4.少年





いかにも朝のジョギング途中、という雰囲気を装ってみたつもりではあったが、やはり、少々無理があったのらしい。
こめかみを伝う汗をタオルで拭きながら、サンジは、所在なくうろうろと視線を泳がせた。ゾロのジャージとジョギングシューズを無断で拝借し、わざわざ寮から本当に走ってきたというのに。パティは気づくなり、いかつい顔をにやにやとさせてサンジを眺めた。
レストランの敷地横には、小さいが菜園があって、そこには、ちょっとした季節の野菜や花々が植えられている。梅雨もすっきりと明け、初夏の爽やかな風が、盛りの過ぎた紫陽花の葉をそよそよとそよがせていた。
その光景にまったくそぐわない、爽やかさの欠片もないパティは、にやけた顔のまま、よう、と顎をしゃくるようにした。
「なんだ、サンジ。とうとうオーナーに土下座でもしにきたか」
「……なっ、んなわけあるか! たまたま、ほんっとたまたま、ジョギングコースにここが入ってたんだよ! 俺もいま気がついて驚いてるとこだ」
ほらみろこの汗、とこれみよがしに、額に浮いた汗をもういちど拭くと、パティは片手で口を押さえ笑いを噛み殺しながら、てめえがジョギングとはねええ、と嫌な感じに語尾を伸ばした。蹴りを入れようとすると、めずらしく避けられ、よけいに歯がゆい思いをする。
サンジとしては譲歩する気はないが、長いつきあいだ、おそらくゼフも同じだろうとわかっていた。悔しいけれどシャンクスの言ったとおりで、二人は、そういう面の依怙地さがとてもよく似ている。
かといって、ずっとこうしているわけにもいかないと、サンジは焦りはじめていた。膠着しきった事態を改善するため、まずは敵情視察を、と、そうサンジは考えたのである。
ゼフと鉢合わせるのは嫌だから、早入りのものがやってくる時間を狙った。当直明けのゾロが戻るまでには、まだじゅうぶん余裕があるはずだ。
濡れて貼りついた前髪をうっとおしげに払って、サンジは、いかにも不機嫌そうな顔を作った。
「……まあ、たまたま通ったついでだから訊くが、クソジジイはどうしてる」
「どうって、べつに。どうもしてねえが」
「どうもしてねえこたねえだろうよ。いいか、そのジャガイモ頭でよーく考えろ」
びしり、と眉間に人差し指を突き立てると、パティはハン、と鼻で笑って、その手を払った。
「考えるまでもねえさ。毎日顔合わせてる俺らが気づかねえんだ。どうもしてねえよ」
「なんかあんだろうよ、変わったことがよ! 」
サンジが目を剥くと、パティはやれやれ、というふうに息をついた。
「おめえなあ、考えてもみろよ」
「……なんだよ」
「なんか変わったことがあったとしてな、あのオーナーが、それを表に出すと思うか? 死んでも出さねえだろうよ。あのひとはそういうひとだ。腹んなかで決めたこたァ、最後まで貫き通す」
てめえが、一番よく知ってんだろう。
言って、抱えていた野菜の入ったかごを下ろして、パティは太い腕を組んだ。
「特に今回はな、ゆずらねえだろうさ。このままじゃあ、おめえが店に戻って来れる可能性は万にひとつもねえよ」
「……」
サンジは黙った。
しばらく同じように黙ってから、パティはしゃがみ込み、かごのなかを覗き込むと、野菜についていた虫をつまんで放り投げる。
「ほんとはわかってんだろ? サンジ。オーナーはおめえに、独立して他の店……」
パティの言葉を遮るように、サンジは彼に向け、首にかけていたタオルを投げつけた。
顔にあたって、そのままぽとりとかごのなかに落ちたそれをじっと見つめ、パティは悪かった、とつぶやいた。
「――俺にだってな、ゆずれねえもんがあるんだよ」
サンジは、静かにそう言った。
丸まったタオルを奪うように取って、そのまま、背を向けた。


