◆ 執事



ワゴンの軋む音がして、ゾロは目を覚ました。
部屋は明るい。
いつのまにか、カーテンが開いている。
「お目覚めになりましたか。旦那様」
ん、とゾロは短く返事をする。とぽとぽとポットから紅茶を注ぐ音がした。視界はまだぼうっと霞んでいる。ほのかな香気が鼻に届いて、眠りの名残りを消し去ってくれるようだった。
起き抜けにベッドで飲む、アーリーティーは毎朝の習慣だ。茶葉は大抵アッサムだった。この家のバトラーであるサンジが厳選したものを使っている。インド産が多いが、近ごろは日によってブレンドしていると聞いていた。
「どうぞ」
「……ああ」
起きあがり、ひと口飲む。かぐわしさはいつものそれだが、少し味が淡いようだ。思いながら見あげると、こちらを見ていたらしいサンジが微笑んだ。
いつも通り、長めの前髪を残し隙なく整えられた金髪が、陽射しをまぶしく跳ねさせている。黒が基調になった執事服にも、もちろん少しの乱れもなかった。ロングジャケットの胸元にさされた白いチーフの形さえ、毎日、完璧に同じなのだ。
「いつもより薄く淹れております。濃い紅茶は胃を痛めますので」
昨夜は、あまりお眠りになれなかったご様子ですから。
笑んだままにサンジは言い、ゾロは、危うくカップを落としそうになった。ごまかすようにごくりと飲み込む。見透かされて、いる。それに顔がじわりと熱くなった。
昨年、ゾロの父が長期に渡り国外に出向くことになり、長年バトラーを務めていた男を共に連れて行った。その代わりにと、ゾロのために新しいバトラーを探してきたのだ。なんでも古い知り合いの息子にあたるらしい。お前と同級だが、非常に優秀な男だ。話し相手にもなるしよいだろうと。それが、サンジだった。
自分と同じような年の男にバトラーなど務まるのかと、はじめのうちゾロは侮っていた。サンジが屋敷に来てから半年ほどになるが、予想に反し、今のところその仕事ぶりは身なりと同じく完璧と言っていいものだ。
なにせ、以前から居たコックを差し置いて食事の用意までサンジがメインでやっている。役職を奪ったというよりは、コックのほうがサンジの料理の腕に惚れ込んで、教えを乞うているありさまだった。
「眠れた」
「そうですか?」
「……お前はときどき腹の立つ物言いをする」
「それは失礼いたしました。さきほど寝顔を拝見しましたが、目の下が少しくすんでおられるようでしたので」
慇懃に言うと、サンジは軽く腕を上げた。青みがかって見えるほど白い手袋が近づいてくる。びく、と思わず肩がぶれた。そのまま指は頭のほうに伸び、髪についていたらしいものを取った。
摘んだそれを、ゾロに見せる。羽毛だ。上掛けから飛びだしたものだろう。
ゾロはますます顔が熱くなったのを感じた。バカな、と思う。意識しすぎている。
触れてくるのかと、思ってしまった。
「――人払いは」
「とうに済んでおります」
「お前の仕事は終わってるのか」
「あとは、旦那様のご朝食の準備に取りかかるだけです」
ゾロはカップをソーサーに置いた。かちりと硬質な音がする。
「まだ要らねえ」
立ったままのサンジの手首を、強く掴む。それだけだ。
サンジが、ふ、と息を吐いた。
「困った旦那様だ」



寝巻きのボタンが外されていくたびに、肌が粟立っていくようだった。
手袋をしたままの手が肌を滑る。温度の感じられない、その感触がひどくもどかしい。大きく胸が上下する。くちづけだけでぴんと上向いた乳首を押しつぶされた。
「――ッ、あ、」
赤く色づいた実が、白い指先にこねられる。思わず声が出て、ゾロはそこから視線をそらした。
この部屋は明るすぎる。だが、カーテンを閉めろというゾロの言葉を、日頃従順なこの男は聞き入れようとしなかった。今日はすべて見せていただく約束でしょう。そう言われてしまえば、返す言葉はない。
誕生日に望むものを尋ねたら、ならば一日だけ人払いをとサンジは言った。夜に人目を盗み、声を殺して慌ただしく睦みあうことばかりだ。こんな明るい場所で、ゆっくりと時間をかけるのは初めてのことだった。
サンジが来てからほどなくしてはじまった関係である。欲しがっていたのはどちらもだろうが、職務柄、サンジのほうから主であるゾロに手を出せるはずがないとわかっていた。命令だと、あえて傲岸に命じたゾロに、仰せのままにとサンジは笑ったものだ。
尖りをこねられて、甘えたような鼻声がどうしても漏れる。こんな声を、自分の喉が出せるなどと知りもしなかった。サンジと出会っていなければ、きっと一生知ることはなかったのだろう。
