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不確定Q&AF …………………
Q7.思い出は美化されるものである。○か×か。





 きっかけは、兄だった。何もかもが朧気な思い出だったが、その光景だけは忘れられない映画の一幕のように鮮明に奏の瞼の奥に焼きついている。
 確か夏休みのとある日だったはずだ。

 かしましく蝉が鳴いていた。
 小さな庭では向日葵の花が太陽に向かって悠々と咲き誇っており、縁側には二つの朝顔の鉢植えが仲良く並んでいた。夏休みの課題として育てている鉢植えだ。一つは郁人が持ち込んだ。
 成績は良いくせに、割と忘れっぽいところがある郁人を心配して、奏が郁人の鉢植えを自分の家に持ってくるように提案したのだ。朝、水をやり忘れるとすぐ枯れてしまうからね、僕が郁人の分も水をあげるからね。そう言ったら郁人は嬉しそうに頷いて、それから、観察日記をつけに毎日奏のうちに来るのだと言った。奏はそれが嬉しかった。そうして欲しいから鉢植えを預かると言ったのかもしれない。けれども、幼い奏にはその自覚などありはしなかった。
 いつものように郁人が観察日記をつけに来て、奏の部屋で宿題を少しして、喉が渇いたから二人で台所にカルピスを作りに行こうとした。体重の軽い子供の足音は大して大きくは無い。かしましい蝉の声に掻き消されて聞こえなくともおかしくはなかっただろう。
 台所に向かう途中、ふと奏は居間の方に目をやった。直ぐ後ろには郁人がいた。
 エアコンはついていなかった筈だ。響はエアコンが好きではない。今でも、余程、我慢できないくらい暑くならなければ決してエアコンのスイッチは入れない。
 庭先の窓が開いていて、そこからさやさやと風が吹き込んでいた。見知らぬ女性の髪の毛がその風に微かに揺らいでいたのが、なぜだか印象的だった。
 突然目に入った光景に奏の足が止まる。もしかしたら驚きの余り息まで止まっていたかもしれない。

 居間のソファーの上で縺れるように手足を絡ませあい、響と女の人がキスをしていた。

 反射的に、身を隠そうとして奏は体を後ろに引き、背中がトンと郁人にぶつかったのを覚えている。それから、慌てて、息を潜め、なるべく音を立てないように忍び足で奏の部屋に舞い戻った。
 ドキドキと早鐘のように高まる鼓動をなんとか落ち着かせようと部屋の隅っこで膝を抱えてじっとしていた。郁人が戸惑ったように、困ったように奏を見ていたが、自分の事に精一杯で、郁人の事を気にする余裕などこれっぽっちも奏には無かった。
 テレビや映画でキスシーンなんて何度も見たことがあったし、少しませた級友達が時々エッチな話をしているのを、ふうん、と思いながら聞いていたこともあった。
 けれども、こんなに動揺してしまったことなど無かった。
 それは、身近な人間、それも兄である響がキスしているのを直に目撃してしまって、テレビや映画とは比較にならないリアリティを奏に与えてしまっているせいだったが、もちろん、幼い奏にそんなことが理解できるはずもなかった。
「響ちゃん、キスしてたね」
と、こちらもどこか動揺したように上擦った声で郁人が言ったが、奏は上の空で「うん」と小さく返事をしただけだった。
「あの女の人、響ちゃんの恋人なのかなあ」
 上擦ったままの声で郁人が尋ねたが、奏は上の空のまま「わかんない」と小さな声で答えた。ドキドキと高鳴る胸は一向に収まる気配を見せない。奏の直ぐ隣まで郁人が近づいてきていたが、その時の奏は、それにすら気がついていないほど動転していた。
「・・・カナ、キスしたことある?」
 あどけない声で尋ねられて、ふ、と、奏は直ぐ隣にいる郁人の方を見た。

 キス、したことある? 

