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Do you love me ? - 5 ……………


 結局、裕太が蓮川に菜理子の事を聞くことは一度も無かった。次に会った、週末にも、結局、散々迷って、裕太は口を噤んだ。
 聞くのが怖かった、というのもあるけれど、蓮川の口から菜理子の話を聞くのが嫌だったのもある。そもそも、そこに自分が介入して良いのかどうかも分からなかった。
 裕太は、完全に、蓮川との距離を測りかね、それは、蓮川にも伝わってしまっているようだった。らしくもなく、ぎこちない空気が漂う蓮川のマンションで、それでも裕太は必死に笑う。不安を口に出せないことがストレスになって、蓮川と一緒にいるのに、胃の辺りがキリキリと痛むような気がした。
 蓮川は、いつもと同じように見えた。否、同じように振舞おうとしているのが裕太にも透けて見えた。裕太がどこか不自然な態度を取るから、それが伝播してしまっているのか、それとも、別に何か後ろめたいことでもあるのか。疑い出したらきりがない。
 それなのに、どうしてだか、蓮川を問い詰めることは出来なかった。それは、以前からの裕太の癖だ。ここ何年かは、裕太に、それほどだらしの無いところを見せなくなったけれど、それでも、時折、蓮川に絡んでくる女がいないわけではない。そういう時、裕太は呆れたように蓮川を罵るけれど、本気で問い詰めたことは一度も無かった。あまり、鬱陶しいことを言って嫌われるのが怖かったし、女でもないのに、あからさまに嫉妬をぶつけるのはプライドも許さなかった。それが良いか悪いかは裕太自身にも分からない。分からないけれど、長く付き合いたいのなら、そういう部分は、深く追求してはいけない部分なのだと裕太はずっと頑なに信じてきた。
 揺らいでしまったのは、イチコが言った言葉のせいだ。肝心なことは言わない、とイチコは言った。蓮川が自分に弱みを見せないのを不満に思っているくせに、もしかしたら、自分も同じことをしているのだろうか。
 考えすぎて、けれども答えは少しも見つからなくて嫌になる。思考から逃げるように入ったバスルームで、裕太は、それを見つけた。片方だけ、置き忘れてあったピアス。明らかに女物のデザインだった。そもそも、蓮川はピアスの穴を開けていない。必然的に、それは他人のものということになる。
 ギクリ、と裕太の背筋を嫌なものが走る。言い様の無い不快感。ドロリと湧き上がるその感情が嫉妬と不信感だと分かっていても、それでも、裕太には蓮川を問い詰めることが出来なかった。
 ただ、たまたま、誰かを家に入れたのだけなのかもしれない。自分で言い聞かせるように考えて、思わず笑いがこぼれた。たまたま家に入った人が、ピアスをバスルームに置き忘れるシチュエーションをどうやってこじつければ良いというのだろう。
 目を閉じて、一生懸命思い出す。あの日、初めて見た菜理子の事を。彼女は、ピアスをしていただろうか。何度、試してみても、上手に思い出すことは出来なかった。
 自分でも分かるくらい、裕太は情緒不安定になっていた。不安がダイレクトに行動に表れていると、自覚できないほどに。
 バスルームから出て、裕太がすぐにしたことは、蓮川を寝室に引きずり込むことだった。これは、かなり珍しいことだった。セックスを始めるとき、大抵、水を向けてくるのは蓮川のほうだ。裕太のほうから誘うときも、どちらかと言えば、目で訴えたり、ごくごく控えめで曖昧な言葉で伝える程度だ。こんな風に、強引に蓮川をセックスに誘ったことなど、恐らく、一度も無いだろう。
