■In The Coffin
〜邪小隊わるなすびサイト/お題『後に続け!』〜

 

 



そもそも今回の作戦には、ケチが付き過ぎていた。
何故か傍受できなかった暗号通信、何故か配備を読まれていたオフェンス、何故か阻まれた援軍。
偶然が重なったにしては不運過ぎる。三度を越えれば必然、とは誰の言葉であったか。
敵はケロンが咽から手が出るほど求めている、良質のエネルギー資源を手にしている新興国家であり、それほど軍事力に層があるとは思えない。
ではこの苦戦の理由は何か。今流行の民営の兵士派遣会社でも利用したか。
考えられないことではないとクルルは思う。
「成金の雇った用心棒かよ、嫌だね、守りたいものが多過ぎる奴らは」
指先がひとつひとつ押さえるのは、ケロン軍本部中枢へ侵入して得た、今回の作戦のあらゆる戦闘データであった。その中には惨敗したギロロ所属の隊の記録も含まれている。
「……無造作過ぎる落とし物には用心しろ、ってか?」
既にギロロが自分の渡した索敵システムを起動した事は知れている。あの負けず嫌いの男が、最後の命綱を掴んでしまう事態を想像するだけで、クルルの心は暗澹たる思いに包まれた。
そして、その不安を更に加速させるもの。
それは今自分の目の前にある、あまりに容易く手にする事ができた最高レベルの機密だった。
「面白れぇ、俺様に向かって挑戦か? それとも罠か?」
ギロロも戦場を彷徨っている。
ならば、自分も己の戦場で戦い、勝利する事だ。
クルルは気持ちを奮い立たせる。
一度の敗北に沈み込むのはまだ早い。
「……俺があんたの血路を開いてやるぜェ」




周囲に敵の気配は消えた。
しかし同時に残りの弾数も尽きかけていた。
転送バンクから何度目かの装備を受け取り、霧雨の止んだ空を見上げる。
二重太陽は厚い雲に覆われたままだ。
予定通りならばこの先に合流すべき本隊がいる。
「半日もすればたどり着ける…か」
しかしそれはあくまで希望的観測に過ぎない。
熱帯性の植物に凭れたまま、ギロロは考える。
これまでに何度か敵のいない地点を通過してきた。
ずっと状況に余裕がある筈の「彼等」にしては詰めが甘く、奇妙だと思う。
そして通過した先々でぶつかるのは、兵法の基本を無視した通常では考えられないシフトであった。
「……奴らは、ド素人なのか?」
いたずらにこちらを疲弊させるための攪乱であるとしても、これではあまりに消耗が大き過ぎる。
ギロロはこれまでに倒してきた敵兵を思う。
「悪趣味な話だ」
末端の戦いに善し悪しなどない事はよく理解している。
しかし好き嫌いは別だ。
無意味に配置され、無駄に死ぬ敵兵の運命は、立場が違えば自分にも巡ってくるお鉢だ。
兵士を大事にしない作戦は、士気の低下に繋がる。
「同情したくなるな、奴等に」
苦笑いした瞬間、クルルのソナーが反応した。
まるで眠っていた子を起こしたように、周囲に敵を示す点が現れる。
ゆっくりと立ち上がり、ギロロはその五感を周囲を取り巻く空気に晒す。