 頭の中で郁人の質問を反芻して、ようやく意味を飲み込んだ奏は途端に仰天して目を大きく見開いた。
「な、な、な、何言ってんの? したことあるわけないだろ!」
 捲くし立てるように奏が否定すると、郁人は奇妙な表情になって、ふうん、と相槌を打つ。それから、奏の更に近くに膝でにじり寄るときゅっと奏の形の良い指を握り締めた。その瞬間、なぜか奏の心拍数が更に上がったが、余りに動転していた奏はそれには気がついていなかった。
「俺達もしてみようか」
 奏の動転振りとは正反対の酷く落ち着いた声で郁人が言って、え、と奏が呆然としている間に初めてのそれはなされた。小鳥が餌を啄ばむような軽くて短いキスが奏の小さな唇に落ちて、奏はパチパチと瞬きを繰り返す。
 肩を軽く叩かれるような余りの気軽さに、奏は何の感銘も受けない。郁人は真剣な表情で奏の黒目がちな目を覗き込み、
「どんな感じ?」
と尋ねたが、奏は上手に答えることができなかった。
「えっと・・・どんなって・・・・別に・・・・」
 正直に答えると郁人は少しだけ眉根を寄せて、それからもう一度奏に顔を寄せる。今度は、少し長めに唇は触れていた。
「どんな感じ?」
 余りの唐突さと気軽さに、やはり、奏は特に大きな感銘は受けなかった。ただ、唇が触れたのだと思っただけだ。肩がぶつかったとか、手を繋いだとか、そういう接触と大差がないとさえ思った。
「ええと・・・ふにゃって。してた」
 何と返事をして良いのか分からず、そんな風に間抜けな答えを返すと、郁人は眉間の皺を更に深くした。
「ドキドキとかしない?」
 尋ねられて、少し考えてみたがやはり分からない。確かに動悸は早くなっているが、それはさっきからずっとの事で、たった今、郁人とした事が原因なのかどうかは分からなかった。奏は邪気の無い様子で軽く首をかしげ郁人の顔を見上げる。鳶色の瞳が、夏の午後の日差しを受けて、琥珀色にきらきらと光っていた。まるで、ガラス玉の様だと奏はそれに見惚れる。栗色の髪の毛は、光に透けて金色に光っていた。
「・・・良く分かんない。郁人は?」
 ぼんやりと郁人の目を見つめながら奏は尋ねた。郁人はじっと奏の顔を見つめたまま返事をしようとはしない。余りに郁人が自分の顔を凝視するので、何か付いているのだろうかと、奏は不思議そうに首を傾げた。
 窓からふわりと午後の風が吹き込んできて、奏の部屋の白いレースのカーテンが柔らかく揺れた。部屋の外からは煩いほどの蝉の声が聞こえてきていたが、なぜだか、部屋の中は奇妙な静寂に包まれているようだった。
「・・・ベロ入れてみようか」
 その静寂を破り郁人が口にした言葉を奏は理解できなかった。ベロを入れる? どこに? と思いながら郁人をぼんやりと見つめ続けていると、郁人は決まりが悪そうに目を逸らした。
「・・・響ちゃんもあの女の人の口の中にベロ入れてた」
 ほんのりと首筋を赤く染めて、やはり奏の目は見ずに郁人は訥々と言葉を紡ぐ。奏はようやく郁人の言わんとしている事を理解して、さらに仰天した。
「ベロ入れるの!? 郁人の口ん中に!? 汚くないの!?」
「別に汚くないだろ。ジュース回し飲みしたり、アイス回し食いしてるじゃん、いつも」
 少し不貞腐れたように郁人が言うので、奏はそれとはちょっと違うんじゃないだろうか、と思いつつも反論できなかった。それ以上反論しないのは承諾の証とばかりに郁人はもう一度奏にキスをする。予告したように舌が入り込んできて、最初、その慣れない感覚に奏は戸惑ったが、特別、嫌悪感を感じることもなく、すぐに馴染んでしまった。
 元々が、郁人と手を繋いだり、じゃれあったりするのは好きだった。その延長上の行為として受け入れることは奏にとって容易なことだったのだ。
 郁人はしつこいと思うくらい奏の唇を開放しなかった。いい加減、息が苦しくなってきて、知らないうちに動悸も激しくなっていたので奏はそれまで閉じていた目を薄っすらと開けて郁人の様子を盗み見ようとした。
 長い睫毛に縁取られた鳶色の瞳が薄っすらと開かれている。奏の好きな郁人の目がすぐ傍にあって、奏の心臓は更に跳ね上がった。未だ口腔内は郁人の舌が動き回っている。口唇期の赤ん坊に戻ってしまったように、口の中が酷く敏感になっているようだった。犬歯の裏のあたりを擽られて奏は思わず身体を竦める。
「ん・・うぅ」
と、奇妙な声が思わず漏れた途端に郁人の身体は離れた。二人ともすっかり息が上がっていて、頬は紅潮していた。奏がぼんやりと郁人の鳶色の瞳を見つめていると、郁人が小さな声で何かを告げた。けれども、あまりに小さい声で奏には聞き取ることが出来ない。
「何?」
と尋ねたら、もう一度郁人が何かを言った。やはり、声が小さすぎて奏の耳には届かない。焦れて、奏はもう一度尋ねようとした。






