―――――1945年7月16日未明。
この地で地球人類最初の核兵器が炸裂した。
それは、人類にとって長く憂鬱な時代の始まりを告げる、不吉な暁鐘だった。


「もう、泥だらけ! 一体こんな所に何が出るっていうのよ!」
夏美の身体を包むPSは、ほぼ大気中のどこでも活動が可能である。
五感によるセンサーの反応がギロロのマグマ・スイマーより過敏な上、小回りが効く分先導には向いているものの、さすがに土中での掘削作業は年頃の少女にとって苦しい。
「済まん、夏美。……俺にもどんな物が埋まっているのか、皆目見当がつかん」
先刻、唐突に入ったクルルからの通信を思い出す。
ケロロがオークション会場へ到着した事。
メモリーボールは軍の協力を得て、必ず落札するという事。
そして。
―――――思った通りだ。
ギロロは自分がこの場に残る事になった気持ちの遷移を思い出す。
あの時は何故かこの場に残らなければならないという、内側からの殆ど脅迫のような感覚に支配された。
クルルの奴、やはりアテにしていたか。

 悪かったな、先輩
 あの時は通信が傍受されてる可能性が高かったから、説明できなかったんだ
 でもちゃんと俺の気持ち、解ってくれてんじゃねぇか
 ちったぁ賢くなったんだな、どうせならもう一仕事、頼むぜェ

あのメモリーボールを再生するには、対になる装置が必要なのだという。
それを日向夏美と共に掘りだせという、忌々しいクルルの命令が脳裏に過る。
本当にそんな物がこんな所に埋まっているのか、ギロロには半信半疑だった。
クルルにしても、核心と言うよりは直感の域を出ていないに違いない。
しかし、探すしかない。
少なくともこれはケロン軍にとっての大事で、しかも地球侵略に関わる者として、どうしても捨てておけない問題なのだ。
「ギロロ、この先、何か手応えあるわよ!」
「よし、探ってみるからそこを動くな」
危なげないぴったり合った呼吸で、二人は交信し合う。
侵略に関わる問題解決に、地球人である夏美の力を利用する事。
それはギロロの気質には反する、どこか卑怯な手段に感じられる。
何より夏美の前では誠実な男でありたいと願う、自分の気持ちをうまく玩ばれているような気にもなる。

 ……クルルの奴。

これがもしクルルの当て擦るような悪意なら、そんな存在を利用せねばならない「あの男」の不思議な余裕のなさが、今のギロロの心にはどこか切ないものとして伝わる。
ドロロが起った理由は解った。
では一体クルルが抱えている動機とは何なのか。
全ては未だに伝えられないままだ。
ギロロもまた、自分が余裕のない切なさを抱えている事に気付く。

センサーが察知したのは、土中深くに埋められた数十年前の宇宙探索艇の影だった。
間違いない。
これがクルルの欲する「装置」であり、今起きている事の核心なのだ。




「これよりロットナンバー00876598番、ケロン式『メモリーボール』の入札金額について発表いたします!」
オークション会場では既に四組の入札が完了していた。
後はこの中から、最高入札金額が発表されるだけ。
オークショニアは勿体ぶるようにゆっくりと、そして必要以上に間を取って、手にした封書にハサミを入れる。
ケロロ達も真剣な面持ちでそれを見守っていた。
「我輩達、クルルに言われた通りにやっただけだから、コレでいいんだよね?」
「そ、そうですぅ、僕達は頼まれただけなんですからぁ」
相変わらず南ブースの『Trickster』は微動だにせず、ローブを纏って佇んでいる。
北ブースの異星人は青ざめた様子で両手を組み、胸の前で合わせて祈るような表情であった。
その姿にケロロはふと、違和感を感じる。
何故この異星人の女は、ここまでケロンのメモリーボールの落札を願っているのか。
どう見ても乾性人。ケロン星や出土地の地球と深く繋がりがあるとは思えない。
しかし、彼女の姿は真摯そのものであった。
もし状況が許せば、思わず入札金額に手心を加えてしまいたくなるほどに。