罠が罠であるならば、それは限りなく本物に近く見える偽装が成されている筈だ。
クルルはそう確信しながら、放り出された餌に食い付く振りをしながら、それを吟味する。
不思議なことに、無造作に放り出されたままの機密は、嘘のようにピュアにそこに存在した。
「どこから突いても、こりゃ偽装なんかじゃねぇ。ホンモノだ。……って事は、作為的に空けられた穴って事か」
それが意味する事。
内通者の存在、もしくはシステムへの侵入。
しかしその方法が見つからない。
「畜生、気に入らね」
別のパネルでは、ギロロが数度目に敵に遭遇したというメッセージが点滅していた。
「このクソ忙しい時に」
苛立ちながら、クルルは視界に入る全てのサブモニターをチェックする。
流れてゆくのは交戦状態に入ったらしいギロロの、単純な戦闘記録だった。
指先を動かしながら、クルルは脳裏にその姿を思い描く。
密林の惑星を駆け抜ける赤い弾丸、その勇姿。
「……ああ、なんてエロいんだ、オッサン」
新たに開かれたパネル。そこにはギロロが転送バンクに所有する武器弾薬の数値がリアルタイムで流れている。
「クックックッ…… データ見てるだけで勃っちまいそうだ」
それにしても、防衛のための幾重にも張り巡らされた壁が壊されぬままに中味が流出するなどという事が、果たしてあるだろうか。
「俺様の愛が、あんたを守るぜぇ〜」
ありえない事などありえない。
人為的に作られた防壁は、気合やオカルトでは動かない。
「……だから、帰ってきたら、顔射させろよ」
ということは、別口に侵入するための穴があるという事だ。
そして間違いなくそれには、開くための法則がある。
「穴、穴、穴…… って、やべ、マジで勃ってきやがった」
キーを叩く指先、そして張り巡らされたモニターの山に流れる情報を消化する慌ただしさは、そのままセックスの官能に似ているとクルルは思う。




何度武器を持ち替えた事だろう。
沼のように濁った足下を取られ、ギロロは何度も膝を付いた。
おそらくこの水溜りには、有害な病原菌がたんまりと生息している事だろう。
しかし敵は休みなく現れ、まるで盲滅法の様子で弾丸を撃ち込んで来る。
「クソ、休む暇を与えんという訳か」
確かにこういう原始的な戦場では有効な戦法である。
揺さぶるだけ揺さぶり、疲労しきった所に襲いかかって来る。
反撃を止めれば後は嬲り殺しに合うだけだ。
「だが、そう簡単に潰せると思うなよ?」
肩の弾創に応急の処置を施し、クルルから手渡された小さな装備を握りしめる。
「弾丸の予備を……」
そう呟き、転送バンクを呼び出そうとした時、ギロロの中に天啓のように閃くものがあった。




山と開いたモニタにある数値の動きを目で追いながら、クルルは中枢へと侵入するための法則を探り続けている。
しかし、依然として正体は掴めないままだ。可能性を仮定するだけでも天文学的な数字になってしまう。
「消去法でも絞り切れねェって、どんだけ充実した暇潰しだよ」
側面のパネルが更新され、幾度目かの武器転送が行われた事を示した。
ギロロの窮地が容易に想像できる。
「先輩、あんたも大変だが、持ちこたえろよ……」
直後、渡したソナーと全く同じ画面が、向かって左上に映し出される。
クルルはそれを何気なく目にし、再びキーボードに向かった瞬間、残像からひとつ違和感を見い出していた。
しかし、それを確認する気持ちを萎えさせたのは、幾度目かの交戦中を示すサインが、あまりにギロロに不利な形で表示されたからだった。
「畜生、一体こいつらの配備ってのはどうなってんだ。行く先々に現れやがって……」
焦りに支配されそうになるのを堪え、キーを叩く。
後少しで掴めそうで掴めない、閃きそうで閃かないのは、軽口で誤魔化しながらもギロロの身を切実に案じているからに違いない。
これ程の窮地に足踏みをするだけのような今の状況が情けなく、クルルは自分の頭をがんがんと叩く。

数度。
かつてない頻度で転送バンクが開かれる。
クルルは忙しく手を動かしながら、ギロロの奇妙な挙動に気付いていた。
山のような武器弾薬が種類を問わず、恐ろしい速さで送られてゆく。
しかしいくら窮地であれ、これほどの武器を一体どうやって使うというのか。
それらを必要とする援軍が到着した様子もない。
そして次々と現れる敵のサインが忌々しい。
まるでギロロの武器転送に呼応し、まさに連動するかのように増え続ける。
―――――連動?
クルルの指先が止まる。
これまで薄々気付きながら到達できずにいた結論がそこにあった。
おそらく戦場でギロロは先に気付き、ヒントを与えてくれたに違いない。