 言葉も少なく、ベッドに蓮川を押し倒して自分から上に乗る裕太に、蓮川も、驚いた顔をしていた。それでも構わず、噛み付くようにキスをする。ただ、とにかく必死だった。不安をかき消す方法がセックスしかないのだとでも思っているかのように、裕太は行為の先を急いだ。きっと、その顔が、とうてい欲情しているようには見えず、泣き出しそうなのを我慢しているようだったとは気が付いていなかっただろう。
 最初、驚いていた蓮川は、それから、しばらく裕太の好きなようにさせていたけれど、次第に、苛立った様子を見せた。苛立っているから、蓮川も言葉が少なかった。致命的に、コミュニケーションが不足しているそれ。こんなに会話の少ないセックスは久しぶりだった。
 けれども、以前、そうだったときとは明らかに空気が違う。例えば、セックスの間隔が空きすぎて、飢えたあまりに夢中になって、言葉がなくなるのとは訳が違う。
 普段なら嫌がるはずの、自分が上に乗る体位で裕太は腰を振りながら、何をしているのだろうかとぼんやり思う。
 こんなことをしても、不安など消えなかった。むしろ、体は繋がっているのに、どうして、こんなに遠いのだろうと、もっと不安になっただけだ。
 最後の最後まで、裕太は何かを蓮川に尋ねたりしなかった。蓮川も、いつもよりは無口で、あまり言葉を発しない。ぎこちなく、居心地の悪い空気が充満している寝室で、少しだけ蓮川と距離を空けて眠るのが、酷く苦痛だった。
「……裕太。俺に、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
 一度だけ。たった一度だけ、蓮川は尋ねてくれた。ベッドの中で、なかなか睡魔が訪れず、グズグズと裕太がシーツの中で身じろぎしたタイミングだった。裕太は一瞬だけ迷って、けれども、結局は、
「別に。何も無い」
と答えた。それを聞いた蓮川が、小さな落胆のため息を漏らしたと思ったのは気のせいだろうか。しばらくの沈黙があったあと、蓮川は、もう一つ、別の質問を裕太にした。
「裕太。お前、俺と別れたら、どうなると思う?」
 背筋の冷える、嫌な質問に裕太は一瞬だけ息を飲み込み、スッと目を閉じた。
 別れたいと思っているのだろうか。
 けれどもそれを確認する勇気は持てず、裕太は尋ねられた部分にのみ答えを返した。
「……三日三晩泣く。泣いたら、また、普通に大学に行く。寝て起きて、ご飯食って、普通に生活する」
 多分、恐らく、自分はそうするだろう。蓮川と別れて、生きていけないと壊れたりはしない。感情と現実は、いつでも折り合いが付くわけではなく、切り離さなくてはならない場合が往々にしてあるのは当たり前の事だ。間違ったことは言っていないはずなのに。
 もう一度、今度は、はっきりとした落胆のため息が聞こえた。
「そうだよな。お前って、そういう奴だよな」
 独り言のように蓮川が漏らした言葉。それは、いつまでも、裕太の脳裏に焼きついて、離れることは無かった。


 釦を一つずつ掛け違えたような座りの悪さを感じながら、それでも、蓮川との関係は続いていた。会うのは週末だけで、大抵は、あまり会話も無いままセックスになだれ込んでしまうことが殆どだった。平日の蓮川の状況を、裕太は一切、尋ねない。だから、蓮川が、どうしているのか裕太にはさっぱり分からなかった。
 時々、電話をしても繋がらないことがある。仕事が忙しいせいなのか、それとも、他の別の理由があるからなのか。裕太は問うことも無く、ただ、何かから目を逸らすように、その不安定な状態を続けている。
 蓮川は、裕太と会うと大抵、無口だった。不機嫌そうにも見えるけれど、冷たいわけではない。そのくせ、裕太の不安が伝染してしまったかのように、セックスだけは執拗だった。裕太も裕太で、それに縋るように溺れている。会話は無いくせに、朝まで馬鹿みたいに何度も抱き合って、次の日の昼過ぎまで、体がだるくて起き上がれないということも、何度かあった。
