■In the Deep forest(仮)/神崎黎様
〜邪小隊わるなすびサイト/お題『後に続け!』課題〜

 

 



 密林の中は暗く、ケロン人には適度な湿気で満ちていた。
 闇に沈んだ森の中は静かな音が満ちている。霧のように細かな雨が木々に降り注ぎ、雫が葉を滴り落ちる音。小動物が下草の間を駆け抜けていく足音。
 そしてその彼方から聞こえてくる異質な音たち。銃声、爆音、怒号。そして断末魔の叫び。
 ギロロは茂みに潜り込み、空になったマガジンを捨て、次元転送させた替えのものを装填する。その間も周りの気配に全身の神経を集中させる。
 ギロロの潜む茂みのすぐ脇を、敵の兵士たちが足音も荒く駆け抜けていく。はね飛ばした泥の飛沫が葉の隙間からギロロの頬に飛んだ。
――ふん。俺の存在に気づかないとは、戦力としては大したことはないな。
 手の甲で拭い、わずかに嘲笑した。
 それは、敵に向けてと、味方である所属する部隊に向けてだ。
 今置かれている戦況は最悪だった。
 事前の調査では、戦力的には五分、或いはわずかにケロン軍が優勢かと思われていた。だが、編成された部隊のオペレータが不慣れだったことが早々に戦局を決めてしまったようだ。
 敵が援軍を呼ぶための暗号の解読にもたつき、直接ぶつかった歩兵部隊があとわずかで勝てる、と確信したその時に、挟み撃ちにされてしまったのだ。
 いくらこちらが押していた勝負でも、背後から大量の人員を投入されてしまえばひとたまりもない。ギロロたち歩兵部隊はあっという間に追い込まれ、ジャングルの中を迷走するハメになった。ジャミングがひどく、数キロ先にあるはずの本部にすら通信ができない。
 味方が近くにいるのかいないのか、どのくらいの数が残っているのか、それすらも今のギロロには判らない。
 霧雨にゆっくりと濡らされて、上がりかけた体温が落ち着いていくのが判る。
 真っ暗な空を仰ぎ、静かに息を吐く。
――まさか、こんな目に遭うとはな。戦士たる者、どんな戦いに赴く時でも慢心は禁物ということだな。




 出征前は楽勝ムードが漂っていた。
 そんな中で唯ひとり、眉間にしわを寄せ浮かれる様子を静観する人物がいた。
『全く、イク前から勝った気になってどうすんだよ』
 軍きってのひねくれ者と評判のその男はギロロの前であからさまに感情を剥き出しにする。上層部の者に見聞きされれば問題になりかねない態度でもあり、ギロロはいつも冷や冷やする。
 だがクルルはそんなことに頓着するような性格ではない。
 吐き捨てるように言った時、ぶ厚いレンズの奥の目が苛立ったように見えたのは、ギロロだけだろうか。
 心配しすぎではないかと言うと、クルルはさらに皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
『おいおい。あんたもケロンの平和にアタマまでどっぷり浸かっちまってるのかい? 歴史のどこを見たって不敗記録がいつまでも続いた国はねぇんだよ』
『それは……そうかもしれないが』
 実際ケロンはここ十数年、連戦連勝であり、軍上層部にも市民にも『強いケロン』という意識は浸透している。少訓練所の入所希望者と成人の中途入隊者の増加が何よりの証拠だ。
 そんな機運の中での今回の侵略作戦は、クルルに言わせれば性急に過ぎる、というものだった。事前の調査も立てられた作戦も、もっと精密にするべきだと主張したがあっさりと却下され、作戦は着々と進んでいった。
編成隊にギロロも入ったと知った時、クルルは大仰に天を仰いだ。
『マジかよ。止めたって……行くんだろうな』
『命令があれば行くだけだ』
『判ってるさ、んなことは』
 諦めた口調で呟くと、クルルは小さな通信機のような機械をギロロに渡した。
――正規の備品じゃねぇが小さいから隠して持っていけるだろ。窮地に陥ったら使いな。アンタの力にはなれるはずだぜ。
 いつも身に着けているベルトに収まる程度のものだったので、わずかにためらった後、それを受け取り、バックルにこっそりと忍ばせた。


――そうか、あれを……。
 すっかり忘れていたそれのことを思い出してベルトからそれを取り出した。
 スイッチを入れると、機動音はせず、画面に見慣れたクルルのマークが現れ、次いで熱源のような赤い点がいくつも現れた。
自分のものと思しき点は明滅しているだけだが、その周囲にある点には『NOT KERON』の表示が出ていた。
――索敵ソナーか。
 正規配備のソナーはすでに周波数まで知られていて使用不能だった。この状況の中ではありがたいものだ。
――今はとにかく、作戦本部までたどり着くことだな。クルルの作ってくれた道だ。行くしかあるまい!
 愛用の銃を構えなおし、茂みから這い出る。霧雨は多少止んできているようだ。
 右手から近づいてきた三人の敵を確実に倒し、その方向にそれ以上の敵がないことを確認すると迷わず走り出す。
 敵を確認すれば先に銃撃し、ひたすら走り続けた。
 まだ、負けてはいない。負ける訳にはいなかい。とにかく、今の状況を知らせなければ。


 暗闇の密林の中を、炎のような赤い塊が駆け抜けていった。