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out of order - 4 ……………
 夏木との関係は相変わらずで、二日と空けずにセックスしている。
 夏木は躍起になったように、以前より酷い抱き方をするようになってきて正直、僕は大分疲労が溜まってきていた。もともと、持久力とか体力は十人並みしかないから夏木のペースに合わせるのはただでさえしんどいのに、わざとイかせないように長い時間焦らされたり、逆に、立て続けに何度もイかされたりするのは溜まったもんじゃない。
 抱かれながら、僕がいい加減にしろと息も絶え絶えに訴えても夏木は聞きやしない。
「お前が泣いたらな」
の一点張り。最後は、もう、意識も朦朧とした状態で許してくれと言っても、
「だったら泣けよ」
と変に切羽詰った声で突き放すだけ。
 正直、僕には夏木が何を考えているのかさっぱりわからなかった。どうして、そんなに僕を泣かせたがるのか。僕が嫌いで憎いから、そんな風に言うのかとも思ったけど、夏木に恨まれるようなことをした覚えは僕にはない。泣けば夏木がこんなことを止めるのかと思って、わざと泣いてやろうかと思ったこともあったけど、わざと泣こうとしても意外と涙ってのは出ないもんだということがわかった。
 役者なんかは、すごいと思う。演技であんなにボロボロ泣けるんだから。
 もしかしたら、意地を張って絶対に泣くものかと思っているうちに泣き方を忘れたか、涙の出ない体質になってしまったのかも。とにかく、僕はどんなに酷い抱かれ方をしても泣けずに、こんな不毛な関係を止められずにいる。
 夏木と初めてセックスしたのが四月。それからずっと三ヶ月もの間抱かれ続けて、気が付けば夏休みがすぐそこまで来ていた。


*
*
*


「忍、本気で痩せすぎ」
 放課後の美術室で、また久住に指摘される。
 美術室には、僕と久住の二人しかいない。基本的に美術部は決まった活動日というのがないのだ。部員は好きなときに来て、好きなように描くというかなり自由な(ある意味適当な)活動をしている。僕は、最近、放課後は毎日のように美術室に入り浸っていた。寮に戻れば夏木の顔を嫌でも見なくてはならない。なるべく夏木と一緒にいる時間を減らそうとして、ギリギリの下校時間まで美術室にいる日が何日も続いていた。
 久住は最近会うたびに、ちゃんと食べろだとか、ちゃんと寝てるのかと人の世話を焼きたがる。そんなに顔色が悪いと自分では思わないし、確かに痩せてきてはいるけど心配されるほど酷いとも思わない。
 心配してもらっているのに申し訳ないけれど、正直、久住にも干渉されるのが少しだけ鬱陶しく思っていた。
 それが、多分、顔に出ていたのだろう。久住はムッとしたような表情で僕を睨みつけてきた。けれども、その表情をすぐに心配そうに曇らせる。
「忍が言いたくないなら、聞かない方がいいと思って何も言わなかったけど。…何があったの?」
 セックスのやりすぎで、とはさすがに言えず、僕は曖昧に笑う。久住はそんな僕の顔を見て呆れたように溜息を一つ吐いた。
「……強情」
「ゴメン」
「……私にできること、何かない?」
 久住が僕のことをすごく心配してくれているのは良くわかる。でも、久住にできることなんてなかった。誰にもどうすることもできない。どうにかすることができるのはたった一人の人間だけ。
「気持ちだけで十分。ありがとう」
 今度は心の底から感謝の気持ちを込めて言う。久住はじっと僕の顔を見詰めたまま、しばらく何かを逡巡するかのように黙っていたけど。
「…忍。もしかして、好きな人とかできた?」
 唐突にそんな事を言う。
「できない。そんなのいない」
 僕は自分でも驚くくらい強い口調で即答していた。その勢いに、久住は驚いたように目を大きく見開く。それから、何かを探るような真剣な顔で僕の目を見つめていた。
 久住の少し色素の薄い茶色い瞳に僕の顔が映っている。その顔はどこか頼りない、自分ではないような表情をしていた。
「…そう」
 けれども、久住は何も言わない。何かを勘付いているようだったけれど、余計なことは決して言わない。だから、久住と一緒にいるのは楽だった。美術室も、久住の存在も、何だか最近は僕の逃げ場所みたいになっている気がして、申し訳ないなと思っていたときだった。