 セックスは、時として、意思伝達の手段にはなるけれど、逆に、全く何の役にも立たないこともある。今の裕太と蓮川にとっては、きっと後者なのだろう。それでも、裕太には、何をどうして良いのか分からなかった。
 始まりはピアスだけだったけれど、今や、それはジワジワと侵蝕を続けている。洗面所に落ちていた長い髪、部屋に微かに残る香水の匂い、蓮川は使わないはずの使い捨てコンタクトの空パッケージ。明らかに、自分と蓮川以外の人間の気配が、蓮川の家のそこかしこにはびこっていた。わざと、裕太に気が付かせようとしているのではないかと穿った見方をしてしまうほど。
 だのに、蓮川の態度は突き放したり、別れを望んでいるそれとは少し違うように思えるのだ。苛立ってはいる。苛立ってはいるが、それはむしろ裕太をもどかしく思っているかのような、そんな苛立ちだった。
 裕太は、自分からは何もいうつもりが無かった。惨めだといわれても良い。少しでも良いから蓮川との関係を長く続けたかったから、不都合なことには全て目をつぶった。蓮川には何も尋ねないし、責めたりもしない。一週間に一度会って、セックスができれば良い。知らず、らしくもなくそんな卑屈な思考に陥っていた。
 けれども、そんな関係が、長く続くはずも無い。
「アンタ、顔色良くないわよ? てか、何か、その辛気臭い顔どうにかして。すっごく不愉快」
 イチコには会うたびに、そう責められて、苦笑いで返す、ということが続いていた。何かから隠れるように、体を小さく丸めて嫌なことをやり過ごしているうちに、季節が移り変わっていく。
 あれほど暑いと思っていた夏にあっさり秋が取って代わり、朝夕が肌寒く感じるようになった頃に、それは起きた。

 会うたびに溺れるようにセックス三昧になっている関係に、二人とも危機感を持っていたのだろう。いい加減、どこかに出かけようと言い出したのは蓮川のほうだった。その申し出に、裕太は少しだけ安堵して、素直に頷いた。
 前日も、例によって例のごとく、一体いつ寝たのか分からないほど馬鹿みたいにセックスしていたから、尚更の事、この、澱んだ空気を変えたかった。結局、裕太はその前日の過剰なセックスがたたって、出かけたのは夕方だ。少しだけ迷って、一志の店に行きたい、と言った裕太に蓮川は、少しだけ嫌な顔をしたけれど、ダメだとは言わなかった。
 その場所を選んだのは、正直、蓮川と二人きりだと、どうしたって居心地が悪いからだ。きっと、裕太は不安になって、蓮川を問い詰めてしまう。言ってはいけないことを言ってしまう。それが怖かった。
 一志は、二人そろって顔を見せたら苦笑いを零しながら、
「あいも変わらず仲のよろしいことで」
と茶化していたけれど。正直、裕太は上手く笑えなかった。多分、一志はそれに気が付いたのだろう。一瞬だけ、何か言いたげな視線を裕太に投げて寄越したけれど。蓮川の手前があるせいなのか、結局は何も言わず、店のスタッフに呼ばれて、店中をあちこち駆け回っていた。
 店は、以前来たときと同じか、それ以上に賑わっていた。羽振りの良さそうな客もチラホラ見える。一本、何十万もする酒を歓声とともに開けているのを遠目に眺めながら、やはり、世界が違うなと裕太はぼんやり考えた。
 ボックス席に二人きりで座ると、やはり、黙りがちになる。どうして、こんな風になってしまったのだろうかとカクテルに口をつけていると、
「要! 裕太君! 久しぶり〜」
と、テンションの高い声が聞こえた。
「……涼子さん」
 相変わらず、年齢不肖な人だと、その若々しい姿を見て裕太は感心してしまう。すぐ後ろには一志もいて、二人きりだったボックス席は、一気に人数が倍になった。それで、裕太はホッと息をつく。知らないうちに、肩に力が入って緊張していたのだと自覚した。
「忙しいときにスミマセン」
