14年ゾロ誕文ですが、いきなり3てなんや、って思われたかたとか、ずいぶん前だからもう忘れた よ、ってかたはこちらからどうぞ。 愛なんてもんは3 靴を脱ぐのとカバンを置くのとただいま、の声をかけるのは同時だ。おう、おけーり、とサンジがこちらに顔を向け、かり、とこめかみのあたりを指で掻いてへらっと笑う。立てつけのいまいちなドアからは、きっちり閉めたつもりでもすきま風が漏れてくる。そろそろ台所におんぼろヒーターが出てくるころだろう。サンジは、寒がりだ。若者と違って代謝が悪ィんだよね。去年だったかそうボヤいて、目元だけをくしゃっとさせていた。俺がいまだに直視できねえ笑顔で。直視できねえ、のは、あくまでも心情的な意味合いであって、実際にはそりゃあじろじろと見ているのだが、そういうときにサンジはたびたび、てめえなに怒ってんの? とさも不思議そうな顔をする。 どうやら挑むような顔になっているらしい。あながち間違いでもねえだろう。実際、ムカつく、くらいのことがある。 「なんだそれ」 サンジはめったに使わないデカい深鍋の前に立っている。俺が近づくと、唇の先で煙草をふらりと揺らした。光沢のあるてろんとしたシャツは、下に行くほどに柔らかな襞を寄せていた。ちんぴら時代の名残りなのだろうか、この男の服はなにかと光りものが多かった。はじめて会った日もそうだ。白スーツの上下に、金のネックレス、てかりと尖った靴、テレビの撮影かと訝しむようなこてこてのナリをして、驚くほど容赦なく男を蹴り倒し、いかにもすべてがめんどくせえって感じで喋り、煙草を噛みながらどこか皮肉げに笑って、なにもかもがそういうふうに過剰な感じで、けど、俺を見るときの目が水みたいに薄くてきれいだった。 このおっさん、なんかおもしれえな、と興味が湧いたのだ。それまでの俺の周囲にはまずいないタイプだったのは間違いなかった。何度か会っても興味は薄れるどころか、もっと、もっと知りてえと思うようになった。全体的にしょうもねえ中年なのだが、底のほうにとてもあったかいなにかが流れている。それにもっと浸かってみたくなった。さもイヤそうにせっせと俺の世話を焼くのがよくわからない。めちゃくちゃ優しいくせ優しくねえフリばかりしようとするのが不思議でならなかった。惚れちまってたんだ。いきなり崖からドンと突き落とされるみてえにそうわかったのは、出会って少し経ってからのことではあるが。 「大豆だよ」 「そりゃわかるけど……膨れてんな」 「昨日からさ、こやって水に漬けてんの。気温が低いとちっと長めがいいからなァ……あと一、二時間ってとこか?」 とか考えてたら、ちょうどおめえが帰ってきた、と、とんと灰を落としながらサンジは言った。昨日、俺はたまたま実家に戻っていたので知らなかったのだ。たしかにたっぷり水の入った鍋の中では豆がぎっしり膨れていた。弁当屋で炒り煮を作るのに大豆を仕入れていて、余ったからもらって帰ってきたのらしい。職場ではどんどんいろんなことを任されるようになっているとはこの前聞いた。うれしいながらも困惑したような表情だった。あたりめえだ、と、話を聞きながら俺は思ったものだ。サンジのメシはうまい。ずいぶんブランクがあるそうだが。出来合いのものに慣れていたはずの舌は、もう他じゃあとても満足できなくなっている。まあ、そりゃ、メシに限った話でもねえか。 「なに作るんだ?」 「豆腐」 疑問にサンジは簡潔にそう答え、うめえぜ、と片方の口の端をニッと上げる。知ってる、と俺は厳かに頷いた。 「あれ、自家製どっかで食ったことあんの」 「ねえけど」 「うん」 「あんたのだからうめえだろ」 「……お、おう」 「んだよ」 「いや、そういう直球の褒めかた、さ」 いまだに慣れねえからとサンジは言う。俺には褒めた自覚すらなかった(事実を述べたまでだろう)けれど、煙草の先のふらふらが速くなっているのはたぶん照れているのだ。