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out of order - 8 ……………
「それで? 伊織は、夏木が美術教師とデキててしかも孕ませたと思ったワケか?」
 坂田は深々と溜息を吐く。片手には煙草を挟んでいるけど、この学校は全面禁煙だったはず。僕がそう言ったら、坂田は
「煩い、最近アレコレ忙しくてストレス溜まってんだ。煙草くらい吸わせろ!」
と横暴な事を言った。まあ、坂田が普段陣取っている数学準備室は坂田一人で使っているから、他の教師に見咎められる事もないんだろう。なんで、職員室じゃなくてこんな特別棟の端っこにいるのかと聞いたら、ぺーぺーの教師に居住地の選択権はなく、本当は教室棟に近い職員室に机をおきたかったらしいが、ベテラン教師達に弾き飛ばされてしまったらしい。
 今まで、特に質問しに来たこともなかったから坂田がこんな場所にいるなんて知らなかった。
 坂田は、僕の話を聞いた後で、ううーと唸りながらガシガシと髪の毛をかき回す。いつも綺麗にセットしている髪が乱れて、そうすると大分若く見えることに僕は気がついた。
「何をどう言ったモンかなー」
 坂田はそう言いながら、やっぱり溜息を吐く。そりゃそうだろう。生徒に男同士の恋愛相談をされたら普通困る。でも、僕はだれかに言ってしまわなければおかしくなってしまいそうだった。でも、僕にはそんな事を気軽に相談できる相手はいない。思いついたのは坂田だけだった。
「…すみません。こんなこと相談して」
「いや、別に相談はいいんだけどな。はあ。っとに、お前ら成績は良いくせに何で、こんな簡単なことわからないんだよ」
「お前ら?」
 なぜ坂田が複数形で言うのかわからずに首を傾げると、坂田は横目でチラリと僕を見ながら苦笑といった笑いを浮かべた。
「お前らって言ったらお前ら。伊織と司」
 不意に坂田が夏木を苗字ではなく名前で呼んだので、僕は違和感を感じて坂田の顔を見上げる。
「なんで、先生、夏木の事急に名前で呼ぶんですか?」
 僕が不思議そうに尋ねると、坂田は僕をからかうような悪戯な表情を浮かべて、
「さあ、何ででしょう」
なぜかメガネを外した。それから、もう一度グシャグシャと頭を掻き混ぜてわざとセットしてあった髪を崩した。
「ヒントその1。俺見て、何か気がつかない?」
 急にそんな事を言われて、戸惑いつつも坂田の顔をじっと見詰める。別に、特にコレといって気がつくことなんてなかったんだけど。メガネを外した坂田の顔は誰かに似ているような気がした。誰に似てるんだろう。どこかで見慣れた顔。と思ったら気がついた。
「あっ!」
「何?」
「先生………夏木に似てますね」
 僕がそう言ったら、坂田は憮然とした表情で僕の頭をゴツンと小突いた。
「俺が司に似てるんじゃなくて、司が俺に似てんだよ! バカモノ!」
「……スミマセン」
 何で僕が小突かれなくちゃいけないんだと理不尽なものを感じながらも、一応謝ってしまう。でも、夏木と坂田が似てるからって何なんだろうと坂田に訝しげな視線を送っていると、坂田は呆れたように肩を竦めた。
「普通さ、名前呼んでて、顔が似てたら親類縁者だと思わないか?」
「あ? え? 先生と夏木って親類縁者なんですか?」
「そ。俺がお兄様」
「…え?」
「アイツと俺、兄弟なの」
「え? え? ええっ!?」
 僕が素っ頓狂な声を上げると、よほどおかしかったのか坂田は声を上げて楽しそうに笑った。
「え? え? でも、先生と夏木、姓が違うじゃないですか」
「ああ、子供の頃に親が離婚してるからな。変な詮索されるのもイヤだから敢えて誰かに言ったりもしてないし。学校じゃ他人のフリしてるから知ってるヤツは殆どいないんじゃないか?」
「はあ」
「ついでに弟の名誉の為に言っておくとだな。橋本の腹んなかにいるのは俺の子だから」
「………」
 僕は、あまりに突然の告白に言葉を失って、呆然と坂田の顔を見上げてしまった。
「ホテルの話も、多分、アレだろ。ラブホとかじゃなくて、駅前のオークラから出てきたとこ見られたんだろ。一回、結婚式の打ち合わせに俺が行けなかった時に司に付き添い頼んだ事があったからな」
「……先生、橋本先生と結婚すんの?」
「おう。10月にな。こう見えても俺も色々大変なんだっつーの。橋本の父親がすんげー親馬鹿で結婚許してくれなくて、しょーがねーから既成事実先に作っちまったら、今度はそれでメチャクチャ腹立ててるしよー。勘弁してくれって感じなんだって」
「……はあ」
「てことで、キミタチの恋愛相談に悠長に付き合ってる時間はないんです。速やかに仲直りして下さいネ」
 そうふざけた口調で言いながら、坂田はフーっと煙草の煙を吐き出した。
「……仲直りなんて言われても……夏木は僕の事避けてるし」
