもな、知っちまったモンは戻れねえんだよ。だからって別に恥ずかしくもなんともねえよ。こいつだから俺はこうなる。こいつが信じらんねえくれえねちこいスケベなのも俺にだからだといいと思ってる。
「おーけっこう出たなァ」
「――ん、じっ、まだ、もっ、と」
「どうしてほしいか言えよ。もうすぐお誕生日なんだしサービスするぜ」
「おく、っ、ふけえとこ、あ、ア」
「ん」
「ちんぽ、で、いっぱ、い、ごりごり、って、し、て、ッ、けど、ぉ」
「……うん」
「おれ、も、うごき、て、ェ」
あんたも気持ちよくしてえ。そう嗄れた声できれぎれに言えばわかったとサンジは頷いてずるんっと引き抜いた。それから背中を布団につけて俺の腕を引いて自分の腹の上にまたがらせる。
俺はまだときどきとろっと濁ったもんを垂らしていた。ちんこを刺激しねえでイくとこんなふうにだらだら出ることがあった。それに気づいたサンジが、来いよと手招きをして口をあーんと開けた。震える手を布団について体をずらしていく。
イッたばっかでさすがに少しへにゃっとなってる竿を摘まむようにしてサンジは俺のどろどろの亀頭をちろちろと舐めた。その口の端から頬にかけては時間が経ったせいかさっきより腫れている。裏スジが髭にあたってついそこにざりざりこすりつけちまう。そうしたらすぐまたギンギンに勃っちまった。
ちんこイきそう? 汚していいぜ。そう言われて遠慮なくそこで出した。唇はもちろん髭どころか金髪にまで飛ぶ。それに興奮しちまう。マーキングってのか。俺の好きな顔が俺の精液まみれになんのも悪くねえ。
「――お」
はあはあ息をついていたらおめでとうゾロと声がかかる。たぶんイッた瞬間だぜ日が変わったの。サンジは頬に飛んだ俺のを指で拭いながらニヤニヤ笑った。
「顔射で迎えた誕生日かよ」
「らしい、だろ」
「まったくなァ」
「まだヤんぞ」
「……おめーすげえな」
「さっき言ったろうが。あんたも気持ちよくしてえって」
「お前の誕生日なのに?」
「だからだ、アホゥ」
それが最高の祝いなんだ。たぶんいまの俺にとって。このおっさんは前に俺のことが大事だと言ったがそりゃ俺だってまったく同じだ。こいつのサガがどうしようもねえのなんてわかってっから。別にあんたのなにを変えてえとも変わって欲しいとも思わねえよ。そのスケベっぷりで好き放題ドンと来やがれ。
 全部、この俺が抱いてやる。
「ん、じゃあ……自分で挿れるか?」
「おう」
俺はふたたび体をずらしてサンジのものを銜え込んでいく。ずぶ、ずぶ、って驚くほど簡単に入る。届く一番奥まで。根元までずっぽり飲み込む。広がった場所にサンジの下の毛がこすれてる。歯を食いしばってふうふう息をついてしばらくやり過ごした。少し落ち着かねえと好きなように動けねえ。
サンジは俺の腹を撫でて、この辺まで俺が入ってんだよなといまさら感心するように言った。
「――あのな、ゾロ」
「?」
「俺のこの名字な、クソジジイとは違うんだよ。いわゆる育ての親ってやつ。もともとの家から連れ出してくれたのがジジイでな。俺、そいつらが大嫌いでよ。あっちもそうみてえだった。血の繋がりからいくと家族なんだろうけど……必ずしもな、言えねえんだよな。だから俺の親父はクソジジイだ。あ、ほんとの母親は早くに死んだよ。そっちはなァ、すげえイイ女だったんだぜ」
もちろん、はじめて聞いた。俺は正月のテレビ番組を思い出す。関係があるかどうかは知らねえ。あのときコタツに顎をつけていたサンジの顔も。自分の名字を、あまり名乗りたがらねえことも。
「そうか。あんた母親似なんだろうな」
俺が笑うと、はは、どうかねと下の男も笑い、てのひらをゆっくりと腹に押しつける。確認するみてえに。なんだか妙に真摯な表情だった。
「ジジイはめちゃくちゃ厳しかったけどな。いま考えりゃ理不尽だったことなんか一度だってねえんだ。でっけえ男だった。まーなにせ乱暴だからそんときは恨んだりもしたけどよ。俺もガキだったからな」
「おう」
「感謝してたんだ。心から愛してた」
「……ああ」
