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『074:合法ドラッグ』 ………………………………

 *変態寮シリーズそのB



 なぜ、こんなことになってしまったのだろうか、と三和幸成(みわゆきなり)はベッドにうつ伏せたまま考えたが、やはり分からなかった。そもそも、こういう状況にだけはなるまいと大学に入学した当初から心に固く決めていたはずなのだ。
 三和はすでに大学四年まで進級していたが、つい昨日までその決心は守られていた。3年半弱。それだけの長い期間を奇跡的にそれはそれはキヨラカさんで過ごしてきたはずなのに。
「ミワちゃんセンパイ。そろそろ朝食の時間ギリギリなんだけど。動ける? ダメだったら俺、部屋まで持って来ようか?」
 固かったはずの決心を破らせた張本人は三和の寝ているベッドの端に浅く腰掛け、気持ちが悪いほど上機嫌でそう尋ねてくる。
「…いい。食堂まで行く」
 地を這うような落ち込んだ掠れた声で三和は答えると、のそのそと体を起こした。何となく腰がダルイ。まだ、何かがアソコに入っているような奇妙な感覚は残っていたが決して痛みは無かった。多分、慣れていて上手だったからなのだろう、さすが遊びまくってるだけはあるなと三和は感心した。
「ミワちゃん、ホントに大丈夫? 俺、お姫様抱っこしてやろうか?」
 茶化すようにそう言って、御影藤也(みかげとうや)は、パジャマの上を羽織っただけの三和をヒョイと軽々抱き上げてみせた。
「バッ! オマエ、やめろよ! 下ろせ!」
 三和は慌てて手足をバタつかせて暴れたが、御影はびくともせずに声を立てて楽しげに笑って取り合わない。
「うわー、ミワちゃんかっるー。何キロ?」
 自分の貧弱な体を笑われたような気がして、三和はますます顔を赤くして暴れた。
「っと。そんなに暴れたら落っことしちゃうよ。とりあえず、服着て。そしたら、一緒に食堂行くし」
 余裕綽々の態度で御影はそんな事を言う。三和は罵詈雑言を投げつけてやりたい衝動に駆られたが、辛うじて口を噤み、代わりに頭を抱えて深々と溜息を一つ零したのだった。



 三和が自分の性癖に薄々気が付き始めたのは中学後半位からだった。そのころの三和は、周りの級友のように女の子に興味を示せない自分に疑問を抱きつつも自分をごまかしていた。だが、高校生になり、そこそこ仲の良かった友人に恋愛感情を抱いているのだと気が付いた時に、潔く自分の性癖を認めた。だが、慎重で堅実な生来の優等生気質が邪魔をしたせいか、もちろんその感情を相手に打ち明けることなくその初恋のようなものは終わってしまった。それ以後も、性格的に気軽に遊ぶことも出来ず、結局、22歳にもう少しでなろうという今の今まで三和は誰とも付き合ったことが無いし、性的な交渉を持ったことも無かった。
 大学に入学してすぐに入寮した寮が、通称『変態寮』と呼ばれていて、性に関してはインモラルな連中ばかりが集まっていて奔放に生活していると知った時も、性癖に関して真面目に悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しいとふっきれはしたが、性格というのはそう簡単に変わるものではない。三和自身は周囲の人間に倣って奔放に誰彼と無く関係を持つなど到底出来なかった。逆に、自分だけは節度を持って生活しよう。せめて、この寮にいる間は、寮内の誰かと性交渉は一切持つまいと決心したはずだった。

 それなのに、なぜ。

 そもそも、自分は淡白な性分だったはずだ。ぶっちゃけ、一週間に1〜2度抜けばそう不満も感じないし、性的な衝動を誰かに感じたことも正直言って殆ど無い。しかし、なぜか昨日は無性に体が熱くなって抜かずにはいられない切羽詰った状態に陥ってしまったのだ。しかたない、処理するか、とソロリと下半身に手を伸ばそうとした時に、タイミング悪く御影が訪問してきてしまったのだ。
 御影は三和の一年下の寮生で、なぜか妙に三和に懐いている。優しげで整った秀麗な顔立ちをしていて、人当たりも穏やかだから人望も厚いらしく副寮長をしていたりもする。三和自身は詳しく知らないが、どうやら女にも男にも結構モテるらしい。周りに人間が集まるタイプの人種なのに、なぜか三和にベタベタと付きまとってくるのだ。
 三和と御影は学部も違うし、取り立てて趣味が合うというわけでもない。それなのに、御影が自分に付きまとってくるのは、やっぱりアレが原因なのだろうか、と三和は推察していた。

