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purify - 7 …………

 ふ、と戻ってきた意識に夏野は身じろいだ。薄暗い室内、見慣れない天井。そして隣には馴染まない体温。
 蕗原はどうやら眠っているらしかった。規則正しい呼吸音が聞こえ、それに心底安堵して夏野はそっとベッドから降りた。微かな衣擦れの音にも蕗原は目を覚まさないようで、夏野は必死に気配を殺して蕗原の家を後にした。ちらりと見た時計は日付が変わる時刻を指している。ギリギリ終電には間に合うだろうと、夏野はあちこち鈍い痛みを残す体を鞭打って、駅までの道のりを急いだ。

 徹に会いに行かなければ。
 どうしても伝えなければならないことがあるから。

 一度夏野が達して、夏野の中で蕗原が一度達した辺りで、夏野の意識は大分こちら側に戻ってきていたけれど、夏野はさらに続く行為を決して拒絶しなかった。
 蕗原のセックスは多分、酷く優しいそれだったのだと夏野は思う。最初から最後まで夏野に対して罵声が浴びせられることは一切無かったし、言葉は少なかったけれど、そのどれもが夏野の体や心を気遣うものばかりだった。そして、合間合間には謝罪の言葉が繰り返される。
「日向、ごめんな、ごめん」
 そう耳元で囁く声は、聞いている方が胸が痛くなるほど苦しそうで切なそうで、そもそも、夏野はなぜ自分が謝られているのか全く分からなかった。夏野はただ、確かめたかっただけなのだ。だから、途中から敢えて蕗原を拒絶しなかった。それで得られた結論は、どうしようもなく絶望的なものだったけれど。

 夏野は徹が好きだった。
 好きで好きで、気が変になってしまうほど好きなのだと思う。
 夏野がどんな人生を歩んで、どんな死に方をしようとも、一生それは変わらないことなのだと夏野は蕗原とセックスして知ってしまった。夏野がこんな人間である以上、徹が自分に応えてくれることは死ぬまできっとありえないだろうと夏野は覚悟していたが、それでも、好きでいることだけは許して欲しいと思った。

 『人を好きになると言う事は、それがどんな形であれ、とても純粋で尊いことだと俺は思うよ。』

 皮肉なことに、その時の夏野を支えていたのは、夏野をここまで追い詰めて、絶望を知らしめてしまった蕗原その人の言葉だけだったのだ。
 いっそ、こんな体が無かったらよかったのに。そうすれば、心だけは汚れることも無く誰にも知られずに徹の傍らに寄り添い続けることが出来ただろうに。
 体とは裏腹に、夏野の心はどこまでも澄んでいくようだった。ただ、徹が好きだという、その気持ちだけになって、他は何もかも夏野の中から削げ落ちていく。たった一つの気持ちだけになる。それはとても純粋で、尊い事のように夏野は感じた。………それが、ただの錯覚だと思いもせずに。
 ただ一つ、徹が好きだという確かな感情だけに突き動かされて、夏野は徹の家に向かう。今が深夜だとか、そんなことさえ思い至らないほど、夏野の頭は徹のことだけでいっぱいだった。