顔を覗き込めば、案の定目を逸らす、そのやや下がり気味の目尻はぎゅっと血を寄せてほんのり赤い。俺の倍以上、生きてきて褒められたことがないわけじゃないはずだ、たぶん。料理に関して、ってことなのだろうか。とりあえず腹立たしい。この俺の前で軽々しくテレ顔とか見せんじゃねえぞ、おっさん、ふざけんな。 俺はムカムカするのと同じくらいムラムラと来てすぐそばの手首を握った。菜箸を握っていないほうの、煙草を挟んでいるほうの手だ。お? とサンジが言う。そのままぐ、と力を込めて灰皿へ導いた。長い二本の指のあいだから、しかたねえな、と観念したように煙草が落ちる。その短く切られた爪の先を見ているだけで、俺の下半身は強烈に痛くなるんだから呆れたもんだ。この器用な指でこれまでそりゃあいろんなところを暴かれた。俺からすればじつにアホらしいことに、こいつは一年、俺にちゃんと触れるのを我慢していたらしいが、俺だってそれと同じだけの長いあいだじらされていたのと同じで、だから、だろうか、一度ヤッてからの俺はまるきりサル並みだとわれながら感心する。 三月、二日の、あれからさらに半年以上が経った。俺は十八で、もうすぐ十九になる。もう学生服を着ることはない。電車で大学に通っている。背はほぼ並んだし体の厚みはサンジを抜いた。 「すんの」 ひょいと眉を上げるようにして、サンジは俺に尋ねる。これは毎度のことだ。わかってるくせに、なんの確認だかは知らねえ。こういうことにはいつだって俺のほうが堪え性がねえ。してえの、とあえて言わないあたりにも腹立たしい余裕を感じる。年の差のせいだとこの男は言うが、ならばそれは埋まりようがないものだってのか。俺だってサルみてえな時期があったし、と、慰めるつもりだかなんだか、目を細め笑った顔が好きすぎて逆に殴りつけたくなったものだった。サルなあんたと寝てたのは俺じゃねえだろ。てめえも、なれよ、俺に、年甲斐もねえサルに。それとも女じゃねえから無理か。十分育てはしたがやっぱり乳が硬ェからか。 「なあ、すんの」 「訊くな」 「なんで」 なんででも、と答えて、俺はサンジの手首を離した。いつもなら自分から潔く服を脱ぎ捨てるところだが今日はあえて待ってやった。 サンジは、俺をどこかぼんやりと見つめている。ときどきこうやって、こいつは俺をなんかきれいでまぶしいモンでも見るみてえに見る。その顔も好みで苦手だった。どうしようもねえ。ちくしょう、と呻きたくなる。睨みつけ、とっとと脱がせろ、わかってんだろ、と言ったら、今度はなにやら複雑そうな顔をした。結局、こうなるのだ。まったくこいつに関しちゃ俺のほうが堪え性がない。お前ってさァ、いまだにスイッチよくわかんねえんだけど、と言った、目の前の男の口を顎を掴むようにして片手で塞いだ。てのひらに唇の湿り気、夕方の髭のちくりとした感触。ぞく、と、クる。俺は熱い息を漏らした。俺をすぐ鈍感扱いするがこのおっさんだって大概だろう。なあ、教えてやろうか? 俺のスイッチなんざとうの昔にぶっ壊れちまってる。 「ひゃに」 「おしゃべりがしてえわけじゃねえ」 ようやく菜箸を置いた手に手を取られた。サンジはそのまま俺の中指を根元近くまで口に含んでじゅう、と吸った。俺のをするとき、みてえに音を立てて。男の舌に煽られて、この中に何度吐きだしたかもう覚えちゃいない。抜いた指はひんやりと光って水を垂らした。 「ん、だよ。なんか拗ねてんの」 それとも甘えてえの。 ふ、と笑い、てのひらが俺の頬にそっと触れる。そうだ、いつだって大事にされてることくらいは俺にだってわかってる。だからこれは欲だ。青くせえガキくせえひでえ欲。サンジは俺を「愛してる」そうだ。俺にはまだ、愛、なんざわからない。ただ、俺が欲しがるくらいに欲しがられてみてえなとは思う。がむしゃらに。俺がいつもそうなるのと同じように、頭がバカになるほど、ガッついてみられてえもんだと。そういう凶暴なような感情はたぶん愛とは呼ばねえんだろう。 クソくらえ、だ。 