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out of order - 1 ……………
 夏木のいる場所はすぐに分かる。
 女の子が沢山集まってうるさいからだけじゃない。何だか空気までが違う気がする。華やかで明るい空気。僕とは正反対だ。
 寮の食堂は男女兼用だから自然と夏木の周りには女の子が集まってしまう。
 僕は煩いのは嫌いだ。一人で落ち着いて食べた方がずっと良い。もっとも、全く夏木が羨ましくないといえば嘘になるけど。でも、それは別に女の子に騒がれたいとかそういう事じゃない。
 あまり社交的でない自分の性格がわかっているから、もう少し人付き合いが上手くなりたいっていうその程度の意味。
 夏木は僕が座っている席から少し離れた席に座っている。僕の後ろにいるからその表情は見えない。時々、楽しそうな女の子の笑い声が聞こえるだけ。
 とても楽しそうな笑い声。
 でも、あの女の子達は僕と夏木がしていることを知ったらどんな顔をするんだろう。
 あんなこと、ただの遊びみたいなもんだけど。


 食事をさっさと終わらせて、僕は寮の自室に向かう。当然ながら部屋には誰もいない。相方の夏木はきっと、まだ食堂で女の子達と楽しく笑っているんだろう。そんな事を考えたら無意識に溜息が漏れた。最近はこういうことが多い。気が付かないうちに溜息をついているって部活の時に久住に指摘されたのは今日の放課後だ。
 落ち込んだ気分のまま机の引き出しから教科書とノートを取り出して机の上に広げる。僕は夏木みたいに授業だけ聞いていれば上位に食い込めるほど頭が良くはないから、一生懸命勉強しないといけない。そうでなければ成績が維持できない。
 天はニ物を与えないって言葉があるけど、あれは絶対に嘘だと思う。僕みたいに何一つもらえない人間もいれば、夏木みたいに何でも与えられている人間もいるんだから。
 数学の予習を進めているとガチャリと後ろでドアの開く音がする。夏木が僕のすぐ後ろに来たのが気配で分かった。
「明後日の予習?」
「うん」
「明日にしろよ」
 そう言ってあっさりと僕のシャーペンを取り上げる。肩に手が置かれ、その手が僕の体をなぞるように落ちてきて、ちょうど胸の辺りでピタリと止まった。服の上から微妙な強さで押しつぶすように刺激されると、僕の体は反射的にビクリと震えた。浅ましい、節操の無い体。
「しない?」
 耳元で囁かれ、たったそれだけのことでも反応を返しそうになる。自分の体ながらイヤになる。
 それもこれも目の前のコイツのせいだと思いながら睨み上げてやったけど、蛙の面になんとやら、だ。
「一週間もご無沙汰だったから溜まってるだろ?」
 整った顔で下世話なことを言われて、大きな溜息が零れた。一体、コレは今日何度目の溜息だろう。
「僕、勉強しなくちゃならないんだけど?」
「そんなの明日にしろって」
 こういう時、僕の言い分が通ったためしはない。無駄な足掻きはしない方がマシだ。僕は観念してノートと教科書を閉じるとクルリと振り返った。
「じゃあちゃんと鍵閉めて」
 消極的な許可を与えると、夏木は肩を竦めながら「はいはい」と鍵を掛けに行った。ベッドに移動しながら、
「早めに終わらせろよ」
「努力だけはするよ」
 横柄に言ってやるけど夏木は怒りもしない。笑って答えただけ。そもそも、僕が何を言おうと何をしようと夏木はただ笑っているだけだ。どうでもいいヤツとしか思ってないからだろう。
 ベッドに押し倒されながらキスをされる。取ってつけたようなキス。いや、キス自体は上手だし気持ち良いんだけど。夏木にとっちゃそんな手順は面倒なだけだろうに、通過儀礼のように毎回そうやって最初にキスしてくる。舌を口の中に突っ込まれて、引っ掻き回されて、舌を吸われて、口が離れていく頃には唾液が顎まで零れていた。離れていく口と口の間で唾液が糸を引いている。それがすごくいやらしい光景に見えて、僕は凄く嫌な顔をしたんだろう。
 夏木の顔が何か企むみたいにちょっとだけ歪んで、それから人の悪い凄く意地悪そうな笑みを浮かべた。夏木と寝るようになるまで、夏木がこんなに意地悪な表情ができるなんてちっとも知らなかった。
 優しくて明るくて、人当たりが良くて穏やか。それが夏木の表向きの評価だったハズ。でも、夏木は初めて寝たとき以来、僕にはその本性を隠そうとはしない。
「寮の女子がサ、忍のこと素敵だって言ってた」
 唐突に、それでいて手際よく下着の中に入り込んだ手に僕は唇を噛み締める。器用に胸と性器を同時に刺激されて声を上げてしまいそうだったから。
「伊織君ってストイックな感じで素敵だよね、だってさ。笑うよな」
 円を書くように押しつぶされて、捻り上げられて簡単にソレが固くしこってくるのが自分でもわかる。女の子じゃないのに、こんな場所で感じるなんてみっともない。それでも、背筋がゾクリとしびれてそれがダイレクトに下半身に影響するのを止められない。
「ンッ!」
 唇を噛み締めているのに、喉の奥が甘ったるく鳴る。夏木にもそれが聞こえたんだろう。面白がるみたいに真上にある顔が笑った。
「こんな淫乱でいやらしいヤツ捕まえてストイックもないよな」
 誰がそうしたんだよ、と怒鳴ってやりたがったがそんなことをして口を開いたら馬鹿みたいな喘ぎ声が上がりそうだったから我慢した。でも、それも無駄だった。
 夏木が胸を嬲っていた手を止めて、無理矢理僕の唇を割って口を開かせたから。
「声聞かせろよ。その方が気分が乗る」
 ああ、はいはい、そうですか、と馬鹿馬鹿しい気分になりながら、
「アッ! アアンッ!」
と大袈裟に声を上げてやった。
 調子に乗った指がグチャリと後ろに侵入してくる。夏木はいつだってたっぷりゼリーを使うから切れたことはないし、すっかり慣れてしまった体は痛みを感じることもない。でも、少し冷たいのと、何より粘着質な音が聞こえるのがイヤだった。もしかしたら、僕が嫌なのを知っていてワザと夏木は音を立てているのかもしれない。
 性急に慣らされて、少し強引に突っ込まれる。
「アアッ! ヤッ!」
 瞬間の衝撃に、演技じゃない声が漏れる。一旦根元まで突っ込んでから夏木は僕の体をギュッと抱きしめたまま馴染むのを待っているみたいだった。
 慣れってのは本当に怖い。何度もやってると体は力を抜くことを覚えるし、どうすれば気持ちよくなるのか望まなくても学習してしまうんだから。夏木の大きさに馴染んできた僕の体は無意識に腰を揺らして刺激を求める。
「もう大丈夫そうだな」
 独り言のように僕の耳元に囁く夏木の声。僕は夏木の声が嫌いじゃない。ちょっと低目の艶のある声。誰だったか、女の子が尾てい骨に響く声だって言ってたのを聞いた事があるけど本当にその通りだと思う。特にこんな風に突っ込まれてる最中に囁かれたりなんかするとね。もう、どうにでもしてくれって気持ちになる。男の僕でもそう思うんだから、女の子なんてもっとそうなんだろう。
 夏木の声に反射的に反応してしまったらしく、夏木が短いうめき声を上げるのが聞こえて、その後は打って変わって激しく腰を揺さぶられた。そうされると、声なんて抑えられっこない。
「やっ! …んっ! ……ふあっ! あ、あ、ああっ!」
 揺さぶられるリズムと同じタイミングで零れる喘ぎ声。AV女優も真っ青だ。こういうの何ていうんだろう。セフレ? セフレっていうよりダッチワイフ?
 そっちの方がしっくりくるなと思ったら、情けなくて馬鹿馬鹿しくて涙が滲んできた。でも、絶対に泣いたりしない。泣いてやらない。
 何でこんな状況に陥ってしまったんだっけ。
 必死に思い出そうとしたけれど、強烈な快感が襲ってきて考え続けることなんてできそうになかった。
「イイッ! 気持ち…いっ…アアッ!」
 僕の意思なんてまるっきり無視で、バカな口は甘ったるい喘ぎ声を上げまくる。
 考えるのなんて面倒くさい。気持ち良い、凄く。好きじゃないヤツとセックスしても気持ちがいいなんて、知りたくもなかった事を教えてくれて、どうもアリガトウ。