「言わねえままだった。言えねえ、がホントかな。いまなら言えんだろうにな。ったく、殺しても死なねえんじゃねえかってくれえ元気だったのに、あっという間にぽっくり逝っちまってよォ」
なんだろうな、俺は長ェことさ、ジジイにも捨てられたみてえな気分になってたんだ。情けねえけどな。はじめたらいつかこうやって終わっちまうんだって思った。大事に思やァ思うほど終わったときにきついだろってよ。大事にされりゃされるほどデケえ穴が空くんだよ。俺だけならまだいいけど、相手も同じ気持ちならどっちにもな。だからもう、誰かを本気で愛したり愛されたりってのはすげえ怖ェって、ずっとな。
喋りつづけるサンジの俺の腹に置いた手に俺は手を重ねた。使い込まれた手。優しい手。もしかしたら俺の知らねえゼフって男もこんなだったろうか。
もう愛すのが怖いだなんて言いながら、こいつの中にはたぶんずっと持て余すほどのデッケえ愛があったんだろう。
「で、いまもそうか?」
俺は尋ねてみる。答えはもう知っていた。うぬぼれじゃねえよ。予想通り、いーや、とすぐに答えが返った。
「どっかのとんでもねえガキに、おもっきり横っ面はたかれちまったからな」
「へェ。目が覚めてよかったじゃねえか」
「ゾロ」
「なんだよ」
「お前の残りの人生、俺にくれ」
俺は目を見開いた。サンジは俺の顔を見あげていた。静かな顔だった。
おめえがハタチになったら、言おうと思ってた。
俺の腹をさすりながらそんなことを言う。
「お前似のガキとかさ、ぜってえめちゃくちゃかわいいのにごめんな。でも諦めろ。俺、もう離してやれねえからさ。……誕生日おめでとうな。たぶん世界一男前な二十歳だよ、お前は」
さんざん、未成年に、ロクでもねえことばっか教えといて。包むみてえな愛おしげな笑顔でそんなことを言う。
やっぱ最高に腹立つぜ、あんた。
「ちょ、イテ! えっ! なんで俺プロポーズしたのに殴られてんの!?」
「うるせえ!」
「……泣いてんのか」
「泣くわけねえだろ! それになァ」
「おう」
「あんたの残りの人生を、俺がもらうんだよ!」
「…………は」
「んだよ」
「いやァ〜〜……やっぱとんでもねえガキだ!」
最高、大好き、俺のゾロ。
腫れた顔をくしゃくしゃにして男は笑う。
そうだ。俺はこのおっさんのすべてが欲しかった。過去はしょうがねえ。俺が知らねえときのあんたまでとは言わねえ。けど俺と出会ってからのいまのあんたは全部欲しい。抱えてるもんまで、まるごと全部だ。
強欲ってやつか? こんな俺がいるなんて俺は知らなかった。たしかに終わりは怖ェよ。誰だってな。だったら終わらせなきゃいい。終わってもまたはじめりゃあいい。いくらだってよ。
そう言えばあんたはまた、めちゃくちゃだ、とんでもねえガキだぜと笑うだろうか。
「――クソ、ちょっと萎えてんじゃねえか」
「まー真面目な話して、た、からな……ふ、っ」
「声、出せよ、聞きてえ」
「は、ァ、あ、ゾロ、ぞ、ろ」
「もっと、だ、ッ」
「ん、っ、あーーおめえンなかほんとやべ、えっ、あ、あっ、きもち、い、ぐじゅぐじゅしてもっと、ォ」
「テ、メエ、俺の真似してんじゃ、ねっ」
「ハ、ハハッ、わかった、か、っ――ん、あっ、ヤベえイく出る、な、おめえの腹、っ、ふくれる、くれえ、いっぱい種付けさし、て」
「ぅあっ、あ、あ〜〜っ!」
 ごぼっ! て音が聞こえたような気がするくらいだった。尻の奥の奥、いつもは閉じてる場所をこじ開けて精液たっぷり流し込まれる感じがする。最高にイイとこに突起が当たってんのがはっきりわかって俺は夢中で腰を振りたてる。ケツの中はサンジのちんこの形にみっちり広がっているんだろう。大きく開けた口からはもう声は出ねえで、ただでさえ汚れてた顔がまたぐちゃぐちゃになった。
ああ、すっげえ、ってサンジの声。まだらに赤ェ顔。水よりは濃い青い目。少し褪せた金の髪。
最初からいつだって全部、欲しかったんだ。



次に気がついたらもう朝らしくサンジは布団にいなかった。しばらく目をつむったまま手だけをばたばたさせて探していたところ、なにしてんだおめえ、ここだよ、と声がする。
