愛なんてもんは2 そういやそろそろ一年じゃねえかと、まだ寒い日が続くというのに薄着なお姉ちゃんの、グラマラスバディをよだれを垂らさんばかりにじっと見つめながらふいに気がついた。 月めくりのこのカレンダーは近所の酒屋で年明けにもらったものだ。これとまったくおんなじものが、レジを打つハゲ親父の後ろの壁にぶらりと下がっていた。毎月毎月、違うタイプの、けれど揃いの赤いビキニの豊満美女が登場する。ビールを誇らしげに掲げにっこりと、彼女たちはみなやはり同じ種類の笑顔を浮かべている。美女は美女というだけでも十分価値あるもんだが、俺にもある程度の好みというものはあって、それでいうといま目にしている三月の美女はなかなかにイケていた。 きゅっと腰がくびれてんのがいい。かといって尻は貧弱でなくぷりっと弾力がありそうだ。そして何より、ボリュームがあるのにつんと上を向いた美乳は重力をも制している。 「……?」 ものすごく強い視線を感じて振り向けば、美女のスリーサイズを脳内で算定していた俺をゾロが、俺が美女を見るのと同じくらい真摯な眼差しで見つめていた。気配はやたらと剣呑で、むしろ殺気に近い風情がある。周囲に不吉な黒いもやもやが漂っているのが見えるような気すらした。 あーー、と俺は無意味な声を出して頭をかいて、それから何ごともなかったかのように体の向きを変えた。てへ、と首を傾げて笑うと、てへじゃねえおっさん、とゾロは物騒に吼える。まったく口が悪い。いつからそんな子になっちゃったのゾロ君、と俺がごまかし半分言えばもともとだと立派な青筋を立てた。 「乳か」 「……は?」 「俺に足らねえのは、乳か」 ゾロの顔は真剣そのもので、俺はたっぷり十秒は呆気に取られた。は?ともう一度ようやく声を出すと、だから俺とやらねえのか、やる気が起きねえのかとずいぶん直截にものを言う。たぶん、さっきのことを思い出し怒りしているのだ。あーー、と俺はまたひどく間の抜けた声をあげた。 なんでそうなっちゃうの。ゾロはときどき驚くほど突拍子もない。おかしいやら呆れるやらだが、ここで笑えばこじれるのは経験的にわかるから、俺は一番ずるい大人の方法を取ることにする。 「よく、なかったか?」 さっき、と俺は煙草に火をつけながら言った。もちろん、ゾロが俺のこの仕草を気に入っていることは知ってのうえだ。あんのじょうゾロはぐ、と言葉に詰まった。そしてみるみる赤くなりそういうわけじゃねえ、とつぶやくように言う。 聞かなくてもほんとは俺だってよくわかっていた。唇から漏れるゾロの抑えた声や、薄くかいた汗の匂い、うごめいて濡れる硬い性器の感触は俺のてのひらにまだしっかり残っている。なにせ、俺はゾロが帰ったあと、毎度それをオカズにマスをかくのだから、ゾロの吐息ひとつさえ覚えているし、ゾロが感じてるのだってもちろんよくわかっていた。 もうあと数日で二月は終わろうとしていて、だから俺はさっき二月ぶんのカレンダーを破り捨てたのだが、つまりそれはあと何日か経つと、俺とゾロのはじまりからちょうど一年が経つことを意味している。夕飯を食ったあと、一緒に片付けを終えてから、ゾロとそういうことをするようになったのはたしか数カ月前の話だ。俺がゾロを一方的にいかせてやるだけなので、ゾロ「と」、という言いかたはちょっと正確じゃないのかもしれないが、長いことキスどまりだった俺らからすればかなりの進展とはいえるだろう。 「俺ばっかじゃねえか」 俺だってあんたに、とそのきれいな目に俺を映して赤い顔のまま率直にゾロは言う。ああ、もう、ほんと、たまんねえガキだな。俺はすでに数もわからないほど何度も思ったことをまた思う。だがそれをおくびにも出さずに、まあ遠慮すんな、おじさんもうそんなガツガツした年でもねえのよ、と肩をすくめ笑った。