 徹の部屋は暗かった。もしかしたら、寝ているのかもしれない。どうしようかと夏野は逡巡して、携帯電話を取り出す。一番最初に登録してある徹の番号を呼び出し、そのまま電話を掛けようとしたその時だった。
「夏野」
 後ろから声を掛けられて、夏野は驚いて携帯電話を地面に落としてしまった。静まり返った深夜の住宅街にカランとその音が大きく響く。夏野は反射的に体を竦め、けれども顔を上げてその人の姿を認めた途端、落ちた携帯もそのままに、駆け寄った。
「徹」
「……今まで、どこに行ってたんだ」
 徹の声は、普段の声とはどこか違う。隠しようの無い翳りと、怒りと、焦燥を湛えていたが、一つの事で頭がいっぱいになっている夏野は、それに気がつくことが出来なかった。だから、何の戸惑いも無く、
「蕗原のうち」
 とあっさり答えた。そもそも、夏野の頭の中には『徹が夏野を好き』だという考えは塵ほども無かったので、その事について気を使うという思考そのものが抜け落ちていたのだ。
「……こんな時間まで?」
 よく注意すれば、徹の声が震えていたことに気がついただろう。注意などしなくとも、普段の夏野ならば徹のその微かな揺れを決して見逃さなかっただろう。だが、その時、夏野は普通ではなかった。だから、自分の中に渦巻く感情だけを徹にぶつけた。
「徹は、本当は俺の事、嫌いなんだよね?」
 真直ぐに徹を見上げながら夏野はそう尋ねた。自分の表情が、涙こそ出ていなかったけれど、泣いて縋りつく子供の顔になっているのだとは気がつかずに。その言葉ではなく、その表情に、徹の顔はらしからぬほどくしゃりと歪んだが、夏野はそれが肯定の返事だと取り違えた。
「本当は、俺が汚くて、い…淫乱で浅ましい人間だから嫌いだったんだよね。でも、俺が馬鹿なことをしないか見張ってなくちゃならなかったから、ずっと側にいてくれたんだよね」
 夏野がまくし立てるようにそう言えば、徹はますます眉間の皺を深くした。
「ちょっと来いよ」
 と言って夏野の腕を引き、すぐ近くの児童公園まで引きずっていく。引きずられながらも、夏野は更に続けた。
「でもね、俺、ダメみたい。ダメみたいだよ?」
「……何が?」
 歩き続けながら徹は苛々したように尋ね返す。夏野は何を言えば良いのか分からず、グルグルと空転する思考の中、やはり一つの気持ちだけを掬い上げた。
「俺、徹が好きだよ」
 ピタリと徹が足を止めたのは、その言葉にだったのか、それとも、たまたま公園の中までたどり着いたからなのか。夏野には分からない。ただ、それだけは許して欲しかったから、徹の正面に回り、その顔を真直ぐに見上げた。
「徹が好きだ。好きで好きで気が変になってしまうくらい、言葉じゃいえないほど好き。死んでしまうかと思うくらい好き」
 公園の水銀灯の強い光に照らし出された徹の顔はどこか青褪めているように見える。きっと夏野の言葉が煩わしいと感じているのだろう。だから、夏野は先を続けた。徹の負担になるつもりなど無いのだと伝えるために。
「でも、徹がそれに応えてくれるなんて思ってないし、もう、俺のこと見張って無くてもいい。見捨ててくれればいい。俺は、俺は、ダメみたいだから」
「ダメって何が」
 やはり、怒りを押し殺したような低い声で徹は問うた。
「蕗原とセックスした」
 あっさりと、至極あっさりと夏野は答えた。徹の顔から面白いほどに表情の一切が消える。夏野はそれが侮蔑の証だと思った。
「徹が好きだ。どうしようもく好き。それなのに、蕗原とセックスしても気持ちよかった。体は勝手に感じて、何遍も達った。徹は……徹は、俺がそういうヤツだって知ってたんだよね? そういう、汚い人間だって知ってたんだよね? だから、ずっと俺のこと見張ってたんだろ? でも、もう良いよ。俺が大事だとか、付き合うとか、そんな嘘はいらない。もう見捨ててくれていい。でも、でもね。勝手に遠くで徹のこと好きでいるのは許して欲しいけど」
 なるべく軽い、明るい口調になるようにと夏野は必死に取り繕ったはずだった。けれども、その声は誰が聞いても悲痛な悲鳴にしか聞こえないほど痛ましいものになってしまった。夏野の絶望はそこだった。心はどうしようもなく徹に向かい、徹のことだけを好きでいるはずなのに、体は違う。蕗原とセックスして知ってしまった器の反乱に、誰でもない夏野自身が絶望していたのだ。自らの汚さと浅ましさと醜さを再確認させられて、どうして徹の心など求めることができただろう。
 だが、徹には夏野の絶望など見えていないようだった。
「……見捨てる?」
 徹は皮肉な笑みをその顔に浮かべて、すっと目を眇めた。
「俺が何で、お前を抱かなかったと思ってる?」
 夏野を問い詰めるその声は酷く冷たい。まるで鋭利な刃物のように。
「そ…そんなの…俺が嫌いで、き…汚いと思ってるから……?」
 夏野がたどたどしく答えると、徹は嘲笑するかのように鼻で笑った。
「夏野と付き合ってる間、俺は何度も別の男とセックスした。夏野に目が似てたり、唇が似てたり、首筋が似てたり、そんなヤツとばっかり。ヤりながら、頭の中じゃお前のこと思い浮かべてずっと夏野の事犯してた。実際、お前の名前呼んで蹴り飛ばされたこともあったっけな」
 一体、徹は誰にその嘲笑を浴びせかけているのか夏野には分からない。分からないけれど、思いもよらぬことを告白されて、酷くうろたえた。
「夏野。お前、あの時のこと覚えてるのか?」
「……あの時?」
「俺が、お前を冬海のところで見つけたときのこと」
 徹の視線は切れそうなほど鋭い。今まで一度も夏野はそんな視線を向けられたことが無かった。そしてその言葉の内容も。

