15.あまのじゃく 優しくしてやりたい、と思うのだが、優しくなどしてやれそうに、ない。 「うめえ」 声に顔をあげると、ゾロがこちらをじっと見ている。その後ろ、開け放した窓からは、真昼だというのに鈍色をした空が見えている。ここ数日、雨が降ったりやんだりのぐずついた天気が続いていて、昨夜風呂あがりにぼんやり見ていたニュース番組で例年よりずっと早い梅雨入りを告げていた。そうか、また雨の季節なのだ、とそう思い、それからふいに、雨の匂いに満ちたあの日のことを思い出した。濡れて貼りついた短い髪、勝ち気なほどまっすぐに向けられた視線、くっきりと濃い、その、みずみずしい瞳。 そうか、そりゃよかった、と答えてサンジはフォークに巻きつけたパスタを口に入れた。われながら絶妙なアルデンテにしあがって、鮮やかな色味のソースがとろりと絡んでいる。もらいものの蟹缶と、消費期限の近づいた生クリームがあったのを思い出し、ゾロに好き嫌いを尋ねたうえで、昼は蟹のトマトクリームパスタにしたのだった。 それにルッコラのサラダと、ソラマメのポタージュをつけた。夕食はゾロの好きな和食にするつもりだ。仕上げとしてサラダの上にパルメザンを削っていたら、この黄色い石みてえのはなんだと、キッチンで作業を見ていたゾロからは尋ねられた。 ときどき、ゾロはそうしたおもしろい比喩を使う。本人にはその自覚はないらしく、サンジが笑うたびに、なぜ笑われたかまったくわからない、という不服げな顔をする。 「なんつうか」 「うん?」 「あんたさ、まさかと思うがよ」 「なんだよ」 「緊張、してんのか」 目を見たままにゾロが言い、サンジも目を逸らせないまま口のなかのものを飲み込んだ。ごくん、とやけに大きな音がした気がするが、たぶんゾロには聞こえていないはずだ。 んなわけねえだろ、アホか。笑いながらも放るように言ったのは、あたらずも遠からずだからと、生来の少しひねくれた気質からもある。近くなればなるほど、口に出す言葉は多少ねじ曲がる傾向があって、それは女に対しては発動されないのだけれど、残念ながらゾロはどうしたって立派な男だ。それでも以前はまだ隠せていたのだった。それだけ、余裕が剥がれ落ちたのだと思い知る。 「へえ」 さらりと返してくるあたりゾロも成長しているようだった。昔だったらこれくらいでも不機嫌をあらわにしていたはずだ。じゃあなんだ、いつもとなんか違うじゃねえかと、さらに問うことをゾロはしなかった。ようやく視線を皿に戻し、残りを食べ始める。食いっぷりはいいのだが、あまりガツガツして見えないのは、やはり育ちのせいなのだろう。 ごっそさん、とゾロが言い、空いた皿をサンジは下げた。手伝わなくていいと言ったからゾロは椅子に腰かけたままだ。腹がくちて眠くなるかと思いきや、ゾロはリビングと対面式になったキッチンに立つサンジを見ていた。慣れた視線、のはずだ。水で汚れをあらかた流して、食器洗い機に皿を入れ、手を拭いて煙草に火をつける。 換気扇のスイッチを押したときに、かたん、とゾロが椅子を引く音が響いた。さっきの言葉を思い出す。緊張、とゾロは言ったが、少し違っていた。この期に及んでと、おそらくゾロは言うのだろうが。 「天気、残念だったな」 サンジが言うと、こちら側にやってきたゾロが、なんで、関係ねえだろと言った。ファンの回る規則的な音に紛れても、その声はサンジの耳によく届く。 「外に行くにもさ」 「行かなくていい」 「またデートとかよ、したいと思わねえの」 「あんま、思わねえな」 「は、ひでえ男だなァ。そんなんじゃ――」 「女がどうとか言ったら殴るぞ」 答えずに、煙草の火を消した。すぐ近くに立っていたゾロの肩を掴んで、引き寄せて、腰高のキャビネットに押しつけた。音を立てて唇を貪る。奥まで、深く、熱いところまで。片手は背中に回し、覆いかぶさるようにしてくちづけると、顎を上向けてそれを受けるゾロは荒っぽい動作で尻を天板に乗せた。