欲しくてたまんねえ。 「抱けよ。無理やりみてえでも、いい」 「……どうしたんだよおめえ」 「どうもしてねえ。別にいつも、だろ」 「まあ、そうな、うれしいんだけどな」 でも無理やりみてえとか、そんな願望でもあんのかよ、とサンジはからかうように笑う。そうやって笑えるその余裕にますます腹が立つ。伝わらねえ。伝わるのもムカつく。矛盾だらけだ。俺はニヤける唇にがぶりと齧りついた。冗談、だとでも思ったのか知らねえが。もっと欲しがれ、俺と同じくれえ、頭がバカになるほどに。さすがにそこまですべては吐きだせず、ただ夢中で舌を求めて溺れながら舌を絡ませる。 俺はもうたまらなくなって、いる。なあ、すぐ、挿れろよ、すぐだ、と繰り返した。優しくしてえからダメ、とサンジはそのたび言ってそのとおり俺のあちこちに触れる。欲望を暴かれる。ぐずぐずになる。どろどろになる。結局挿入前に二度もイかされた俺は何度はやくと怒鳴るように請うたかわからなかった。 「――は、」 きもちいい、とそのときだけうわずった声が耳元で掠れた。ゾロ。ず、ず、とサンジのが入ってくるときだ。遅い、それが、俺の中をゆっくり開いていくのが、よく知る男の形をあらためて教え込むように思われる。そもそもそんな場所じゃねえ、とこに。たまらなくじれて怖ェくらい感じる。さっさと最後まで来いよ、そう髪を引っ張れば、イテエよ、バカ、とサンジは優しく言った。俺が痛いだろうという意味なのか、自分の髪がなのかはわからなかった。 開いた股のあいだのその体を俺は両脚で挟んで締めつけて揺すった。腰を浮かせて自分から深く呑み込む。そのころには歯を食いしばらなければ声が抑えられなくなっている。このときばかりは、サンジの薄い目を見るのが嫌だった。熱い顔を横に反らした。頬に雨垂れのように金の髪から汗がぽとぽと散り落ちた。それを、熱い舌が舐める。俺の好きなとこをカリでこするやらしい腰の動きをしながら、指を俺の髪に埋めてしきりに撫でながら、わななく唇の端を、猫が甘えてくるみてえにペロリと舐めて、声、ちゃんと聞かせなゾロ、と耳を犯す声を捩じ込んでくる。 唾液と一緒にいろんなモンがあふれた。青くせえガキくせえひでえ欲。愛なんて、とても呼べねえんだろうどろどろと熱すぎる沼が俺の中にある。サンジのが愛なら、俺のこれはなんだ。自分じゃロクに見たこともねえ、ケツの穴まで開かれて、内側を、ぜんぶ見られてる。セックスがひどくみっともなくて怖ェもんなんだと俺は知った。ぜんぶ、見られる。あんたが思うように俺はきれいで上等なモンなんかじゃねえ。気持ちがよくて、頭がどうにかなりそうだった。 「ぅア、アッ、イく、また、イく――」 「うん、イけよ。……きつく、ねえ?」 きつくていい、もっときついくれえでいい、ぶっ壊してもいい、俺は、ぶっ壊れたりしねえんだ。 だからてめえも欲しがれ。 俺と同じくれえに、バカ、みてえに。 「たんに、もう枯れかけてんじゃないの?」 「……早ェだろ」 「いくつなんだっけ、サンジきゅん」 「四十ちょい」 「ん〜〜〜〜たしかにちょおっと早すぎる気はするわねえ。でもこういうのって人それぞれだし……昔はまあ、だいぶ遊んでたからあのひと。だから早いのかも」 「…………」 「あ、ごめんね。そーゆーの聞きたくないわよね」 「いや、知りてえ。あのおっさん訊いても俺にゃ言わねえから」 「あらノロケ」 違う、と俺は言ってビールをごくごくと一気に飲んだ。コップも出されているが瓶にじかに口をつけて傾けている。何本目、かは、とっくにわからなくなっていた。 本人は不服らしいがサンジがちんぴら時代に縁を持っていたバーだ。働いてたのかと何気なく尋ねたら、んなわけねえだろうがと激怒した。よくわからないが因縁らしい。めいめい、女装したゴツい男どもがわらわらとたくさんいる。大学の奴らとの飲み会帰りに、ここで働いている顔見知りのキャンディ(そう呼べとはじめに言われていた)の一人にばったり会ってそのまま連行された。