 あの時のことについて触れない、というのは暗黙の了解のうちに定められた二人の不文律だったのではないのか。

 それを徹は破ろうとしている。夏野にはそれが途方も無く怖かった。だが、徹は容赦が無かった。
「犬みたいに素っ裸で首輪に繋がれて。ザーメンまみれで部屋の隅でお前は蹲ってた」
 夏野が思い出したくなかった、醜くて汚い過去が引きずり出される。徹の意図が分からない。過去を赤裸々に暴き立てて最後通牒を突きつけるつもりなのかと夏野は恐怖に慄いたが、それさえも徹は無視した。
「いつだって我慢強くて、痛いくらいに一生懸命で、どんなに辛くても苦しくても泣かないお前が可哀想なくらいガタガタ震えて、泣きじゃくって……頭の天辺から足のつま先まで自分を否定して、ただ『ゴメンナサイ』しか言えなくなってた」
 恐怖と混乱とで徹の輪郭がはっきりしない。ぼんやりとしか見えない。それはつまり、夏野の世界そのものが輪郭を失いつつある証拠だったが、もし、はっきりと見えていたのなら夏野も気がついただろう。
 徹の表情が酷く歪んで、今にも泣き出しそうな位苦しげだったと言う事に。
「そんなお前を見て、俺はお前に欲情してた。怒りだとか哀れみだとか…そんなことよりも先に、興奮して…勃起して…お前に突っ込んで犯したいって、そう思ってたんだよ! ! そんな反吐が出るようなどうしようもない最低な自分を知っているのに、どうしてお前を抱けるって言うんだ! !」
 らしくもなく激昂した様子で徹は悲鳴のように叫ぶと両手で顔を覆って蹲る。
「お前を汚いだなんて思ったことは一度も無い。ただの一度も無いんだ。本当に汚いのは俺のほうだ。俺が許せないのは、夏野。お前なんかじゃない。自分自身のことなんだ。お前は綺麗だ。どこも汚れてない。だからこそ、俺はお前に触れることが出来ない……」
 徹の言葉を聞きながら、違う、と夏野は思った。自分が綺麗なはずが無い。そして、徹が汚れているとも思わなかった。だから、夏野には徹の苦しみが、実感として十分には理解できなかったのだ。
 ただ、夏野は徹が好きだった。あまりに好きで、その好きの延長上に性的な行為があり、夏野は徹と触れ合いたかった。だから、馬鹿みたいに無防備に、ストンとそれを素直に告げてしまったのだ。
「でも、でも俺は徹が好きだよ? 徹が汚いなんて思わない。徹が…徹が少しでも俺を好きだって言うなら…言ってくれるなら、俺は、徹に触れたい。セックスしたい」
 だが、徹は決してそれには答えなかった。蹲り、顔を覆ったままただ頭を大きく横に振る。夏野の顔を見ること無しに。
「…勘弁してくれよ……お前が俺を好きだって言う度、どれだけ俺が苦しかったのかお前には分からないんだろう……勘弁してくれ……俺を許してくれ……夏野……」
 すすり泣く様に徹が訴えるのを、夏野はただぼんやりと見下ろしていた。こんな風に揺らいで、どうしようもなく蹲る徹を見るのは初めてのことだった。徹はいつだって凛と立ち、真直ぐに夏野を見つめ、夏野を支えてきてくれたと言うのに。
 何をどう捉えて、どう感じたら良いのか夏野には分からない。
 ただ、徹をこんなになるまで追い詰め、苦しめているのが自分だと言う事だけは分かった。

 結局、夏野には何も許されないのだ。ただ好きでいるだけでも徹をこんな風に苦しめてしまう。それはとりもなおさず、夏野の存在そのものを頭から否定されることに等しかった。
 なぜ、自分と言う存在がここにあるのだろうかと夏野は思う。
 消えてしまわなければ、と強迫観念のように急かされて夏野はゆっくりと踵を返し、徹に背を向けた。