 ガラリと美術室の後ろのドアが開いて僕と久住が同時にそのドアに目をやると、そこには意外な人物が立っていた。
「…夏木」
 僕も驚いたけど、夏木も驚いたような顔をしていた。
「なんで……ああ、そうか、二人とも美術部か」
 夏木は独り言のように呟いて、それから僕ではなくて久住のほうを向いた。
「橋本先生いないか?」
 橋本というのは美術の教師で僕達が高校に入学した時に一緒に赴任してきた新卒の教師だった。すこしキツい感じだけど美人だから男子生徒には結構人気がある。でも、夏木は選択も美術じゃないし、橋本が担任というわけでもないのに、一体何の用なんだろう。接点なんてなさそうなのに不思議だった。
「いないわよ。今日は職員会議じゃないの?」
 でも、久住は何も疑問に思わなかったらしく素直に答えている。
「…久住と夏木って知り合いなの?」
 ぼんやりと二人のやり取りを見詰めながら、僕は考えるより先にそんなことを聞いていた。
「忍、何言ってるの? 私と夏木、今、同じクラスよ。相変わらず世間離れしてるんだから」
 久住はそう言いながら呆れたように笑う。夏木はなぜか今度は僕の方をじっと見たまま視線を逸らそうとはしない。何だろうと、僕も夏木の顔をじっと見返して知らず知らずのうちに見詰めあう格好になっていた。
「…忍?」
 久住が不審そうな顔で僕の名前を呼び、僕はハッと我にかえる。
「あ、ゴメン。何?」
「……忍と夏木って確か、寮で同室なんだよね?」
「あ、うん。そうだけど」
 僕が慌てて答えると、久住は僕と夏木を交互に見て、それから微かに眉を顰めた。夏木は、悪かったなと言ってそのまま美術室を出て行ってしまう。その背中を無意識に見詰めていると、久住に制服のシャツの裾を軽く引っ張られた。
「あ…何?」
「……夏木と上手くいってないの?」
「あ、え? な……何のこと?」
 久住に僕達の不毛な関係がバレているなんてあり得ないのに、僕は久住の問いの意味を取り違えてうろたえてしまった。久住は単純に、僕と夏木が同室だから相性が合わなくてストレスでも溜まっているんじゃないかと、そう尋ねただけなのに。
 僕の動揺した様子に、久住はますます不審そうな表情を深める。問い詰めるような眼差しが何となく後ろめたくて僕は思わず久住から視線を逸らして俯いた。久住は、けれども、何も僕に尋ねることはしなかった。ただ、小さな溜息を吐く音が聞こえた。
「…あの…別に、夏木とは何もないけど」
 言い訳をするように僕が、今更のように答えたら久住は肩を小さく竦めて見せた。
「そう」
 気があるのかないのかわからないような相槌を打って久住は自分のキャンバスの前に戻っていく。僕は、その場所にぼんやりと立ち尽くしたまま窓の外を眺めていた。

 西の空が真っ赤に染まりつつある夏の夕暮れ。遠くに蝉の声を聞きながら、僕の意識はどこか遠くへ行ってしまっていた。


*
*
*


 真しやかに、その噂が広がったのは夏休みの直前のことだった。
 夏木と久住が付き合い始めたという噂だ。僕がそれを初めて聞いたのは、美術部の後輩からだった。正確には聞いたわけじゃないけど。
「伊織先輩、久住先輩が夏木先輩と付き合ってるって本当ですか?」
と、僕が尋ねられたのだ。夏木は結構目立つヤツで下級生にも人気があるから、知っているヤツが多い。久住も同じで、美人だし、さっぱりした性格で姉御肌だから美術部の中で密かに久住に思いを寄せているヤツも少なくなさそうだった。僕に聞いてきた後輩も多分、その一人だったのだろう。僕が部活の中じゃ一番久住と仲がいいから、何か知っているかと思ったらしい。
「…え? 何、ソレ? 僕は知らないけど…」
 内心、物凄く動揺しながらそう答えたら、その後輩は、
「うーん。伊織先輩も知らないって事はこの噂ガセなのかなあ」
と首を傾げた。
「いや、でも、久住ってあんまりそういう事、人にペラペラしゃべったりするタイプじゃないし。本当かもよ。それに、夏木とだったらお似合いって感じじゃないか」
 僕はニッコリ笑ってそう答えていた。どうして、こんなに馬鹿みたいに笑えるんだろうかと不思議に思いながら。表向きの表情とは裏腹に、ギシギシと胸の中は軋んでいるようだった。
「ですよねえ。夏木先輩だと、俺、勝ち目ないよなあ」
 僕の内心になど微塵も気がつくことなく、彼は暢気に呟きながら自分の場所に戻って行く。

 夏木と、久住が付き合っている。

 頭が理解することを拒否しているかのように、僕はその意味がどうしてものみこめない。夏木とはその前日もセックスをしていた。他の女の子とつきあっているのに、僕を抱くというのは一体どういう了見なのだろうか。僕は、腹が立つとか悲しいとか感じるよりも、頭が真っ白になって何も考えられなかった。
 久住からは何も聞いていない。
 もちろん、夏木からも。
 その噂が本当なのか嘘なのかはわからないけれど、僕はそろそろ限界が近づいてきているのを薄々と感じていた。このまま夏木との関係を続けてはいけない。いい加減に切らなくてはならないとわかっているのに、それを夏木に言い出すことを思うと、突然に足場を奪われたような心もとなさを感じた。
「………もう、あんなことは、やめた方がいいんだ」
 ぼんやりとキャンバスを見詰めたまま、自分に言い聞かせるように独り言を言ってみる。

 けれども、それは自分でも笑ってしまうほど空虚に響いていた。



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