同伴の相手が急にキャンセルになったそうだ。ちょうどよかった、と、まだ厚化粧を施していない男のままの顔で笑った。俺のほうも飲み足りなかったし、もう少し酔って帰りたかったからちょうどいいと言えばそうだったのだ。 座るなり案の定、サンジのことになった。サンジきゅんはどノンケだと思ってたからびっくりしたわよ〜とは他の奴からも何度も聞いたことだ。どうしようもない女好きで手が早いので有名だった、という話になって、俺は思わずビール瓶を握り潰しそうになった。あの野郎、俺にはぐずぐずもたもたしてやがったくせに。ゾロちゃん、顔、顔が怖い! それモザイクがいるわ!! とキャンディがよほど恐ろしげな顔で叫んだ。 俺はふうっと腹に息を溜める。心頭滅却。わかってる。大事だ、と言っていた。だから手を出すのをぐだぐだ迷ってたんだとわかっている。それでも。 それでも、もっとと、足らねえと思う俺のほうがきっと貪欲すぎるのだろう。 「だいたいね、向こうからフラれてたわね〜。ていうかたぶん、自分からフッたことなんかないんじゃないかしらね。寄ってくる女は拒まない……ううん、拒めない、から、タチ悪いのにもずいぶんつけ込まれてたけど、悪気なく二股三股、とかもあったからまあ自業自得よね」 「いかにもだな」 「見てて呆れたわよぅ。ギャンブル好きとかアル中と同じで、あそこまでだと病気の一種ね! も〜女なんてやめなさい、って何度言ったかわかんない。でもまるで興味なさそうだったのに。レディで破滅すんなら本望だろ、とか言っちゃって」 「へえ」 「女の影、いま全然ないの?」 「ねえ」 あれはいつだったか、二人で歩いていたとき派手な女に声をかけられた。話しぶりからするとサンジと昔なにかあった女のようだった。弟いたっけ、と俺のことを尋ねられ、いや、その、と口ごもってから俺を見て、俺と目を合わせたままで、こ、いび、と、と蚊の鳴くような声で言った。女は呆気に取られてから爆笑した。冗談だと思ったのだろう。俺もまさか言うとは思わなかったからかなり驚いた。 別に気ィ遣う必要ねえぞ、とあとで言ったら、違ェよ俺がちゃんと言いてえの、と、子供のように口を尖らせていた。そのまま襲いかかったのは言うまでもない。 「きっと、すごく愛されてんのねえ、ゾロちゃん」 「そのふざけた呼びかたやめろ」 うふふ、とキャンディは少しも懲りていないふうにニヤける。それから、クラッカーの上に白いもそもそとしたチーズを乗せたものを俺に出した。齧りながら俺はふと、サンジが作った豆腐とおからのことを思い出した。豆腐はできたてをまずネギとかつおぶしと生姜を乗せぱらぱらと塩をふって食べた。醤油をかけない食べかたをしたのはそれがはじめてだった。そう言うと、そっか、でもうめえだろ、これに醤油かけるなんざもったいねえからな、とサンジは頷いた。妙に、真剣な面持ちで。残りは鍋物に入りおからはいつのまにか惣菜になって弁当に詰められた。やっぱり、うまかった。冷たいのにあったかい味がした。よその弁当なんかに入っているものとは比べ物にならない。サンジの味。それも、愛、とかいうやつなんだろうか。 もう他じゃとても満足できっこねえ。考えていたら急に激しく腹が減って帰りたくなった。きっと、俺の好きなつまみがなにか用意されている。 「ちゃんとわかってんでしょ〜ゾロちゃんだって」 「うるせえ」 そうだ、俺が誰よりもわかってんだ。もう一度腹にたっぷりと息を溜めた。ゆっくりと吐きだしてから、帰る、と俺は言った。そういえば誰かが俺の帰りを待つ場所に帰る、って感覚は、サンジとこうなるまでずいぶん長く忘れていたことだった。おけーり。へらっと弛緩したあの笑顔がしぬほど見たい。煙草の染みついた腕はきっと俺を抱きしめる。あー、あったけえなァ、とでもしみじみ言いながら。 立ちあがってから思いついて、なあ、愛ってなんだ、と尋ねてみる。