* * *





「何て言ったの?」
 自分の寝言で奏ははっと目を覚ました。一瞬、夢と現実がごちゃ混ぜになって天井をぼんやりと眺める。暫くして、ようやく自分の部屋の天井だと認識して、ふうと小さな溜息を一つ吐いた。
 辺りはまだ薄暗い。枕もとの目覚まし時計に手を伸ばし、時間を確認したら7時前だった。いつも起きる時間まで三十分はあったが、中途半端に寝直すのも躊躇われて、ベッドに横たわったまま奏はたった今まで見ていた夢を反芻した。
 もう随分前に忘れてしまった思い出だ。郁人がいなくなった直後は何度も繰り返してみていた夢も、今では殆ど見なくなっていたというのに。
 あの夏の日をきっかけにして、郁人とは何度もキスをした。郁人がせがんでしたこともあったし、何となく奏から誘ったこともあった。あるいは、特に何も言わなくともそういう雰囲気になってしたこともある。
 幼さ故の罪悪感の無さと、素直さで何度も繰り返した行為は、いつも奏に言葉で表現しようの無い心地良さを与えた。高揚感と、不思議な甘さと、安堵感。それは、言い換えれば郁人の存在そのものが奏に与えていたものなのかもしれなかったが、その頃の奏には自覚は無かった。ただ単に、傍らに当たり前のように寄り添っているだけのもの。
 考え事をしているせいで焦点が合わず、天井の白さがぼやけている。
 奏は、もう一度溜息を吐くと静かに目を閉じた。瞼の裏には郁人の端正な横顔が焼きついている。何も言わず奏の手を握り締めた郁人。奏は悪くないと、そのままで良いと、一番欲しい言葉を一番欲しいときにくれた。
 離れてしまったと思った途端に郁人は不意に近くにやってくる。近いのか遠いのか分からない距離感は相変わらずで、奏は再び堂々巡りをさせられてしまった。
 無意識に吐き出した吐息には、抑え難い熱がこもっている様だった。その熱に耐えかねて奏はいつもより少し早い時間にベッドから降りる。身支度を済ませてダイニングキッチンに行くと、朝食を用意し終えた響がテーブルについていた。今日は冬休み前の最後の登校日で終業式があるから、いつもよりもきちんとした格好をして煙草をふかしながら新聞を読んでいる。嫌いなネクタイをきちんと締めて、心なしか不機嫌そうな顔をしているのが、無理矢理首輪を付けられたシャム猫のようで奏はこっそりと笑った。
「オハヨ」
 短く挨拶して響の向かい座ると、「おう」と短く返事が返ってくる。新聞から目を離さないのはいつものことだ。テーブルの上にはトーストと簡単なサラダと目玉焼きが並んでいる。コーヒーは奏がテーブルについてから入れてくれる。響は案外とマメなところがあるのだ。
 奏は黙ったままトーストに噛り付き、ふとテーブルの上に置いてある卓上カレンダーに目を落とした。
「・・・そう言えばさ、オレ月曜日も臨時のバイト入ったんだけど」
 言い忘れていたことを思い出し、奏が告げるとようやく響は新聞から顔を上げた。訝しげに眉間に皺を寄せている。
「月曜って・・・イブか?」
「うん。高宮さんが休みだからって。代理してくれって梓さんに頼まれた」
「高宮って・・・現役音大生のオンナだっけ?」
「うん。カレシとスキー旅行行くんだってさ」
「・・・で、お前にお鉢が回ってきたって?」
「うん。どうせ兄貴は透さんと一緒だろ?」
 奏はさり気なさを装って言ったつもりだったが、神経に触ってしまったらしく、響はバサバサと乱暴に新聞を折りたたむとテーブルの上に放り投げ奏を睨みつけた。
「・・・あのな。オレが今まで一度でもクリスマスをすっぽかしたことがあったか?」
 地を這うような低い声を出して響が問いつめる。奏は軽く俯いて肩をすくめて見せた。
 響の言うとおり、確かにクリスマスをすっぽかされた記憶は一度たりとも無い。クリスマス時期に恋人がいたときも、いなかったときも、響はずっと奏とのクリスマスを優先させてきた。
 二人で食べ切れる小さなケーキを買ってきて、ささやかなクリスマスを楽しむ。
 二人きりの家族だからこそ、こういう行事はきちんとするべきだと響は思っているらしく、毎年それを実行してきた。
「・・・今年は透さんと過ごしなよ」
「そんなことはお前に言われる筋合いじゃない」
「どっちにしても俺はバイトだし、そのあと、梓さんち行くから。寂しいのが嫌だったら透さんを誘って」
 少し強い口調で奏が言い募ると、響は眉間の皺を解いて少し意外そうな顔をした。
「梓の家? 郁人とクリスマスすんのか?」
「・・・・郁人とじゃないよ。梓さんとクリスマスすんの」
 正確には、『梓と郁人と』だったが何とはなしに後ろめたい気分で奏はそう告げる。響はしばらく、じっと奏の顔を見つめていたが、何を思ったのか小さく「そうか」とだけ答えて再び新聞に目を落とした。