間もなく落札者が発表される。
地上で起きている事はモアの操作を通じて、音声でヘッドホンに逐一報告されていた。
クルルは足早に出品者の待つ地下ブースへと向かう。
落札者が決まれば出品者は迫り台で、地上のスタジアムへ上がるという運びとなっている。
クルルの後に付き従うドロロは、ようやく明かされた『Trickstar』の正体について納得していた。
そういえば何故その存在に気付かなかったのか。
事態への迅速過ぎる対応、そして情報力。見事とも言えるフットワークだった。
「クルル殿があの人と懇意だったとは、意外でござった」
そう言った後のクルルの何とも言えない表情は、今も忘れる事ができない。
「ニ度と言うなよ、先輩」
『Trickstar』に会った夜、ホテルに傷だらけで辿り着いたクルル。
一体彼等の間に何があるというのか。

「なぁ、先輩」
「何でござるか、クルル殿」
「……俺はあんまり故郷に思い入れたりしねぇから、よくわかんねェんだが」
背中を向けたままのクルルが言う。
「憎んで、呪っている故郷を踏みにじる気なら、地球なんかに関わらず、何故すぐにそうしない?」
ケロンを脱出したオルルの話だ。
「それは…… やはり戸惑いがあるからでは?」
「……俺ならすぐにぶっ壊しちまうぜ?」
既に出した結論を疑う事は、最もクルルらしくない事だった。
「『Trickstar』を通じて本部を動かすために一番碌でもねェ結論を選んじまったものの、……俺はまだ奴に裏切られたとは思いたくねェのかもな」
更に続いた言葉もまた、ドロロが想像するクルルの普段の言動からは大きく乖離していた。
「……ったく、俺ともあろう者が」
―――――甘くて、嫌んなるぜ。
心底腹立たしい、そんな口調だった。
しかし、ドロロは昨夜から目の当たりにしているクルルの懊悩に、ようやく感情移入の糸口を得た。
弱さの共有など、この男にとって最も忌むべき事だろうと思いつつ、掴める尻尾なら何でもよかった。
長く、自分はこの不遜な後輩を好きになりたかったのだろうと思う。



オークショニアによって、入札金額がゆっくりと低い順から読み上げられる。
まず最初が東ブースであった。
ドロロの弟の提示した金額は、それでも決して小さなものではない。エスティメイトを大幅に上回る入札額に、会場がざわめく。
代理人の男はブースの中で軽く一礼し、さも残念な様子でその場を去った。
この分ではクルルの首尾により落札予定の『Trickster』の入札額が、果たしてどんな額になるのか。
想像しただけで恐ろしいとケロロは思う。
「僕らは落札しない予定だから、次に名前読み上げられるんですねぇ……」
タママの言葉に、ケロロはずっと注目したままの北ブースを伺う。
相変わらず異星人の女は、固く組んだ両手を額に付け、俯いていた。
「西ブース、『Love & Peace & Justice』殿。……残念ながら……」
読み上げられる金額は、おそらくドロロが自腹で出せる精一杯なのだろう。
「僕ら、退場した方がいいんですかぁ?」
「いや、別にそうするべきとは決まってないし、クルル達が行動起こしてるんならここにいた方がいいであります」
ケロロはいましばらく、例の北ブースを見守りたかった。
異星人の女は今も祈るように、堅く目を閉じたままだ。
あれ程このオークションに思い入れる彼女が、張り巡らされた策による『Trickster』の落札を知ったら。
そう思うと少しだけ、心が痛んだ。