頭皮と、首の後ろに指の強い圧力を感じる。唾液の絡む水音に混じって、ゾロの急いた息づかいが聞こえた。 こぼれた唾液を舐め取りながら、少しずつ唇をずらし、髪に鼻を埋めるようにして耳朶をしゃぶる。耳の穴に舌を挿すと、ゾロの声が甘さを帯びた。軽く歯を立てる。陽にやけ、こうばしく健やかな色をした、首すじの皮膚がふつふつと粟立っていくのが見えていた。感じているのだ。 サンジも同じだった。全身がざわりと総毛立つような、野蛮とも言えるほどの興奮を覚えている。どうにかなりそうだ。これでは、きっと、優しくなどしてやれない。まだ十七の少年に、そう思えばめまいがする。 「サン、ジ、っ」 「食っちまい、てえ」 膝を割り開いてそこに体を入れた。太腿に、ゾロの熱く固い隆起が触れる。知っていた、この前の夜もゾロはこうなっていた。触れれば止まらなくなるともまた知っていたから、サンジは必死で抑えたのだ。帰ってからきっと、自分でしたのだろうと、考えただけ何度も熱くなったものだった。いくとき、ゾロは、俺の名を呼んだだろうか。唇を開いて熱い息を漏らしながら。 「なあ、無理だ、ゾロ」 「なに、い、ァ」 布越しに握る、その手の力を抑えるのにも精一杯だ。びくりとゾロの、床から浮いた踵が跳ねた。服をたくしあげ肌をまさぐりながら、鎖骨の上の皮膚を強く吸う。きっと痕が残る、ゾロが困ることになる、そう思うのに、止めることができないでいる。 「無理だ、優しくできねえ、めちゃくちゃにしちまいそうだ」 「しろよ」 「ゾロ」 「してえんだろ、俺を、そういうふうに」 誰にもしたことねえみてえに、してえんだろ。 濡れた唇が動いて、同じように濡れた瞳はサンジを捉えていた。クソ、と思わず吐き捨てた。自制することさえも無理なのだと、絶望に似た気持ちでサンジは思った。 「知らねえぞ、ガキ」 呻くように言い、サンジはそのまま床に膝をついた。ゾロのジーンズを下着ごとぐいと引き下ろす。座ったまま開かせた内腿にも、赤い痕をつけた。吸いつくたびに、まだじかに触れていないそこはぴくりと震えながら水を滲ませる。 ゆっくりと舐め上げると、あ、あ、とゾロは声をあげた。先端を唇で包み、溝に舌先をねじ込んだ途端にそれは弾けた。青い匂いが広がるのも構わず、飲み下しながらなおも吸う。達したばかりの敏感なそこに、加えられる愛撫はゾロにはきついくらいのはずだ。指はすがるようにサンジの髪を掴んで、けれど、いやだ、とすらゾロは言わなかった。サンジ、サンジ、とただ幼いように名を呼ぶ、それがサンジの体を、頭を、熱くする。 ようやく唇を離すと、すでにまた育ちはじめたゾロのものから、唾液と混ざった白い糸がとろりと垂れた。視線を感じて、サンジは顔をあげた。 「……あんたの、も、触りてえ」 いつもよりも緩んだ、上気した顔でゾロが言う。は、と思わず、湿った息がこぼれるのがわかった。サンジが黙っていると、ゾロはサンジの手をぐいと引いて立ち上がらせた。てのひらをそこに当ててくる。張りつめた膨らみに、確かめるように触れられて、それだけでひどい痺れが駆け巡った。 「ゾロ、俺はいいから、」 「ずりいだろ、それ」 ゾロがベルトとファスナーに指をかける。下着のなかに忍んできた、知った体温に一気に血が集まった。濡れた音をさせてゾロが手を動かす。こうやって、自分ではしているのだろうかと、思った途端に感覚が膨れ上がった。察したように、ゾロの手の動きが速まった。 「優しく、とかな。他のやつにも見せてる顔は、今はいらねえ」 あんたのほんとを、見せろよ。 「ゾロ、離、せ、ァ」 手首を掴んだが間に合わなかった。ゾロの手を精液で汚しながら、だめだ、ちくしょう、とサンジは頭を振って、声を殺すために唇を噛みしめた。すりつけるように腰が揺れる。ぼやけて見える、ゾロはやはりサンジを見つめていた。 漏れる吐息ひとつ、わずかな表情の変化ひとつ、見逃したくない、というふうに。 (12.03.31) 14← →16 |