「まあなあ……お前たち、ほんっと不器用っつーか、要領悪いっつーか。大体なあ、何事も順序ってモンが大事なんだよ。順序ってモンが。数学だってそうだろ? 基本問題ができるようになってから、発展問題。四則演算ができない小学生にいきなり方程式解けつったって無理だろうが」
 坂田が一体、何の話を始めたのかわからずに、首を傾げて訝しげな視線を向けると、坂田は小さく溜息を一つ吐いて、急に優しそうな顔で笑った。
「こういうことを第三者が言うのは無粋で俺的にはNGなんだけど。自分達で解決しないと価値が半減するし。ま、でも特別サービスな。あそこに見えるのは何でしょう?」
 そう言って坂田は窓の方を指差した。その指の指し示す方向を見上げると、そこには美術室が見える。特別教室棟はコの字型に作られているから、中庭を挟んで向いの二階に美術室があって、窓際が良く見えた。今まで美術室の窓から、注意して外を眺めたことがなかったから気がつかなかった。
「……美術室が見えますけど……それが何か?」
「最近は、あんまり来なくなったけどな。一年の時、夏木司クンは放課後になるとよくこの数学準備室に入り浸っていました。ナゼでしょう」
 夏木がここに入り浸っていた? ちっとも気がつかなかった。でも、何で? そもそも、坂田がどうしてこんな脈絡のない事ばかりを捲くし立てているのかもわからなかったけれど、坂田の目はどこか真剣で、ちゃんと答えないと許さないぞ、と言ってるみたいだった。だから、仕方なく適当な答えを考える。
「……先生に会いたかったから?」
「……伊織。お前、相当察しが悪いな。壊滅的な鈍感。そりゃ、ここまでこじれるのもしょーがないわ」
 僕の答えを聞いて、坂田は心底呆れたような表情になる。額に手を当てて大袈裟に嘆いてみせられても、その理由が僕にはわからない。なんで、そんなワケのわからないコトで馬鹿にされなくちゃならないんだろうと、ちょっとムッとしたけど。
「伊織が気がつくの待ってたら、ジジイになっちまう。いいか、お前は司が好きだって言ったな!?」
「…言いましたけど」
「じゃあ、ちゃんと本人にそう言え!」
 急に横暴な事を言われて、僕は益々ムッとする。なんで、そんな事を坂田に命令されなくちゃならないんだ。でも、坂田はそんな僕の気持ちなんてお構いなしで、
「言わなきゃ、お前の2学期の数学の点数0点にするからな」
とんでもないことを言う。
「無茶苦茶な事言わないで下さいよ!」
「無茶じゃねーっつーの。いいじゃん。ちゃんと言えば、はっきりした答えが返ってくるんだからよ。もし、それで気まずくなったら、俺が寮監の先生に口利いて部屋替えしてやるから。決まりナ。がんばれよー」
 そう言って坂田は無責任にヒラヒラと手を振る。他人事だと思って! と腹がたったけど、坂田の言う事は一理あると思った。結局、いつかはちゃんとした答えを出さなくちゃならない事なんだ。
 もう、これ以上寝たくないと夏木に伝えれば、なぜかと聞かれるだろう。そうしたら、僕は何と答えるべきなのか。適当に嘘をつく事は簡単だけど、それだと、この、僕のグチャグチャと絡まりまくっている感情は何も解決しない。吹っ切る為にも、一度、僕はきちんとした答えを夏木から聞く必要がある。それが、どんなにつらい答えだったとしても。
 坂田の無茶な命令は一つのきっかけなのかもしれない。こんな風に背中を押してもらえなければ、怖くて、夏木に気持ちを伝える事なんてできないだろうから。
 僕は覚悟を決めて、半ば諦めるような気持ちで小さな溜息を吐く。
「……分かりました。その代わり、坂田先生、ちゃんと寮監の先生に口利いて下さいね」
 僕が小さな声でそう呟くと坂田は、おや? といった風に眉を上げて、それから僕の頭をよしよしと撫でてくれた。
「利く利く。じゃ、善は急げってコトで。司には今日中に寮に帰らせるから」
「……はあ!? 帰らせるってどういう事……」
「あ、言ってなかったっけ? 司、俺のトコにずっと転がり込んでたんだよ。でかい図体して鬱陶しいたらありゃしない」
 僕は呆気に取られて、聞いてないよ! と突っ込むことすら出来なかった。






 それにしても、坂田がこんな性格だったなんて知らなかった。もっと、冷静沈着でオトナな人だと思っていたのに。結構、ざっくばらんで適当な人だったんだなと思ったら、不思議と僕の気持ちは軽くなっていた。
 いつの間にか茜色に染まっていた西の空を眺めながら、僕は寮へと帰途を辿る。
 本当に、今日、夏木は帰ってくるんだろうか。
 もし、帰ってきたなら。

 僕は、この気持ちにきちんときまりをつけようと覚悟を決めた。



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