夏は終わらない。


しょわしょわという蝉の声が降り注ぐ庭には、これまでと寸分違わない位置にテントが復活し、その主は今日も炎天下の焚き火を絶やさない。
赤い髪の日向家長女は、夏休みにも関わらずクラブの試合の助っ人に出向いては、連日勝利記録を塗り替えて帰宅する。
二人は時折家のあちこちで顔を合わせ、その度大いに感じるものがありつつも、改めて追求する事なくそれぞれのテリトリーへと戻ってゆく。

心をどこまでも不安定にさせる何かを受信しながら、赤面したり熱放射したりの忙しい日々が待っていた。



「ま、こんなもんでしょ。……イヤー御苦労サン!」
ついさっき共鳴を交したケロロ、タママ、クルルの三人が、基地の会議室でジュースとお菓子を前に寛いでいる。
「ちょっと伍長さんには可哀想ですけどぉ、あのままじゃ地球侵略に支障きたして、また勝手にドツボにハマりそうですもんねぇ。傍迷惑ですぅ」
「なぜか日向夏美の初期化に失敗したからなァ。今度は強力モードで消去しといたぜェ」

墜落したソーサーと気絶したままの二人を地下基地に運び、あちこちに出来た傷を治療するついでに、夏美とギロロの二日前までの記憶を初期化。更にケロロが今回の事態の収拾のために使った本部への切り札とは……

「しっかし、コレがまさかそんな重要な情報として扱われるとは思わなかったであります」
そう言ってケロロは『外付頭脳人工地球人体(ナカノヒトナドイナイ)』の動作記録ディスクを拝んで見せた。
「知られざる地球人の生殖活動に関する実験の克明なデータだからなァ。本当は別口で有効利用させてもらおうかとも思ってたんだが……。ま、交渉の材料ったって、俺達は痛くも痒くもねェんだし、オッサンに知れても感謝されるのは筋違いだよなァ」
クルルはわざとズレた発言をしてみせた後、クックックッといつもの笑いを漏らす。
「感謝…… つか、知れたら激怒じゃ済まないよネ。我輩、夏美殿とギロロのタッグは敵にしたくなかったでありますョ〜。クルル、ホントに初期化、大丈夫!?」
「でもぉ、全部伍長さんのお尻を拭くためにした事ですからねぇ〜、この位で済んだんだからホントに感謝してもらわなきゃですぅ」
「そーそー! 恥くらいで済むなら我輩、いくらでも晒すよネ〜、でもあの赤ダルマには、墓場まで内緒でありますヨ〜」
「……じゃま、とりあえず色〜んな意味での『"Saving all my love for you" project』の成功でも祝うかい?」

再び彼等の黒い共鳴が基地内に響き渡った。

それを天井裏から覗くドロロは、三人の対話と昨日今日の経緯を、来たるべき大舞台にてギロロと夏美に伝える事を誓う。

「だって、僕の事忘れるケロロ君がいけないんだよ……」

それはドロロの当面の、ケロロへの「切り札」となった。




ギロロは夏美が明るい声と共に帰宅するのを、背中で聞いていた。
猫はここ数日、いつにも増してギロロの傍を離れない。
夏美がダイニングから運んで来た冷えた麦茶とグラスを前に、ソファで寛ぎながら一息吐くのが感じられる。

地球侵略第一だというのに、俺がこんな事では……
今日も今日とてそんな自問自答がギロロの中で沸き上がった頃、背後から声がかかった。
「ギロロ、暇だったらいっしょにお茶飲まない?」
思わず衝撃で50cmは飛び上がり、テントの金具で額を打ち付けてしまう。

近頃、以前にも増して夏美の声や姿に反応しまくる自分を不審に思いながら、ギロロは夏美の顔を見上げた。
夏美もまた、近頃奇妙に柔らかな表情や言動を見せる事が多いのは、惚れた弱味と欲目がそう思わせるのか。

「く、くだらん。……し、しかし夏美がどうしてもと言うなら」
「何? 忙しいならいいのよ?」
「い、いや、行く」

庭に面したサッシを開き、ギロロを待つ夏美の姿を、ギロロは遠い記憶の奥底に見つけた気がした。

「ね、ギロロ、……あんた、どこかへ行ったりしないわよね」
グラスに麦茶を注いでいた夏美が、唐突に顔を上げ、ギロロに尋ねる。
「な、何だ突然。俺は地球侵略を成し遂げるまで、遊んでいる暇など……いや、夏美がどうしてもどこかへ行きたいというなら、つきあってやってもいいが……」
「……そうよね。うん、ゴメン、何でもないの」
半ば勘違いしながらしどろもどろで答えたギロロに、夏美は少し憂いのある目を向け、笑った。

蝉の声がしばし止む。
二人は黙ったまま、同じ動作でグラスに口を付ける。
氷の音が響き渡る静寂の中、夏美とギロロは真っ赤な夕刻の空に浮かぶ円盤の幻を見る。

「……ねえ。今度、どこかへ連れてってくれない?」
「な、なっ…… ど、ど、どこへ!?」
「そうね、空とか高いところ」
夏美がにっこりと笑う。
「……な、な、夏美が、ど、ど、どうしてもと言う、なら……」
「なんか久しぶりにお弁当、作りたくなっちゃったのよね」
ギロロは夏美の作る「それ」が、芳香を伴って脳裏に浮かぶのを感じていた。

大きなバスケット、カラフルにラッピングされ、詰められたおにぎり。星形やハート形にくり抜かれた野菜。小さなタッパーに入った冷たい宝石のようなフルーツ。
甘美でありながら、どこかしょっぱいイメージの「それ」。
残さず食え。
泣きながら食え。
貴様、光栄にも程がある。

何者かが焚き付ける声がする。

「そ、そうだな、悪くない。……ペ、地球侵略のための視察も兼ねて……」
「もう、あんたってそればっかりね。まぁいいわ。カレンダーに印、付けておくからね。約束よ」
夏美の言葉には少し険があったものの、彼女は破顔し、ギロロに極上の笑顔を向ける。


―――――作戦終了。
ギロロの中で、再び声が聞こえた。


それは、この上なく満足気に任務完了を告げる、記憶の奥底の自分の声に似ていた。





                   


                 <END>










■The Lost Episode

実弟ギロロ伍長との「私と代わるか?」な引き継ぎの為、小型艇で地球を訪れていたガルル中尉は、緊急退避という予想外のアクシデントの末、本部からの突然の帰還命令を受け、何となく腑に落ちないものを感じていた。
彼が『外付頭脳人工地球人体(ナカノヒトナドイナイ)』の克明なデータを入手確認したのはそれから間もなくの事である。


それがその後のガルル小隊の地球侵攻にどのような影響を与えたか。
寡黙なガルルの心中など、誰ひとり知るよしもない。