 人望が厚く、男女問わず好意を寄せられる御影の本性を三和は知っていた。偶然知ってしまっていた。穏やかな笑顔を浮かべている優男の本性は、とんでもないロクデナシなのだと。

 初めてソレを見かけたのは、確か三和が2年の時で、御影は入学したばかりの新入生だった。
「だって、一度だけで良いって言ったのはオマエだろ?」
「でも! でも、アレっきりだなんて!」
 人気の少ない深夜の談話室で、御影と一年の寮生が何やら揉めていたのだ。たまたまその前を通りがかった三和は、何やらただ事ではない雰囲気に思わず身を潜めて隠れてしまったのだ。
「しつこいナア。俺、鬱陶しいのは嫌いなんだけど」
 そう言って目の前の男を見下ろしている御影の顔は、決して穏やかで人当たりの良いソレなどではなかった。自分がその表情を向けられているわけではないのに、三和はヒヤリとしながら事の成り行きを見詰める。
「ひでーよ! 俺のこと弄んだのかよ!」
 声を詰まらせながら、問い詰める男に対して御影は事も無げに、
「何言ってンの? 最初っから遊びだつってたんじゃん。今更グダグダ言うのってルール違反だろ?」
 と冷たく切り捨てたのだ。
 うわ、ひでえ男、と三和が思わず肩を竦めたその瞬間、御影が顔を上げてこちらを向き、ばっちり視線があってしまったのだ。だが、御影は三和の顔を見て薄く笑っただけで、その時も、それ以後も、その事について何か言うことは決してなかった。その後も、なぜか三和は御影のそういう場面にしょっちゅう遭遇したが、やはり同じで、その件に関して御影も三和も話題に触れることは一度も無かった。
 ただ、それ以来、御影は妙に三和に懐いて付きまとっていた。三和の部屋が一人部屋なのを良いことに、遠慮無しにしょっちゅう訪問してくる。時には空いているベッドに泊まって行くこともある。同室の笠井が男を連れ込んでいるので部屋に戻れない、と泣き付かれてしまえば帰れとも言えず、結局、宿泊を容認してしまうのだ。

 その日も、御影は、
「ミワちゃんセンパーイ。今日泊まらして。笠井が薫連れ込んでエッチ始めちゃって戻れない」
 と無遠慮に部屋に押しかけてきたのだ。そして、三和の状態を目の当たりにして一瞬だけ驚いたように大きく目を見開いて言葉を失い…。
 だが、次の瞬間にはニヤリと不穏な笑みを浮かべ、軽々と三和の体をベッドに押し倒してしまったのだ。
「ミワちゃん、真っ最中だったんだ。邪魔してゴメンネ。お詫びに手伝ってやるよ」
 手伝わなくても良い! ! と言う叫びは、残念ながら、虚しく御影の唇に奪われてしまった。その後のことは、三和は思い出すのも恥ずかしい。とにかく御影は手馴れていて、三和はあっという間に翻弄されてしまっていた。二度ほど立て続けにイかされて、その後どさくさに紛れて指を突っ込まれながらヒーヒー言わされ、結局いくところまで行き着いてしまったのだ。
 だが、三和はそれを強姦だと訴えるつもりは毛頭なかった。なぜなら、未知の快感に悶えまくり、もっともっととせがんだのは他でもない、三和自身だったからだ。