大嘘だった。もともと俺はかなり手が早いほうだし、もちろん、ゾロを抱きたくてたまらない。 「やりたくねえわけじゃねえのか」 「お前さ、やるやるって、そればっかかよ。その年なら仕方ねえかもだけどさあ」 「そればっかだ」 「えーー……」 「そのほうが、手っ取り早えからだ」 「手っ取り早い?」 「あんたはすぐ、ごまかそうとすっから」 俺は、それには答えなかった。まだガキのくせにゾロはすごい。たいした経験もねえくせに、無防備な肌と肌の触れあいが、ときにひとの本質をダイレクトに伝えることを直感的に知っている。 俺は答えるかわりにゾロ、と出来るだけやさしく名前を呼んだ。そうしてゾロに近づいてその腰を抱く。ホストをやっていた時期もあるからこういうのは得意なのだ。しかし、その仕事は割はよかったが長続きしなかった。女を騙すみたいなのがどうしても性に合わなかったのと、俺の人気に嫉妬したやつがふっかけてきた喧嘩を買ってボコボコにしちまって、その日のうちにはオーナーから訓告を受けて、俺はそのままそいつが座ってる椅子ごと蹴り倒して店を出たのだった。 なにもかも、壊すのは一瞬だ。俺はいろんなものを、壊したり傷つけたりしてずっと生きてきた。何かを時間をかけて大切にすることにはまったく慣れていない。 抱きしめた腕のなかで、ゾロはクソ、と低く言った。好きなら、触りたくなるんじゃねえのかよ。そう絞るように言ってそれから俺の腕をほどいて、すたすたと冷蔵庫のほうへ向かった。 コップに牛乳を注いで一気飲みしている。まさか乳のためだろうか、ゾロならありえないことではない。 「お前は、そうかもなァ」 言いながら、俺はしゃんと伸びたその後ろ姿を見つめた。呆れるくらいに、まぶしいくらいに、まっすぐなゾロ。 ゾロは俺を好きだというけれど、俺はゾロを好きなんかじゃない。 俺は、ゾロを、愛していた。 次の日ゾロはアパートに来なかった。合鍵は渡してあり、ここのところはだいたい毎日だったから、家の鍵を開けてゾロの姿がそこになかったときに、なんだか他人の家のドアをまちがって開けてしまったような気すらした。 「たっだいまー」 あえておちゃらけた声を出してみたがよけいにへこんだ。立ちっぱなしで強張った背中をトントンと叩きながら、俺はソファにどさりと腰を下ろした。 予想はしていたが、なんだかんだといろいろもめて、足を洗うのにはけっこう時間がかかった。ようやく落ち着いた三ヶ月前から近所の弁当屋で働いている。仕出し専門のその店はおもに昼間がかきいれどきで、俺は早朝から十七時までみっちりと働いていて、労働量は以前とは比べ物にならないくらいに増えたのだが、店のオーナーはすべて手作りにこだわった頑固ジジイでなにやら懐かしさを覚えたし、それに何より、料理にふたたび携わることは俺の生活に驚くほどハリを与えた。やはり俺は料理が好きなのだと、ようやく素直に認めることが出来た。どれもこれもが、ゾロのおかげだった。 「本気で、怒らせたかね……」 携帯には着信もメールもない。俺の携帯の履歴はほぼゾロで埋まっている。その名がずらっと並ぶのを眺め、とん、と底を叩いて煙草を取り出しながら、ふと、このまま、ゾロが離れてしまったらと考えた。 俺はもう泣かないだろう。泣くことさえできずに、ぽっかり空いた穴を埋めるすべを見つけることはもうないのだろう。とっくの昔に手遅れな俺のことは、しかし、どうだっていいのだった。 わりとさいきんの話だ、たまたまゾロの通う学校に弁当を届けたことがあった。なにか会議でもあったのか知らないが、職員室まで十数名ぶんの、幕の内弁当をえっちらおっちら抱えて持って行った。基本的に俺は弁当を作るほうであって、普段なら配送に関わることはない。