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out of order - 2 ……………
 最初のきっかけは本当に他愛のないことだった。新しい学年に進級し、寮も新しい部屋割りになって二週間ほどした頃のことだったと思う。同室の夏木は成績優秀、眉目秀麗、品行方正でおよそ欠点など見当たらない優等生だった。少し引け目はあるけれど、一年のときに同じクラスになったこともあるし知らないヤツじゃなかったから、さほど悪い同居人ではないと思っていた。
 その日、僕は苛々していた。進路のことについて親と衝突していた事もあったし、ホームルームの時間に級長なんてありがたくもない役職を押し付けられたせいもあった。とにかく、僕は面白くなくて半ば投げやりになっていたんだろう。
 僕にしては珍しく後先も考えずに寮の自室で煙草を吸っていた。もともと喫煙の習慣があったわけじゃない。何となく苛々した時に吸いたくなる程度だった。
 少し張り出した窓枠に腰掛けてぼんやりと外を眺めながら煙草を吸う。外は鬱蒼とした林になっていて、外から誰かに見つかる事もないだろうと油断していた。そこに夏木がタイミング良くというか悪くというか、部屋に戻ってきたのだ。
 夏木は僕が煙草を吸っているところを見て、一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐにニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。その笑顔を見て今度は僕の方が驚く。夏木はどちらかといえば大人びていて、普段はあたりも柔らかくて穏やかだ。『優しい』という形容詞がぴったりくるようなヤツだと思っていたから、そんな意地の悪い笑顔を作れるなんて思ってもみなかった。
 夏木は部屋のドアを素早く閉めると僕に近づいてきて、すぐ目の前で立ち止まると僕を見下ろしてきた。
「珍しい光景だな。まさか、こんな場所で煙草を吸うほど迂闊なヤツだとは思わなかった」
「…どういう意味? チクるって脅してる? もしかして?」
「まさか。そんな無粋な事するワケないだろ?」
 そう言って夏木は僕の煙草を取り上げ、ギュッと窓枠に押し付けて火を消してしまった。
「ま、でも意外だった。酒も煙草も、女も興味ありませんって顔してるから」
「どんな顔だよ?」
「んー? 禁欲的っていうの? 潔癖症っぽい。嬲って泣かせたくなるような顔」
 そう言いながら、夏木はやっぱりニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべている。もしかしたら、僕の事を馬鹿にしているのかもしれなかった。確かに僕は問題を起こすようなタイプの生徒ではない。成績も夏木とさして変わらないし(もっともその成績を維持するために、僕は夏木の何十倍もの努力を強いられているが)、分類するなら優等生のカテゴリに入るのだろう。
 だが、僕は夏木のように人付き合いの上手いタイプでも、周りに人が集まるような魅力的な人間でもなかった。自分でも十分承知していた。人付き合いが下手で、地味で、面白みに欠ける。夏木から見ればつまらないヤツなんだろうと。だから、夏木がそんな僕を嘲笑ったのだろうと思った。だが、僕はそれに傷ついてメソメソするような可愛らしい性格をしていなかった。ムッとしたまま夏木を睨み上げ、よせば良いのに、
「へえ。やれるもんならやってみろよ。…もっとも僕は絶対に泣かされたりしないけどね」
と受けて立ってしまったのだ。
 恨むなら負けず嫌いの自分の性格だ。それは十分承知している。だが、その時、僕はどうしても退きたくなかったのだ。夏木の人の悪い笑みにもムカムカしていたし、僕を小馬鹿にしたような態度にも腹が立っていた。
「へえ? ……上等」
 そう言って夏木はグイと僕の肩を掴んだ。瞬間、殴られるのかと思ったけれど自分の体を庇おうとは思わなかった。怯えたように目をつむる事もしなかった。ただ、じっと夏木の顔を睨み続けただけ。
 けれども、僕に襲い掛かってきたのは夏木の拳ではなく、唇だった。
 キスされているのだ、と気が付くまでにゆうに五秒はかかっていたと思う。夏木は一旦唇を離すと、やっぱり僕を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「何? 殴られるとでも思った? 殴って泣かすってのも小学生の発想だけどな」
 濡れた唇を拭いながら、それでも動揺を隠して夏木を睨み上げると、夏木は少しだけ困ったような苦笑いを零した。
「泣かすって言ったら、俺はこっちの方が得意なんで」
 そう言って少し強引に腕を引っ張られてベッドに押し倒された。さすがに子供じゃ無し、何をされるのか予測はついたけど。
「煙草もちゃんと吸える伊織君は、オトナですって?」
 夏木は茶化すように僕を挑発してきたけど、僕は何も言わずにただ夏木を睨み続けた。沈黙は金なり、だ。僕が抵抗しなければ、困った夏木が先に退くと思った。さすがに男とセックスする度胸はないだろうと踏んだ。
「初めて?」
 からかうように聞かれたけど、
「まさか」
 フンと鼻で笑って否定した。嘘じゃない。中学校の時、付き合っていた女の子としたことがある。…もっとも、それも何度かしかなくて、今は自然消滅してしまったからスズメの涙ほどの経験値しかないのかもしれないけど、そんな事を夏木に教えてやるほどお目出度くはない。
「……男とは?」
「あるよ」
 これは嘘だった。男とセックスなんかしたことない。でも「ない」と答えるのはプライドが許さなかった。童貞を馬鹿にされるならともかく、男とセックスした事がないからって馬鹿にされる事じゃないんだから、正直に答えればよかったんだろうケド。そう答えたら、夏木は僕が怖がって先に退くと侮るに違いないと思ったから。
 逆にそう言えば、夏木の方が怖気づいて僕の上からどいてくれるとも思ったし。
 でも、僕の予想と違って夏木は退かなかった。僕の肯定の言葉に眉を顰めて少しだけ面白くなさそうな顔をして、でもすぐに無表情になって僕のシャツのボタンを外し始める。
「…ちょっ!」
 僕がさすがにそれに焦って夏木の手を掴むと、夏木は不意に僕を見下ろしてニヤニヤと笑った。
「何? 怖かったらやめても良いけど?」
「…怖いワケないだろ? 夏木こそ男になんか突っ込めるのかよ? みっともない事になる前にやめた方がいいんじゃないの?」
 …本当に恨むなら負けず嫌いの自分の性格だ。それとも、夏木の性格を把握していなかった無知を呪うべきか。
「人の話を聞かないヤツだな。嬲って泣かしたいって言っただろ? ご希望とあらば、毎日でも突っ込んでやるけど?」
 夏木は決して一歩も退くことはなかった。余裕の表情で僕の体を弄り回す。あちこち舐め回す。普段の優等生然とした仮面を脱ぎ捨てた夏木は決して優しくも、穏やかでもなかった。意地悪で、卑猥で、しかも随分とこういった事に手馴れているようだった。
 僕は、とにかくみっともなくパニックしないように必死に演技するのがやっとで、あとは夏木に翻弄されて引きずりまわされるしか術がなかった。そもそも、男同士でヤるときは後ろに突っ込むって大雑把な知識しかなかったのだ。フェラなんてされたこともなかったから、夏木にされた時は我慢しきれずに簡単に陥落してしまった。なるべく声を押し殺していたつもりだったけど、多分、我慢できずにアンアン喘いでいたと思う。
 当然、尻に指を突っ込まれてグリグリと刺激されるととんでもなく気持ちが良いだなんてことや、男でも乳首を弄られると感じるなんてことは知らなかった。
 こんなのはおかしい。僕の体じゃない、と思って僕が恐れおののいたとしても誰も責められないと思う。
 ただ、絶対に泣くのだけはイヤだと思っていたから、何をされようと僕は涙を零すのだけは必死で堪えた。誰が夏木になんて泣き顔を見せてやるもんか。絶対に泣いてなんてやらない。
 それだけを必死に守りながら、僕は結局行き着くところまで行ってしまったのだ。