「わかったぜぇ。……さすがだな、先輩」
ギロロの犠牲的な行動によって穴の在り処は突き止められた。そして敵のからくりも。
後は自分が全力で援護する番だ。
クルルは幾重にも開いたモニタの下で、窮地のギロロを救うべく立ち上がる。




背後に一人。
そして前方右、中央、左にそれぞれ一人。
クルルのくれた索敵システムは正確に、倒すべき存在を知らせてくれる。
既にギロロの中では法則が確信となっていた。
敵がイレギュラーに無差別なシフトで出現する理由。
更に彼等がまるで消耗品のように投入される訳。
極力抑えた息をしながら、ギロロは背後を探る。まだ動く気配はない。
ずっと進路を阻むように出現していた敵は、まさに自分の行動に呼応していたのだ。
そう、最初は偶然に過ぎないと思っていた。
銃を新たに持ち替える度、弾薬庫から新たな在庫を取り出す度、見計らったように襲いかかってきた存在に、実態などない。
「……汚染されていたのは、次元転送システムそのものだったとはな」
ギロロは敵の出現に関する法則に気付いた後、半信半疑でわざと不必要にバンクを開いてみた。
「まさにに正鵠」
数分後、目の前には三体の敵が現れた。
あの兵法に適わない理不尽なシフトの理屈が氷解した瞬間だった。
次元転送バンクのシステム自体がクラッキングされ、ダウンロードの度に不必要な物、則ち「敵兵」を呼び出す仕組みに書き換えられていたのだ。
敵軍は最初から大量の兵士など投入してはいない。無秩序に現れたのは生身の兵士ではなく、バンクに用意されたただの人造兵器だ。
そのあまりの巧妙な作戦手段に、ギロロは舌打ちする。
自軍にて転送システムを使うのは小隊長以上、もしくはそれを許可された一部の機動歩兵のみ。
まさにそこさえ抑えれば戦局を簡単に有利に運べるという、要的存在ばかりだ。
ということは既に合流すべき本隊自体が壊滅している可能性がある。
ギロロは大きく溜息を吐いた。
身体中に溜まった疲労が押し寄せる。
「これは技術屋の怠慢だな。……ヤツには後でこってりと文句を……」
瞬間、前方中央にいた人工兵士が走り出す。
「チッ、気付かれたか」

こちらを伺っているであろうクルルは、自分の隠れたメッセージを受け取っただろうか。
ギロロはシールドを構築し、砲撃を躱しながら一体を撃ち倒す。
あの小賢しい男が気付かない筈もない。ならば話は早い。
クルルは必ず自分の血路を開いてくれる。
希望はギロロの中で確信となる。

中央の次は右から。
「くっ」
あちこちに負った傷が苦痛を齎し、ギロロは思わず呻く。
合流すべき本隊が存在しないならば、この三体を仕留める事が生身の自分の限界かも知れない。
既に走り通し、戦闘続きで疲労も限界に達していた。
それなのに死闘の相手は決して苦痛を感じる事のない、ただの人形だという理不尽。
腹立たしさを通り越してやり切れない。
シフトなど端から関係がない、まるで追尾ミサイルのような兵士達は疲れを知らず、恐ろしく元気なままだった。
あまりに無慈悲な投入だと感じた一時の彼等への同情が馬鹿らしく、ギロロは苦笑いしながら引金を引く。