けれどその日は人手が足りないとかで頼み込まれ、聞けば覚えのある学校名だったから浮かれ気味にいそいそと引き受けたのだ。 途中の階段で、ゾロと同じ制服を着た高校生たちと何人かすれちがった。女子高生ももちろんいて、俺はいちいち鼻の下を長く伸ばした。みながみな、あからさまにガラの悪かろう俺にきっちりと頭を下げていき、全身からお育ちの良さをむんむんと滲ませていた。ゾロだって口こそ悪いが、そういうところがある。きっちり愛情かけて大事に育てられました、みたいな、手垢のついていない真っ白な部分が。 金を受け取って帰りぎわ窓から、渡り廊下で繋がった向かいの校舎をぼんやり眺めた。あのどこかでゾロは勉強だか居眠りだかをして、昼になったら友人と学食かなんかで飯を食って、授業が終わったらぴんと伸びた背で剣道をして、それから俺のところにやってくるのだなと思った。俺は高校をやっぱり暴力沙汰で中退しているから、健全な高校生活などよくわからないがたぶん。 そのすべてのなかで、俺にまつわる部分だけがひどく不自然に思えた。真っ白なハンカチにこびりついた泥のようにだ。階段ですれ違った清潔そうでかわいい女の子と一緒に帰ったり、図書館で並んで勉強をしたり、休みの日には遊園地に行ったり、そういうのが、ゾロにはふさわしいんじゃないかと思えた。 「まあ、お前は、」 そんなのは俺が決めることだって、あっさり言っちゃうんだろうな。 俺はゾロの名前を見ながらひとりごちた。ゾロのそういうところに、心底惚れていた。携帯をテーブルに放って目を閉じると、あの日に見た、下世話な落書きひとつない校舎のつるんとした壁が迫って来るようだった。 もうすぐ一年だ。俺はちんぴらをやめていわゆる普通の職業についたけれど、だからってこの染みついた汚れが落ちるわけじゃねえんだと、近ごろしみじみとよく思う。 はじめからわかってたことだろうがと、それでも俺はあんたが好きだと、きっと、お前は、あっさり言っちゃうんだろうな。 三月一日、帰るとそこにはゾロの姿があった。リビングでテレビをつけて、なぜかソファには座らず床に尻をつけてみかんを食べている。まだ乳を育てようとしているのだろうか、テーブルには飲みかけの牛乳も置いてあった。 連絡はけっきょく今日までなかったから、完全に不意打ちである。俺が立ちつくした位置からはゾロの丸く膨らんだ頬袋が見えていて、それがもぐもぐと顎の動きとともに動くのをしばし眺めているとふいにゾロが振り向いた。 「おかえり」 「……ただいま、です」 「なんで敬語だよ」 「……なんでだろ?」 「俺に訊いてどうすんだ」 く、とゾロはおかしげに笑った。それからいつものように腹減った、と自分の腹をさすってみせた。みかんと牛乳じゃどうしようもねえ。テレビでは何度見ても何と戦っているのかよくわからないロボットアニメをやっている。他に見るもんもねえしと、ときどきゾロがつけている番組だった。 「お、おう、待ってろ、すぐ作る」 俺は慌てて言い、冷蔵庫を開けてそのまま夕食の準備に取りかかった。安売りのときに買って冷凍していた豚肉でしょうが焼きを作った。たっぷりの野菜炒めを添えて、それと小松菜と油揚げの味噌汁だ。いつもどおり米粒ひとつ残さず完食しおえて、皿洗いまで済むとゾロは濡れたままの手で俺の手をぎゅっと強く握った。 「今日、泊まってく」 ゾロはドラマで裁判官が判決を下すときのように厳かに言った。泊まりてえでも泊まっていいかでもなく、それはゾロにとってはなから決定事項のようだった。そう言われて見てみればリビングの隅のほう、カーテンに隠れるようにしていつもの通学鞄とは違う大きめのバッグが置いてある。 日付が変われば俺の誕生日、ゾロとこうなってちょうど一年の日に、ゾロは大勝負に出たいのらしかった。このアパートにベッドはひとつしかないし来客用の布団などもちろん置いていない。