「そろそろ落札者が読み上げられる頃だな」
クルルが会場の音声を傍受し、呟くように言う。入札者が待機する部屋はすぐ目の前だった。
「クルル殿、拙者が先に」
付き従っていたドロロがクルルの前に立つ。
「タイミングよく突入だぜ。……世話になったな、先輩」
再びクルルは用意したペットボトルの水を呷った。
この星の大気のせいなのか、それとも核心へ到着した事への緊張なのか、ドロロもずっと咽の乾きを覚えていた。
「なんの。……ひとつだけ教えてはくれまいか、クルル殿」
水を一口含みながら、ずっと聞いてみたかった事を訊ねてみる。
「何だ?」
「この星に到着した日、一体『Trickstar』殿と一体何があったでござるか?」
ドロロは既にドアを前に、全身を緊張で漲らせていた。
たった今振った話題は、身体を解すための軽口の筈だった。
「ああ? ……ああ、ヤったんだよ、いつもみてぇにナ」
瞬間、まっすぐに投げたボールが明後日の方向へ投げ返されたような、狐につままれたような奇妙な感覚がドロロを包んだ。
「ハ、ハァッ?」
「だから、SEXを」
クルルはとんでもない事をこともなげに言う。
「奴はその頃の、オルルと俺がデキてるって噂も知ってたからな。腹に据えかねたんだろ? いろいろと」
「……そ、それは、しかし、噂の域を…… いや、というより、何で腹に据え…… ええっ?」
わからない事を知ろうと質問した筈が、更にわからない事を増やす結果となってしまった。
「俺にはその気はなかったがな、オルルがもしヤりたがったら、俺は応じてたと思うぜェ。……なんせ、俺が同性愛者ってのは本当だからよ」
軽く緊張を解そうと選んだ話題が思わぬ方向へ進んだ事に焦りつつ、それでも身体に漲った不必要な力を別方向へ流す役には立ったようだった。
「そ、……そうであったでござるか。いや、まあそれは人の好きずきであるし、個人的な事で……って、エエーッ!?」
「安心しな、別に取って食いやしねェよ」

弛緩したひととき。
しかしそれは一瞬の事であった。
ドロロ達がいる地下にまで響く、歓声のような、嘆声のようなざわめき。
落札者『Trickster』の入札金額が読み上げられた瞬間であった。



その瞬間、会場は大きく揺れた。
それは馬鹿馬鹿しい程の、子供の冗談のような天文学的な数字だった。
商品は辺境の星で発掘された、骨董的価値などまるでないメモリーボール。
観衆はただその圧倒的な金額を提示した、南ブースのローブの男に注目するだけであった。

全ての仕掛けを知って傍観していたケロロも、まさかそんな数字が出るとは思いもしなかった。
「だ、大胆でありますな」
「国家予算並ですぅ。ハッタリもここまでやらなきゃ意味がないって事ですかね?」
「しかし、大丈夫なんでありますか〜? 我輩、ホラ、心臓が……」
背後の控え室からモアの声がかかる。
「おじさま、クルル曹長とドロロ兵長が突入しました!」
はっとして北のブースを見ると、あの異星人の女は青ざめ、小刻みに震えながら立ち尽くしていた。



あまりに堂々と、ドロロの開け放った入口をクルルの黄色が通過する。
室内にいたのは「出品者」ただ一人。
エメラルドグリーンの後ろ姿は、紛う事なきケロン軍人だった。
モニタに映し出された落札者の名と、落札金額を確認していた無防備な背中がこちらを向く。
同時にその手が掴もうとした銃。
しかし、一瞬早く背後に回ったドロロがそれを払い落とし、喉元に短刀を突き付ける。
「静かに、観念なされよ」
甲高い息が漏れ「出品者」の目が見開かれた。
「質問に答えな、カス野郎」
「……お前は、入札者の『Love & Peace & Justice』…… どうしてこんな所に?」
真正面のクルルの顔を凝視し、「出品者」は向き直る。
瞬間の驚愕はすぐに落ちつき、余裕を取り戻した様だった。
「……どこかで見た顔だと思ったら」
「何だ? 俺様も有名になったもんだな」
「その黄色と眼鏡で思い出した。……尻尾つきの、小生意気な少佐殿だったな」
ドロロの短刀が容赦なくその喉元に食い込む。
「……そして、こちらはアサシンの技だ。……ということは、君はゼロロ兵長か?」