 それは、響にピアノを弾かせた日、店の営業が終わった後、梓に急に持ちかけられた提案だった。24日のアルバイトは皆が嫌がって断ったらしい。
「奏以外はみんなカレシカノジョ持ちだからねえ」
と、澄ました顔をしながら奏を眺めている梓に、態と不貞腐れた表情を見せてやるとおかしそうにケラケラ笑っていた。
「どうせ俺は寂しい奴ですよ。どうせ暇だし。バイトでもして金稼いでるよ」
「悪いねえ。バイト代いつもより弾むからさ」
「当然」
「響、怒るかね」
「平気だろ。どうせ、透さんと過ごすんだろうし」
 ぶっきらぼうに奏が答えると、梓は不意に表情を変え、優しい目で奏を見つめた。それが、まるで母親の眼差しのようで奏が奇妙なくすぐったさを感じていると、梓が言ったのだ。
「奏、その後は暇なんだろ?」
「? うん。多分。何?」
「うちに来て一緒にクリスマスしようか」
「うち・・・って・・・梓さんち?」
「ああ。そうしよう。でっかいケーキ予約してさ。ローストチキンとか買ってきてお祝いすんの」
「え・・・で・・・も・・・」
 不意の提案に、梓の真意を測りかねて奏は戸惑いがちに梓を見上げる。梓はカウンターの中でグラスを拭きながら、ふわりと柔らかく笑っただけだった。ふと、梓の表情が何かと重なって奏は一瞬考え込んだが、それが何か思い出した途端に複雑な心境に陥った。何のことは無い。郁人が自分に笑いかけるときの穏やかな表情にそっくりだったのだ。
「郁人も一人で寂しいクリスマスらしいから。奏が来れば喜ぶよ」
 奏の隣に郁人が座っているのに態とそんなことを梓が言うので奏はあせって郁人の様子を窺ったが、郁人は平然としたままコーヒーをすすっていた。
「郁人は・・・彼女とクリスマスするんじゃないの」
 戸惑いがちに奏が小さな声で尋ねると、郁人は奏の顔をじっと見つめてふっと苦笑した。
「誰? 俺の彼女って?」
「・・・この間、駅前の喫茶店で会った女じゃないの?」
「彼女じゃないよ」
 短く答えて郁人はすぐに、またカウンターの方に向き直る。冷めた様子でコーヒーを飲み続ける郁人はまるで怒っているようで奏はそれ以上何も聞けなくなってしまった。
「・・・親子水入らずなのに邪魔じゃない?」
 郁人は自分がいると不快なのだろうかと沈んだ気持ちになって、つい梓に否定的なことを尋ねてしまう。梓は一瞬目をぱちくりしていたが、急にぷっと吹き出して、
「ナイナイ。何言ってんの、奏が来た方がアタシも郁人も嬉しいって」
ねえ、と気軽に郁人に話しかける。梓の余りの気軽さと、心臓に悪い質問の内容に奏が内心ヒヤヒヤしていると郁人は柔らかく笑って再び奏の方を見た。
「うん。カナが来てくれたら嬉しい。お袋がいなければもっと嬉しいけど」
 そう言って鮮やかに笑う。明らかに自分の笑顔の効果を知っての行動だけに、奏はぐっと言葉に詰まってしまった。優しい顔をしていながら、郁人はどこか性悪だと思う。確信犯的なその笑顔の裏には一体、なんの目的が隠されているのか奏には計り知れない。罠が仕掛けられていると分かっていながら、奏は郁人から視線を逸らすことが出来なかった。蠱惑的な鳶色の瞳。
「生意気なこと言うんじゃ無いの。ったく、コイツはー」
 磊落に笑いながら梓が郁人の頭を小突き、ようやく奏は呪縛から解かれたかのように、はっと郁人から目を逸らすことが出来た。けれども、郁人は奏を逃がしたりしない。
「泊まって行くよね?」
 耳元で誘うように囁かれた言葉に奏は文字通り飛び上がる。耳を押さえて、顔を真っ赤にして郁人を睨みつけたが、全くこたえた様子など無い。
「・・・耳はヤメロって何遍言えば分かるんだよ?」
「ゴメンゴメン。奏の反応が可愛くて」
 奏が半ば本気で憤慨し、低い声で責めてみても蛙の面になんとやらである。
 奏は大袈裟に溜息を一つ吐いて見せて、それ以上は何かを言うのを諦めた。
 それが一週間前の出来事である。