俺がソファで寝るというのも手だが、まちがいなくゾロに襲われる。それで手を出さないと言えるほど俺は自分の自制心を信じてはいなかった。ほんとうはもっと、触りたくて触りたくてしょうがねえのに。 「だめ、だめだ」 「なんで」 「な、なんででも!明日また来りゃあいいだろうが!」 「いやだ。納得できる理由があるなら聞く」 ゾロはまったく動じない。手ェ出しちまうだろうが、という本心はこの場合言えないだろう。むしろゾロはそれを望んでいるわけだから、何の納得できる理由でもない。手を握ったまま俺はじりじりと文字どおり追いつめられた。どん、と背中が玄関ドアにあたって、ゾロの顔がぐんと近づいてくる。 そのとき気がついたが俺とゾロの身長はほぼ並んでいた。わずかにゾロが低い程度、こいつはこの一年でだいぶ背が伸びたのだ。いつか抜かれる日も来るのかもしれない、体格だって、俺よりずっとごつくなるのかもしれない。そういうマッチョな男になったゾロをためしに想像してみたけれど、残念ながら俺にはゾロを愛しつづける確信があった。 「親御さんが心配すんぞ」 「友達んとこ泊まるって言ってきた」 「嘘はいけねえだろ、嘘は」 「嘘つきはあんただろ」 やばい、完全に形勢が不利だ。そう思った俺は反射的にゾロの手を振りほどいて靴も履かず玄関を飛び出した。何やってんだ俺は、だいたいどこ行くつもりなんだと、自問しつつもただやみくもに夜道を走る。 足はかなり速いほうのはずだったが、体力ピーク期な現役高校生の本気に叶うわけもなくやがては追いつかれた。さっきと同じように、俺の手を握って肩で息をして、やっぱり俺の目をどこまでもまっすぐに見て、これだけ答えてくれ、あんたは、俺が好きじゃねえのか、とゾロは言った。 「だからやりたくねえってんなら、納得する。それ以外の理由は認めねえ」 馬鹿が。俺は思わず言いそうになった。俺はお前を好きなんかじゃない。俺は、お前を、愛してる。 ほんとうに怒鳴ってやろうかと唇を開きかけたとき、ガードレールの向こう側からすごい速度で近づいてくる光に気がついて、考える間もなく俺はゾロの体を突き飛ばしていた。 「あーーイテえったらねえわ……」 思わず本音をつぶやいたらぎろりと睨みつけられた。あたり前だろ、痛えならへらへらすんなとゾロは強面で容赦なく吐き捨てる。タクシーで病院からアパートまで帰りついたまではよかったが、二階までの階段をのぼるだけでも慣れない松葉杖ではひと苦労だった。折れた左足の、ギプス固定してある部分がじんじんと痛む。それに左手首の捻挫と左半身打撲で診断は全治二カ月、ありがたくて涙が出ちまいそうだ。 突っ込んで来たのは居眠り運転の軽自動車で、もちろんあちら側の過失だから俺の治療費は全額タダである。弁当屋を休むあいだの補償もばっちり、それでも昔の俺ならイチャモンつけてもっとふんだくっていたはずだった。 入院したほうが早く治るし、その怪我で一人暮らしは大変ですよと言われたが俺はとりあえずそれを断った。ピンクのナース服にはかなり惹かれたけれど、いくら俺でも誕生日を病室でしんみり過ごすのはいただけない。けっきょく痛みどめをもらい、次の受診日を決めて、治りが悪ければその時点で入院をという方向で落ち着いた。しかし丈夫なんですね、これくらいで済むなんてと50がらみのその医者はやたらに感心していたものだ。そばにいた看護師は俺の汚れた靴下を見て、靴は飛ばされちゃったんですかと不憫そうな顔をした。 念のためといろんな検査を受けているあいだ、ゾロは真昼のように明るい電気の灯った廊下で座りもせずに俺をじっと待っていたらしく、診察室からよう、と軽やかに俺が出て来ると駆け寄って来て腹に重い一発をどすりと決めた。だが俺はそれについては何も言わなかった。