     *


不穏な空気は朝からあった。大物ばかりが続く、そんな日がたまにある。
朝の申し送り中、搬送されてきた患者が胸部大動脈解離でショック状態だった。昼前には急性心筋梗塞、そのあとにクモ膜下出血と続き、そしてついさきほど、今日4度目のホットラインが鳴り響いた。
36歳男性、仕事場で倒れているのを家族が発見。これまで特に病院受診歴はなし。発見時刻は15時すぎ、救急車到着時刻は15時20分。
そのとき、すでに意識はなく、自発呼吸微弱、血圧測定不能、モニターを装着したところ、心室細動の状態であったと、救急救命士から報告を受けた。AEDで除細動をかけたが、波形は戻らず、たったいま自発呼吸が止まり、心電図波形がフラットになった。心臓マッサージと呼吸の補助を開始し、病院到着までは、おそらくあと5分少しだ。
電話を取ったゾロが紙に走り書きをし、それを、他のスタッフたちが覗き込む。昨夜の当直はロビン、チョッパー、それから脳外科の兼任スタッフで、それ以外のメンバー、シャンクス、ゾロ、ルフィ、ウソップがスタッフルームに揃っていた。
シャンクスが、ルフィとウソップに指示を出した。
「ウソップ。DOA(ディーオーエー : 到着時心肺停止状態)の患者が来るって看護師に連絡しろ。タイムキーパーを一人頼むと伝えてくれ。ルフィはいますぐ下に降りて、救急カートとモニター、それから除細動器の準備。不備がねえかよーくチェックしとけよ」
ウソップとルフィが、指示を聞いてその場を離れる。救急隊員に状況を尋ねながら、ゾロは、腕時計の秒針の動きを目で追っていた。心肺停止状態で搬送された患者の蘇生率は、一般にとても低く、それは、病院到着までにかかった時間に反比例する。
4分以内なら50%、5分で25%、そして、8分でほぼ0%。
まさに、時間との戦いだ。
「聞こえてきたな」
シャンクスが、隣で低く言う。片耳に受話器をあてたままのゾロにも聞こえた。どんなに周りが騒がしくても、救急車のサイレンにはすぐに気がつく。オフのときでもそうなのだから、もはや職業病だ。
行くぞ、とシャンクスがゾロの肩を軽く叩き、ゾロは電話を切った。
スタッフルームを出るときに、ふと、窓のほうを振り返ってみる。赤いランプをくるくると光らせ、病院の敷地内に入って来る、救急車の姿が視界に入った。