 行かなければ。どこか遠くへ。




 ただそれだけを思いながら、夏野は住み慣れたその場所を逃げ出した。




















 パシャリと顔に水をかけられて、夏野はハッと意識を取り戻した。薄汚れた天井と、裸電球が真っ先に目に入り、視界が異様に煙っていることに気がついた。それが幻想的で、まだ夢の中にいるのだろうかとぼんやり考えたが、
「目ぇ覚めた? 気持ち良く気を失ってるトコ悪いんだけど、まだ三人しか終わってないんだよね。あと二人残ってるんだけど」
 という妙に楽しそうな暢気な声が聞こえて、それが現実だと知った。視界が煙っているのは、ただ単に部屋にいる男達が馬鹿みたいにタバコを吸っているからだ。自分の髪の毛にその匂いが染み付いているような気がして夏野は不快に思う。だがしかし、もっと酷い匂いが体からはしているに違いない。青臭い、何人もの男の精液の匂いが。
「じゃ、続きよろしくー」
 と、夏野よりも一回り体の大きな男が覆いかぶさってきて、夏野は反射的にその体を押し返そうとした。
「も……無理……」
 息も絶え絶えにそう訴えれば、傍らでそれを楽しそうに眺め、銜えタバコをしていた男がふ、と鼻で笑った。どこか人を馬鹿にしたようにさえ見えるのに、なぜかその笑いが夏野の勘に触ることはない。それよりも、
 (やっぱり、冬海君に似てる。)
 という感想が大きく頭を占めていた。
「無理って言われてもナア。そうすると俺が賭けに負けンだけど。ナツが代わりに負けた分払ってくれるならそれでも良いケド?」
 実に深刻さの欠片もない声で言われて、夏野は力なく頭を横に振る。自分でも何を否定しているのか分からなかったが、とにかく首を振り続けた。
「仕方ないなあ。じゃあ、一人は口でも良いけど? そっちのが楽だろ」
 男が肩を竦めてそう言うと、夏野に覆いかぶさっている男の後ろに控えていた別の男が、
「エー! 牧(まき)、それって反則じゃね?」
 と不満げな声を漏らした。
「反則じゃないだろ。別に全員バックでイかせるとは言ってないし? 5人イかせられたら俺の勝ちって話だったろ?」
 牧、と呼ばれた男は何が楽しいのかカラカラと声を立てて笑いながらそんな風に言い返す。言われた男はそれ以上、逆らうつもりはないのか、チェっと舌打ちをしただけで引き下がった。

 グイ、と体を引き上げられて裏返される。腰だけを高く持ち上げられた状態で何の前触れもなく男の性器を突っ込まれ、夏野は、グゥっと喉でわだかまるようなうめき声を上げた。悲鳴を上げる体力すら残っていなかったからだ。それなのに、髪を掴まれ無理矢理顔も上げさせられる。
「じゃー俺はコッチね」
 と、声がして、無理矢理口を開けさせられたかと思うと、その口腔内にも男の性器を突っ込まれた。
「ナツ、スゲー上手だからなあ。お前、三分くらいでイかされんじゃねぇの?」
 楽しげな牧の声が意識のどこか遠くで聞こえる。
「ウルセー。おい。歯、立てンなよ?」
 軽くパシンと頬を叩かれて、夏野は条件反射のように男の性器を喉の奥まで招きいれた。後ろから突かれるリズムに合わせて、舌を這わせれば、笑ってしまうほどあっという間に男の性器は完全に勃ち上がり、先走りの液を零し始める。
「オイオイオイ、マジで三分保たねーんじゃねーの?」
「お前、ドーテーかよ!」
「早漏? 早漏だよ、コイツ」
「ウルセー!」
 周りで下品な笑い声と野次が聞こえたけれど、夏野はその言葉の意味など理解していなかった。ただ、覚えている手順を頭の中でなぞるだけ。別にセックスがしたいわけじゃない。こんなことが好きなわけでもない。体だけは快感を感じているかといえばそうでもなくて、酷使された後腔はもう感覚も麻痺して何も感じない。それが証拠に夏野の性器は何の反応も示していなかった。
 ただ、前も後ろも男に犯されながらぼんやりと考える。もともと自分が綺麗だなんて思っていなかったし、汚れきっているとは分かっていたけれど。
 ピシャリと生暖かい白濁を顔にかけられて、それでも、もっと汚くなっただろうかと思う。あと、どれくらい汚れたら徹は自分に触れてくれるのだろうかと。
 何人もの知らない男に、何遍も犯されながら、けれども、いつだって夏野の頭の中にあるのは徹のことだけだった。