男のジャケットに鼻を埋めた。サンジの匂いで頭も体もいっぱいになる。まだ布に包まれたままのそこが、じんじんとひどく疼いた。
「ご覧ください、旦那様」
サンジの低い声が耳に吹き込まれる。作り物めいて青い瞳、その視線の先を見おろしてみる。
形を変えたそこは上質な生地を押しあげて、丸い染みを作っていた。ゾロは、湿った息を吐いた。
「もうこんなに」
「う、るせ」
「期待してる?」
セックスのときだけ、ときおり崩れる言葉遣いが好きだ。してちゃ悪いかと唸れば、いいえ、まったく、と真剣な顔で言ってくるのは腹立たしい。
てのひらで柔らかく握られ、隆起した部分を優しく揉まれた。サンジは察しがいい。ゾロが口に出さなくても、ゾロがそのときしてほしいこと、望んでいることをしてくれる。
ときには、ゾロ自身でさえ自覚していないことも、だ。
「ふっ、ァ、あっ!」
導く巧みな動きに、そのまま放ってしまった。ふいにきた絶頂に腰がひきつるように震えた。
朝だからだろうか、それとも、慣れない明るさにか。いつもよりもずいぶんと早い射精だ。
促され、そのままベッドにうつぶせになった。枕を抱え込むようにして尻だけを上げさせられる。器用な手が、寝巻きをするりと脱がせていった。濡れたそこが空気に触れ、すうすうとして心もとない。
尻たぶに、ゆっくりと舌が這う。汚れた場所を見られている。ぞくりと悪寒じみた感覚が走った。それが嫌悪ではないことは、よくわかっていたが。
「やめ、ろッ」
「それは『続けろ』ということでしょうか? ベッドでは、旦那様はときおり願いと反対のことをおっしゃいます。イヤだ、と訴えられるときほど感じていらっしゃるのは、もう十分承知しておりますが」
ゾロは、枕に顔を強く押しつけた。まったくその通りだからだ。言い返せずにいると、そういうところは素直ですねと、笑みを含んだ声がする。
いたずらをするように表面をこすっていた指が、中に、浅く挿し込まれた。布の感触がはっきりとわかった。サンジがいつも、まるで自分の皮膚のように身につけている手袋。それでも、着けたままでこうされたことは一度もなかった。
じゅ、じゅ、と音を立てて、奥まで入ってくる。そのまま掻き回された。敏感な粘膜を、滑らかな布が刺激する。いつも清潔に洗われているそれが、自分のそんなところを犯している。
想像して、声が止まらなくなった。
「ん、んぅ、ッ、ア」
濡れたところからは濁った水音が立っている。ゾロはすがるように枕を掴んで、腰を浮かし動かしていた。
横から、また指が入ってくる。やはり手袋を着けたままの別の手が、水を垂らす性器の先端をぬるぬるとこすりはじめる。
唇が開き、シーツに唾液が伝った。甘ったるいあえぎが、我慢していてもひっきりなしに漏れた。
またすぐに、きつい射精感が来る。それを察したようにサンジが根元を握って戒めた。ゾロはぶるぶると全身を震わせた。堰き止められた性器が、赤く腫れて汁を流しながらひくついていた。
「もう少し、お待ちください」
「い、やだ、待て、ね、ッ」
やめろ、とゾロは言う。それは命令ですか、と言われ、必死で頭を縦に動かした。
戒めを解けと、そういう意味のつもりだったのだ。
だが、性器を握る手はそのままに、ずるると後ろから質量が抜け落ちていく。あっ! と大きな声が出て、反射的に穴をすぼめてしまった。
「ああ、名残惜しく食まれるものだから――」
まだ残っている違和感がなにか、その言葉でわかった。体中がかっと熱くなる。
顔を横向けたゾロの視界にサンジの長い指がひらめいた。
ゾロの中に、手袋だけを残した指だった。
「ちが、うっ、そっちじゃ、ね、くそ、ッ」
お前、いじ、わりィ。
掠れた声で言えば、意地悪? とサンジが繰り返す。その声の甘さに、のぼせたように頭がくらくらとする。見透かされているのだ、すべて。
「それが、お好きなのだと拝察しましたが」
前に絡みついていた指が、ふいに離れた。同時に勢いよく手袋を引き抜かれ、ゾロは熟れた性器をびゅくりと弾けさせた。
「あ、あァ、あ――ッ」
抜けた質量を惜しむようにひくつく場所に、押し広げるように、また指が入ってくる。過敏な場所を的確に探られて、絶頂は長く続いた。視界が白くぼやけ、ちかちかした光が見える。
ゾロがすべて出しきったのを見てとると、弛緩した体を、サンジは丁重な手つきで返した。ゾロの腹はたっぷりと白く汚れている。浮いた汗と混じって、朝の陽にてらてらと光っていた。
感じすぎて水のにじんだ目尻に、サンジはそっと唇を押しあててくる。
「ご命令を、旦那様。私は、あなたの願いを叶えるためにいるのですから」
