―――――思えば。
何と長く回り道をした出会いだったのだろう。
ファーストコンタクトから積み重ねられたひとつひとつが、いつしか夏美の奥底の刷り込みとなって、初期化プログラムをも無効化する程の存在となっていた。
立場や種の違いがなければ、もっとたやすく結びつけたのだろうか。
それもどこか違う気がする。
夏美は再びライフルを手にした。
ドロロが頷き、ギロロは背を向けている。
しかし、夏美にとっては、言葉を交す以上に饒舌な背中であった。
『うまく真下を擦らせろヨ、他ん所に当てちまうと厄介だからな』
クルルの声。
これで、オールクリア……とまではいかないかも知れないけれど。
ボケガエル達も、私の中途半端な思いも、あいつの立場も、色んな事がうまく転べばいい。
『こちらケロロ小隊々長ケロロ軍曹であります。……本日地球時間午前拾壱時弐拾参分、地球人捕虜が前線基地捕虜収容所より脱走。貴艦の直下で小隊員ニ名と交戦中。至急、退避されたし』
ケロロの通信から数秒、宇宙艇の底部と平行な弾道を描くように、ビームが発射された。
ドロロが閃かせた短刀を見せたのは一瞬。
ギロロは夏美の身体から外れた飛行ユニットを打ち抜くと同時に、自由落下に任せる夏美の身体を追った。
クルルが射出した通称『花火』は、あちこちで派手な爆発を演出し、真夏の雷のように空を彩る。
そのいかにも不穏な様子に、ケロン軍の小型艇は身を翻すように上昇を始める。
背中に予想以上の衝撃があったらしく、夏美は失神していた。
ギロロは飛行ユニットを開き、全速でその身体を追いながら、艦の最下部から迎撃システムが作動するのを見る。
「ドロロ、頼むぞ」
「心得たでござる」
ドロロの動きは素早い。
「アサシン遊法陣・閃光封じ!」
その声を背後に聞きながら、ギロロは落ちていく夏美の身体を捕まえるべく、更に速度を上げた。
『こちらWakaba-1、ギロロせんぱーい、こっちですぅ!』
タママの操縦する空輸ドックがゆっくりと近付いてきた。
「了解、こちらskull-1。『KLL-00729-G7 POWERD 723』を回収後はそちらへ向かう。待機を頼む」
ギロロが木の葉のように舞いながら落ちてゆく夏美を、その小さな身体で掴まえたのは、ドロロが第二波の閃光を封じた瞬間であった。
大気がびりびりと震え、揺れている。
夏美の身体を抱きとめ、伴走させてきたソーサー上で体勢を立て直しながら空を仰ぐと、ケロン軍の小型艇が更に上昇していくのが見えた。
降って来る塵や破片を避け、時にはその身で夏美を庇いながら、ギロロは艇が光の玉となり、やがて視界から消えるのをじっと見守っていた。
あの船には、ケロロ小隊へ編入すべく本国からやって来た、希望と野心を抱いた若い兵が乗っていたに違いない。
無理を通してくれた兄は何と言うだろう。
結局自分はこれほど大掛かりな舞台を用意した挙げ句、大々的に夏美を選んでしまった。
更に戦友を否応なく巻き込んでしまった。
決して犯すまいとしてとった策を、結果的に犯すための方便としてしまった。
これで腹を括ったなどと、片腹痛い。
しかし、最も情けない結末に終わった昨日今日の Operationについて、ギロロは不思議と冷静だった。
先刻、夏美の言動をケロロに例えたのを思い出す。
Let's relax and take it easy
それはクルルからの忌々しい、そして示唆的な伝言であった。
爆発の轟音で夏美が耳を痛めないよう庇うように立ち、用心のために熱源となるPSの解除にかかる。
あの日と同じ、今日も夏美の意識はない。
気を失ったままソーサーのレバーに凭れるように座り、ギロロが身体で支えている。
俺を追うためだけに、危険を承知でこんなものまで着けて
何という無茶をする、と嗜めたくなる気持ちもある。
しかし、同時にこうして夏美が自分のために飛び出して来てくれた事が、ギロロは嬉しくもあった。
NATSUMI My Love
Kiss Me Tender
and Hold Me Tight
Forever
小声で呟くように入力すると、不意に夏美の身体が軽くなった気がした。
無敵のパワード夏美はチョーカーひとつに変換され、健気な少女の姿に戻る。
微笑むような寝顔。思えば、これを取り戻すためのMissionだった。
一連の出来事に混乱し、冷静に考える事をすっかり後回しにしていたものの、今日の夏美の言動をどう取るべきなのか、ギロロは悩む。
あんなに優しくされたら、好きになっちゃうじゃない
あれは……一体どういう意味だったのか。
夏美は昨日の326が俺だった事に気付いて尚、そう言っているのか、それとも……
「ギロロ」
いつの間にか夏美の目は開き、レバーを操作するギロロを見上げていた。
「な、なつ……」
夏美は何も言わず、自分を支えていたギロロの身体をそのまま抱き締める。
「ななな何を……! な、夏……!!」
身じろぎもできない程、強く。
「Hold MeTight、なんでしょ?」
「き、きき、聞いていた、のか!?」
「……次は」
夏美の腕が一瞬離れ、更にギロロを羽交い締めにし、そして。
Kiss Me Tender
既に頭の中は沸騰したように熱くなり、自分の身に起きている事すらわからない。
夏美の唇の感触は昨夜よりずっと柔らかく、奔放に動き、まるでギロロの唇を貪るように深く合わせられていた。
初めて生身の身体に感じた、目眩がするような感覚。
それはケロン人と地球人が初めて種を越えて結びついた、記念すべき瞬間であったかも知れない。
『わわわわわ、伍長さんとナッチーが……』
『ちょォそこッ! 何やってんの! 夏美殿とギロロ!』
『ってゆーか、相思相愛?』
『おめでとう、ギロロ君』
『……なげぇな、オイ。……って「Forever」かよ……』
錯綜する通信はどこか遠くで交されているようだ。
ギロロはもう抵抗を止めている。
ただ、目を閉じて夏美との交歓に酔いしれる。
ソーサーが揺れ、明後日の方向へ軌道が流れる事にも気付かず、二人は落ちてゆく。
屋根の上で空を窺う326。彼にアンチバリアの効果はない。
早朝の訪問者には度胆を抜かれたものの、無事何ごともなく解決を見せたらしき状況に、326は少し呆れながら笑った。
ヨカッタ、ネ。
どんどん下降するソーサーで熱烈にキスを交す二人を傍観しながら、326は即興の一行ポエムを紙飛行機にして飛ばす。
あらん限りの祝福を込めて。
―――――注意一秒、キス一生。
それから数秒後、日向家のちょうど芝生の色が変わった辺りに、定員過重のソーサーが墜落した。