ずいぶん壮大なこと訊くわねえ! ばさりと不自然なつけ睫毛を震わせて、けらけらとおかしげにキャンディは笑った。 「そうね、愛は世界を救うのよ」 うっとりと二十四時間テレビみたいなことを言いやがる。いやあれは世界じゃなくて地球、だったか? どっちにしろ、そりゃたしかにずいぶんと壮大な話だろう。そんなモンに、真っ向から挑もうとする俺はたぶん大バカなんだろう。だが負けねえ。バカでかまわねえ。負けて、たまるかよ。 「…………で、」 「おう」 「こりゃなんだ?」 「見てわからねえか?」 「あ〜〜……うん、わからなくは、ねえけど」 サンジはどこか気の抜けたような言葉を発して、床に並んだものの一つを手に取った。「精力減退に! 勃起力を取り戻す!」となかなか力強い書体で記された黒っぽい瓶をぼんやり眺めてから下ろす。別の似たような瓶はあと五本あった。次に白い錠剤をてのひらに乗せ、これは、と言うからバイアグラだと俺は答えた。例のキャンディづてに入手したものだ。サンジがぎょっと目を剥く。え、と言ったあと、火を点けないまま銜えていただけの煙草をぽとりと口から落とした。 「――ちょ、え……お、れ……に?」 「他に誰がいんだ。俺には必要ねえし」 わからねえが、年齢的なモンはこれでなんとかなんだろ。 そう続け大きく頷くと、サンジの顔色がまさに紙じみて白くなった。幽霊にでも遭遇したような顔で寒いのか唇がぶるぶるとわなないている。俺は少し暑いくらいだったがヒーターを点けてやろうとしたら、ゾロ、となにやら頼りない声で呼ばれた。見れば微妙に涙目だった。 「俺、さ――」 「おう」 「ふっ、フニャッてんのか」 「バカ言え。硬ェだろ」 「……じゃあ持久力?」 「ありすぎるくれえだ」 「まさかテクかよ!」 「他は知らねえから比べようがねえけど……あんたがヘタだってんなら驚くな」 「でも、お前、なんかご不満ってことだよね」 それはそうだからそうだ、とふたたび大きく頷くと、サンジはいきなり身を折って床の上にぐしゃりと崩れた。うわあ……きっつう……と魂でも漏らすような声で呻きながら髪を掻きむしっている。俺はやはり胡坐を掻き、真向かいから腕組みをしてじっとそれを眺めていたのだが、あまりに長いことサンジがつらそうに額を床にすりつけているので、さすがになにかの齟齬が存在することにようやく気がついた。 「オイ」 「……うん……」 「不満ってのは、たぶんてめえが考えてるような意味じゃねえぞ」 サンジはゆっくりと顔を上げた。金髪はぼさぼさで押しつけていた額と鼻がすっかり赤くなっている。なら、なんだよ、同情ならいらねえからはっきり言えよ、と尋ねた声は悲痛な感じに掠れていた。いつもすげえヨさそうだったのに、俺は、俺はもうこの世のなにもかもが信じられねえぜ……。虚ろな目をしている。ひどい絶望の渦中にいるらしい。いつもすげえイイに決まってんだろアホか、と、俺は半ギレしつつそれをはっきりと正した。 「じゃあ……なに」 「俺ばっかすぎんのが、不満だ、ってんだよ」 「……ん?」 「だから、俺ばっかだろいつも」 「なにが」 「なんつうか、ガツガツギラギラしてんのが、だ。てめえは昔だいぶ遊んでたって話だし年も年だし、落ち着いてんのはしかたねえかもだけどよ。そればっかか、ってまたあんたは言うかもしれねえが、俺にとっちゃけっこうな問題――」 「待て、待て待て待て」 サンジは俺の言葉を遮ってそう言った。それから、両手で自分のこめかみを押さえるようにして下を向く。くるくると押しつけるように回しながらうーんと唸っているのはなにか考えているようだ。待たされている俺がイライラして、いいから飲めよ、と瓶を突きだした瞬間にふたたび顔を上げた。 「あ〜〜……つまりてめえは」 俺を、いまいち満足させられてねえんじゃねえか、そう思ってんの? サンジが、瓶を掴んだままの俺の手首を掴む。その指を見おろしながら、たぶん、そうだ、と俺は答えた。しばらくらしくもなくいろいろと考えてみたのだ。