 裕太が丁寧に謝罪すると、涼子はブンブンと大袈裟に首を横に振り、
「何言ってるの! いつでも遊びに来て。裕太君、相変わらずカワイイ〜」
と裕太を抱きしめた。それを呆れたように一志が止めるのは、いつものことだ。ただ、蓮川だけが心持ち、憮然とした表情で一人、グラスに口をつけていた。
「何? 要どうしたの? 裕太君と喧嘩した?」
 蓮川の不機嫌を目ざとく見つけた涼子に尋ねられ、裕太は首を横に振る。いっそ、喧嘩だったら、まだ良かったかもしれない。今の状態は、ひょっとしたら、喧嘩よりも悪いような気がした。
「別に」
 蓮川はそっけなく返事をしたきり、自分から何か話そうとはしない。けれども、さすがに、普段から客商売をしている二人は、それをさらりとかわし、他愛の無い会話で裕太を和ませてくれた。機嫌が悪くとも、蓮川は話を振られれば、それなりに答えていたから、自然とリラックスした状態になっていく。心底それに安堵して、そろそろ、家に帰ろうかと裕太が思い始めた頃だった。
「涼子」
と、ボックス席に声を掛けてきた人物がいた。なぜだか、酷く耳に残る声で、裕太は条件反射のように顔を上げる。そして、すぐ近くに立っていた人物を見た途端、ハッと息を飲み込んだ。
 目を奪われて離せない。そんな印象だった。何が一体、そうさせるのか分からないけれど、とにかく、自分の意思ではままならないかのように視線が釘付けになった。
「仁(じん)」
と、涼子が声を発して、ようやく、金縛りが解けたように裕太は我に返った。誰に説明されなくても分かる。これは、蓮川の父親だ。何も知らない裕太が確信できるほど、そこに立っていた男は、蓮川に似ていた。けれども、決定的に何かが違う。その違いが、裕太の目を惹いて惹いて仕方が無いのだ。
「二丁目の店の件、どうなってる? すぐに帳簿が入用なんだが」
 まるで、そこに誰もいないかのように、仁と呼ばれた男は涼子だけに話す。裕太はともかくとして、蓮川と一志は、息子なのだから、この無視の仕方は余りに不自然だった。目の前の席に座っている一志は、仁と同じように、まるでそこには誰もいないかのように冷たい表情で仁の存在を無視していた。では、蓮川は、と思ってちらりと隣に目をやって裕太は絶句した。見たことの無いような険しい表情で、蓮川が仁を睨み付けていたからだ。まるで、射殺そうとでも思っているような表情。空気がピリピリと緊張して、全身の毛が逆立っているのではないかと思うほどだった。
 鋭い蓮川の視線に気が付いていないわけは無いだろうに、仁はそれを平気で無視している。そして、涼子の仕事の話を続けていた。多分、実際は数分の事だったろう。それでも、その尋常でない空気が耐えがたく、裕太にはそれが何時間ものことに感じられた。
 一通り話が終わると、ようやく仁は視線をこちらによこした。まず一志を見て、それから裕太を見た。目が合った瞬間、裕太はやはり金縛りにでもあったかのように身動きできなくなった。
 蓮川に似ているのに、全く違う瞳。あまりに深くて、深すぎて、ゾッとする様な瞳だった。決して眼光が鋭いわけではない。むしろ、飄々とした穏やかな表情なのに、なぜだか裕太は本能的な恐怖を感じる。その奥に潜むものが全く読み取れずに、裕太は体をこわばらせて、仁が目を逸らすのを待った。だが、仁が裕太から視線を外しても、嵐は通り過ぎなかった。最後に蓮川をみた仁は、ゆっくりと口を開く。
「要。仕事はどうだ?」
 思いのほか、まともな質問を仁は蓮川に向けた。蓮川は、相変わらず剣のこもった目をしたまま口元だけを奇妙に歪ませて、笑っているとは思えない笑みを作る。
「順調ですよ」
「まだ飽きないか? もう、そろそろ戻ってきたらどうだ?」
「店は全部、一志にやることで話は決まったって聞きましたけど?」
「数が多すぎて、一志だけじゃ手が足りないだろう?」