「・・・奏」
 新聞を読んでいたとばかり思っていた響に突然話しかけられて、奏は驚いた。顔を上げて見れば、やはり響は新聞から目を離してはおらず、今朝から何本目になるか分からない煙草に火を付ける所だった。
「あんまり、郁人、追い詰めるなよ」
 カチリとライターの火を煙草に付ける。当たり障りの無い日常会話のような口調で告げられた警告を、奏はどういう意味かと暫く考え込んでしまった。
「・・・追い詰めてなんか無い。どう言う意味だよ?」
「・・・別に。言葉の通りの意味だ。しっぺ返しくらって痛い目見るのは自分だぞ」
「だから、どういう意味?」
「意味は自分で考えろ。お兄様の実体験から得た尊い教訓だからな。さてと。俺は先に行くぞ。遅刻すんなよ」
 奏は兄の真意を更に尋ねようとしたが、響は取り合わない。話は終わりとばかりに席を立つとさっさと出かける準備を始めてしまった。こうなると兄はてこでも動かない。聞くだけ無駄と奏は諦めてぼんやりと窓の外を眺めた。
 外はカラリと晴れ上がって明るかったが、冬の乾燥した冷たい空気がピンと張り詰めている。クリスマスイブはもう三日後に迫っていた。

 外は晴れ渡っているのに、何となく、奏は雪が降るような予感がした。



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