俺のシャツの胸をぐしゃりと握ったゾロの手が震えていたからだ。 「……俺がやる」 痛みどめをまず飲もうと松葉杖を脇に挟んで、コップを出しているとゾロが後ろから先に取った。水を注いで、ポケットに押し込んだ紙袋から薬を出してくれる。白く丸い小さな薬の粒をゾロはつまんで俺の唇に押しあてて、そのとき触れた指先はまだきんきんに冷えきっていた。 水でそれを飲んでから俺はゾロ、と名を呼んだ。ゾロはゆっくりとまぶたを閉じて、それから同じくらいゆっくりと開いて俺を見た。 「怒ってんだ」 ゾロはとても静かに言って、だからほんとうに怒ってるのがよく伝わった。 「うん、だろうな」 俺でも怒る。もしゾロが俺を助けようとして自分を盾にしたら俺はものすごく怒る。だけどたぶん、ゾロが先にあの車に気づいていたら俺と同じことをしているだろう。それがわかっているから、ゾロは俺を責め立てることをなんとか堪えているのだろう。 「お前が、大事だ」 「……知ってる」 「そっか」 「あんたは嘘つきだけど、嘘が下手くそなんだよ」 「うん、だろうな」 言ってから首をのばすようにして唇を唇に押しあてる。俺の不自由な手の代わりゾロの両手が俺の背に回り抱きしめた。ゾロの口のなかは指とは違って熱かった。柔らかな舌を吸いあってふうふうと息をする。ここが世界のど真ん中だって思えるようなキスをする。頭のなかは愛してるって言葉でいっぱいで、わけもなく走りながら叫び倒したくなってくる。 俺は愛を恐れていた。亡霊みてえなモンで、実体は掴めないのに俺をやたらと怯えさせる。失えばそのときは傷つくけれど、じきに次を見つけられる恋とは違ってものすごく重い。自分でも納得のいく料理が作れたとき、もう逝っちまって三十年経つのにたった一度、まあまあだ、と思いきりしかめっ面で最上級の褒め言葉をくれたジジイの顔をついはっきり思い出しちまうくらいに、まるきり、呪いだ。 ジジイが死んだとき、俺はたぶん一緒に死んで、その後はずっと死んだままでただ生きて、ゾロに出会って新しい生をもらい受けた。ゾロを失ったら、俺はいったいどうなっちまうんだろうとときどき考える。愛は怖い。そして、ゾロが俺と同じ思いをするのが嫌だった。 「日付」 ふいに唇を離してゾロが言い俺は時計を見た。いつのまにか0時をとうに回っている。おめでとう、と言ったかと思うとゾロは俺を抱きあげた。いわゆるまさかのお姫様だっこを軽々と。支えを失った松葉杖二本が床にごろんと転がった。 「え、ちょ、ゾロ?」 「全力で祝う」 「は?」 にや、と笑うとゾロはそのままベッドのある部屋まで俺を運んだ。そっとそこだけはやたら慎重に仰向けに寝かせて、うまく動けない俺の体にまたがって服を脱がせはじめる。俺はなかばパニックに陥っていてろくに抵抗も出来なかった。おまけに片手足は動かせないからいつものようには自由も効かない。途中、あ、忘れてた、と言ってゾロがリビングからバッグを持ってきた。 適度に俺の服をくつろげると、ゾロは明かりも消さないで自分の服を気前よくすべて脱ぎ捨てた。それからバッグからおもむろに円筒状の容器を取りだして、自分のてのひらにぬらぬら光るローションをたっぷりと垂らしていく。 「ままままさかおめええ」 「知ってるかおっさん。いまはネットで調べりゃたいていのことはわかんだ」 男とのやりかたもな、とゾロは平然と言う。あんたがもたもたしてっからだとも言ってフンと鼻で笑った。それからおもむろに濡れた指を後ろに回して、かすかに眉をひそめる。それがどこに入っていってるかなんてそりゃあもちろん俺にもわかる。 は、は、と息を逃がしながらゾロは手を動かしていた。そうしながら見てるだけでとうにギンギンになった俺のものをもう片方の手でしごいた。どっちともから濡れた音がして、なんてガキだと俺は頭を抱えたくなった。