 投げやりな気持ちのまま、体についていけない感情を放り出して僕はあっけなく吐精していた。


*
*
*


 ふと、目が覚めてしまって辺りを見回せば真っ暗だった。枕もとの時計に何とか視線をやれば深夜の3時を示していた。背中に体温を感じる。夏木が後ろから僕を抱いているからだ。しかも二人とも裸のまんま。僕も夏木もヤりっぱなしのまま眠ってしまったらしい。一週間ぶりだからって、あんなに立て続けにやれば疲れるっての。それでも、体があんまりべた付いていないのは夏木が拭いてくれたからだろうか。
 どっちにしても、一度シャワーを浴びないと気持ち悪くて、僕はそっと夏木のベッドを抜け出した。
 恋人同士じゃあるまいし、抱き合って寝るなんて馬鹿馬鹿しい。
 本当に馬鹿馬鹿しい。
 そりゃ、夏木にしてみればいつだって手軽にセックスできるし、妊娠もしないから便利なんだろうケド。
「…さすがに、そろそろしんどい…」
 シャワーを浴びながら、やっぱり溜息を吐いてしまう。
 夏木ならいくらでも女の子を選び放題なんだから、女の子とすればいいのに、と思う。だけど、僕からやめるとは言えない。まるで負けるみたいで悔しいからだ。

 自業自得。

 そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
 夏木の方からやめると言ってくれれば、こんな不毛な関係は終わるのに。
「よりによって、僕なんかと寝なくてもいいじゃないか」
 口に出して言ってしまえば、情けなくて、悔しくて、悲しくて涙が零れてしまった。



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