 今、三和をドンヨリと落ち込ませているのは御影と言うより、自分の淫乱な体を知ってしまった自己嫌悪だった。普段、淡白だと自覚していただけに、御影に少し触られただけで敏感に反応して、初めてだというのにも拘らずよがり狂ってしまったのがショックだった。自分でするのと人にしてもらうのはこうも違うものなのだろうか。いや、でも、昨晩の自分はネジが一本外れてしまったかのようにどこかおかしかった。もしかして、おかしな病気にでもかかってしまったのか。もしくは、知らずの内にこの『変態寮』に毒されていたのか。
 そんな事を鬱々と考えながら、目の前の鮭を突付く。大して食欲も湧かずぼんやりしていると、不意に、後ろから、
「アレ? あれあれあれー?」
 と素っ頓狂な声が聞こえた。何かと思って振り向けば、三倉薫がトレーを持って大杉と並んで立っていた。その表情は鳩が豆鉄砲を食らったようで、ただでさえ大きな目がさらに真ん丸く開かれている。
「何か、ピンクのオーラが漂ってるんですけど! もしかして、ミワちゃんセンパイ、とうとう処女喪失しちゃったの! ? 嘘! 嘘だよね! ?」
 薫が興奮したように大きな声で叫び、三和は思わず湯飲みを倒しお茶をこぼしてしまい、周囲はザワザワとどよめきたった。
「マジでー! ? 笠井センパイの一人勝ちじゃん! 信じらんねー!」
 隣の大杉は、なにやらワケの分からないことを喚いている。三和は状況が掴めずに、呆然と二人を見上げた。
「何で! ? ミワちゃんセンパイどうして! ? 今まで、あんなに頑なに貞操を死守してたのに! なんで、御影センパイみたいなキチクで人でなしでロクデナシな男に捧げちゃうワケ! ?」
 薫があまりと言えばあまりな事を叫んだが、御影は怒りもせずにニコニコと笑っているだけだった。それが逆に不気味で恐ろしい。三和はワケが分からず呆然としたままだ。それでもぼんやりとした頭で、
「いや、なんでって…元をただせば、昨日の夜、オマエが笠井の部屋でヤってたのが原因…」
 と間抜けな答えを返すと、薫は、え? と不思議そうな顔をした。
「俺、昨日は笠井センパイの部屋になんか行って無いけど。昨日は白井が梓ンとこ行って帰ってこなかったから、自分の部屋で大杉センパイとエッチしてたよ?」
 それを聞いて、今度は三和が、え? と顔を上げる。眉を顰めて御影の顔を見上げたが、御影はやっぱりニコニコと笑ったまま何も言わない。
「…ねえ。ちょっと。八百長じゃないの?」
 ムッとしたような表情で、薫が低い声で唸るように言う。続いて大杉も、
「そうだよ、胡散くせえ。もしかして御影センパイ、笠井センパイとグルなんじゃねえの?」
 と怒った表情で言った。三和には何のことだかさっぱり分からない。
「ちょっと…三倉。八百長って何のこと?」
 戸惑ったように三和が尋ねると、薫は頬を上気させて憤慨している表情のまま、
「寮内トトカルチョのことに決まってるジャン! ミワちゃんセンパイがいつ処女喪失するかって、みんな掛けてたんだよ。俺、卒業するまでって大穴に掛けてたのに!」
「……は?」
 薫の言っていることがすぐには理解できずに目を点にしていると、薫は尚も喚き続ける。
「掛けてる人間はミワちゃんセンパイに手ぇ出しちゃダメってルールだっただろ! ? イカサマ! !」
「薫。悪いけど、俺、掛けてないんだよね」
 御影はやっぱり動揺することなく、ニコニコ笑いながらさらりと答える。
「だからぁ! 笠井センパイとグルなんじゃんって言ってンの! ! おかしいと思ってたんだよ。普段、笠井センパイ、そーゆーの参加しないのにさあ。あ! ! ちょっと! ! もしかしてミワちゃんセンパイ昨日クスリ飲まされなかった?」
「……クスリ?」
「飲まされたでしょ? でしょ! ? そーだよ! 絶対、イカサマだってば! いっつもクスリは絶対ダメっつって人には怒ってるくせに、この間、笠井センパイ自分で調達してたから変だと思ってたんだよ! アレ、ミワちゃんセンパイに使ったんでしょ! ? うわ! 御影センパイってほんっとキチク! 信じらんない! こんな純情可憐な人にクスリ使うなんて! ! しかもビギナー相手に! ! 人間じゃないね! 人でなし!」
 薫はすっかり興奮状態で喚き続ける。その内容にようやく思考回路がついていくに連れて三和の目はすわりはじめた。

 昨日の夕飯は誰と取ったか。確か、御影がいつものように隣に擦り寄ってきて、どうでも良いような世間話をしていたはずだ。何の話だったかは曖昧だが、最近、寝つきが悪いのだと三和が零したら御影がソレをくれたのだ。漢方だから副作用は無いし、スッキリ眠れるクスリだと。
「……御影」
 地を這うような声でその名を呼べば、御影は悪びれもせず、秀麗な顔でニッコリと鮮やかに笑いかけてくる。
「大丈夫。ちゃんと責任は取るからね。ミワちゃん、俺のお嫁さんになれば良いよ」
 男が嫁になれるか! アホンダラ! ! という至極当たり前のツッコミすら三和の口から飛び出すことは無い。怒りのあまり言葉も出なくなっているのを尻目に、御影は、いけしゃあしゃあと、
「あ、クスリっつってもちゃんと合法ドラッグだから。心配しないでね」
 とほざいた。




 その三秒後に三和がテーブルをひっくり返したのは言うまでもない。



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