「できるだけ酷いセックスをしてくれる人が良い」
 と言ったのは夏野だ。
 ただ何も考えられず、途方に暮れたままフラフラと町をさ迷い歩いていた夏野に、声を掛けてきたのが、牧(まき)と名乗る男だった。いつから降り出したのかも分からない雨に打たれ、夏野の制服はびしょ濡れだった。
「捨て猫? 拾ってやろうか?」
 そんな夏野に、本当に犬や猫を拾うのと同じくらいの気軽さで、牧は声を掛けてきた。
「行く場所がないなら寝る場所くらい貸してやるし、食いモノもやるよ」
 でも、宿代はきっちり取るけどな、と牧は言って、そして行くあてなど全く無かった夏野はそのまま拾われた。
「俺とセックスするのと、体売るのとどっちが良い?」
 二つの選択肢を牧に差し出され、大した金も持っていなかった夏野は後者を選んだのだ。
 夏野はただ汚れたかった。今だって十分に汚れていると思うけれど、それでも徹は夏野の事が綺麗で、自分が汚いから夏野には触れることが出来ないと言ったのだ。そして苦しんでいた。それならば、夏野がもっと汚れたなら、徹は少しは楽になるのかもしれない。それよりも、何よりも、もしかしたら自分に触れてくれるかもしれないと夏野は思った。そんな自分が浅ましくてどうしようもないと自己嫌悪に襲われたけれど、それでも、あんな風に徹を苦しめていると知っても夏野の気持ちは変わらなかった。変えることが出来なかった。
 だから、夏野は強迫観念のようにその考えにとりつかれてしまったのだ。とにかく自分が汚れてしまえば良いと。その為に、
「できるだけ酷いセックスをしてくれる人が良い」
 と言って、知らない男とセックスすることを選んだ。
 牧はそんな夏野の言葉に驚きもせず、分かったといって、時々、この荒んだ場所に自分を連れてくるようになった。そこで、夏野はいつでも最低のセックスをさせられる。大体が同時に複数の男の相手をさせられるか、そうでなければ、観客がいる中で、玩具のように牧に弄ばれる。

 今回はその両方で、牧が夏野をだしにして賭け事をしたのだ。夏野が男を五人、イかせられれば牧の勝ち。そうでなければ牧の負け。最後の男が夏野の中で達して、結局、牧は賭けに勝った。疲れ切って汚れ切って、朦朧としている夏野に牧は笑いながら、
「掛け金の半分、やろうか?」
 と言ったけれど、夏野はただ弱々しく首を横に振った。
 こんな下衆なことを平気でやるくせに、聞けば、牧は随分とレベルの高い大学の大学生だという。普段住んでいる場所も、学生が住むには上等すぎる2LDKのマンションで、それとなく夏野が尋ねれば、ただのドラ息子なのだと自嘲的な笑みを浮かべた。牧のそんな笑い方はどこか冬海に似ていると夏野は思う。そもそも、最初に見たときから、牧は冬海にどことなくイメージが重なった。顔の造りなど全く似ていないというのに、なぜだか、牧のそのどこか厭世的で何かを諦めているような翳った笑顔は冬海のそれを連想させた。だから、夏野はその手を取ったのかもしれない。
 自分の汚し方を知っている人だと、直感で感じたから。
「出て行きたかったらいつでも出て行けばいいし、何をするにも無理強いはしない」
 と、牧は最初に言い、実際、夏野を監禁したりも監視したりもしなかった。夏野は極めて自由な状態だった。それどころか、いらないと言っても牧はポンと金を気まぐれに渡してきたりもする。夏野が躍起になってそれをつき返そうとすれば、
「何で? お前が稼いだ金だろ?」
 と夏野を嘲笑った。
「使えよ。その金で贅沢しろ。汚れるってのはそう言うことだ」
 と、牧は責める様に夏野に命令する。だが、夏野はその金に手をつけることが出来ない。どうしても出来なかった。そんな夏野を見て、牧はやっぱり笑う。夏野の中途半端さを笑っているのかと思えばそうではないらしかった。
「変なヤツ。あんなに散々、酷いセックスしてンのにな。どうしてナツは汚れないんだろうな」
 と苦笑混じりに言われたが、そんな所まで冬海に似ている、と夏野は思った。




「こんなに何度も犯してるのに、夏野の体は、こんなに男無しじゃいられない淫乱な体になったのに、どうして汚れている風に思えないんだろう」
 冬海が言った言葉だ。監禁されて、半月ほど経ったときの事だと夏野は記憶している。もっとも、その頃の夏野は、とうに正気を失っていたので定かではないが。
 冬海も、徹も、牧も、なぜそんな風に言うのか夏野にはさっぱり分からない。
 体はこんなにこっぴどく穢れてしまっているし、浅ましくて淫乱で、どうしようもなく汚らしい。器の中身でさえ、徹が苦しんでいても何も変われないただのエゴの塊だというのに。
 それでも徹が綺麗だというから、触れられないというから、まだ足りないのだろうと夏野は思う。あと、どの位、こんなことを繰り返せば徹は自分を受け入れてくれるのか。







 そんな来る筈のない未来を夢想して、それだけをまやかしの灯火にして夏野は、ずっと、ここにいる。







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