一人が心臓マッサージ、一人がアンビューバッグを押して呼吸の補助をしながら、ストレッチャーが救急車から下ろされた。その後ろには、小学校高学年くらいだろうか、一人の少年が、ぼうっとした様子で立ちすくんでいた。
発見者は家族だと聞いているから、息子かもしれなかった。お母さんは? と看護師が尋ねるのに、そのときだけ我に返ったように、連絡したのですぐに来ると思います、と答え、また焦点の少しずれたような目に戻った。
彼はこのまま、処置室の外の長椅子に座って待機することになる。結果がどうあれ、重い扉が開けられるときを、ただじりじりと、そこで待つことしかできない。
ゾロ、とシャンクスに声をかけられて、少年のほうを見ていたゾロは患者に意識を戻した。
「代わってくれ」
ゾロが言い、呼吸補助をしていた救急隊員から、アンビューバッグを受けとる。心マッサージとして、他の隊員が胸骨圧迫を連続30回、そののち呼吸補助2回、ふたたび、心マッサージだ。その順に繰り返しながら、ストレッチャーを処置室へと運んだ。
「いち、にの、さん!」
いつものかけ声をかけて、数人がかりで患者を病院のストレッチャーへと移す。効果的な心マッサージを行うため、背中の下に大きめの板が差し込まれた。同時進行で、心電図モニターが患者の胸に取りつけられていく。
「マッサージ、一旦ストップ!」
シャンクスが声をあげた。正しい波形を確認するためだ。みながいっせいに、モニターのほうを注視した。
黒い画面に、平坦な緑色のラインが一本、浮いている。
甲高いアラーム音にまぎれて、は、と誰かが息を吐く音が聞こえた。マッサージ再開、とシャンクスが言う。中断は、脳や組織への低酸素の影響を考え、十秒以内にとどめなければならない。
「挿管の準備は出来てるな?」
シャンクスが訊き、出来てるぞ、とルフィが答えた。ウソップが隊員に変わり、心マッサージに入った。
おつかれ、とゾロが、顔見知りの隊員に声をかけると、彼も軽く頭を下げた。その額いっぱいに、汗が浮いている。
このあと事務的な手続きを終えたら、彼らのこの場での仕事はおしまいだった。次の出動命令もいつ来るかわからないから、あとは、ゾロたち救急医と看護師が引き継ぐのだ。
「ルフィはルート(静脈路)の確保。できるだけ太いとこ探せよ。ゾロ、挿管を頼む。どっちか、早えほうからエピネフリン入れんぞ」
もう用意しといてくれ。シャンクスが看護師たちに向かって言い、救急カートのなかから薬剤が準備される。
エピネフリンは強心薬のひとつで、心停止のさいの第一選択薬剤だ。気道からも、静脈路からも投与ができる。投与後は、一分ごとにモニターで心電図波形を評価して、自発的な波形が戻るまで三分ごとに繰り返し投与をする。そのあいだも途切れることなく、心マッサージと呼吸補助は続けなければならなかった。
すべては秒きざみで進行するから、使用された薬剤や施された処置を記録し、医師に時間を伝えるタイムキーパーが必要で、看護師の一人がそれを担当していた。
ゾロは、喉頭鏡を手に取った。グリップを握り、ブレードを開くと小さな電球がつく。それを確認してから、ブレードを口腔に差し込みなかを覗きこんだ。視界を塞ぐ舌を、押しわけるようにして視界を確保する。
見えるかー、とシャンクスが、いつもと同じくのんびりと言った。どんな患者が来ても、シャンクスは変わらない。彼が自分のペースを乱すのを、ゾロはいまだ、見たことがない。
「見えることは見えるが」
「視界が悪いか? もうちっと後屈させてみるぞ」
シャンクスが患者の頭の後ろに腕を差し込み、ぐっと首を反らせた。今度は声帯がはっきりと見えた。そこを目指して、気管にチューブを挿入していく。
「ルート取れたぞ!」
入れ終わる前に、ルフィの声がした。
「そっちからエピネフリンいってくれ、ルフィ」
ゾロが言い、看護師から渡されたエピネフリンを、ルフィが静脈路から注入する。タイムキーパーが、その時刻を記載した。
シャンクスは聴診器を患者の胸にあて、アンビューバッグを押しながら、チューブが気管内に正しく入っているかどうかを確認した。
「おーし。ゾロ、チューブ固定していいぜ」
ルフィはウソップと交代、ウソップはアンビューのほうをやれ、ゾロは固定終わったら指示出し係な。そうシャンクスが続ける。心肺蘇生のなかでも、心マッサージはかなりの体力を使う。スタッフの疲労を防ぐためには、こうして定期的に交代する必要があった。
「あんたは? 」
チューブに白いテープを巻きつけながら訊いた。目盛りは、22センチを示している。
「家族に現状を説明してくる」
ゾロは顔をあげ、シャンクスのほうを見た。立ちすくむ、さっきの少年の姿が脳裏に浮かんだ。それに、幼い自分の姿が重なった。
「俺が、」
ゾロが言いかけたとき、タイムキーパーが声をあげた。
「1分経ちました!」
ルフィが手を止める。ふたたび、モニターに視線が集まった。まっすぐな一本線には、少しの波立ちも見られない。確認後、すぐに蘇生を再開する。
「いや、お前はこっちを仕切れ 」
シャンクスは、ゾロの頭を軽くはたいて、すぐ戻って来る、とだけ言って廊下に出た。
3分が経った。心拍は戻らず、さらにエピネフリンを追加する。時計の秒針は少しずつ、けれど、確実に時を刻んでいく。また3分が経った。もう1アンプル追加する。
状況は絶望的だと、誰もがわかっていた。それでも誰ひとり、手を休めるものはいなかった。心肺蘇生を中止するとき、それが、この患者の死亡時刻になる。
扉が開き、シャンクスが戻ってきた。
「やっぱ、もどんねえか」
「……あの子が、倒れてるのを見つけたのか」
ゾロの問いに、そうらしい、とシャンクスはうなずいた。
「息子だとよ。母親も、もう着いてた。他の病院の看護師だそうだ」
シャンクスは、モニターのラインを見つめている。大きく上下に揺れているのは心マッサージのためで、患者の心臓はあいかわらず止まっている。
「学校から帰ったら、父親の仕事場で宿題をするんだと。たまたま今日にかぎって、友達と少しだけ寄り道をした。そしたらたまたま、今日にかぎって、親父が倒れてた」
きっと支度が遅れているだけでしょう、迎えに行ってあげてください。そう言って、先生は笑った。
くいなは、階段の下に倒れていた。ゾロが見つけた。
今日にかぎって。
もしも、もう少し、早く。
「ルフィ、代わるぞ」
3分のサイクルを5回繰り返した時点で、ゾロが、ルフィと位置を代わる。さすがにルフィも、肩で速い呼吸をしていた。
胸骨の下半分にてのひらの下部を押しつけ、その上から、自分のてのひらを重ねる。胸壁が4、5センチ沈む強さで垂直に圧をかけて、胸骨を規則的に圧迫する。一分間に100回、リズムはすでに身体に刻み込まれていて、時計を見なくても、ペースが狂うことはない。
延々と、まるで何かの機械にでもなったように、一定のその動きを続けていると、周りの音が聞こえにくくなってくる。モニターのアラームも、アンビューを押す音も、スタッフの話し声も、自分の荒い息づかいも。
自分と目の前の患者、その二人だけが、切り離された別の場所にいるような錯覚を覚える。
静まり返ったその世界で、ただ強く思う。頭にあるのはそれだけだ。
まだ大丈夫だ、戻って来い。
「――ゾロ、もうやめろ」
シャンクスが言う。ゾロは胸骨を圧迫しつづけた。戻って来い。まだ、間に合うはずだ、戻って来い。
「ゾロ!」
シャンクスが怒鳴り声をあげ、ゾロは、びくりと体を震わせた。ようやく手を止めて、ぎこちない動きで、シャンクスのほうを見る。いつのまにか、全身から汗が噴き出ていた。
他のすべてのスタッフが、息を呑んで、ゾロを見つめていた。ゆっくりと、顔をモニターのほうに向ける。
左から、右へ。
残酷なほどにまっすぐな、一本のラインが、画面を走る。
「お前に変わってから、30分経った。蘇生をはじめてからもうすぐ一時間だ。これ以上は、」
ご遺体に無駄な損傷を与えるだけだ。
そう続くのはわかっていたが、シャンクスは、それ以上言わなかった。
「――家族を呼んでくる」
「シャンクス。……いや、部長」
ゾロの声に、シャンクスが足を止めた。
「死亡確認は俺にさせてください。お願いします」
「わかった」
背を向けたまま、シャンクスは答えた。