俺なりにこのイラつきの原因を。気持ちの違いだとかよりもなによりも、これほど同じように欲しがられてえのはおそらくそういうことなのだと思った。 俺のほうがもらってばかりで、満たされてばかりで、じゃあ、この、いつもさもそれが当然って顔をしてるおっさんのほうはどうなんだよ。訊いたってきっと、俺はこれが幸せなんだぜとでも笑うんだろう。たぶんそこに嘘偽りもなく本心で。それでも。欲しがらせたかった。たまには自分勝手なくれえに、だ。お前がいればそれでいい、とはいつも言われているから、俺の他に、なにが欲しいのかなんざちっともわからねえから、なら、もっと、この俺を欲しがればいいんじゃねえかと。 サンジは俺の腕をぐいと引っぱり抱き寄せた。息苦しいくらいに強く、慣れた煙草に包まれる。いつもどおりサンジのシャツはてろてろして、背中の指の先はぐっと強く食い込んでいた。ああ、クソ、すげえ、いとしいなァ。サンジは静かにつぶやいた。丸っこくて柔らかい言いかただった。また愛とかいうやつか、と俺が舌打ちすると、なんでンなイヤそうなんだよと呆れたように噴きだした。 「よくわかんねえからな、俺には」 「そうでもねえさ」 「? どういう意味だ」 「お前の中にもな、ちゃ〜んとあんだよ。伝わってるよ。形は、俺とはぜんぜん違うかもしんねえけど、お前はまだ気づいてねえのかもだけど……すげえあったかくて、でっけえのが、俺にゃあちゃんと伝わってんだ」 そう言って片方の拳で、俺の胸のど真ん中をとんと叩いた。形、と言われて、俺は思わずよくあるピンクのハート形を想像する。サンジのはそういう、わかりやすい形をしてる、ってことだろうか。じゃあ俺のは? 一見そうは見えねえってことか? やっぱりよくわからん、と言ったら、サンジはくっくと声を押し殺して笑っている。 「お前さ」 「バカだってんなら知ってるぜ」 「うん、バカだな。びっくりするくれえバカだ。バカすぎる。頭はけっこういいみてえなのに残念だ。バカだ」 「バカバカ言うんじゃねえ!」 「まあ、俺も大概ひとのこたァ言えねえけど」 「もういいから黙って飲みやがれ」 握りしめたままだった瓶の底を後頭部にぐりぐりと突きつけると、サンジはそれを見ないままで奪うように受け取った。ようやく飲むのか、と思いきやそのまま、ころころと遠くのほうに転がしてしまう。なにしやがる、と言えば、あんなモン要らねえよ、むしろ使ったら俺もお前も大変なことになっちまう、とサンジは言った。 それから目を逸らし、口元を片手で覆った。もごもごと照れくさそうになにか言っている。聞こえねえ、と言えば、でも、おめえ、いいのか、とくぐもった声がした。 「いいのかって」 「俺が本気でガッついたら、引いちまうかもだぜ」 「引くわけねえし」 「…………マジかァ」 まあ、でもそれがお望みなんだしな、と言ったサンジの声音が変わったのがわかる。ぱちん、みたいな音が聞こえた気がして、あ、スイッチってやつかこりゃ、とそのとき俺にはわかった。なにかのロックが外れた音にも似ているといえる。見慣れているはずの笑顔ではあるのだが、近づいてくる薄い色の瞳がずいぶんギラギラ光ってる、ような、気がした。なんか瞳孔開いてねえか。 「じゃあ、遠慮なく――」 ガツガツさせていただく、よ。 耳たぶに湿った息がかかった。いつもよりも声がとろりと、低い。なぜか寒気がして俺はぶるっと震えた。全身の肌が粟立つ。まだ、どこもさわられてもいねえのに。思わぬときにふいうちでイッちまうときみてえに、ぞわぞわと。 なんだよ、うるせえな、とぼんやり思ったそれが自分の声だと気がついた。長くて甘ったるいどっから出てるかわかんねえようなのが、あーあーとそれはだらしなく漏れている。先っちょから、漏れつづけるのと同じくらいにだらだらだ。歯を、食いしばろうにもてんで力が入らないのだ。サンジが根元を握ってる、そこがびくんびくんとうごめいている。