お坊っちゃんがちゃんちゃらおかしい。いったいいつから、今日にぴたりと照準を合わせてたんだろう。 これ、はじめは痛えかな、と先端近くに埋め込まれた丸い隆起をそっとなぞって、それからしごく手をもっと速くする。俺はがくんと腰を揺らした。びり、と足のほうに痺れるような痛みが走る。 「おい、安静だって」 「あんた、は、動かなくて、いい」 「お、おま、とんでもねえ、な、ッ」 「ハ、ガキだって、甘く、みってから、だ、」 ん、とときおり混じる声がひどく甘くて俺はくらくらする。おもむろに指を引き抜いて、そのままゾロは腰の位置をずらしてそこに俺を押しつけた。手で竿を握ってず、ず、と体を沈めていく。真珠が入り口にひっかかったときに、顎を上向けてひゅ、と息を吸った。慣らしてあるとはいえ俺を包むなかはものすごく狭くて痛いくらいで、ゾロはきっともっとずっと痛いんだろうなと思った。 全身を汗でぐしょりと濡らして、時間をかけてゾロは俺をすべて呑みこんだ。なんて無茶やんだと俺が半分涙目で言うと、こんくらい無茶やんねえとあんたとはできねえと思ったとやっぱり涙目になっているゾロは言う。 「痛え、だろ」 「だな、やっぱ、痛え」 でも、あんたと繋がってんのは悪くねえとつらそうな顔のままそれでもゾロは笑う。ちくしょう、なんてガキだと俺はまた思って、それから自由の効くほうの手を伸ばして萎えたゾロのをいじってやった。 すぐにそれが硬さを取り戻すと、先走りを溢れさせながらゾロはぎこちなく腰を揺らしはじめた。ア、サンジ、サンジ、だめだ、いじんな、そんなんすぐイっちまう。体を赤く染めて、触ってもねえ乳首をぴんと立たせて、首を壊れたように左右に振りながら俺を締めつけて腰を揺らした。 「イけよ」 「だ、って、あんたを、」 「ばーか。俺も気持ちいいよ、すげえ、いいよ」 俺ももうもたねえから、と囁くとゾロはぎゅっと目をつむった。それから掠れた声で、震える唇でもう一度、俺の名を呼んだ。その声はいつものゾロからしたら考えられないくらい小さく頼りなく、だが自分がまるで万能の神にでもなっちまったような、この世で一等価値のある人間になったみてえな、そんな勘違いを俺にさせるとても特別な呼びかただった。 どろっとした濃い精液がこぷりと溢れて、俺のをなかが絡みつくように吸いあげてきて俺もそのままイった。全身がぶるぶる震えてまだ痛みどめの効いていない手足はひどく痛んで、けれど覚えているなかで最高に気持ちのいい射精だった。 「……す、げえな……」 俺が思わず言うと、ゾロは荒い息のまま、ざまあみろと言って俺の体の上にどさりと身を倒した。そうして首筋に押しあてた鼻を犬みてえにすんすんと鳴らしている。 なあゾロ、と俺は言ってその汗まみれの額に唇を押しあてた。なんてこった、それだけで手足の痛みが消えるほどの胸の痛みに襲われる。けして無くしたくねえもの、ひょっとしたら自分自身より大切なもの、そんなもんをいまさらこの年になってとちょっと気が遠くなる感じもするが。 「俺は、おめえを愛してんだ」 ああ、とうとう言っちまったと俺は思った。そんな言葉を口に出したのはもちろんはじめてで俺は言ってから猛烈に恥ずかしくなった。 顔見んな、見んなと照れまくる俺を見て、あんた、たまらねえなとゾロは感心したような声で言い、それからまたゆっくりと腰を動かしはじめる。どろどろになったそこからはさっきより濁った音が立ち、しかしさっきと違ってゾロの白く汚れたものはすでにきつく勃起していた。そういや全力で祝うと言ってやがったっけ。思い出し、じゃあ枯れるまでつきあってやるよと覚悟を決める。 覚悟を決めても、やっぱり愛は怖い。 けど、たぶん、すげえ、強い。 (12.03.15) 12年サン誕! ←1 3→ |