頚動脈に触れ、胸に聴診器をあて、ペンライトで瞳孔を見る。腕時計で時刻を確認したあと、ゾロはストレッチャー近くに佇む、家族のほうへと体を向けた。
「7月○日、16時36分。お亡くなりになられました」
ゾロが頭を下げ、他のスタッフも全員が頭を下げる。泣き崩れる母親のそばで、少年はやはり、ただ、じっと立ちつくしていた。
彼は泣いていなかった。その表情は強張って、どこか微笑みに似た形にも見えた。
少年は、嘘だ、とつぶやいた。


     *


「おかえり」
ドアを開けると、サンジがいつものように言った。
「ただいま」
ゾロもいつものように返すと、ぎゅう、と5秒くらい抱きしめられて、それからキス、これも、いつもどおりだ。ゾロの頬を両手で軽く挟んで、少し遅かったな、もう飯できてるぜ、とサンジは笑い、そのまま、手を引かれ廊下を歩いた。
水仕事をしていたのか、サンジのてのひらは冷たく、少しだけ濡れている。リビングに近づくにつれ、食べものの匂いが漂ってくる。サンジが来る前に、自炊をしたことはほとんどなかった。この家の匂いは変わった。ゾロはそれが、けして嫌ではなかった。
テーブルに用意されていたのは、豚肉の冷しゃぶ、焼きナス、それに、オクラがぷかりと浮いたスープだ。サンジはもともと洋食のほうが得意なはずだけれど、用意する食事は、たいていゾロが好む和食だった。
いただきます。
箸を手に取って、ひと口、食べる。
「……うめえ」
「そりゃよかった」
サンジは、これもいつもどおりうれしそうな顔をした。何かをおいしいと、心から思って食べることを、ゾロは、ずっと忘れていた。
食べながら、サンジは今日一日に起こった話をする。たわいないことばかりだ。試作品をナミが気に入ってくれたとか、ミホークに新作を読ませてもらったとか、スーパーのタイムセールで肉が安かったとか、そういうのを、楽しそうに話す。
ゾロも、食べながらサンジの話を聞く。ときおり、ふうん、とか、へえ、とか、馬鹿か、とか、反応を返したり、つっこみをいれたり、一緒に笑いあったりする。
サンジはけして、自分からゾロの仕事のことを聞かない。
とろみのある冷たいスープを飲みながら、ゾロは、少年の姿を思い出していた。