まだ一度も吐きだせていない、たぶんたっぷり精液を溜めた玉がたまらなく重くて、熱くて、ときどき余った指で揉まれると、ンなこたねえんだろうけど弾けちまう、と思った。膨らませすぎた風船みてえに。ケツはなんかひでえ音、立ててるし。簡単にイけねえようにしてくれ、って頼んだのは俺で、ゴムつけねえでいいってちぎっちまったのは俺で、ぜんぶ中で出せよ、って、言ったのも、俺で、いつもならそのあたり譲らないサンジが今日ばかりは熱に浮かされたような顔で、煽りやがって、知らねえぞ、とだけ、言った。 「ゾロ、声、すげえ……」 こっちもだけど、と後ろからパンと腰を叩きつけられた瞬間に、目を見開いている俺の視界には火花が飛んだ。体がぶれてシーツの白がところどころちかちか光る。まぶたを閉じるのが恐ろしく感じられるのなんかはじめてだ。閉じたが最後、そのまま意識がどっか飛んじまう気がする。激しく、俺の中を行き来するサンジの感覚だけが俺を繋ぎとめている。ゼリーとさっきたっぷり出されたモンが中で掻き混ぜられて、あふれて、どろどろ腿のほうに垂れているのがわかる。支えられている腰以外のとこはもうすべてゆるみきっていて、まるでベッドにしがみつくようになっていて、俺の体のすべてがサンジを受けいれる筒じみたものになったかのようなアホな錯覚を覚える。頭の先まで、ガンガンヤられてる、みてえだ。 「ン、んン――ッ、イ、あ、あァ、もっ」 「だしてえ?」 イきてえ、だしてえ、そう心底思うが俺は必死で頭を横に振った。強情だなァ、とサンジが、俺の耳を噛みながら言った。いきなりずるりと引き抜かれ、あっ、と驚くような声が出て体が跳ねる。すっかりサンジの形に開ききった場所が、空気に触れて、いろんな粘液がそこから漏れる感覚にぞくぞくして、それをぜんぶ、見られて、正直、すぐにでもまた突っ込んで埋めてほしいくらいだった。 さっきまで四つん這いだった俺の体はシーツに崩れた。腹のあたりまでぬるっとしたものがなすりつけられて、それだけこぼしていたのだとわかり顔が熱くなる。気を抜いていたらサンジの指がずぶりと入ってきた。たぶん、親指だ。速い動きで浅いところを突かれて、おまけに下に入り込んだもう片方の手がパン生地にでもするようにねちっこく胸を捏ねた。俺はとうとう射精した。その瞬間は吠えた。ベッドがぎしぎし軋んで、シーツと腹のあいだで潰された俺のはびゅるびゅると何度も噴いた。サンジ、サンジ、と名を呼んでなんとか向こう側にイッちまわないようにする。他にもなにかいろいろ口走った気がするが自分でもよくわからなかった。 ぜえぜえと息を継いでいたらくるんと体を返される。濡れた俺の顔をやっぱりサンジは猫みてえに舐めた。さぞかしひでえ顔になってんだろう、と思ったが、あ〜〜こんな泣かせてごめんな、でも、すげーかわいくてたまんね、もちょっと我慢して、とトロけたような目をして囁いた。 「足、開きなゾロ」 俺は、そのとおりにする。それからサンジが俺の手を握って自分のモノに導いた。まだめちゃくちゃ熱くて硬くて濡れていた。カリ首のすぐ上の皮のところに、丸い隆起があってそれを俺の指で撫でさせた。 真珠、ってのは俗称で実際はシリコンとからしい。ころりとしたそれは前からだとあたってしまう。中の、一番ヤベえとこに。そうするとキツすぎるくらいよくて、俺が一度気をやっちまってから、そういえばサンジは後ろからすることが多くなっていたし、前からのときは加減をしていたようだった。 「これで、な?」 「……ふ、」 「好きだろ、おめえ、あそこ」 「ふ、う、う」 「今日は強めに……おもっきりゴリゴリやっちゃっていい? お前、もっと泣いちまうかもだけどさァ」 「い、わねえでやり、やが、れ! この、スケベオヤ、ジッ」 「……いや〜……楽しいねえ」 「あっ、あっあっ、く、そ」 サンジはとてつもなくエロい顔を、していて、舌なめずりでもしそうなそれで俺をじっと見たまま、俺の両膝をシーツにぐっと押しつけて尻を浮かせぬるりと先っぽだけを含ませた。