 男とセックスするなんて。しかも、僕が突っ込まれる方になるなんて。
 昨日まで想像すらしたことがなかった。

 散々僕を嬲って、思うさま突っ込んで揺さぶって、夏木は僕の中で二度もイきやがった(もちろんコンドームをしてたから中に出されるって事は無かったけど)。
 一通りやって気が済んだのだろう。僕の上から退いた時、夏木は変に神妙な顔をして僕の事を見下ろしていた。それから、優しい手つきで僕の頬を撫でると眉間に皺を寄せつらそうな表情を作った。
「……最後まで泣かないんだな」
「……絶対泣かないって言っただろ?」
 ぐったりとベッドに沈み込み、息も絶え絶えのまま僕は言い返してやった。玩具みたいに弄ばれた後でそれでもそんな憎まれ口を叩けた自分を褒めてやりたい。
 泣いてもやらない、傷ついた顔もしてやらない。ただの遊びの延長か、でなければ大した事じゃないと平気な顔を取り繕わなくてはやっていられなかった。
 僕は惨めじゃない、可哀相なんかじゃないと、内心、一生懸命自分に言い聞かせて。

 でも、意地を張らずにその時僕は素直に泣いてやるべきだったのかもしれない。
 それ以来、夏木は躍起になって僕を泣かせようとベッドに誘ってくるようになり、僕は相変わらずの負けず嫌いでそれを断れなくなってしまったからだ。






 それ以来、夏木は僕のことを『忍』と名前で呼ぶようになり、この不毛な関係は今でも続いている。



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