目の前の「出品者」について、クルルは遠い記憶を掘り起こそうとする。
しかしまるで思い出せない。
が、尻尾付きと言うからには、この男がオルルと込みで自分を知っている可能性が高い。
「……ダレだよ?」
「出品者」は喉元に突き付けられた短刀に手を当てる。
「あの頃の君の上司だ。オルル少尉を加工してケロン軍に手配したのも私だ。仲良しだったのだろう? 感謝してもらいたいね、クルル少佐」
そう言われてみれば覚えがあった。
一見紳士的な態度を崩さない物わかりのよさを誇示しながら、それでいてどこか底知れぬ面を見せる事の多かった上司。
名は思い出せない。当時の階級は「中佐」だった。
「悪ィな、俺はもうあんたの部下でも何でもねェよ。辺境の地で好き勝手やらせてもらってるんでね。……それよりあんたは我が身の心配をしなくていいのかい? あんたがやった事は本部に筒抜けだぜェ」
ここへ来て、ドロロの完璧なホールドにも強気な態度を見せるこの男に無気味なものを感じながら、クルルは少しずつ追い込みに入る。
「『Trickster』の金額にゃ笑っちまったがな。……あんた、本当は何がやりたかったんだ?」
「……何を? 私が?」
「あのメモリ−ボ−ルを、一体どうする気でござったか?」
最もそれを追求したかったドロロが、遂に口を開いた。



会場ではオークショニアの立つ舞台に、落札者『Trickster』が降りて来るところだった。
次点入札者の異星人の女は取り乱したまま、それを見守っている。
彼女が何かを呟いているのがケロロのいる位置からもわかった。
「軍曹さん、何だか……」
「ウ、ウン。ちょっと様子、おかしいよね」
舞台へと降り立った『Trickster』がオークショニアと握手し、ハンマープライスが宣言される。
拍手と、そしてそれにも増したどよめきがあった。
あの天文学的な数字を支払う謎の男が、この貧しい植民惑星の人々の、羨望と嫉妬心を刺激したのかも知れない。
「おめでとうございます、ロットナンバー00876598番、ケロン式『メモリーボール』は『Trickster』さんが落札されました! では出品者『D. F.』氏、どうぞ!」
一瞬、オークショニアが指し示した迫り台に注目し、観衆の目が離れた。
その隙を突く様に、北ブースから飛び下りた異星人の女が走り寄る。
ケロロが思わず叫んだ時、彼女の手には銀色に光る銃が握られていた。



 もちろん、オルル少尉の野望を叶えてやるつもりだよ。
 あのメモリーボールの中には、おそらく彼の考案した様々な兵器に関するデータが入っている。
 ケロンを憎み、同胞を呪う事で、彼はその才能を見事に開花させた。
 それならば彼の作った物を複製し、様々な場所で役立ててやればいい。
 クルル少佐、いや失礼、今はクルル曹長なんだってね。
 また随分と景気良く降格させられたもんだ。
 彼の親友だったというなら、君もオルル少尉の願いを叶えてやりたいとは思わないのかね?

「出品者」は歌うようにそれだけを言った。
『Trickster』が内偵について明かした時、ケロン軍中央に籍を置く何者かが、兵器に関する機密事項を故意に漏らしているという話も出ていた。
おそらく辺境のテロ組織、そして反政府ゲリラ等、金に糸目をつけない連中だけを対象に、この男は私腹を肥やしてきたのだろう。
拡散した危険極まりないそれらが果たしてどこへ流れたのか。
いや、義憤はともかく、単純にクルルは腹を立てていた。
金が欲しいならそう言えばいい。
オルルの名を出し、オルルの半生そのものを利用し、オルルを愚弄しようというこの男そのものが腹立たしい。
そう感じて初めて、クルルは自分がオルルの呪縛から自由になっていなかったという事に思い至る。

「オルル少尉が地球へ逃れた事は知れていた。私は彼を抱き込みたかった。……しかし、残念ながら地球はまだケロンの侵略対象ではなかった。考えてもみたまえ、立場ある私が理由もなく辺境の地を訪れ、犯罪者と接触などできると思うかね?」
柔らかな口調でありながら、どこまでも傲慢な物言いであった。
「……そのうちにオルル少尉が地球の核物理学者と接触した事、そしてメモリーボールを地中に埋めた後、亡くなった事がわかった。全ては彼の身体に仕掛けたインプラントの賜物だよ。君が解除した物が全てじゃない。彼は殆どサイボーグだったからね」
「出品者」の言葉の中に笑いが混じる。
「……ひどい事を」
不快感を堪え切れず、ドロロが吐き捨てた。