くびれのところを俺のケツが勝手にひくひく締めるたび、さっきの、真珠が、広がったふちにあたるのがわかる。これで、な、好きだろ、おめえ、あそこ。思い出したら全身がかっと熱くなってもっとひくひくと、なった。サンジは動いてねえのに腰がかくかくと揺れてうーうーと唸り声がでる。しばらくサンジはそんな俺の様子を楽しんで、それから浅いピストンで抜き差しをはじめた。 引っかかっては抜けるたび俺の口からはとんでもねえ声がでる。なあ、ゴリゴリして、っておねだりしてよ、などともっととんでもねえことを調子に乗ったエロ中年は言いだした。甘く、見てたかもしんねえこれほどとは。なにが枯れてるだ。おじさんもうそんなガツガツした年じゃねえのよ、ってありゃなんだ。そりゃまあ隠すはずだ。引いちまうかもと心配もするはずだ。 「ゴメンな、もう俺、ヤベえわ」 ずん、といきなり深く突かれる。強くこすれるその感覚にひと突きで俺はまたイッてしまった。あ、あ、すっげえ締まる、ゾロ、ゾロ。そのままほんとにゴリゴリ、やられて、そっから先はロクに覚えてもいねえ。ただ気がついたときには、体はどこもすべてきれいになっていて、すぐそばですでに頭の冷えたらしいサンジがちんまりと正座をして俺を見ていた。 「え、っと……」 「…………」 「引いた、よな、やっぱ……」 声を出そうとしたが喉の奥がひりひりとする。じろ、と目線で台所を示すと、それだけでわかったらしいサンジが慌てた様子でコップに水を入れてきた。俺は起きあがりそれをビールのごとく一気飲みする。まだ尻の中になんか入ってるような感覚があって、顔を顰めそう訴えると、おめえ、抜こうとしたらヤだっつってキュウキュウ、とサンジが顔を赤らめつつ具体的な説明をしようとするから、黙れ、と短く言った。すっかり声が嗄れておりそれもあってずいぶん腹から出るような声になった。 「お、こってるよ、な?」 えへへ、とサンジは笑った。俺はその笑顔で一気に脱力感に襲われた。四十過ぎのおっさんのくせえへへとかほんとしょうもねえ。でも、別に、ぜんぜん引いちゃいねえ俺もきっとしょうもねえんだろう。頭をばりばりと掻いて、まあ、似合いなのかもしれねえな、とつぶやいたら何の話だよ、とサンジは食いついてくる。そのしょうもねえ口にキスをしてやった。わからないながらもサンジも吸ってくる。俺を抱く長い腕。とてつもなくしょうもねえ、けど、他には変えられねえほどあったけえ。俺のどスケベオヤジ。 「さっきみてえの、な」 「あ、ハイ」 「正直、しょっちゅうは厳しい」 「……たまにならいいのか!?」 あまりに真剣な面持ちに思わず噴きだした。マジでダメだアホだこいつ。もっと真剣になるとこいろいろあんだろ。いいぜ、と笑った俺も大概だ。そういやあと一週間も経ちゃあ俺の誕生日で、とりあえず次はそんときな、と言ったら、それって俺へのプレゼントにしかならねえじゃんか、と、もらい下手な男は困惑した顔をする。 ほら、やっぱ俺にばっか言えねえ鈍感野郎だ。俺がそうしてえんだからそれでいいんだよ。そんときにふと思う。もしかしたらこういうのが愛ってやつなのか? いやちょっと違うのか? まあ、結局やっぱよくわかんねえままだ。 世界なんざとても救えそうにねえ、けども、このおっさんとこうやってしょうもねえことたくさんやって、エロいことだって飽きるくれえやって、泣いて、笑って、生きてくのは、けっこうおもしれえんじゃねえかなんて思ってる俺なのだ。 (14.11.05) 少し早いですが14年ゾロ誕。 どの世界のゾロもサンジと幸せであれ。おめでとうゾロ!! どすけべえなおっさんじを書きたかったのもあり、とても楽しかったです。どっちもどっち。 せっかく入ってる真珠を活かしたエロを入れて続きを、というリクエストでもありました。 せやな、せっかく入ってるしな、と思い活用してみました。 ←2 →4 |