 仁の言葉に蓮川は心底、軽蔑したような嘲笑を漏らす。もし、それが自分に向けられたらどうなってしまうか分からない、と思うような鋭くて冷たい表情だった。こんな蓮川を、裕太は知らない。あまりに感情がむき出しになっている。裕太は、初めて、心底、蓮川が怖い、と思った。
「俺に、売春宿の経営者になれとでも? 寝言は寝て言ってください。大体、まだ、生きていたんですね。良い迷惑だ」
 忌々しいことこの上ない、という口調で蓮川は言い捨てると、おもむろに椅子から立ち上がる。その瞳には、仁しか映っていない。裕太の存在など、どこかに忘れ去っているかのように思われた。
「早く死ねよ」
 切り捨てるように、最後にその一言だけを叩きつけて蓮川は乱暴な足取りで、その場を立ち去ろうとする。裕太を、その場所に置き去りにしたまま。一瞬、呆気に取られた裕太はすぐに我に返って、自分も席を立ち上がる。挨拶も等閑に、慌てて蓮川を追いかけようとしたら、後ろから一志に呼び止められた。
「裕太! ……財布と携帯忘れてる」
 それを手渡しながら、一志が裕太に向けた視線は、ひどく心配そうなそれだった。けれども、急いた気持ちの方が大きくて、裕太はすぐに踵を返して、その場を後にした。

 必死に歓楽街を走り、蓮川の姿を探す。幸いなことに、店を出て数十メートルも行かないうちに、その背中は見つかった。追いかけて、その隣に並ぶ。裕太が来たことに気が付いているだろうに、蓮川は、裕太のほうに視線を寄越さなかった。
 ジクジクと傷口が広がるように裕太の胸は痛む。無視されたことも辛いけれど、蓮川がこんな風になってしまった理由を、自分が全く知らないということも辛かった。
 並んで歩いているのに、まるで、別の場所にいるかのような孤独感に苛まれながら、それでも、離れることが出来ない。横目で見えた蓮川は、怒っているというより、酷く、傷ついているように見えて裕太は切なくなってしまった。
 何か辛いことがあるのなら、話して欲しいと切実に思う。胸に何か重たいものを抱えているのなら、少しでも良い、分けてくれと願ったのに。
 唐突に、蓮川は立ち止まる。そして、ひどく突き放した口調で、
「裕太。今日は帰れ」
と言った。最初、裕太は、何を言われたのか分からずに、え、と呆けた顔をした。今日は、まだ土曜日だ。明日の夕方までずっと一緒にいるのが今までの、暗黙の了解だった。
「……何? 何で……?」
 震える声で尋ねる裕太を蓮川は見ようとはしない。ただ、別の遠い方向を見て、
「今は、お前と一緒にいたくない」
と、いっそ、笑ってしまうほどバッサリ裕太を切り捨てた。たった今、目の前でシャッターが下ろされた。このシャッターは裕太には開けられない。多分、外から手が痛くなるほど、ドンドンと叩いたとしても、蓮川はその内側に自分を入れないだろうと、どこか絶望にも近い確信で裕太は思った。
 理不尽な言い分に、言い返せばよかったのかもしれない。けれども、弱りきっていた裕太には、とても、そんな気力は残っていなかった。足が馬鹿みたいに震え始める。自分一人の力で立っているのが不思議なくらい。
 もう、ダメなのかな、とまるで他人事のようにぼんやり思う。俺じゃ、ダメなのかな、と思いながら、ふと脳裏に浮かんだのは、菜理子の顔だった。今、ここにいる人が、あの人だったなら何かが違ったのだろうか。
 責めることも、問い詰めることも、やはりできずに裕太は力なく頷いた。
「……分かった」
 消え入りそうな声で答えて、蓮川に背を向ける。涙を見せるのは嫌だったから、すぐにその場を立ち去ったけれど。

 なぜだか、最後まで、一粒も、涙は落ちることは無かった。




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