「ひどい? 彼のような危険な男を野放しにする方がひどい結果を齎すと思うがね。ゼロロ兵長、君はオルル少尉が地球の核物理学者と接触し、碌でもない技術を吹き込んだ事で、その後どんな災厄を起こしたか知っているだろう?」
「更に辺境の地にまで災厄を拡大させようと企む者が何を!」
「拡大? 私が? そんな大それた事を私が考えているとでも? 私は求める者に提供してやるだけだ。ただの親切心だよ。……それを災厄とするかどうかは当人達次第ではないのか?」
寒気がするほどの幼稚な詭弁。
しかしこの男は満ちあふれた自信を失う事がない。
正面に立つクルルの顔をまっすぐに見たまま、頬には笑みさえ浮かべている。
この男が記録された中味を切望するメモリーボールは地上の舞台上。
しかも落札者『Trickster』が、とても抱き込める人物ではない事も知れている。
四面楚歌に近い状況下にありながら、尚余裕を失わない「出品者」に、追い詰める側のドロロとクルルはまだ見ぬ最後のカードの存在を感じている。

「……ともかく私は地球と関わり、あれを掘り出したかった。だから地球侵攻作戦を強硬に推した。オルル少尉の親友であった君の居る部隊を、地球侵略のための特殊工作部隊として送り込んだのも私だ。……直後、大部隊を引き上げさせたのもね」
「出品者」はまるで用意してあったかのように、流れるように語った。
「……地球へ送り込みさえすれば、君がアレを見つけて掘り出し、賢い頭でアレを解読すると踏んでいたのだが……」
……期待外れだったよ。
……だから今日の今日まで、君の事など忘れていた。
そう言うと、「出品者」は甲高い声で笑った。

「おや…… 表舞台では何か、厄介事の様だね」
「出品者」がモニタを横目で伺う。
そこに映し出されたのは、銃を構える異星人の女、そして台に置かれたメモリーボールを挟むように対峙する『Trickstar』だった。
「な、何故こんな事に!」
ドロロが叫ぶ。
「彼女はこの星出身の…… オルル少尉の妹さんだ。オルル少尉の遺した形見の話を少し漏らしただけで、簡単に食い付いてきてくれた。可愛らしくて清純な娘さんだよ」
「何ィ!?」
モニタの中の彼女はどう見ても、自分の意志ではない何者かに突き動かされているように見えた。
その緊張した四肢に、クルルは見覚えがある。
―――――そう、自分に殴り掛かろうとして、寸前で力を失ったオルルの腕。

「可哀想に、どうしてもアレが欲しかったんだね。……しかし、ああいう事をしてはいけない」
十中八九、インプラントによる精神拘束に違いない。
おそらく彼女は落札価格を釣り上げさせるための道具にされたのだ。
オークション終了後、落札者に銃を向けるというインプリンティング。更に向けられた銃には確実に的中に入ってしまうという精神操作。
結果「出品者」との接触の証拠も残らないという、あまりに悪質な仕掛けだった。
しかし、それを今彼女と対峙する『Trickstar』に伝える術はない。
クルルは思わず叫んでいた。
「先輩! そいつは放って早く上へ行きな! 『Trickster』を止めてくれ!」
百発百中の狙撃手。
しかし今回だけは、当てられては困るのだ。



異星人の女が震える手で銃を構えた瞬間、長いローブを纏った男はそれをようやくはね除けた。
苦悶の声と共に女の発射した弾丸は、男の胸板を貫く。
会場内に怒号と悲鳴が上がる。
しかし、その身体は男の本体ではなかった。

ゆっくりと倒れるダミーのボディを脱出した小柄な紫の身体は、機敏な動作で女の銃撃を避けていた。