それでまぶたを開けた。なんとなく重いのはたぶん夜の名残りだ。布団から出ている部分だけがひんやりとして、今朝はまたずいぶんと冷え込んでいるようだった。さっき声がしたほうに顔を向ける。寒くなるとサンジがよく着ている紺色の半纏がたしかに見えた。
つい先日出したばかりのコタツにさっそく入ってなにか書いているようだ。
めずらしく万年筆なんか握って、めちゃくちゃ真剣な面持ちで。
「もう起きるか?」
「ああ」
「メシは。準備はあらかたできてっけど」
「あ〜……まだいい。つか、なにしてんだ?」
「んーとな、おめえもいま書く?」
ん? と握っていた万年筆をくるりと回す。なにを、と言いながら俺はのそりと起きあがった。今日も晴れている。窓からは秋の朝の白っぽい光。けれど空の色と気温はもう早い冬を思わせるようなそれだ。ところどころガラスが曇って結露している。
近づいて、きんきら頭の上から覗き込んだ。そこに広がっていたのは一枚の紙きれだ。
サンジの名前は、もう記されていた。
「――これ」
「別に出せるわけじゃねーんだけどなァ。気分っつーかよ。養子縁組とかも考えたんだけど、なんか違う気もしてな。まーいつかこういう制度も変わるかもしんねえから、とりあえずの真似事だけでもみてえ、な……ぐ、ぐるじ、ぞろ、く、くびっ」
「…………やることがかわいすぎてムカつく」
「エェェェェェ?」
俺は覆いかぶさるようにしてサンジの体に腕を回していた。力加減なんてできねえ。できる、わけがねえだろう。
俺が一番欲しかったあんたを、あんたは今日、ほんとにくれたんだな。あらためて実感っつーのか。誕生祝いに、使えもしねえ婚姻届け。たった二人だけの誓い。まるきりままごとみてえなモンなのに、指輪とかそういうものよりもずっと強い約束に俺には思えた。
それからしばらく物も言えねえでただサンジをぎゅうぎゅう抱いていた。サンジは上げた片手で、俺の頭をぽんぽんと叩いて言った。
「おーおー湯気出そうに熱いじゃねえか」
「……しかたねえだろ」
「おめえはさ、こういうの笑い飛ばすかもと思ってたぜ」
「どっかのとんでもねえオッサンに、どアホうつされちまったからな」
「ひで〜な〜。でもまァそりゃあるのかもな。似てくるとかも言うし? ……ほら、書けよ」
おう、と返事をして、俺はようやくサンジから離れてコタツに入った。小せェから真横にってのは無理で向かいに座る。名前を書いて必要事項っぽいところを全部埋めてから、最後に、婚姻後はどちらの氏を選ぶかの欄は迷わず俺のほうに印を入れた。
効力なんぞなに一つねえ、ただの紙切れだけどな。名乗りたくもねえ名字なんぞいっそのこと俺が捨てさせてやる。
紙を逆向きにしてサンジに見せると、煙草を咥えた唇の端をふっとゆるませた。
「お前の名字、か」
「そうだ」
「悪くねーな。うん。けっこう似合う」
「だろ? これで完全に俺のモンだ」
ふん、と鼻から息を吐けば、お前ってばほんと俺についちゃ欲張りだなァとサンジが笑う。少し垂れぎみの目にぎゅっと皺を寄せた、たまんねえ顔で。バーカ。いまさら沁みたかよ。まだまだこんなもんじゃねえかもしれねえぞ。甘く見るんじゃねえよ、俺の、愛ってやつをな。
できあがった紙切れはきれいに畳んでゼフのコック帽の隣に置いた。そこが一番、ふさわしいように思ったからだ。保障人ってやつか。
まあ見ててくれ。
あいつは俺がもらったぜ、ジイさん。
あっちで、あーおめーのオヤジさんに挨拶いかなきゃだ〜〜なんていまさら頭抱えてる、あんたが心から愛したバカ息子を、な。







(16.11.11)





2016年ゾロ誕文。どの世界のゾロとサンジも幸せであれ、と思いながら書いてます。
ゾロお誕生日おめでとう〜〜呆れるくらい好きです。
小話なんかはまた書くかもですが、とりあえずこの二人のお話はハッピーエンド。




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