目標は絞られた。こうなれば何も恐れることはない。
クルルは簡単に拾う事ができた機密の理屈をも、バンクの汚染に関連づける事ができた。
次元転送システムを開く度に、バンクからは自動的に一定数の敵兵がダウンロードされる。それと同時に中枢へと送られる記録ボードから逆に辿られた結果、空いた大穴らしい。
「要は注射針を何度も同じ穴に抜き差しするようなもんだな。卑猥な奴らだぜぇ」
成金の新興国家は傭兵すら使っていない。
「……それにしても本部は一体何やってたんだぁ?」
使ったのはロボットを作るための金だけだ。
「こんな奴ら相手に、……もし先輩に何かあったら」
クルルの視界に交戦中というサインがちらついたまま、既に一時間になろうとしている。
「……俺は喜んでケロンの敵に回ってやる」
クルルの指先が次々と修復のためのキーを叩き、核心へと近付いてゆく。
不吉な言動とは裏腹に、自分がいる限りギロロは無事に帰還するという確信は揺らがない。
「……コレが終わったら」
そう、これが終われば。
嬉々としたクルルの指先がリターンキーに伸びる。
「クックックッ…… たった今からこの「穴」は虎口に模様替えだぜぇ」
秘かに書き換えられた仕掛け。
それは同じ経路を通って侵入して来ようとするゴブリン達への置き土産だった。
「悪ィな、性格の悪さじゃ一枚もニ枚も上手でよ」
実行と共に鮮やかに放たれる「電脳の虎」達。
程なくして。
遠く離れた密林の戦場では、一斉に人工兵士達が制御を失い、ばらばらとその場へ倒れ伏す異様な光景が見られた。





目覚めるとそこは真っ白な、清潔な部屋の中だった。
起き上がろうとしてギロロは全身に白い包帯が巻かれている事に気付く。
過去にも何度か同じような目覚めを迎えた気がする。
ということはまたしても自分は生き残ったのだ。

「お目覚めかい?」
聞き慣れた声がする。しかし首をそちらに向けただけで、思わず苦痛の呻きが漏れた。
「……地獄、というわけでもなさそうだな」
「クックックッ、世の中地獄とそう変わんねぇからよ。ここが地獄じゃねぇのは案外残念だったかもな」
ベッドサイドにはクルルが座り、不謹慎にも酒のボトルを手にして笑っていた。
「……俺は、生きているらしいな……」

最後に見た光景が焼き付いている。
右からの敵を撃ち倒したものの、背後からの銃撃は間一髪で避ける事ができなかった。
幸い即死に至る急所は外れたものの、疲労と苦痛で体勢を立て直す事すら適わず、徐々に距離を詰めてくる左と背後の敵に万事休すを確信した瞬間の事だった。
「……夢を見ているのかと思った。俺に銃を突き付けんばかりだった二体が、突然崩れるように倒れてきた……」
「あ、ソレ俺の愛が届いた瞬間」
「寄るな、酒臭い」
しかしそう言いつつギロロは理解している。
クルルは自分の無言のメッセージを見逃す事なく受け取ってくれた。
「俺の事が心配で酒の力でも借りたくなったか」
「あぁ? 勝利の美酒だろ。……あちらさん、命令系統がぶっ壊れて混乱した上に兵隊が一斉に倒れちまったから、予定より早い時期に制圧されちまったって話だぜ。本隊も何とか指令部を死守したって言うから、たいした底力だよな」
そうか、と頷いてからギロロは一呼吸置き、再びクルルの方を向いた。
「お前のくれた装備があって、助かった。……ありがとう」
そのあまりに素直な礼の言葉に、クルルの顔が一瞬強張り、やがて口の片端からたらりと涎が垂れる。
「俺たちは驕っていた。生きて帰れたのはお前のおかげだ」
再びギロロの真直ぐな視線と言葉が突き刺さる。
ふるふると震えていた腕が足が沸点を越え、額や背中には汗が滲み、酒で温もった身体中は叫ぶための洞穴を探す。
しかしここは病院の個室。
クルルの眼鏡が急上昇した内圧に耐えられずに、ぱりんと割れた。




ケロンの不敗神話は塗り変えられる事なく、辛うじて死守された。
しかし今回の作戦の難航は、自軍への過信から起きた重大な失策であった。
ケロン軍本部はそれを重く受け止め、あちこちの旧態依然とした配備を見直す契機になったらしい。

怪我を負ったギロロには数カ月の休暇が出たものの、それらの日々はほぼ療養のみで終わった。
傍の付添い人が精神的肉体的に完治を遅らせた…… という説はあくまでも噂に過ぎない。




                        
                       <終>



(2008/02/21)