「……今日はお前の」
「旦那様が望まれることが、私の望むことです」
行為のときに、こうしてサンジの顔をはっきりと見るのも初めてだ。水の色の瞳は熱く潤んで、いつもは白い肌がほのかに赤く染まっている。
おればかりがこいつを欲しがってねえか。そんなことを考えたこともあった、ゾロだったが。それこそが望みなのだと、この男は言っているのだろう。
金髪に、指を入れた。くしゃくしゃと両手で乱してやれば、年相応の見た目になる。なにを、と、むっとした顔をすると、さらにだ。本当はいろんな面を持つ男なのかもしれないと、そのときに思った。
いつもの、隙のない執事然としたサンジもいいが。知らない素顔を見たようでうれしくなる。
もっと、暴きたいとも。
「服を脱げよ。おれも、お前にさわってみたい。それと……」
「それと?」
抱きあうときだけでいい、おれのことを名で呼べ。
そう伝えると、サンジは一瞬だけ目を見開き、それから、春の花が綻ぶかのようにふわりと笑った。
「かしこまりました――」
望みどおり何度も名を呼ばれながら、サンジの素肌の感触を確かめながら、繋がった。肌理の細かな皮膚に手を滑らせる。男の腰の動きに合わせてゾロも腰を振った。
寝そべったサンジに跨っていた。尻たぶを大きく割り開くようにして腰を掴まれ、下から突かれている。
ぐしゅりと濡れて溢れつづける性器を、自分で握らされた。片手だけを後ろについて、ゾロは背中をくんとしならせる。突き出すようにした胸の先、ぴんと尖った乳首が白く汚れ、そこからすじを作り垂れていた。自分でも知らないうちに、何度か吐きだしていたのだ。
サンジの動きが早まり、ゾロの手の動きも早くなった。
あられもない声も、ぐちゅぐちゅと濁ったはしたない音も。
「あっ……あァ、ッ、サン、ジ、ま、ッ、また、っ」
「どうされました?」
「わかん、だ、ろう、がッ」
「……ゾロの口から聞きたい。してほしいこと、言って、くれよ」
サンジが身を起こし、ゾロの唇に耳を近づけてくる。ゾロはその耳元で望みを囁いた。
承知しました、の言葉は返らなかった。ひときわ強く突きあげられてゾロは崩れ落ちた。サンジの、汗の浮いた背中にしがみついてそのまま思うさま揺さぶられた。
男のてのひらが、性器を包んだゾロの手に重なる。しごくように動かしながら、指の腹が、体液をとめどなくこぼす柘榴色の割れ目をいじる。
ひ、あ、とのどをしぼるような声が出て、後ろが、サンジを断続的に吸いあげるのがわかった。
性器と、尻と、どちらでもまた絶頂を得ていた。
「は、ッ、ァ――ゾロ、」
手の中で、ゾロのものは何度も跳ねた。
望んだとおり、熱いものがすべて奥に吐きだされた。



あまりにどろどろに汚れたから、湯を使うことにした。
サンジが、髪を洗ってくれる。顔を見るとなにやら楽しそうだ。ひとの世話がよほど好きなのだろう。おかしな男だなと、あらためてゾロは感心する。
「何度も言うが、お前がしたいことはないのか」
「何度も言いますが、私の望みはあなたが私に望まれることを叶えることです」
「それじゃいつもと同じだろうが」
「でもこれは、いつもとは違うでしょう」
たしかに、さすがに髪を洗わせたことはない。上を向いてください、とサンジが言い、ゾロは目を閉じて顎を上向けた。額のところに水よけの手を置いて、サンジは、丁寧に泡を流していく。水の流れる音が耳のすぐそばでした。
「……お前、変わってるな」
「そうですか?」
「バトラーは天職だな」
「お言葉ですが……それはどうでしょうね。たしかに人のために立ち働くのは好きですが、もともとはコックになりたかった。前の屋敷では人手が足りず、バトラーを兼任していただけです。ここまでするのは、他でもないあなただからです」
「おれだから」
ふかふかの、よい匂いのするタオルをかぶせられる。そうです、とサンジは神妙に頷いた。
「これでも日頃は抑えてるんですよ。お父上から、甘やかしすぎるなとのお達しでしたので。ほんとうならもっと甘やかして、おれなしではいられなくしたいくらいだ」
こちらが気恥ずかしくなるようなことを平然とサンジは言い、はァ、と深くため息をつく。たぶん、言っていることの重大さに気がついていないのだろう。
「……」
「? どうされました、旦那様」
「いや、別に」
顔が火照ってくる。
こいつ、もしかして意外と。
そんなふうな気づきが、面映ゆい。





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