ぱしゃ、と水の音がする。
「は、」
両方の乳首を、親指と人さし指できゅう、とはさんで、強めにこねられた。思わず、声が漏れる。
長くいじられた小さな突起は、いつもより色が濃くなっていた。ぷっくりと腫れて、じんじんと、むずがゆいような痺れがある。ゾロが身をよじるたび、湯の表面が波立って、バスタブから音を立ててこぼれた。
後ろに手を回し、腰にあたるサンジの硬いものに触れる。湯のなかでもぬるりとした、弾力のある先端をてのひらで丸く包むようにすると、サンジも、熱い吐息をこぼした。耳元で、ゾロ、と甘えたような声を出す。
それだけで、ゾロの前はまた潤んだ。サンジは声がいい。
「今日は、俺にさせて」
ゾロは何もしねえでいいから、とそう言って、ゾロの手を取りバスタブのふちを握らせる。ゾロの後ろから、ゾロにぴったりとくっついて、サンジは座っていた。
「……なんでだ」
ゾロが聞くと、んー、とサンジは考えるように言った。
「お前を気持ちよくさせてえから、かな」
泣いちゃうくれえによ。冗談めかしてそう続け、耳の後ろにちゅう、と吸いついてくる。
ああ、きっと泣きたいような顔をしていたのだ、俺は。
ゾロは思った。
サンジは言わない。
「いいだろ?」
「せいぜい頑張れ」
からかい口調で応じる。あ、なんかそれむかつく、とサンジは唇を不服げに尖らせる。言葉や表情とは裏腹な、ひどく優しい口調だった。
同い年の男同士だ、喧嘩をすることももちろんあるが、サンジはときどき、こうしてゾロを惜しみなく甘やかす。そうされるたびにゾロは、自分が非力な子供に戻ってしまったかのような、寄る辺のない、ひどく心もとない感覚を覚えてしまう。
甘えるということに慣れていない。どうしたらいいか、わからずに混乱する。
指の腹で繰り返し、下から上へ、押しつぶされ、擦られ、弾かれて、しつけえ、とゾロは首を振った。汗が目に入って、浴室の壁がじわりと滲んでいる。
顎に手をかけ、後ろを向かされた。口に吸いついてきた、サンジの顔も汗まみれだった。熱い舌が首筋を舐めて、しょっぺえ、と嗄れたような声が耳元でした。
「ぅ、ア、あ、っ」
声が抑えられなくなってくる。ふと下を見ると、自分のものが反り返って、いまにも弾けそうになっているのが見える。
「取れちまいそうなくらい、こりこりしてる」
ほら、イッちまいな。
囁かれ、胸を大きく反らせた。しこったそこにふいに爪をたてられ、ゾロは、長く鳴いて射精した。乳首だけの刺激は、やけに感覚が強かった。ぶるぶると震える。白い塊が、ぷかりと水面に浮かんできた。
いっぱい出たな、とサンジが言い、それを、手ですくって外に出した。
「さすがにのぼせちまいそうだ」
笑って、栓を抜いた。まださっき達した余韻の残る、ゾロの後ろに指をいれた。すぐに、そこはほぐれていく。なかに湯がはいってきて、ゾロは呻き声をあげて、サンジのうごめく指を食いしめた。
「好きだよ、ゾロ」
また、視界が滲んだ。両足をすくわれ、サンジが、後ろから深く入ってくる。揺さぶられまたイッた。高くあげたつま先まで、がくがくと震えるほどに強く感じた。
痙攣するなかを、押し広げるようにサンジは動きながら、好きだ、と何度も繰り返す。
「ア、そ、れッ、やめ、ろ」
「いやだ。今日は言う。……大好き、だ」
「あっ、あ、あ――」
減りつづける水面に、ぽたりと、水が落ちた。一度出てしまえば、それはとめどなく瞼から流れ落ちて、頬を、顎を伝った。
「俺からは、見えねえから」
サンジがそれだけ言う。やはり、優しい声だった。
この男のことが、少しだけ怖い、と思った。

阿呆が泣いてねえよ、こりゃ汗だ。
そうゾロは言った。





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